第175話 永遠のバカップル
10月になった。すっかり空は秋の空に変わり、私の食欲はさらに増し、今度の検診が本気で怖い。
そうそう。最近なんだか聖君が変わったと、そんな声をよく耳にするようになった。
お客さんも、聖君が話しやすくなったとか、表情が優しくなったとか、丸くなったとか、そんなふうに言ってくるようになったらしい。
「なんか、聖君目当ての人が、けっこう減っちゃって」
10月の最初の土曜に、また聖君と聖君の家に泊りに行った時、朱実さんがそう私にこっそりと教えてくれた。
「え?どうしてですか?」
「すっかり落ち着いちゃったからよ」
落ち着いた?
それを何気に聞いていた麻生さんが、
「結婚して、落ち着いちゃったんじゃない?うちの旦那も周りからよく言われてるわよ。すっかり落ち着いちゃったわねって」
と横から話に参加してきた。
「え、そうなんですか?」
「でも、そうね。最初に会った時よりも、雰囲気が落ち着いたっていうか、壁がなくなったっていうか…」
麻生さんがそう言うと、朱実さんも、
「そうそう。なんていうのかな~~。前よりぐっと話しやすくなったっていうのかな~~」
とそう言った。
「優しくなったわよね。ちょっと近づきにくいってところが、もしかしたらよかったのかもしれないわよね。それで、フアンが減ったかな?」
「え?」
「う~~ん、そういうのわかる気がする」
朱実さんは麻生さんの言葉に、思い切りうなづいた。私にはよくわからなかったけど、でも、仮面をかぶっていた聖君が仮面を脱ぎ、本来の優しい聖君になったら、もっとモテちゃうんじゃないかって不安だったから、すごく安心している。
あれ?でも、ちょっと複雑。本当の聖君のほうが、モテないってことかな?
「だから言ったじゃん、俺」
お風呂に一緒に入ってる時に、そんな話をしたら、聖君が私のことを後ろから抱きしめ、そう言ってきた。
「え?なんて?」
「俺の見せかけが好きなだけで、素を好きでいるのなんて、桃子ちゃんだけだよってさ」
「…」
「そんな変人、この世に一人しかいないって」
「そ、そうかな~~~」
私は思い切り首をかしげた。
「そうだよ。でも、俺はそれで全然いいんだけどね」
「…」
「あれ?不満?俺がモテてたほうがいいの?」
「ううん。今のほうが安心してられるから、前よりもいいかも…」
「でしょ?」
聖君はそう言うと、私のお腹を触ってきた。
「…桃子ちゃん、結構お腹大きくなってきたよね」
「え?うん」
「うちの風呂大きいから一緒に入れるけど、桃子ちゃんちじゃもう、無理かな~~」
「そうだね。きついよね…」
「は~~~~~」
聖君が思い切り、ため息をついた。
「一緒に風呂入るのも、もうそろそろ限界が来るのか」
「うん」
「寂しいな~~~~~~」
ほんと、思い切り寂しがってるよ。
「聖君の家に泊まりに来たときは、一緒に入ろうね」
私がそう言うと、聖君は、
「うん!」
と可愛い声で返事をした。ああ、もう、可愛いんだから。
「ね、この前サークルの集まりあったんでしょ?」
「うん」
「それで、その…、カッキーさんも来た?」
「カッキー?来たよ。あ、そういえば、言い忘れてたけど、彼氏できたんだよ」
「え?カッキーさんに?」
「うん、誰だと思う?」
「私が知ってる人?」
「うん」
「…一緒のサークルの人?」
「うん」
誰かな。部長じゃないだろうし。他に知ってるって言ったら、
「木暮さんとか?」
「大当たり~~」
「ええ~~?!」
「あ、なに?やっぱりすごく驚くことだった?」
「え?う、うん。なんか意外」
「でも、カッキー、俺に言ったんだ。聖君より優しい人見つけたって」
「え?」
「木暮、優しいもん、まじで」
「うん。そうだよね」
そうか。そうだったんだ。うわ~~~、なんだか、意外な組み合わせだけど、ちょっと嬉しいって言うか…。
「木暮もカッキーのこと、最初から気に入ってたしな~~」
「そうなの?」
「うん。木暮、カッキーとか、桃子ちゃんみたいな子がタイプみたいだから」
「…私?!」
声が裏返ってしまった。
「可愛くて、守ってあげたくなるタイプ」
「わ、私が?」
「ねえ?全然中身、違うのにねえ?」
「…」
そ、それってどういう意味よ。
「どうせね。中身はかわいくないですよ」
私がすねると、
「嘘!桃子ちゃん、すねたの?」
と、聖君がすごく驚いている。
「う、うん」
「わ~~~。桃子ちゃん、すねると可愛い」
聖君は、後ろからむぎゅって抱きしめてきた。
「…」
ああ、聖君にかかると、全部が可愛いになっちゃうんだもんな~~。う、嬉しいけど…。
お風呂から出て、凪に日記を書いた。もう、ノートは3冊目だ。
「ねえ、日記、生まれるまでに何冊になっちゃうかな」
私が聖君に聞くと、聖君は、
「そうだね。あまりたくさんだと、凪も読む気失せるかもしれないから、ちょっとずつ書いてくことにする?」
と言ってきた。
「うん…」
っていうかさ、聖君のイラストがさ…。大半を占めてるんだけど…。
「聖君、そういえば、あの絵、完成したんでしょ?」
「うん、先週おじいさんの家に行って、完成させたよ」
「見たいな~。うちになんで、持って帰ってこなかったの?」
「え~~?恥ずかしいじゃん」
「どうして?」
「だって、どこに置くの?」
「私たちの部屋とか、リビングでもいいかな」
「いい、いい。おじいさんのアトリエに飾ってあるしさ。今度行った時、見せてもらって」
「うん、わかった…」
なんだ。持って帰ってくると思って、楽しみにしていたのに。
私と聖君は、先週の日曜は別行動をしていた。聖君はおじいさんの家に。私は菜摘、蘭、花ちゃんと一緒に、小百合ちゃんの退院祝いに呼ばれ、小百合ちゃんの家に行っていた。
小百合ちゃんは、つわりもなくなり、すっかり元気になっていた。輝樹さんもそこにいて、すごく優しい目で小百合ちゃんを見守っていた。
小百合ちゃんのご両親は、ジャズを聞かせてくれた。すご~く素敵で、私たちは、聞き入っていた。そして、あの理事長も、2人の演奏をベタ褒めしていた。
「理事長って、小百合ちゃんのお父さんを嫌ってたんだよね?」
「でも、今日はベタ褒めしてたよね」
「うん。ほんと、変わっちゃったんだね」
「人って変わるもんなんだね」
そんな会話を帰り道、私たちはしていた。
「だけどさ、小百合ちゃん、すごく幸せそうだったよね」
「うん。小百合ちゃんの旦那さんって、優しそうだよね~~」
「愛されちゃってるって、感じだよね~~」
「うんうん」
そう会話した後で、3人は私のほうを見て、
「桃子もだけどね」
と突然言われた。
「へ?」
「兄貴、前も桃子にベタ惚れだったけど、最近はまた違ってきた」
「え?ど、どんなふうに?」
「なんだかね~~、兄貴、こう桃子のことを包み込んでるって感じがしてるんだよね」
「わかる!この前の水曜、学校に迎えに来たじゃない」
蘭が大きな声を出した。
「う、うん。あれ、私もびっくりしたんだよね、突然来たから」
蘭の声にも今、びっくりしたけど…。
「他の生徒もきゃ~きゃ~言ってたけど、なんだかそんなの全くに気にせず、聖君、桃子にえらく優しく接していたからさ、あれ?大人になった?って思ったんだよね」
そう蘭が言ってきた。
「大人?」
「そう。やっぱり、大学生になったから?それとも、結婚して子供も生まれるから?」
「…う~~ん、どうなんだろう…」
「どっちにしても、聖君、素敵だよね」
花ちゃんが目を輝かせてそう言った。
「花には、籐也がいるでしょ」
蘭がそう言って、花ちゃんの腕をつっつくと、花ちゃんは、
「う、そうなんだけど。でも、聖君みたいな大人な人、ちょっとあこがれちゃうもん」
と、そんなことを言ってきた。
「お、大人?」
私はまた、びっくりした。
「籐也君、同じ年だからかな。ちょっと幼いんだもの」
「え?不満なの?」
花ちゃんの言葉に蘭が反応した。
「ううん。それも可愛いからいいんだけどね」
花ちゃんがそう言って、顔を赤くした。
「あ、基樹君はどうなの?」
菜摘が聞いた。
「基樹は大人じゃないよ。全然。最近前みたいに喧嘩もするようになったし」
「え?喧嘩?」
私と菜摘が同時に聞いた。
「ああ、安心して。喧嘩するほど仲がいいってやつだから」
「…」
そして同時に呆れてしまった。
「のろけか」
「そう言う菜摘は、葉君と…」
「え?」
蘭に聞かれて菜摘は真っ赤になった。
「あれ?なんで真っ赤?」
「昨日、一緒にいたから、ちょっと…」
「ちょっと何?気になる」
蘭に言われ、もっと菜摘は真っ赤になった。
「よ、葉君のお母さん、昨日仕事先の人と温泉行ってて、2人っきりだったんだ」
「泊まったの?」
「ううん。それはもうしない。ばれたらまた、大変だから」
「え?泊まらなかったの~~?」
蘭にそう言われ、菜摘は、
「でも、9時過ぎまで一緒にいた」
と顔を赤らめたままそう言った。
「そっか。じゃ、葉君と昨日はいちゃついていたんだね、1日」
「い、いちゃつくって、そんな…。まあ、そうなんだけどね。へへ」
「何~~?なんか悔しいな。っていう私も昨日、基樹と…」
「え?蘭もまさか、基樹君とようやく」
「うん。結ばれちゃった」
「きゃ~~~」
花ちゃんが真っ赤になった。
「わあ、びっくりした。そんな花、驚かないでよ」
「だだだ、だって、みんな、そんなに進展してるのかと思って…」
「花はまだなの?」
ブルブル。花ちゃんは首を横に振った。
「籐也って、意外と奥手なんだ」
蘭がそう言うと、花ちゃんはますます真っ赤になった。
「い、い、一回だけ、キスされて」
「一回だけ?!」
「そ、それで、私泣いちゃって」
「へ?」
蘭と菜摘が驚いている。
「びっくりして泣いちゃって。そうしたら、籐也君、謝ってきて、それからキスもされないし、手、つなぐくらいで…」
「うわ。籐也に同情しちゃう、私」
蘭がそう言った。
「え?なんで?」
「だって、可愛そう~~。キスもできないなんて」
「え?え?」
花ちゃんは、ものすごく戸惑っている。
「蘭ってば、もう花ちゃんからかうのやめなよ」
「お、桃子、さすが主婦の貫録」
「ええ?何それ」
「さすが、お母さんになる人は違うよね」
菜摘にまでそう言われた。
会話が尽きることなさそうだから、みんなでファミレスに入り、それから、2時間はしゃべっていたんだ。聖君からメールが来て、迎えに行くよって言ってくれて、ファミレスまで車で迎えに来てくれたんだっけ。
「やっぱり、優しい~~~」
と、3人に思い切りひやかされたけど、聖君は、
「そりゃ、俺の奥さん、身重ですから」
と全く動じず、そうみんなに言ったんだよね。
そうか。聖君、変わったのか。って、その時も驚いたんだ。私から見たら、変わった感じはしてなかったから。
あ、そうか。私と居る時はもう前から、素の聖君だったからなのかな。
あれ?でも、シャイな聖君はいまだに、シャイだけど、他の人の前ではからかわれても、ひやかされても、動じなくなっちゃったな。
「なんで?」
それも、聖君に聞いてみた。
「え?ひやかされたりしても、俺が動じない理由?」
「うん。シャイな聖君なのに、どうして?」
「え?俺ってシャイ?」
「うん。シャイだよ」
「う、う~~~ん。それ、多分、桃子ちゃんの前でだけかも」
「え?!」
「桃子ちゃんにいろいろと、褒められると、俺、照れくさくなるから」
「…」
そ、そうだったの?他の人だとそんなことないの?
「聖君」
「何?」
「聖君の肩甲骨、素敵」
「へ!?」
「鎖骨も、色っぽい」
「だから!それだよ、それ。そういうのものすごく抵抗あるから、やめてね」
うわ。真っ赤だ。
「照れてる?」
「照れてるよ。わかってんなら、やめてね」
「これ、私の前でだけなの?」
「そう。っていうか、そういうこと言ってくるのは、桃子ちゃんだけでしょ」
「じゃ、もし他の子が言ってきたら?」
「う、どうでもいいよ」
「へ?」
「だから、桃子ちゃんにだけ、反応するの!」
「変なの」
「どうせね!」
聖君はすねた。と思ったら、いきなり私の両頬を両手でつかみ、
「桃子ちゃん、俺、桃子ちゃんの目、大好きだな」
と言ってきた。
「え?」
「つぶらな瞳、なんだかいつもうるんでて、可愛いんだ」
「…え?」
「鼻も、可愛いし、このほっぺも柔らかくて、マシュマロみたいで、食べたくなるんだよね、いつも」
「ちょちょ、ちょっと何?」
「それから、唇も」
「や、やめて。なんか、恥ずかしいよ」
「…これがもし、他の奴に言われたら?」
「…え?」
私は全く知らないような男の人に、ほっぺをつかまれ、同じことを言われてるところを想像した。ぞわ!鳥肌…!!
「き、きもい」
「…きもい?」
「うわ!聖君じゃなきゃ、絶対に嫌。あ、違う。聖君だと、ものすごく恥ずかしい」
「でしょ?」
「え?」
「だから、そういうこと」
「じゃ、私以外の人が、聖君の鎖骨、色っぽいって言ったら?」
「げ、ってちょっと引く…」
そうか、そんなものか。
「聖君の、ふくらはぎも好き」
「え?!」
あ、聖君、ものすごく驚いてる。
「って、私が言ったら?」
聖君は自分のふくらはぎを見て、それから私の顔を見て、赤くなった。
「ここ、こんなところも、好きなの?」
「うん。筋肉質で、綺麗だよね」
「…」
「あ、さすがに引いた?」
「う、ううん。でも…」
「うん」
「変態だ。桃子ちゃん」
「…」
「…俺の全部が好きでしょ?」
コクンと思い切りうなづくと、
「もう~~、桃子ちゃんってば」
と聖君は顔を赤らめて、抱きついてきた。
「やっぱ、俺ら、果てしなくバカップルだよね」
「うん」
永遠にバカップルかもね。って聖君に言ったら、
それも、いいよね。って、聖君はくすって笑った。
きっと、私たちは何年たっても、このままなのかもしれないね…。
来年も、再来年も、凪が生まれても、ずっと。
「うん、桃子ばあちゃんって呼ぶようになっても」
「聖じいちゃんって、呼ぶようになっても?」
「そう。でも、それまでに何十年もあるよ」
「くす、そうだよね」
まだまだ、聖君との日々は続くんだよね。これからも、ずっと。
そのうち、「新婚さん」じゃなくなっちゃっても、それでもこうやって、バカップルでいようね?ね?聖君。
そう言って抱きついたら、聖君も、
「桃子ちゅわん、大好き!むぎゅ~~~」
って私を抱きしめてきた。ああ、こんなところも、永遠に変わらないでいてね。
長い間、永遠のラブストーリー~新婚編~を読んでいただき、ありがとうございます。
感想もありがとうございました。お返事書けなかった方、本当にごめんなさい。元気をくれる感想は、本当に嬉しかったです。
このシリーズは、もしかするとまだ、続くかもしれませんが、新婚編は今回で終わりです。本当に長い間、聖と桃子を応援していただき、ありがとうございました。