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第169話 また一歩大人に…

 お風呂から出て、和室に行った。そしていつものように、髪を乾かしあうと、聖君は布団を敷き、ごろんと横になり、凪の日記を書き始めた。

 そのあと、そのまま聖君はしばらく、布団にうつ伏せになって黙っていた。

「どうしたの?」

 黙ってずっと、日記を書いてる私を見ているけど。


「うん、桃子ちゃん見てた」

「なんで?」

「なんでって、そりゃ可愛いから」

「…」

「今日、ずっと一緒にいられて幸せだったな~」


 聖君はそう言うと、思い切りにやついた。

 凪の日記にまで、今日パパとママは、デートをした。凪のパパとママは、すごく仲がいいんだよって書いてある。

「桃子ちゃんってさ」

「え?」

「座り方、可愛いね」

「座り方?!」

 なんなんだ、それ。


 聖君は今度は仰向けになり、自分の枕を抱きしめ、

「ぎゅ~~。桃子ちゃん、日記まだ?俺、桃子ちゃんのこと、抱きしめたいんだけどな」

と言ってきた。

「もう終わる」

 私は凪の日記を書き終え、ノートを閉じた。


「桃子ちゅわん!」

 聖君が枕をその辺に飛ばして、両腕を広げた。私はその腕の中に、飛び込んだ。

「むぎゅ~~~!」

 聖君がむぎゅ~って言って、抱きしめてきた。

「あれ?桃子ちゃん、今日匂いが違うね」

「だって、シャンプー違うもん」


「これ、杏樹と一緒?」

「うん、そう」

「そっか~~~、杏樹の匂いか…」

 ?杏樹ちゃんと一緒だと、嫌なの?それとも、嬉しいの?

「なんか、杏樹をだっこしてる気になってきた…」

「…」

「あ!でも、ほのかにいつもの桃子ちゃんの匂いもする」

「え?どんな?」


「甘い匂い。あ、そっか。フェロモンか。あ、今出してるのか」

「出してないってば」

「は~~~」

 いきなり、聖君はにやけながら、長い息を吐いた。

「なあに?」


「うん、俺、幸せだなって思って」

「え?」

「大好きな子をこうして、毎日抱きしめられるの、これ、すげえ幸せなことだよね」

「…それは私だって。聖君に毎日、抱きしめてもらってるの、すごく幸せなことだと思うよ」

「まじで?」

「うん、まじで」


「そっか~~~」

 聖君はそう言いながら、私の髪に頬づりをする。

「幸せ満喫したまんま、寝ちゃおうか?」

「え?うん」

「あれ?もしかして今、ちょっとがっかりした?」

「してないよ」


「本当は抱いてほしかったのにって、思わなかった?」

「思ってないよ」

「ほんと?」

「ほんと~~に!」

「ちぇ」

 聖君はそう言ってから、私にチュッてキスをして、

「もう寝ようか」

と優しい目で言ってきた。


「うん。おやすみなさい」

「おやすみ…」

 聖君は今日もまた、数秒で寝息を立てた。

 よかった。すごく穏やかな寝顔だ。杵島さんのことで悩んだり、落ち込んだりはしてないんだよね。


 聖君だって、生きている間にいろんなことがあって、私や他の人みたいに、感情を押しこめちゃったり、隠してたりしてたんだね。

 そりゃ、そうか。誰にでもあるか…。みんな、聖君は完璧だって言うけど、聖君だって、普通の男の子なんだ。あ、男の子っていうのも変だよね。男の人…かな?


 高校2年だった聖君より、大人になった。甘えたり、可愛い聖君は、時々幼く見えるけど、でもたまに見せる真剣な顔だったり、表情や仕草、前よりもずっと大人っぽくなった。

 そのたび、私はドキッてときめいてる。

 

 すう。聖君の寝息、今日も可愛いな。穏やかな寝顔を見ると、私も安心する。

 聖君、大好きだからね。私は心の中でそっとつぶやき、寝ている聖君にキスをした。そして聖君の胸に顔をうずめ、私も眠りについた。


 翌日、朝起きると聖君はもう起きていた。

「あ、おはよう。目、覚めた?」

「うん」

 聖君が優しい目で私を見ている。

「聖君、いつ起きたの?」


「10分前かな…」

「なんで起こしてくれなかったの?」

「気持ちよさそうに寝てるからさ…」

「…それでもしかして、ずっと見てた?」

「うん!寝顔見てた。可愛かった!」

 もう~~。朝から顔がほてるよ。


「俺、もう起きて店の手伝いしに行っちゃうけど、桃子ちゃんはゆっくりしてていいからね」

「え?今何時?」

「7時10分くらい」

「…うん、わかった」

「じゃあね」

 聖君は私にチュってキスをすると、さっと起き上がり部屋を出て行った。

 今、7時10分で、10分前に起きたってことは、やっぱり7時ぴったりに起きるのね、聖君って。


 私はゆっくりと着替えをしてから、部屋を出た。それから2階にある洗面所で顔を洗い、一階に下りた。

「あ、おはよう、お姉ちゃん」

 杏樹ちゃんが元気に声をかけてきた。その横でクロも元気に、ワン!と吠えた。

「杏樹ちゃん、おはよう。早いんだね」

「うん。これからクロの散歩行ってくる」

「いってらっしゃい」


 杏樹ちゃんは元気にクロを連れて、お店のほうに出て行った。

 はあ、さすがだ。ほんと、昼近くまで寝てるひまわりとは、大違いだ。ここの家族はお店をしてるからなのかな、規則正しい生活をしてるよね。


 

「おはようございます」

 私もお店に顔を出した。

「おはよう、桃子ちゃん。今、朝ごはん用意するから、カウンターで待ってて」

 お母さんがにっこりと笑って、優しくそう言ってくれた。

「あの、私も手伝います」

「そう?じゃあ、聖と爽太にコーヒー淹れてあげてくれる?」


「あれ?聖君は?」

「外の掃除をしてる。爽太は、杏樹と一緒に散歩に行ったの」

「二人で?」

「最近ね、杏樹が散歩に行くときは、爽太も一緒に行ってるみたいよ。いろいろと話したり、海岸を一緒に走ったりするんですって」


「へ~~」

「いっとき杏樹、爽太と一緒にいるのを嫌がってたんだけど、お友達にすごく羨ましがられてから、杏樹から爽太に一緒に散歩行こうって誘うようになっちゃって」

「羨ましがられたって、お父さんと仲がいいことをですか?」

「ううん、お父さんが若くてイケメンだから」


「へえ。杏樹ちゃん、あまりそういうこと羨ましがられても、気にしないと思ってた」

「そうでもないわよ。お兄さんがあんなにかっこよくって、羨ましいってみんなに言われてた時も、あの子天狗になってたし」

「え?そうなんですか?でも聖君、杏樹が冷たいって最近いじけてましたけど」

「あはは。だって、聖、うるさいんだもん。過保護もいいとこ。そりゃ、うるさがられても仕方ないわよ。きっと杏樹、そんな聖よりも、もっと寛大な爽太のほうが一緒にいて楽に感じてきたんじゃないのかしらね」


「わ~~るかったね。てんで寛大じゃなくって」

 聖君が口をとがらせながら、キッチンに来た。

「あら、外の掃除終わったの?」

「終わったよ。俺がいないところでもしかしていつも、そうやって悪口言ってんの?」

「あら、言ってないわよ。ねえ?桃子ちゃん」


「はい」

「ほんと?」

 聖君が私に、小声でそう聞いてきた。

「安心してよ、聖。たとえ私があなたのことを悪く言っても、桃子ちゃんはそれでも、聖のことが好きだから。ねえ?」

「え?は、はい」


 お母さんにそんなことを言われ、私はびっくりして真赤になった。

「ほらね?桃子ちゃん、寛大だから」

 お母さんがそう言って笑うと、

「それ、結局俺は、心が狭いって言いたいんじゃないの?」

と、聖君はまたすねてしまった。


「ほら、聖、すねてないで、桃子ちゃんの朝ごはんできたから、カウンターに持って行って。桃子ちゃんがコーヒー淹れてくれたのも、一緒に持って行ってくれる?」

「へーい」

 聖君はまだ、口をとがらせたまま、そう返事をした。くす、可愛いな。口をとがらせてすねてる聖君も。


「あれ?桃子ちゃんなんで笑ってるの?」

「聖君が可愛いから」

「え?どこが?」

「すねてるところが…」

「え~?そんなところも?」

「うん、可愛い」

「へんなの」

 聖君に変なのって言われたけど、座り方が可愛いっていう聖君のほうこそ、変わってるって思うよ、私は。


 カウンターにつき、私は朝ごはんを食べだし、聖君はその横で、コーヒーを美味しそうに飲んでいる。

「朝ごはんは?」

 聖君に聞くと、

「ああ、もう食った」

とにこにこしながら答えた。それから私が食べているところを、じっと聖君は見ている。


「そんなに見られてると、食べづらいよ」

「へ?そう?」

「ちょっとあっち向いてて」

「嫌だ」

「なんで?」

「桃子ちゃん、可愛いから見ていたい」

「…」

 もう~~。だから、聖君のほうがよっぽど変。


「ほんと、あなたたちは仲いいわよね。喧嘩なんてしたことないでしょ?」

 いつの間にか、カウンターの近くに来ていた聖君のお母さんが私たちに聞いた。

「げ、母さん、いつからここにいた?」

「ちょっと前からよ。もうすぐ爽太帰ってくるから、朝ごはん持ってきたの」

 見ると、お盆にお父さんの分の朝ごはんを用意していた。


「…」

 聖君は一気に真っ赤になった。

「あ、ほら、帰ってきた」

 窓の外に、お父さんと杏樹ちゃん、それにクロの姿が見えた。

「ただいま~~。ああ、喉乾いた」

 杏樹ちゃんがそう叫んだ。

「ワン!」

「クロも水飲みたいって。お母さん、用意して」

 杏樹ちゃんがそう言った。


「はいはい。その間にクロの足、拭いておいてちょうだいね」

「は~~い。おいでクロ。足拭いてあげる」

「ワン!」

 クロは嬉しそうに尻尾を振りながら、杏樹ちゃんに足を拭いてもらっている。


「おはよう、桃子ちゃん」

 ニコニコ顔でお父さんが、カウンターのほうに来た。

「おはようございます」

「お。これ、俺の分の朝食かな」

「はい」


 聖君のお父さんはそう言うと、聖君の横に座り、

「いただきます」

とご飯を豪快に食べだした。

「父さん」

「ん?」

「俺、これからちょっと、亨さんに会って来るよ」


「店まだ開いてないぞ」

「うん、開店前に話そうと思って」

「そうか。うん、いいんじゃないの?お前の言いたいこと、言って来たら?」

「え?」

「誘うんだろ?ダイビング」

「うん」


「亨、きっとやるって言うよ」

「ダイビング?」

「そう。聖とならね」

「…それはわかんないけど」

「ま、誘うだけ誘ってみろよ」

「うん…」


 聖君はマグカップを持って、

「じゃ、俺行ってくる。あ、桃子ちゃん、店の手伝い、無理しない程度にするんだよ?」

と私に言って、キッチンにマグカップを持って行き、それからお店を出て行った。

「自分と向き合う…か」

 聖君のお父さんは聖君の背中を見送ってから、ぽつりとそう言った。

「え?」

「そうやって、あいつもどんどん大人になっていくんだな」

 聖君のお父さんは、ほんの少し寂しげだった。


「寂しいですか?」

 私はそう聞いてみた。

「ん?そうだね。なんかどんどん、親離れしていくようで、寂しいって言ったら寂しいかな」

「…」


「父さんもそうだったのかな」

「え?」

「俺の父さん。聖と杏樹が生まれて、みんなで育てて、でも、いきなり伊豆に越すからってある日言い出したんだよね」

「え?お父さんがですか?」

「そう。びっくりしたよ。でも、母さんとは前から決めてたみたい」

「…」


「俺にはもう、家族もできたし、自分らがそばにいないでも、しっかりとやって行けるしって思ったらしい。自分の事務所も閉めてさ、伊豆に移住しちゃったんだよね」

「聖君が小学生の時でしたっけ?」

「うん」

 聖君のお父さんは、ご飯を食べ終わり、それからコーヒーを一口飲んだ。


「俺にも伊豆に行くかどうか聞いてきた。でも俺は、ここが好きだったし、くるみは店を続けたいって言ったし。春香は櫂さんと相談して、伊豆に行くって決めた。あっちで母さんがお店を開くのも決めてたから、その手伝いがしたいって。櫂さんは、伊豆でサーフィンができるって、喜んで伊豆に行くこと決めてたよ」

「櫂さんって、サーフィンショップしてるんですっけ?」


「そう。あ、そっか。まだ伊豆行ったことないんだよね。あのね、一軒家の一階が母さんの店になってるんだ。って言うとここと変わらないように聞こえるけど、ここよりずっとでかい家なんだよね」

「え?そうなんですか」

「うん。客用の部屋もあって、もうちょっとした民宿状態?あ、民宿って感じの家じゃないか。見た目はおしゃれなペンションかな」


「わあ。いいな、行ってみたい」

「でしょ?この家よりも、さらに風呂場がでかい。家族4人くらいでも入れるよ」

「え~、すごい!」

「で、櫂さんの家は一階がサーフィンショップ。母さんの家から、5分も離れていない」

「へ~~」


 聖君のお父さんは美味しそうにコーヒーを飲んで、

「いつか、あいつも桃子ちゃんや凪ちゃんと一緒に、遠くに行っちまうのかな」

と、うつむき加減に言った。

「それは、わからないです。ずっと一緒にいるかもしれないし」

「うん、そうだね」

 聖君のお父さんはニコって微笑んで、

「でも、桃子ちゃん、俺らに遠慮はいらないからね」

とそう言った。


「え?」

「どっか、聖と遠くに行きたくなったら、それもそれでいいから」

「え?」

「そんで、杏樹もこの家を出て行ったら、くるみと2人で、甘い夫婦生活楽しむからさ」

「へ?」


「結婚してから、2人っきりで生活したことないんだよね。だから、2人で暮らすってのもいいかもね」

 聖君のお父さんはそう言って、ははって笑った。

「もう~~、爽太、何を勝手にそんな話してるのよ。まったく、この親子は困っちゃうわよね?桃子ちゃん」

 いつの間にかカウンターのほうに来てた、お母さんがそう顔を赤らめながら言った。


「あれ?いつからここにいた?もしかして今の話聞いてた?」

「聞いてたわよ。ほら、食べ終わったんでしょ?食器片づけるから」

 そう言うと、お母さんはお父さんが食べ終わった食器を持って、キッチンに行ってしまった。

「ありゃ、聞かれてた」

 聖君のお父さんはそう言うと、ぺろって舌を出した。うわ、こんなところ、聖君にそっくりだ。


 私も朝ごはんを食べ終わり、食器を片づけにキッチンに行った。すると、聖君のお母さんが一点を見つめながら、ぼ~~ってしていた。

「あの?」

「あ、桃子ちゃん、何か飲む?」

「いえ…」

「桃子ちゃんはゆっくりしてていいからね。もう少ししたら、桜ちゃんが来るし」


「はい」

「はあ。なんだか、爽太の話を聞いててね、私も寂しくなっちゃって」

「え?」

「杏樹も聖もこの家を出て行ったら、かなり寂しくなっちゃうんだろうなって思って」

「…」

「爽太みたいに、2人で過ごすのを楽しもうって、そんな能天気に考えられないわよね」

「え?」


「寂しいものは寂しいわ…」

「そうですよね。でも、しばらくはきっと、その…」

「ん?」

「私と凪もやっかいになるから、寂しいどころか、大変になるっていうか」

「あ、そうよね。すごくにぎやかになるわね」

「はい」


「くすくす、そうよね。ああ、嫌だ。当分はにぎやかになるっていうのに、何処まで先の未来を考えて、寂しがってたんだか。バカみたいよね。さ、コンソメスープ、作っちゃおうかな!」

 お母さんはそう言って、にっこりと微笑んだ。

 

 子供って、どんどん成長していくのを見れるのは嬉しいんだろうな。親にとって。だけど、その反面、離れていく寂しさがあるんだね。

 お腹に手を当てた。これから生まれてくる私の赤ちゃん。いろいろと大変だろうけど、それはあっという間のことかもしれない。

 だから、この子と過ごす一瞬一瞬を、大事にしていかないと…。そんなことを私は感じていた。



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