第164話 全身で…
聖君は、
「ちょっと、車停めてもいい?」
と聞いてきた。
「うん」
聖君は、ちょうど公園が近くにあり、その横に車を停めた。
「私が駄目って?」
私は気になり、聖君に聞いた。聖君は私のほうを見ると、優しく私を見た。
「駄目って言っても、あれだよ。なんていうのかな、話しかけづらいっていうか、近づきにくいっていうか、そんな感じ」
「他の女の子みたいに?」
「そう」
私が女っぽくないから、平気だったんじゃないの?違ったの?
「だけど、花火、あんときだよね」
「え?」
「桃子ちゃんに話しかけたら、桃子ちゃんの声が小さくて声をちゃんと聞こうと思って近づいた」
「うん、いつの間にか間が空いてたのに、聖君すぐ横に来てたよ」
「…そう。すぐ近くに行ったんだ。そうしたら、やばかった」
「え?え?」
具合悪くなってたの?あの時。
「桃子ちゃんの隣、すごく居心地よかった」
「え?」
「俺、花火見ながら、癒されてた。花火が綺麗で、それで気持ちが良かったのかと思ってたけど、あとから考えてみたら、違ってた」
「…」
「って、前にもこんな話したよね?」
「うん」
「ふ…。それからさ」
聖君はちょっと笑いながら話し出した。
「桃子ちゃんがいなくなって、めちゃくちゃ焦って。見つかった時には、まじでよかったって、心からほっとして…。俺、あんとき、桃子ちゃんはすぐそばにいないとダメなんだって、そんなことなんとなく思ってたよ」
「え?」
「多分、守らないとって思ったんだと思うだけど、きっと本当はさ、俺のほうが救われたかったんだよね」
「救われるって?」
「桃子ちゃんのオーラ、優しくて、あったかいから」
「…」
「あのあとのこと覚えてる?桃子ちゃん」
「私が鼻緒で足の指すれちゃって、聖君が肩を貸してくれたの」
「うん。ほんとはさ、おぶろうってまじで思ったんだよ?」
「あ、一回かがんだもんね。私をおぶろうとして」
「うん。あんなこと、普通だったら絶対にしない」
「え?」
「たとえ、相手が怪我してても。俺、女の子には近づかないからさ」
「…」
「杏樹くらいかな。あんなことしようとするのは…」
「…」
「でも、桃子ちゃんには自然に、体も動いてたよ」
「…」
「カラオケ行ったときだって、隣に俺座ったでしょ?」
「うん」
「すぐ隣、嬉しかったし」
「…」
「えっと、あれ?違った。そういう話をしてたんじゃなかったっけ」
「え?」
「女の子が苦手だってのが、大丈夫かもって話だっけ」
「うん」
「女の子といると、またあんなふうに、辛い思いをしなくちゃならないって、どっかでそう思って、避けてたんだろうね、俺」
「吐いたの、辛かった?」
「うん、きっとね。忘れたいくらいだったんだろうね」
「…」
「だけど、近づいたって、相手は俺を苦しめたりしないんだよね」
「うん」
「なんか、そんなことさっき、芹香さんの話を聞いてて、感じてた」
「…」
「みんな、優しいかもなってさ」
「うん」
「…」
聖君は黙って、ハンドルの上で両手を組み、その上に顔を乗せ、私を見ている。
「俺、覚えてるよ、今でも」
「何を?」
辛かったこと?
「桃子ちゃんが、真っ赤になって、すんげえ可愛いって心で叫んだこと」
「へ?」
「本当に可愛かったんだ。女の子って、こんなに可愛いの?って、そんとき初めて知った」
「…」
うわ~~。顔がほてっちゃうよ。
「杏樹も可愛いけど、まったく違った。なんていうのかな、ああ、桃子ちゃんがよく言ってるあれだ、胸キュンってやつだ」
え?
「やべ~~、すげえ可愛い~~~。って桃子ちゃんのこと思ってからは、桃子ちゃんから目も離せなくなったし、もっと近づきたいって思ったし、勝手にすぐに手もつないじゃってたし、あ、さっさと俺、キスもしちゃってたっけね?」
「う、うん」
聖君はへへって笑って、私の手を握ってきた。そして顔を近づけ、キスをした。
「…桃子ちゃんとキスすると、全身の力抜けるよね」
「え?」
「なんていうの?ほえ~~って、幸せでいっぱいになるんだよね」
「…」
「っていうかさ、桃子ちゃんのそばにいるだけでも、そうかも」
「ほえ~~~って?」
「そう。すげえ満たされる」
「…」
「ああ、俺、桃子ちゃんにメロメロだなって、何回も思ってた」
メロメロ。そういえば、そう言ってから真っ赤になってたことあったっけ。
「えへ」
あ、にやけた。
「桃子ちゅわん」
あ、甘えてきた。それからまた、聖君はキスをしてきた。
ああ、とろけちゃうのは私のほうだ。って、え?!なんで胸まで触ってくるの?
「聖君、駄目だってば」
「ちょっとだけ」
「駄目」
「けち」
もう、けちじゃないよ~~。あ、ほら、犬を連れて散歩してる人だって、いるじゃない。見られたかもしれないのに~~!!
「聖君、車だそうよ」
ここにいて、もっとその気になっても困る。
「え?」
「は、早く帰りたいな~~。私、それで聖君とお風呂に入りたい…」
「わかった!」
聖君はすぐにエンジンをかけ、車を発進させた。ああ、やっぱり単純だ。
家に帰ると聖君は、やっぱり母に、
「すぐお風呂入る?」
と聞かれ、
「はい!すぐ入ります!」
と元気に答え、私を連れてさっさと2階に上がった。毎回母も聞いてるけど、この聖君が面白くて聞いてるんじゃなかろうか。
「お風呂、お風呂」
聖君、うきうきで引き出しから、着替えを出しちゃってるし。
ぐに~~~。
「あ!」
「え?」
「今、凪が思い切り動いた」
「まじで?もしかしてお風呂に入れるって、喜んじゃってる?」
「さあ?」
凪の場合は、聖君のお風呂に入れるのが嬉しいっていうのとは、ちょっと違うよね。っていうかさ、なんでこんなに聖君は嬉しいんだろうか。
お風呂に入り、いつものように私の体も髪も洗ってくれて、豪快に自分の髪と体を洗った聖君は、バスタブに入ってきて、後ろから私を抱きしめてきた。
「ねえ、なんでそんなにお風呂が好きなの?」
「桃子ちゃん、嫌い?」
「え?ううん」
「一人で入るのと、俺と入るの、どっちが好き?」
「聖君と入るの…」
「でしょ?」
「…聖君も?」
「もちろん!」
お風呂に入るのが好きなんじゃなくって、私と入るのがいいのかな?
「どうして、そんなに喜んじゃうの?いつも」
「俺?」
「うん」
「え?だって、桃子ちゃんと入れるんだよ?」
「うん」
「こうやって、肌と肌が触れ合って」
「うん」
「こうやって、桃子ちゃんに抱きつくことができて」
「うん」
「嬉しいに決まってるじゃんっ!」
聖君はそう言うと、ぎゅって抱きしめてきた。それから、うなじにキスをして、胸を触ってくる。
「聖君…、駄目だってば」
「で、こうやって、桃子ちゃんが真っ赤になったり、恥ずかしそうにしたり、うずいちゃってるのとか、見れるし…」
「変態っ!」
「あはははは」
もう、変態って言われてるのにさわやかに笑ってるし…。
「すごく幸せを感じない?」
聖君が聞いてきた。
「うん」
「父さんが前に言ってたんだ。たとえ、母さんと喧嘩したとしても、一緒に風呂は入るんだって。そうしたらすぐに、仲直りできちゃうってさ」
「え?喧嘩することあるの?」
「あるみたいだよ」
え~、びっくりだ。
「風呂でいちゃついてりゃ、仲直りもしちゃうよね」
いちゃつくって、そんな、お父さんとお母さんがいちゃつくかどうかなんて、わかんないじゃないの…。
「桃子ちゅわん」
「ん?」
「可愛いっ。むぎゅ~~」
聖君がまた、抱きしめてきた。
ああ、ほんとうだ。幸せだ。聖君の腕の中って、どうしてこうもあったかくって、優しくって、ときめいちゃうんだろう。
お風呂から出て、部屋に行き、聖君に髪を乾かしてもらう。いつもながら、聖君の私に触れる手、優しいんだよね。そのたびドキドキしてる。
それから聖君の髪を乾かしてあげる。無防備になってる聖君は、本当に可愛い。
チュ。聖君の耳にキスをした。
「わ、くすぐったいよ」
聖君が、眉をかたっぽさげて、くすぐったがる。ああ、可愛いな~。
「聖君、可愛い」
私は聖君を後ろから抱きしめた。
「今度は桃子ちゃん?」
「え?」
「さっきの俺のマネ?」
「ううん。聖君がめちゃくちゃ可愛いから」
「…」
あ、照れてる。耳赤いし…。こんなところも、可愛いっ!
「なんで聖君って、こんなに可愛いのかな」
「う、もういいってば」
聖君はそう言うと、私のほうにぐるって向いて、
「桃子ちゃん」
と色っぽい声をだし、キスをしてきた。
「今日、いい?」
「聖君、勉強は?」
「昼間したよ」
「…」
私が何も答えないと、聖君はまたキスをしてきて、それからぎゅって抱きしめてきた。
「駄目って言われても、駄目」
「え?」
「もう、俺その気だから」
「…」
う…。そんなこと言われて、断れない。
私はそのまま、黙って抱きしめられたままになっていた。
「桃子ちゃん?」
聖君がまた、私の顔を見て聞いてきた。あれ?なんで聞いてくるのかな。
「いいの?」
「駄目って言っても、駄目なんでしょう?」
「うん」
「駄目って言っても、強引に襲ってきちゃうんでしょう?」
「う…」
聖君がなぜか、固まってしまった。あ、意地悪な言い方しちゃったかな。
「駄目…なの?」
聖君が弱々しく聞いてきた。
「…」
私は黙って、聖君の耳にキスをした。
「あ、そこ駄目。くすぐったい」
う、聖君、可愛い。むぎゅ~~。聖君を抱きしめると、聖君はそのままベッドにドスンと寝転がってしまった。
「桃子ちゃん、もしかしてその気になってる?」
「…」
黙って聖君を見た。ああ、今日もかっこいいよね。
「桃子ちゃん?」
「聖君の…」
「うん?」
「唇、好きだな~~」
「へ?」
「絶対に形いいよね」
「わかんないよ、そんなこと言われても」
聖君が照れた。
チュ。私からキスをしてみた。聖君は黙っている。もう一回してみた。まだ聖君はただ、私を見つめている。
「…」
わあ、それも熱い目で見てる。その目に弱いんだってば。クラってしちゃうよ。
駄目だ~~~。ノックアウトです。
「もうキスおしまい?」
聖君が聞いてきた。
「うん」
「うそ、もっとしてよ」
え~~~?何それ!
聖君は黙って目をつむって、私がキスをするのを待っている。ああ、もう。眠れる森の美男子みたいじゃないか…。
聖君の唇を指で触った。やっぱり、形いいよ。それからじっと聖君の目をつむっている顔を見た。ああ、かっこいい。こんなかっこいい聖君を、思い切り見てられるなんて。
しばらくうっとりとしていると、
「まだ?」
と聖君が聞いてきた。私は聖君にまた、キスをした。すると聖君が、ぎゅって私を抱きしめた。
うわ…。うわわわ。駄目だ。聖君が愛しすぎちゃう。
私は聖君にキスをしたまま、聖君の頬をなでた。それから髪も。
とろん。とろけた。聖君の唇から、なかなか離れられない。聖君もずっと私を抱きしめたまま、離そうとしない。
そっと唇を離し、聖君を見た。聖君も熱い目で私を見ていた。
「愛してるよ」
聖君が優しくささやいた。
「私も…」
聖君はそっと体を起こし、私のパジャマのボタンを外しだした。その間にも優しくキスをしてきたり、私の髪をなでたりしてる。あ、今気が付いた。片手でボタン、外しちゃってるんだ。うわ。そんな特技まで身に着けちゃったのか。
そして、パジャマの上を脱がすと、優しく首筋や肩にキスをしてくる。
聖君のキスはいつも優しい。それに触れる手も、いつも優しい。
私の指に指を絡ませ、それから私の手の甲にキスをする。ドキ。私は指の先まで、聖君に触れられると、ときめいてしまう。
聖君は知ってるのかな。私がいつも、聖君に抱かれるたびにドキドキしてるのを。指先まで、聖君を感じているのを。
体全部が、聖君に触れられるのを、すごく喜んでいることを…。
聖君がタオルケットをそっと私にかけ、それから、腕枕をしてくれた。私は聖君の胸に顔をうずめ、聖君に抱きついた。その手を聖君は、腕枕をしていないほうの手で、そっと握りしめた。
「聖君」
「ん?」
「知ってた?」
「何を?」
私は聖君の優しいオーラに包まれ、うっとりとしながら聞いてみた。
「私ね、指先まで、聖君に触れられると、ドキッてしてるの」
「…」
聖君は黙って聞いている。
「聖君を感じられるのが、嬉しくって」
「うん」
「体全部が、聖君に触れられると、喜んでいるの」
聖君はしばらく黙って、私の手を優しくなでている。
「今も?」
「え?」
「今もときめいちゃった?」
「うん…」
「そりゃ、そうかも」
「え?」
「だって、俺、桃子ちゃんを抱く時、いつも全身で愛するようにしてるし」
ひょえ。そんなことを言われると、恥ずかしい。
「抱く時だけじゃないか。キスの時も、手をつなぐ時も、こうやって、腕枕する時も」
「…」
「桃子ちゃんのこと、めちゃ愛してるって思いながらしてるよ」
ああ、そっか。だからいつも、聖君を感じるのか。
「桃子ちゃんの髪も、指先も、つま先まで、愛してるよ」
「聖君、照れる…。それ、言ってて聖君は照れないの?」
「照れるよ。でも先に照れくさいこと言ってきたのは、桃子ちゃんでしょ?」
「そうかな」
「そうだよ」
聖君は私の手をつかんで、掌にチュッてキスをした。
「でも、嬉しかったけどさ」
「…」
聖君は私の手を離すと、今度は優しく髪をなでている。
は~~。その手、気持ちがいい。とろけそうだ。もしかして、クロもいつもこんな気持ちなのかな。
「桃子ちゃん」
「え?」
「愛してるよ」
「うん」
「やべ…」
「え?」
「すげえ、幸せ」
「うん」
聖君にギュって抱きついた。私もものすごく満たされて、幸せだった。




