第171話 ダブルパワー
聖君とお店に戻ると、
「あれ?桃子ちゃん、いつ出て行ったの?」
と桜さんに驚かれた。
「あ、さっき…、玄関のほうから」
「ふうん。もしや、その辺で遊び歩いてる旦那を迎えに行ったとか?」
うわ。また嫌味を言ってる…。もしや、彼氏と何かあったのかな。
「違えよ。俺が浜辺で桃子ちゃんといちゃつきたかったから、呼んだの」
聖君がしれっとそんなことを言った。あれ?今までこんなこと、桜さんに言ってたっけ?
「…呆れた。何それ」
桜さんが本気で呆れている。
「おや、聖、お帰り」
家のほうからクロと一緒に、聖君のお父さんが顔を出した。
「あ、ただいま」
「どうだった?亨と話せた?」
聖君のお父さんが聞いた。もしかして、気になっていたのかな。
「うん」
「ダイビングするって?」
「あ~~、なんだかまだ立ち直ってないから、今はできないって言われた」
「そっか」
「…父さん、ちょっと話があるんだ。いい?」
「ああ、いいよ。リビングに行くか?それとも2階にでも…」
「リビングでいいよ。あ、桃子ちゃんも来て」
「私もいいの?一緒にいて」
「もちろん」
聖君はニコって微笑んだ。
聖君とお父さんの後に続いて、私も家に上がろうとした。でも、桜さんが私の肩をつつき、
「なに?聖君、なんか深刻な悩み事でもあるの?」
と、聞いてきて家に上がれなくなった。
「え?いいえ。多分、もう大丈夫だと思います」
そう答えると、
「ふうん。もう大丈夫ってことは、やっぱりなんかあったんだ」
と桜さんは、リビングのほうをうかがいながら、小声でそう言った。
「桜ちゃん、そろそろ開店だから、準備をよろしくね」
キッチンから、聖君のお母さんがそう声をかけた。
「あ、は~~い」
桜さんは、そう返事をしてキッチンの奥に行った。
私の足元に座ってしっぽを振っていたクロと一緒に、私は家に上がりリビングに行った。もう聖君とお父さんは、何やら話をしていた。
「父さんはじゃあ、もうとっくに亨さんのこと、許してたんだ」
「う~~ん、許すも何も、あいつ別に何も悪いことしたわけじゃないからな~」
「え?でもさ、亨さんが原因で母さんと喧嘩してたじゃん」
「あれは、俺の心が狭かったのが原因。くるみは浮気したわけでもないし、亨とは何もなかったのに、俺が勝手にやきもちやいてただけ」
「…でもさ。母さんに思いを告げなかったら、母さんと父さんが喧嘩になることもなかったんじゃないの?」
「まあね」
「じゃ、やっぱり、亨さんのせいで…」
聖君はちょっと顔を曇らせた。でも、お父さんのほうは、優しい表情で聖君を見ている。
私は聖君の横に座り、クロは私の足元に寝転がった。
「亨もそれだけ、思いつめたんだろうな。ま、あれだけの美貌の持ち主だし、モテてもしょうがないよ」
「え?誰のこと?」
聖君がきょとんとした。
「くるみだよ、くるみ。くるみね、モテるんだよ。亨以外にも、プロポーズしてきたやつもいるんだよね」
「ええ?いつ?誰が?」
「お前がまだ、2歳くらいの時。店に何回か来た、そうだな~~、40代後半くらいの人」
「…母さんは30歳くらい?」
「そう、俺は23とか、24とか、そんくらいの時」
「…結婚してたのにもかかわらず、プロポーズされたってこと?」
「うん。お前は店をうろちょろしてて、くるみがよく、聖、聖って、追っかけたりしてた頃。俺もたまに土日になると、店を手伝ってたんだけどね」
「父さんも店に出てたんだ。なのになんで、いきなりプロポーズ?」
「俺も、母さんもくるみも、そりゃ、驚いたよ。たまにくるみに話しかけたり、お前にも飴やお菓子をあげたりしてて、子供好きな単なるおっさんかなとも思ってたんだけどさ」
「うん」
聖君は興味津々、っていう私もさっきから、身を乗り出して聞いていたから、聖君の頭と頭がこつんとぶつかってしまった。
「桃子ちゃん、身を乗り出し過ぎ」
聖君が私の頭をなでながら、そう言った。
「そういう聖もだろ?」
聖君のお父さんがそう、聖君につっこんだ。
「で?その先は?」
私はそれよりなにより、話の続きが気になり、お父さんに身を乗り出したままそう聞いた。聖君も私の頭と頭をくっつけたまま、お父さんのほうを向いた。
「うわ。そんな2人して顔くっつけあったまま、目を輝かせないでよ。ちょっとその光景、笑えるくらい可愛い」
聖君のお父さんが、私たちをちゃかしたが、聖君は、
「だから、その先!」
とじれったいって感じで聞いた。
「そのおっさん」
といきなり、聖君のお父さんが話し出した。
「うん」
「くるみは、2歳の子を一人で育てている、シングルマザーだと勘違いしてたんだよね」
「へ?」
私と聖君が同時にそう聞き返した。
「れいんどろっぷすに、子供と身を寄せて働いている、ふびんな親子…と思ってたらしく、僕が聖君のお父さんになるから、結婚しましょうって言ってきたんだよね」
「…は~~~?」
聖君が思い切り、眉をしかめて高い声を出した。
「は~~?だろ?」
その声を聖君のお父さんがまねをした。
「だって、店に父さんも顔出してたんでしょ?その頃」
「そう。でも俺のことは、れいんどろっぷすで働いてる単なるバイト…くらいにしか思ってなかったらしい」
「え~~~?なんで?」
「俺が若かったからじゃないの?それも大学生くらいだと思われてたし」
「ああ、父さんって、童顔か~~」
「まあね。よく年よりも下に見られるけど、今でも…」
「で?聖君のお母さんはどうしたんですか?」
私は気になりそう聞いた。
「そりゃ、断ったよ。私、旦那います。聖にはお父さんがいるから大丈夫ですって言って」
「そりゃそうだろ。でも、相手はどうしたんだよ?」
「びっくりしてたよ。だって、俺がまさか聖の父親で、くるみの夫だなんて思ってもみなかったことだろうからさ」
「父さん、名乗り出たの?」
「うん。っていうか、俺が店にいる時、そうやってプロポーズしたから。そりゃ、慌ててキッチンから飛び出て行ったよ」
「あはははは。なんか、父さん、まぬけかも」
「うるせ~~」
聖君のお父さんはそう言って、聖君の頭をくしゃくしゃにした。
「それから、その客来なくなった?」
「もちろん。くるみ目当てだったし、来なくなったよ」
「ふうん。そっか。母さん、もてたんだ」
聖君は口元をゆるめた。
「…でも、言っとくけど、くるみは浮気したことないよ」
「え~~、そりゃそうだろ。父さんに今でもぞっこんじゃん」
聖君がそう言うと、お父さんが真っ赤になった。あれ?聖君のお父さんでも、こんなふうにてれるんだ。
「まあな。うん、そうなんだけどさ。だから、あれだよ。俺は亨のこと、恨んでも、憎んでもないってことだよ。はなっからね」
お父さんは、ちょっとしどろもどろになりながら、顔を赤くしたままそう言った。
「…なんだ。そっか。じゃ、恨んだりしたのって、俺だけか」
「聖、恨んでたの?」
聖君のお父さんがまた、優しい表情で聖君に聞いた。
「うん。恨んでたし、軽蔑もした」
「そっか…」
「でも、心の奥底では、好きでいたから、なんか俺…」
「いろんな葛藤があったわけだ」
「うん」
聖君のお父さんは、また聖君の髪をくしゃくしゃってした。いつもなら、やめろよっていう聖君は、そんなことをされても、何も言わなかったし、嫌がらなかった。
「だけど、今日ふっきれたみたい」
「亨と話して?」
「う~~~ん。正確には、桃子ちゃんに話を聞いてもらって。かな?」
「なるほどね」
聖君のお父さんが、私を優しい目で見た。
「桃子ちゃんパワーで、元気になったってわけだ」
そう言うと今度は、聖君の顔をお父さんは見た。
「うん」
聖君は素直にうなづいた。私はどうリアクションをとっていいかわからず、黙っていた。
「はは…。ほんと、いいね。この夫婦は」
聖君のお父さんは、目を細めて笑うと、聖君の肩をぽんとたたき、
「じゃ、もう大丈夫だな」
とニコって笑った。
「うん。心配かけたけど…」
「心配?してないよ、俺」
「え?」
「桃子ちゃんがいるから、大丈夫って思ってたよ?」
「そっか…」
聖君がちらっと私を見て、下を向き頭をぼりって掻いた。
「さてと。俺、ちょっとここで、資料の整頓したいんだよね。聖、悪いけど、ここ使わせてくれない?」
聖君のお父さんが、テーブルの下に置いてあった封筒を取り出した。
「あ、うん。じゃ、俺、桃子ちゃんと部屋に行ってる」
「悪いね、桃子ちゃん」
「え?いいえ、全然」
私と聖君は2階に上がった。クロはそのまま、リビングに残っていた。
「は~~~~」
聖君は部屋に入ると、ベッドに横になり、
「桃子ちゅわん、さっきいちゃつけなかったから、いちゃつこう」
と、そんなことを言って両手を広げた。あ、ここにおいでって言ってるわけね。
でも私は、聖君の寝ている横に、ちょこんと座った。
「あれ?なんでそこ?俺の腕の中に飛び込んでくるんじゃないの?」
「うん」
「な、なんでかな?」
「聖君、本当に元気になった?」
「そう見えない?」
「一応…見える。でも、から元気だったりしない?」
「多分。自分の中では、けっこうすっきりしてるよ?俺」
「…そっか」
「え?もしかして、俺が無理して元気にしてるように見えた?」
「時々、そんな時があるから…」
「う…。そうか~~。でも、無意識に無理してる時もあるからな~~」
聖君はそう言うと、天井を見上げてしばらく黙り込んだ。
「う~~~~ん」
そう眉をしかめて、聖君は悩みこみ、それからこっちを向いて、
「桃子ちゅわん。やっぱ、ぎゅ~ってしたいんだけど」
と甘えた声を出した。
私は聖君に抱きついた。聖君もぎゅって抱きしめてきた。
「桃子ちゅわわん」
「うん?」
「キスもしてね」
「…」
本気で甘えて来てる?もしかして…。
私が聖君にキスをすると、そのまま聖君は長いとろけるようなキスをしてきた。
「聖君?」
「…」
目を開けると、すごく熱い目で私を見ている。それから、
「桃子ちゃんがいてくれてよかった」
と、耳元でささやいた。
ぎゅ…。私はまた、聖君を抱きしめた。
「あ…」
「え?」
「今、凪が動いた」
「まじで?」
「凪も聖君を抱きしめようとしてるのかもね」
「パパを?」
「うん」
「あはは。パパ思いの子なんだ」
「うん。もちろん。お腹にいる時から絶対に、パパが大好きだよ」
「そっか~~。嬉しいな」
聖君はそう言って、私のことを優しく抱きしめ、
「じゃ、俺も今、凪を桃子ちゃんと一緒に、抱きしめてるんだね」
とささやいた。
「うん、そうだね」
聖君はそのまま、優しく私を抱きしめている。
「私だけじゃないね、きっと」
「え?」
「聖君がもし、本当に元気になったのなら、きっと凪パワーもあると思うよ」
「桃子ちゃんと凪のダブルパワー?」
「うん」
「あはは。それ、すんごく強力だ~~」
聖君は、腕をゆるめてから、私のお腹を優しく触ってきた。そして、
「凪、ありがとうね」
と優しくそう言った。