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第172話 眼鏡の子

 聖君の胸に顔をうずめて、心臓の音を聞いていた。トクントクン。聖君は黙って、私の髪をなでている。聖君の指って、いつも優しい。

「桃子ちゃんの髪って、柔らかいね」

「そう?」

「うん」

 聖君はそれだけ言って、また黙ってしまった。そして、今度は私の頬をなでている。


「桃子ちゃんのほっぺたって、柔らかいね」

「…太ったからかな?」

「え?違うよ。前から柔らかいよ」

「そっかな…」

 それから鼻をぎゅって、つまんできた。


「鼻、可愛いよね」

「ど、どうしたの?さっきから…」

「桃子ちゃんを、いろいろと感じてた」

「…」

「俺さ…」

 聖君は少し顔をあげ、私の顔をのぞきこんだ。

 

 そしてしばらく黙って、私の顔を見ている。

「なあに?」

 俺さ…のあと、何が言いたかったのかな。

「なんでもない」

「え?き、気になるよ。なあに?」


「ううん。ただ、桃子ちゃんのこと、すげえ好きだなって思っただけ」

「…」

 顔が一気にほてった。

「あれ?真っ赤だ」

「だ、だって、いきなりそんなこと言うから。不意打ち過ぎるよ」

「あはは、何それ」


 聖君のほうが、今度は私の胸に顔をうずめてきた。私は聖君の髪をなでた。今日もサラサラだな。

「聖君の髪って、キューティクル、ばっちりって感じだよね。時々、天使のわっかも見えるし」

「へ?」

「ほら、髪が綺麗な人って、髪がキラキラしてて、まるで天使のわっかでもはめてるかのように見えるときあるでしょ?あれ、聖君もそうだよ」

「俺の髪?」

「うん」


「でも、俺、なんにも手入れとかしてないよ」

「だよねえ」

 ドライヤーでささっと乾かして、終わりだもんね。

「いいな。それでも、こんなさらさらヘアーで」

「そう?俺、たまにくせっ毛羨ましいけどな」

「そうなの?」


「基樹、くせっ毛じゃん」

「うん」

「ちょっとのびてくると、収拾つかないって嘆いてるけど、あれはあれで、いい感じになってるなって思うんだよね」

「う~~ん、そういえば、まるでパーマでもかけたかのように、いい感じにくせが出るよね」

「うん」


 なるほど。そんなことを思うこともあるんだな、聖君。

「杏樹も、ストレートでしょ?」

「うん」

「くせのある髪、羨ましいみたいだよ」

「そうなの?」


「高校生になったら、パーマかけるって言ってたもん」

「え?もったいないよ。綺麗なさらさらヘアー!」

「う~~ん、だけど、毛先がくるくるっての、あこがれるんじゃないの?あ、前はどうでもいいみたいだったけど、最近ね、そういうの、いろいろと考えてるみたい」

「へえ。女の子だね」

「だよね。もう少し女の子らしくなったらいいのにって、俺もちょっと思ってたけど、今思うと、まだまだ女の子らしくならなくってもよかったかなって思うよ」


「聖君のお父さんは、杏樹ちゃんのことなんて言ってるの?」

「え~~?今までも可愛いって言ってたし、最近は女に目覚めたのかな?可愛いよねって言ってるし…」

「どんな杏樹ちゃんでも、可愛いんだ」

「うん」

 聖君はまだ、私の胸に顔をうずめている。


「じゃあ、聞きたかったんだけど」

「ん?」

「なんで、お母さんがお父さんにぞっこんだって、そう思えるの?」

「え?そりゃ、見てたらわかるじゃん」

 聖君が顔をあげてそう言った。


「お母さんを?」

「あ、そっか。桃子ちゃんは、あまり2人でいるところ見たことないか。母さんね、父さんによく甘えてるし、めちゃ、嬉しそうに父さんのこと見てるんだよね」

「え?」

 めちゃ、嬉しそうに?


「たまに、もう~~、爽太ったら、可愛いんだから!って声を裏返して言ってるし…」

「…知らなかった」

 トントン。その時ノックの音がして、

「聖、友達がお店に来てるよ」

というお父さんの声がした。


「友達?誰かな」

 聖君はベッドから降りると、ドアを開けた。するとまだ、ドアの前にお父さんが立っていたようだ。

「誰?友達って、男?」

「女の子。大学の友達だって」

「え?」

 あ、もしかして、カッキーさん?


「それより聖」

 お父さんはまだ、ドアの前にいるようだ。

「桃子ちゃんにあまり、俺とくるみのこと、ばらすなよ。恥ずかしいだろ?」

「げ?盗み聞きしてた?」

「違うよ。聞こえただけだよ」


「ったく~~~、父さん、勝手に俺らの会話聞くなよな!」

 聖君はそう言うと、一回バタンとドアを閉めてしまった。

「ちょっと、店に顔出してくる。桃子ちゃんはここにいる?」

 そう言いながら、聖君は髪を手でささっと整えた。

「え?うん」


 カッキーさんかな。う、気になるな。ものすごく気になるかも。

「やっぱり、一緒にお店に行く」

「…そう?」

 私も髪をささっと整え、聖君と一緒に部屋を出た。

「あ~~、それにしても、父さんは…」 

 聖君はまだ、ぶつくさ言いながら階段を下りた。そんなに聞かれたの、恥ずかしかったのかな。


 リビングに行くと、聖君のお父さんがクロといた。聖君は黙ってそのまま、お店に向かった。私はちょこっとお辞儀をして、リビングを通り抜けた。お父さんはというと、ちょっと聖君を気にしてみている。


 お店に行くと、すぐにお母さんが、

「あ、聖、来た来た。柿沢さんがみえてるわよ」

とそう言った。やっぱり、カッキーさんだ。

 ドスン!うわ。聖君が急に目の前で止まるから、聖君に私はぶつかってしまった。


「ご、ごめん、聖君…」

 そう後ろから謝っても、聖君は無言だ。それに、立ち止まったままでいる。

「聖君、おはよう。あ、桃子ちゃんもいるんだ」

「あ、おはようございます」

 私は聖君の背中越しに、なんとかカッキーさんを見た。


「あ?あれ?メガネ?」

「そうなの。コンタクト、今朝なくしちゃって…。午後にでも買いに行かなくっちゃ」

 カッキーさんがそう言うと、やっと聖君が口を開いた。

「目、悪かったの?」

「知らなかった?あ、そっか。合宿中も、寝る寸前まで私、コンタクトにしていたっけ。実は、メガネの私、嫌いなんだよね」

とカッキーさんはそう言うと、じいっと聖君を見ている。


「あ…」

 聖君はまた、黙り込んだ。

「聖君、今からどんどん混んじゃうけど、どうする?席…」

 桜さんが水をトレイに乗せ、そう聞いてきた。

「あ、外でもいいですよ、私」

 カッキーさんがそう答えると、聖君は、

「リビングにあがる?」

と、カッキーさんに無表情で聞いた。


「え?でも…」

 カッキーさんが、躊躇している。でも、家のほうからお父さんが顔をちょこっと出し、

「どうぞ。リビングでゆっくりと話したら?俺は部屋でパソコンしてるから」

と言って、そのままクロを連れ、2階に上がって行ってしまった。


「じゃ、お邪魔しようかな」

「うん」

 聖君は桜さんからトレイを受け取り、家に上がった。その後ろから、カッキーさんが、

「お邪魔します」

と言って、靴を脱ぎ上がっていった。

 

 さて、私はどうしたらいいものかな。と、ちょこっとその場で考えていたら、桜さんがすすって私の横に来て、

「桃子ちゃんも、一緒にいたほうがいいよ。なんか、あのカッキーって子と聖君、変な感じだったし」

とそう耳元でささやいた。


 変な感じ…。桜さんも感じてたんだ。私も聖君の無表情とか、いきなり立ち止まったのとか、すごく気になる…。

 リビングに行くと、聖君の真ん前にカッキーさんが座っていて、聖君は黙り込み、下を向いていた。カッキーさんはと言うと、聖君をじっと見ている。

 

 私は聖君の横に、ちょっとだけ間を開けて、静かに座った。

「テスト終わったし、話、もうできるかなと思って来たの…」

 そう言うと、カッキーさんは私のほうをちらっと見た。

「できたら、桃子ちゃんには席を外してもらいたいんだけど」

「え?」


 え?どうして、私がいたら駄目なの?とは聞けず、聖君をほうを見ると、聖君の表情がこわばっているのがわかった。

「聖…君?」

 こわばっているどころじゃない。真っ青だ。え?なんで?


「カッキーだったんだ」

 聖君はカッキーさんを見て、そうつぶやいた。

「…思い出してくれたんだ」

 カッキーさんが、聖君をまっすぐに見たままそう言った。

 え?え?え?なに?話が見えてないよ。


「あ…」

 聖君は私を見た。うわ。なんかすごくつらそうな顔してる。それから、目で何かを訴えようとしている。でも、聖君は目線をカッキーさんに戻して、

「ごめん…。まじで、ごめ…」

と、最後まで言葉にしないまま、いきなり立ち上がった。


「聖君?」

「わりい。ちょ、待ってて」

 聖君はそう言うと、真っ青な顔のまま口を押え、トイレに駆け込んでしまった。

「あ!」

 気持ち悪いんだ。吐きそうなんだ。


 私はカッキーさんに、

「ちょっと待っててください」

とだけ言い残し、聖君を追った。トイレの前に行くと、やっぱり、聖君が苦しそうに吐いていた。

「大丈夫?」

 ドアの前から声をかけた。聖君はちょっとしてから、

「うん」

と弱々しい声を出した。


 自分と向き合っている聖君。もしかして、あの頃のことを思い出し、それで吐いちゃったの?

 あれ?そういえば、カッキーだったんだってさっき言ってた。

 そうだ。メガネのカッキーさんを見て、顔色が変わった。

 あ!もしかして!


「聖君、中学の卒業式の日の、店の前で待ってたのって…」

 私がそう聞くと、聖君は水を流してドアを開けた。ああ、顔、真っ青だ。

 そのまま、よろよろと洗面所に行き、聖君は口をゆずぎ、顔を洗った。

「は~~~~~~」

 重いため息をしたあと、

「そう。カッキーだった」

と、重く口を開いた。


「そ、そうだったんだ」

 カッキーさんだったんだ。

「大丈夫?」

 私は聖君の背中をさすった。

「…桃子ちゃん。俺…」

「うん」


「やばい。逃げ出したい」

「え?」

「でも、話してくる」

「カッキーさんと?」

「うん…。きっと、これも必然だよね」


「え?」

 聖君は弱々しくそう言ってから、私をぎゅって抱きしめた。

「きっと、俺が自分に向き合うために、こんなことが起きてるんだよね?」

「…うん」

 私もぎゅって、聖君を抱きしめた。聖君はそれから私から離れると、

「桃子ちゃんも隣にいて」

と言ってきた。


「うん、いいよ」

 そう言うと聖君は、力なく微笑んだ。そして、私の手を取って、聖君はリビングに戻った。

「大丈夫?聖君、今日具合悪かったの?」

 カッキーさんが聞いてきた。でも、どこか顔が無表情で、心配しているって顔じゃなかった。

「うん。大丈夫」

 聖君はそう答えると、またカッキーさんの前に座った。


「桃子ちゃんには、ここにいてもらうけどいいよね?」

 聖君がそう言うと、カッキーさんはちょっと嫌そうな顔をしたけど、

「聖君がいいならいいわよ。でも、桃子ちゃんに聞かれちゃって、あとで後悔することになるかも」

とそう冷たい目で言った。

「後悔?桃子ちゃんが?なんで?」

「私のこと思い出したんだよね?」


「え?ああ…」

 聖君の顔色がまたさっと青くなった。

「私の名前も憶えてる?」

「ごめん。名前までは…。って、柿沢でしょ?」

「ううん。中学の時は私、草野って名前だった」

「え?」

 聖君がカッキーさんを見て、聞き返した。


「それで、こいつくさいとか言われていじめられてた」

「…」

 聖君は黙り込んで、カッキーさんを見ている。

「親が高校のとき、離婚したの。柿沢は母親の旧姓。今の家は、母の実家なの」

「そうなんだ」

 聖君が弱々しくそう相槌を打った。そして顔を下げた。

 

 しばらく沈黙が続いた。

「カッキー、中学一緒だよね」

 聖君がようやく口を開いた。

「うん」

「同じクラスになったことはないよね?」

「ないけど、委員会は一緒だったときあるよ」

「え?」


「2年の時、図書委員だったでしょ?」

「…うん」

「図書室での本の貸し借り、交代制でやってたの覚えてる?」

「うん、昼休みと放課後にしてた」

「たいていがクラスの子と、二人一組でしてたよね。でも一回だけ、うちのクラスの男子が休みの日に、聖君が代わりに当番になったことがあったの」

「え?そうだったっけ?」


「聖君、明るくて、私にも話しかけてくれた」

「…ごめん。まるっきり覚えてない」

 聖君が目を伏せた。カッキーさんはまだ、じいっと聖君を見ている。

「やっぱりね。そんなもんだよね」

 カッキーさんはそう言うと、はあってため息をついた。


 聖君はまだ顔色が悪い。また、気持ち悪くならなければいいんだけど。そう思いながら私は聖君を見ていた。そんな私をカッキーさんが見て、

「桃子ちゃんは、本当に私に似てるって思う?」

とカッキーさんが聞いてきた。

「え?」

 私が聞き返すと、カッキーさんは今度は聖君を見て、

「ね、聖君はどう思う?」

と聞いた。ああ、聖君に聞いたのか。


「最初、似てるって思ったよ。雰囲気とか。でも、話してみたら違ってた」

「…似てるって思ったんだ」

 カッキーさんはしばらく、黙って下を向いた。でもまた、顔をあげると、

「じゃ、本当は私との出会いのほうが先なんだから、桃子ちゃんに私が似てるんじゃなくて、桃子ちゃんが私に似てたんじゃないの?」

と、そうきつい口調で聖君に言った。


「え?」

 聖君と同時に私も、カッキーさんに聞き返した。

 それって、どういう意味?私がカッキーさんに似てたから、聖君は私を好きになったってこと?

 また、リビングは静まり、なんだか変な空気が漂っていた。


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