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第160話 変化

 ガチャ。ドアが開いた。ああ、やっぱり。ドアを開けてくれたのは、理事長だった。

「あら、榎本さん。お見舞いに来てくれたの?」

 ドアの真ん前に私がいたからか、理事長は私にそう言ってから、もっとドアを開き、後ろにぞろぞろといるのに気が付いて、目を丸くした。


「すみません、大勢で来ちゃって」

 私がそう言うと、理事長はものすごく嬉しそうな顔をして、

「小百合、学校のお友達が、たくさんお見舞いに来てくれたわよ」

と弾んだ声で小百合ちゃんに言った。

 あ、あれ?怒られると思ったのにな…。ほっとして私は胸をなでおろした。それはみんなも思っていたようで、はあって安堵のため息がみんなから漏れた。


「どうぞ、入って入って」

 理事長にそう言われ、みんなで中にぞろぞろと入った。

「わあ、みんな来てくれたの?」

 小百合ちゃんはベッドに座ったまま、嬉しそうにみんなを見て、そこに椿ちゃんと果歩ちゃんがいることにちょっと驚いた顔をした。


「あ、なんか、仲良しになっちゃって」

 菜摘がそう言って、えへって頭を掻いた。あれ?今の聖君みたいだったな。

「そうなんだ。わあ、こんなたくさんで来てくれて嬉しい」

 小百合ちゃんは本当に嬉しそうに笑った。

「何か飲み物でも買って来るわね」

 理事長がそう言って、病室を出て行った。


「わ、理事長自ら、飲み物買いに行っちゃった。いいのかな。それもこんな大勢の分」

 菜摘がそう言うと、小百合ちゃんが、

「いいのよ。おばあ様、すごく嬉しいんだと思うわ。さっきも、私がずっと休んじゃって、学校に復帰できるのかとか、お友達ができなくなっちゃうんじゃないかって、すごく心配してたところだったし」

と朗らかに笑いながら言った。


「え?理事長が?」

 蘭がそう聞くと、

「うん。いろいろと心配みたい」

と小百合ちゃんは、蘭を見ながらそう言った。


「そりゃそうだよね。孫はかわいいよ。うん」

 なんだか知らないけど、菜摘がそう言いながら、うなづいている。菜摘はおばあちゃんかって、蘭につっこまれて、2人で笑っていると、その横で真面目な顔をして、

「顔色いいみたい、小百合ちゃん」

と苗ちゃんが言った。

「だいぶよくなったの。あと2~3日で退院できるんだ」

小百合ちゃんは、とても嬉しそうに答えた。


「え?じゃ、学校にも来れるの?」

 菜摘が蘭とのじゃれあいをやめて、小百合ちゃんに聞いた。

「学校はもう少し様子を見てからかな」

小百合ちゃんは、ちょっと寂しそうに答えた。


「今、旦那さんと2人で住んでるの?」

 椿ちゃんが聞いた。

「ううん。退院したらうちに戻るの。輝樹さんもアパート引き払って、うちに来ることになっているの」

「へえ」


「赤ちゃんが生まれて、落ち着いてから、またアパート探して、3人で住むようになると思う」

「わあ、そうか~~」

 花ちゃんが、なんだか羨ましそうにそう言った。

「輝樹さん、今日は?」

 私が聞くと、

「午後に来るって。洗濯とか掃除があるから」

と小百合ちゃんが答えた。


「一人暮らしだもんね。大変だね。あ、洗濯ってまさか、小百合ちゃんのものも洗濯してるの?」

 私がちょっとびっくりしてそう聞くと、

「ううん。洗濯はお母さんがしてくれてる」

と、にこりと笑って小百合ちゃんは答えた。


「あれ?お母さんはお見舞いには来ないの?」

「うん。もう、朝に来て、おばあ様と入れ替わりで帰って行ったの」

「も、もしかして、理事長と仲悪いとか?」

 菜摘が小声で聞いた。

「違う違う。仕事があるから」


「え?日曜でも?」

「バイオリンの先生をしているの」

「ほえ~~!」

 みんなで、変な驚き方をしてしまった。バイオリンとは!さすが、お嬢様は違う!


「小百合ちゃんはバイオリンしなかったの?」

「私もしてたけど、あまり才能がなかったから、途中でやめちゃった」

 バイオリンを習ってたこと自体、すごいと思うけど。

「父は、ジャズ歌手なの」

「へ~?」

 これまた、みんなでびっくりしてしまった。ジャズ歌手とは!


「母もたまに父のライブに参加するの」

「かっこいい~~」

と言ったのは花ちゃんだ。

「今、母の実家の敷地内に家を建てて住んでるんだけど、前は敷地内にも入れてくれないくらい、おばあ様が反対をしてたのよ」


「それが何で今は、一緒に住んでるの?」

「私が生まれて、おばあ様は孫が可愛かったらしくて、逆にそばに置いておきたくなって、敷地内に家を建てたからここに住みなさいって」


「強引だね」

「ゴーイングマイウェイでもあるよね」

 蘭と菜摘がそんなことを言った。

「それに、バイオリンの先生もおばあ様に言われて、始めたことなの」

「え?それまでは?」


「父と同じバンドで活動してたのよ」

「そっか~、もしかしておばあ様はもっとエリートな道を進ませたかったとか?」

「そうなの。世界にも通用するバイオリニストになってほしかったみたいだけど、母はあまりそういうことには興味なかったのよね。学生のころから付き合ってた父がジャズを始めて、それに興味を持っちゃって、まあ、おばあ様からしたら、父は母のエリートの道を外させた、邪魔な存在だったってわけ」


「ふうん」

「だけど、反対を押し切って結婚しちゃったの?」

 花ちゃんが聞いた。

「その頃はおじい様がいて、おじい様は賛成していたから」

「理事長が反対してても?」


「おばあ様、あまりおじい様の言うことは、反対できなかったみたい」

「へ~~」

「じゃ、おじいさんが死んでからは?」

 今度は苗ちゃんが聞いた。


「あ、もう私生まれてたから」

「ああ、敷地に家を建てて、呼んだんだっけ」

「バイオリンの先生も、敷地に住まわせてあげるんだから、言うことを聞きなさいくらいの勢いで、母に無理やりやらせたの」

「どひぇ~」

 菜摘が変な声で驚いている。


「よくまあ、お母さん、言うこと聞いたね」

 眉をしかめてそう言ったのは、椿ちゃんだ。

「せっかく受け入れてくれたのに、怒らせたくないって思ったみたい。それに、先生をしてみたら、けっこう楽しかったって、母が言ってたわ」

「お母さんのほうが、理事長よりも大人だね」

 蘭がそんなことを言った。


 それからちょっとして、ドアが開き、理事長が入ってきた。

「はい、飲み物みんなで分けて。さ、私はもう帰るとするから、みなさんはゆっくりしていってくださいね」

「あ、はい、ありがとうございます」

 みんな棒立ちになり、理事長にぺこっとお辞儀をした。


「じゃあ、小百合。お大事にね」

「ありがとう、おばあ様」

 理事長は私たちにちょっとお辞儀をして、病室を出て行った。

「なんか、悪かったかな。理事長のこと追い返したみたいで」

 私が小百合ちゃんにそう言うと、小百合ちゃんは、

「大丈夫。みんなが来てくれたこと、本当に喜んでいたみたいだし」

と、にこりと笑ってそう答えた。


「本当?」

 花ちゃんも心配して小百合ちゃんに聞いた。

「うん。だって、飲み物を買いに行くなんて、よっぽどのことだもん。いつも、ああいうのは、誰かにさせて自分からすすんでいったりしないから」

「そ、そうなんだ」

 なんだか、さらに申し訳ないような気がしてきたな~。


「おばあ様、変わったの」

「え?」

「聖君の話を聞いてから。それまで、輝樹さんに会っても、話そうともしなかったの。だけど、おばあ様がお見舞いに来てる時に輝樹さんが来ると、すごくにこやかに話しかけて、嬉しそうなの」

「へ~~~」

 みんなでびっくりしてしまった。その変わり様ってかなりの変化じゃないかな。


「聖君のことも、本当にいつも褒めてるの。本気で教師を目指さないかしらって、この前も言ってた」

 どひゃ。すごいなあ、聖君は。誰にでも気に入られちゃう。

「わかるな~。榎本さんの旦那さん、ほんと、素敵だったし、話も感動しちゃったもん」

 苗ちゃんがそう言った。


「だよね。兄貴、ほんと人の心を動かすのが上手だよ」

 菜摘が、ちょっと嬉しそうに言った。自慢のお兄さんなのかもしれないな。

「聖君は、将来何になりたいの?」

 小百合ちゃんが聞いてきた。その質問に、みんな興味があるのか、いっせいに私を見て、黙っている。


「まだ、いろいろと悩んでるっていうか、わかっていないみたい」

「聖君だったら、なんにでもなれそうだから、逆に迷っちゃうかもしれないよね」

 蘭がそう言った。

「うん。海が好きだから、海に関わる仕事に就きたいって思っていたらしいけど、まだそれもはっきりとしてないって」


「そうだよね。まだ、大学1年だし、なかなか決まらないよね」

 菜摘がそう言うと、

「でも、葉君はもう社会人じゃない」

と蘭が言った。


「葉君もずっと今の会社に居続けるかは、わからないって。でも、今はとりあえず、仕事覚えるので精いっぱいだって言ってたよ」

「みんなは?卒業したらどうするか、決まってるんだよね?」

 果歩ちゃんが聞いてきた。

「うん。私は体育のほうの専門学校に行くんだ」

 菜摘が答えた。


「わ、あってるよね。菜摘ちゃん、運動神経よさそうだもん」

 花ちゃんがそう言うと、

「そう言う花は?進学するの?」

と菜摘がきいた。そういえば、私も花ちゃんのしたいことって、聞いたことないな。やっぱり美術の学校かな。


「私も専門学校に行くの。デザインのほうの専門学校。将来はイラストレーターか、絵本作家になりたいんだ」

 花ちゃんが目を輝かせてそう言った。わあ、しっかりとしたビジョンができているんだな。

「私はメイクに興味あるから、そっち方面かな」

 蘭がそう言うと、果歩ちゃんが、

「みんな自分にぴったりとあっているものが、わかってるんだね」

と感心して言った。


「果歩ちゃんは?どうするの?」

 花ちゃんが聞いた。

「私は…、小さいころはお母さんみたいな看護師になりたかったんだ。でも、とても大変そうで、私には無理そうだから、歯科衛生士になろうかと思って」

「へえ、すごい」


 菜摘がそう言うと、果歩ちゃんが、

「そんなにすごくないよ。ただ、資格があったら仕事につきやすいだろうなって、ただそれだけなの」

と、恥ずかしそうに言った。

「それって、すごいことだと思うよ?」

 私がそう言うと、果歩ちゃんがびっくりして私を見た。


「そ、そうかな?」

「うん。ちゃんと未来を考えてるんだよね?すごいよ」

 その言葉を聞き、果歩ちゃんは目を輝かせた。

「ありがとう、なんか、頑張ろうって気になってきちゃった」

「椿と苗は?何をしたいの?」


 蘭が聞いた。すると、苗ちゃんは下を向いて、

「私、まだ決まってないの」

と小さな声で言った。

「大丈夫。決まってないことは、そんなに恥ずかしいことじゃないと思う。私だって、妊娠しなかったら、おばあ様に言われたとおりに、勉強して大学に行くって、それだけだったと思うし」


「小百合ちゃん、すごい進学校にいってたんだもんね」

 菜摘が言った。

「おばあ様に言われてなの。お父様もお母様も、もっと自分がしたいことしたらいいのよって言ってた。でも、したいことがわからなかったの」


「小百合ちゃんも?私も、何がしたいかも、何が得意なのかもわからないの」

 苗ちゃんがそう言うと、私たちをちらちらと見て、

「みんなが羨ましい」

とぼそって言った。


「大丈夫だよ、苗。私も決まってないから」

 椿ちゃんが苗ちゃんの背中をぽんとたたき、そう言った。

「椿が?だって椿、成績もいいし、大学行くって言ってなかった?」

「ああ、あれはお母さんが言ってたことだから。私が行きたいわけじゃないの」

 椿はそう言うと、ふうってため息をついた。


「私も苗と一緒。何がしたいかもわからないの。お母さんに大学なんて行く気ないって言っても、じゃあ、何がしたいのかって聞かれたら、なんにも答えられないの」

「そうだよね。わからないよね…」

 苗ちゃんも暗くそう言うと、ため息をついた。


「ああ、暗い!いいじゃない。決まってなくても。大学行ってから見つけたらいいし、大学は大学で楽しんだらいいし。基樹だってそうだよ。3年になったら考えるって。とりあえず今は、大学を楽しむんだって言ってたよ」

 蘭がそう言うと、椿ちゃんと苗ちゃんは顔を見合わせて、

「それもそうだね」

と、言って笑った。


 未来。聖君もまだ、鮮明じゃない。私だって、聖君のぞばにずっといるって決めただけで、子育てが一段落したら、仕事をするかもしれないし、学校に行きたくなるかもしれないし、習い事や資格を取りたくなるかもしれない。それはまだ、わからない。


 わからないけど、だけど、今、必死で探したり、悩んだりしないでも、きっと道は開けていき、進む道にちゃんと行くようになってるって、なぜかそんなことを感じている。

 今は今。今を大事にしていきたい。

 ああ、これ、聖君のおじいさんがよく言ってることだっけ?


 だけど、本当にそう思うの。未来のことをあれこれ悩み、暗くなってしまっていたら、今目の前で起きてることを、見逃してしまう。

 今の友達、今の家族、今の聖君。今ある風景、今ある音、今ある香り。そういうものをもっと、ちゃんと感じていたいって、そう思うんだ。

 今は、知らない間に広がっていった、この仲間との時間、それを大事にしたい。


 私たちは、12時になり病室を出た。それから近くにあるファミレスに行き、みんなでランチを食べた。

 みんなの話題は、恋の話題だ。どこで知り合ったのかとか、どうやって告白されたのかとか、そんな話で盛り上がり、きゃ~きゃ~言っていた。

 

「いいな。私も彼氏欲しい」

 苗ちゃんが言った。

「私もだよ~。出会いないかな~~」

 果歩ちゃんも、うっとりとした目でそう言った。


「苗ちゃんや果歩ちゃんの好みのタイプってどんな?」

 花ちゃんが聞いた。

「え~~、どんなって…」

 苗ちゃんと果歩ちゃんが目を見合わせて、それから私を見て、

「やっぱり、榎本さんの旦那さんかな~~」

と頬を赤くしてそう言った。


「え?」

 聖君?

「だって、あんなにかっこいいんだよ?それに優しいし。完璧だよ」

 苗ちゃんが言った。

「榎本さんのことを大事に思ってるのも、いいよね~~。私もそんなふうに大事に思われてみたいよ」

 果歩ちゃんが言った。


「それに、車の運転も上手で、爽やかで、体型も、服のセンスもいい」

 そう言ったのは、なんと椿ちゃんだ。

「え?椿も兄貴がいいの?」

 菜摘も目を丸くして驚いた。


「う、うん」

 椿ちゃんが顔を赤くした。

「もしかして、3人が桃子のこと悪く言ってたのって、単なるジェラシーだったの?」

「え?」

 3人して、黙り込んだ。でも、

「そうかも。羨ましくて、あんなふうに言ってたのかも」

と果歩ちゃんがぼそって言った。


「そうよね、あんなにかっこよかったら、羨ましくなるよね」

 花ちゃんがそう言うと、

「花が言うな!花の彼氏も十分イケメン」

と菜摘につっこまれていた。


「へえ、花ちゃんの彼、イケメンなの?」

「イケメンだよ。それに、今度プロデビューするんだよ」

 椿ちゃんの質問に、菜摘が答えた。

「え~~!何?歌手?アイドルになっちゃうの?」

 椿ちゃんが驚いた。


「違う。バンドを組んでて、そのバンドでデビューするの」

「わあ、ライブとかあるの?行ってみたい」

 果歩ちゃんが言った。

「みんなで今度行こうよ」

 蘭が言った。

「じゃ、次のライブにする?」

 菜摘までが話に乗ってしまった。


 ああ、そういえば、この二人はすぐにそうやって、行動に移しちゃうんだっけね。

 それにしても、このメンバーが仲良くなっているのも、すごく不思議だ。

 こうやって、心を開いて接していくと、どんどんと和が広がっていくんだろうか。


 いつか、カッキーさんも、心を開くんだろうか。

 いつか、聖君は、どんな女性でも大丈夫になっていくんだろうか。

 ちょっと、不安がまだあるけど、でも、もっともっと大きくなっていく聖君にわくわくしている私もいる。


 聖君の世界も、そして私の世界も変わっていくのかな。

 そんなことを感じながら、わいわいと楽しそうに話しているみんなを私は眺めていた。



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