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第161話 父の才能

 みんなと別れ、家に帰った。聖君は玄関まで出迎えてくれた。

「勉強は?」

「したよ。今、3時になったから、お茶でも飲まないかってお父さんに誘われて、リビングにちょうど下りてきたところ」

 お父さんめ。勉強の邪魔しちゃだめじゃないの。


「桃子ちゃんも何か飲む?」

「ううん。ファミレスでいっぱい飲んできちゃった」

 私はそう言いながら、リビングに行った。父はキッチンで、コーヒーを淹れている。

「やあ、桃子、おかえり。お友達は元気だったかい?」

「うん。もうすぐ退院できるって。つわり、だいぶおさまってきたみたいだよ」


「そうなんだ、良かったね」

 父はそう言いながら、二つマグカップを持ってやってきた。聖君の分までコーヒーを淹れてあげたのか。いつも自分のですら淹れたことがないくせに。

「あ、理事長がいてね、みんなの飲み物買ってきてくれたんだ」

「へえ、あの理事長が」

 父がちょっと驚いた。


「うん。お友達がお見舞いに来たっていうのを、すごく喜んでたみたい」

「そりゃそうだろう。やっぱりあの理事長だって、孫が可愛いんだよ」

「うん。本当に可愛いみたい」

「じゃ、ひ孫が生まれたら、大変だね」

 私の隣に座った聖君が、コーヒーにミルクを入れながらそう言った。

「うちのじいちゃんだって、どうなっちゃうかな。生まれたらしばらく、江の島にいるかもしれないな」

「え?」


「あ、だけど、春香さんも同じころ生まれるから、しばらくは伊豆でおとなしくしてるかな」

 おとなしくって…。じゃ、いつもはどんなおじいさんなんだ。

「春香さんっていうのは、聖君のおばさんにあたる人だよね?」

 父が聞いた。

「はい。だから、俺のいとこになるんです」


「お父さんのいとこと、凪ちゃんは同じ年になるんだねえ」

「あ、そうですよね。あはは、なんか変な感じですよね」

「だけど、同じ年の子が親戚にいるのは、嬉しいことかもよ?」

 私がそう言うと、

「そうだね。伊豆に行くたび、きっと仲良く遊ぶんだろうね」

と聖君も嬉しそうに言った。


「お昼は聖君、どうしたの?」

 私が聞くと、

「ああ、お父さんと冷やし中華食べた」

と聖君が、あっさりと答えた。

「誰が作ったの?」

「俺」

 そうか。昼は聖君が作ったのか。


「聖君は今すぐにでも、店が出せそうだね」

「え?そうっすか?」

 聖君はちょっと照れくさそうにそう言った。

「なんか、いつかカフェを桃子ちゃんとやるのもいいかなって、そんなこと思ったこともあるんです」

「ああ、いいね。夫婦でカフェ。そういうのは僕も夢見たっけな。まあ、定年してからの話だけどね」

 父が聖君の話に、にこやかに答えた。


「まじで、定年したらやってみたらどうですか?」

「ははは。聖君みたいに料理もできないし、無理な話だよ。それに、定年したら、もっと釣りに行きたいって思ってるしね」

「あ、そっか…」

 聖君はなんだか、納得したようにうなづいた。


「じゃ、定年しちゃったら、仕事はしないんですか?」

「いや、多分すると思うよ。まあ、まだ先のことだし、そんなにあれこれ今から考えてはいないけどね」

「ですよね」

 聖君はそう言うと黙り込んだ。しばらく黙ってコーヒーを飲んでいたけど、いきなり父を見て、

「お父さんって若いころ、何かしたいことってありましたか?」

と唐突に聞いた。


「それは夢ってことかな?」

「はい」

「う~~ん、そうだな。特にこれっていうのはなかったかな。普通にサラリーマンして、家庭を持って、普通の暮らしをしていくだろうくらいにしか思ってなかったよ」


「じゃあ、就職のとき悩んだりとか、そういうのもなかったんですか?」

「悩むも何も、就職できたらラッキーくらいに思っていたしね。まあ、そこそこの会社に入れて、支店長にまでなれた。本当に僕は運が良かったって思ってるよ」

「運?実力じゃなくて?」

「そうだな。実力ならもっと上っていうやつも、周りにいたからな」


「…」

 聖君はまた、黙り込んだ。

「未来のこと、考えてるのかな?」

 父が聞いた。

「あ、はい」


「ははは。僕が君くらいの年の頃は、何にも考えていなかったね。そうだ。前にも言ったけど、クイズが好きでね。大学生のころから、テレビのクイズ番組に応募して出たりしていたっけ」

「それって、仕事に活かそうとは思わなかったんですか?」

「はは。仕事にはならないだろう。まあ、賞金を稼ぐっていうくらいなら、できたかもしれないけどね。仕事にはならないさ」


「…」

 聖君は黙って、父を見ている。

「釣りもそうだ。あれも趣味だね。だけど、仕事があって、趣味の時間があって、それでいいと思ってるよ。ああ、あとはもっと家族との時間も大事にしなくちゃならなかったなって、今さらながら思ってるけどね」

「家族…」

「凪ちゃんが生まれたら、もっともっと家にいる時間を僕は増やしていくんだろうなあ」


「え?仕事はどうするの?」

 私が驚いてそう聞くと、

「そうだな。どうしようかなあ」

と父はのんきにそんなことを言って、コーヒーをごくんと飲んだ。

「家族…。俺も大事です。絶対にそばにいたいって思います」

 聖君が言った。


「うん」

 父が優しく、微笑みながらうなづいた。

「だけど、自分のしたいことをしたいっていうか、何か挑戦したいっていうか…」

「おじいさんの言ったことを気にしてるのかい?」

「え?」

「聖君には力があるって」


「…さあ。それはよくわからないですけど、ただ」

「うん」

「心の奥で、何かがくすぶってる感じは、なんとなくしています」

「そうか…」

「はい」


「僕は何も言ってあげられないな。桃子のことを幸せにしてくれとしか言えない。だから、聖君があまり何かに夢中になって、桃子のことを忘れてしまったら困るな」

 父が苦笑いをしながら、そう言った。

「忘れないです」

 聖君がそう言ってから、私をちらっと見ると、

「忘れるどころか、いつもそばにいてもらってると思います」

とそう答えた。


「…そうか」

 父は静かにうなづいた。それから私を見た。

「桃子はあれだなあ」

「え?」

「今の話を聞いていても、何も動じないんだな」


 父に言われてしまった。え?動じないってどういうことかな。

「聖君が自分の道をどんどん進んでいって、離れて行ったらどうしようとか、そんな不安はないのかい?」

「え?うん」

「もう夫婦らだからかな?」

「ううん」


 私が首を横に振ると父は、不思議そうな目で私を見た。

「私、聖君がどんどん自分の道を進んでいったら、私はその聖君の隣にいて、いろんな聖君を見ていくから。離れちゃうなんて思ってないよ」

「え?」

「あ、実は不安だったんだけど、でも、いろんな聖君を見ていきたいって思っちゃったんだ」

「いろんな?」

 父はまだ、不思議そうな顔をしている。


「絵、お父さんも褒めてたでしょ?私も驚いちゃった。あんなふうに、まだまだ知らないいろんな聖君に出会っていくのかなって思うと、わくわくしちゃうの」

 聖君が横で、ぼりって頭を掻いた。あ、今照れてる?

「そうか。なるほど。おじいさんが言ってたように、桃子はただ守ってもらうだけじゃなく、聖君の隣にいながら、聖君を支えていくんだね?ずっと」


「うん」

「はは。そうか。いつの間にそんな強い子になっちゃったんだろうね。誰かにいつも守ってもらってた小さな桃子が」

「…」

 父はちょっと寂しげだった。


「凪が生まれたら、いっぱい遊んでくれるの?」

 私は父にそう聞いた。父はそれを聞き、一気に目をきらきらさせ、

「もちろんだよ。今からすごく楽しみにしてるんだから」

と笑って言った。


「きっと、じじバカになるんだろうなあ。ははは」

 父がそう笑いながら言うと、

「あ、それならうちの親も、すでにじじバカ、ばばバカですから、安心してください」

と聖君が父に言った。

「ははは。そうか。凪は大変だな。いや、幸せ者かな?」


「はい。俺も、父さんも、生まれてからいっぱい、いろんな人に大事にされてきました。あ。もちろん、杏樹や、春香おばさんも。で、俺、思うんですよね」

「うん?」

「すごく大事に愛されて育って、仲のいい家族の中にいると、また、家族を大事にする人になっていくって」


「聖君のようにかい?」

「はい。家族を持つこととか、家族といることが、自然だと思ってるし、大事にしたいってまじで思うし」

「そうだね。それに、家族を大事にする聖君は、他の家族も幸せにしちゃうしね」

「え?」


「他の家族ってことはないか。もう、うちの家族もみんな、聖君の家族なんだからね」

「そうっすね」

「うちの家族も、聖君がいてくれたおかげで、ほんとうに変わったからね」

「…」

 ああ、父もそれは感じてたんだ。


「おじいさんが言ってたことは、確かに僕も思うよ」

「え?」

「君は、すごい力を持っている」

「…」

「でも、その力はどんな仕事に就いたとしても、発揮できるよ」

「…はい。ありがとうございます。なんか、そう言ってもらえると、すごく嬉しいっす」

 聖君は真剣な目で、そう父に答えた。


「だから、焦る必要はないさ」

 そう言って、父は優しく笑った。

「はい」

 聖君は嬉しそうに微笑み、うなづいた。


 4時になり、私と聖君は車に乗り込んだ。それから江の島に向かった。

「俺さ」

 聖君はしばらく黙っていたけど、ぽつりと口を開いた。

「ん?」

「桃子ちゃんのお父さん、すげえ好きだよ」


 聖君、目、潤ませてる。

「父さんも好きだけど、桃子ちゃんのお父さんって、大きいよ」

「え?」

「支店長、任せられるだけのことはある」

「そう?」

「うん。きっと部下からも信頼されてるだろうね」


「そうかな。仕事してるお父さんを知らないから、わからないな」

「ああ、そっか。でもさ、話してると男としてなんか、尊敬できるっていうか」

「え?尊敬?」

「うん。俺の父さんは、一人で仕事してるじゃん?」

「フリーなんだっけ」


「そう。それがあってるみたいなんだけどね。桃子ちゃんのお父さんは、ああやって人の上に立って仕事をしていくのが、向いてるっていうか、そういう才能を持ってるって思うんだ」

「そんなことがわかるの?」

「わかるよ。俺、桃子ちゃんのお父さんが上司だったら、働きやすいし、力も発揮できるって思うよ?」

 へ~~。そうなんだ。


「運が良かったとか言ってたけど、お父さんの力なんだと思う」

「今の仕事、あってるってこと?」

「うん。きっとお父さんの才能、発揮してる」

「そっか」

 そんなこと考えたこともなかったな。やっぱり、男の人って見るところが違うのかな。それとも、聖君だからなのかな。


「俺はどっちかな」

「え?」

「人と一緒に仕事をしていくのか、一人のほうがあっているのか」

「…」

「人の上に立てる人間なのか、それすらわかんないよね」


 私は何も答えなかった。でも、聖君は人を動かすすごい力を持っているっていうのは知ってる。人の上に立っても、一人でも、周りの人にすごい影響力を与えちゃうんだろうな。


 聖君は黙って前を向いて、運転をした。なんだか、その横顔を見ていて、やけに大人になっちゃったような感じがしていた。

 今まで見たことのない聖君が、また現れたっていう、そんな感じもしていた。

  



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