第16話 衝撃
夜、聖君のお父さんや、おじいさん、おばあさんと夕飯を食べた。杏樹ちゃんも途中で帰ってきて、一緒に夕飯を食べていた。
「そういえば、まだ、麦さんがいたな~。いつもなら、朱実さんと交代して帰るのにな」
杏樹ちゃんがそう言った。
「お店混んでるの?」
聖君のおばあさんが聞くと、
「う~~ん、そうでもないかな~。お兄ちゃんもお店に出てるし、大丈夫なのにな」
と杏樹ちゃんは答えた。
「いたいんだろ?聖と」
聖君のおじいさんが、そう言った。
「え?でもさ~。お兄ちゃんは桃子ちゃんが…」
「なかなか割り切れないんだろ?きっと」
また、おじいさんがそう言った。
「聖も、突き放せないみたいだしな~~」
聖君のお父さんはそう言うと、
「今まで、あんなにクールだったのにな。麦ちゃんはほっとけないみたいだ」
と続けた。それを聞き、その場がし~~んとなってしまった。
「桃子ちゃんのことは一筋だから、安心して」
聖君のお父さんは、私の顔が思い切り曇っているのに気がついたのか、そう私に言ってくれた。
「そうそう。お兄ちゃんは、桃子ちゃんだけしか、目に入らないみたいだしね」
杏樹ちゃんもフォローしてくれた。
確かに。聖君は、麦さんのことをほっておけないでいる。それで、なんかだ、疲れている。どうして、今までみたいに、クールにほっておくことができないんだろう。
それが私には気になってしまい、夕飯の味も、わからなくなってしまっていた。
みんな、食べ終わり、聖君のお父さんは部屋へ、おじいさんと一緒に上がっていった。杏樹ちゃんは、おばあさんと楽しそうに話をしていて、おばあさんは話をしながら、のんびりとお茶をすすっていた。
クロは、聖君のおじいさんのあとを、尻尾を振りながらついていった。どうやら、誰よりもおじいさんになついているようだ。
「は~。疲れた」
聖君のお母さんが、自分の夕飯を持って、リビングに来た。
「お疲れ様、くるみさん。後片付け、まだ終わってないでしょ?今してきちゃうわね」
聖君のおばあさんがそう言ったが、
「大丈夫ですよ、お母さん。朱実さんがしてくれてるし、聖も今、夕飯食べてるけど、終わったらするだろうし」
と聖君のお母さんは、自分で肩をもみながらそう答えた。
「そう?」
聖君のおばあさんは、一回立ち上がりかけたけど、また座ってお茶をすすった。
「まだ、麦さん、いた?」
杏樹ちゃんが聞いた。
「え?麦ちゃんなら、今、聖と一緒にご飯食べてるわよ」
「え~~~。お兄ちゃん、リビングに呼べばよかったのに」
「でも、麦ちゃん一人で、食べさせるのも悪いしねえ」
「だけどさ~。なんでこんな時間まで、麦さんいるの?バイトの時間はとっくに終わってるじゃない」
「最近、バイト、週一回しか入ってないし、なんだか、帰りたくなかったみたいよ」
杏樹ちゃんに向かって、聖君のお母さんがそう言った。
「それって、お兄ちゃんといたかったってことでしょ?」
「そうね~。そうかもね~」
「お母さん!お兄ちゃんには桃子ちゃんがいるんだよ?」
「わかってるわよ。それは、聖も言ってるし」
「…そういうの、よくないと思う、私」
杏樹ちゃんが、怖い顔をしてそう言ってから、私のほうをちらっと見た。きっと、心配してくれてるんだな。
「難しいわよね。聖も、バイトしてくれてる子なんでしょ?もう、来るなとか、さっさと帰れなんて、言えないでしょうし」
聖君のおばあさんが、そう言った。
「お兄ちゃん、平気で女の人に冷たくできるんだよ。っていうか、今までずっとそうだったの。クールで、寄せ付けなかったのに、最近変だよ」
杏樹ちゃんは、むっとしながらおばあさんに向かって言った。
「あら、そうなの?その麦さんって人にだけ優しいの?」
聖君のおばあさんがそう聞くと、
「それが、そうじゃないんです。この前も、高校の後輩が来て、文化祭に出てくださいとか、頼みに来たんだけど、前みたいにさっさと断らず、ちゃんと話をしていたし」
杏樹ちゃんに代わって、聖君のお母さんが答えた。
「前は話をしなかったの?」
聖君のおばあさんが、聞いた。
「そうなんですよ。すぐさま、出れないって言って断ってたんです」
「まあ」
「あ!それにさ、中学の後輩って子がきたじゃん。お客じゃなくって、手紙を渡しに」
杏樹ちゃんが、突然思い出したのかそう言った。
「ああ、そういえば、来てたわね。お店の外で話してたけど」
「私、外の掃除をするふりして、聞いてたんだ。そうしたら、お兄ちゃん、手紙は受け取らなかったんだけど、プレゼントをもらってたよ」
「ええ?!聖が?」
「うん。その場で開けてた。ほら、お店に置いてある、ポプリあるじゃん。あれがそうだよ」
「ああ、あれ?そういえば、お客さんからもらったとか言ってたけど」
「それに、手紙もその場で読んで、ごめんって謝って、手紙返してた」
「え~~~!どういう心境の変化よ?」
聖君のお母さんが驚いていた。それを聞き、私もびっくりしたけど、聖君のおばあさんだけが、きょとんとしていた。
「くるみさん、今までの聖はどうだったの?」
「そういうのまったく受け取らなかったし、即、彼女いるからって言って、冷たく断ってたんですよ。まったく笑顔も見せず、すんごいクールな表情で」
「へ~。そっちのほうが驚きだわ、私」
聖君のおばあさんが目を丸くした。
「おばあちゃん、でもね、だから桃子ちゃんも安心していられたんだよ。だって、お兄ちゃん、めっちゃもてるから。ばしばし断っていかないと、大変なことになっちゃうもん」
杏樹ちゃんがそう言って、
「クールに、ばしって断らないから、今、麦さん、あんなになっちゃってるしさ~」
とぼやいていた。
「どうしたのかしらね~。なんで、いきなりあの子変わっちゃったのかしらね」
聖君のお母さんは、そう言いながら、ご飯を食べていた。
「結婚したからじゃないの?」
聖君のおばあさんは、突然そんなことを言い出した。
「え?」
私も、聖君のお母さんも驚いて聞き返した。
「結婚したから、もっと断らなくっちゃ駄目なんじゃん」
杏樹ちゃんだけが、おばあさんの言うことにすぐに反論した。
「安心したのかもよ?結婚もしたし、落ち着いたし、クールに装ったりしないでも、もう大丈夫だって」
「大丈夫って何が?」
おばあさんの言うことに、杏樹ちゃんが顔をしかめて聞いた。
「う~ん、うまく言えないけど、女の子を警戒しなくてもよくなったんじゃないのかしらね」
「じゃ、警戒してたの?今まで」
「よくわからないけどね」
「……。でも聖君、やっぱり俺、女の子苦手だって言ってました」
「え?そう言ってた?」
聖君のお母さんが、私の言うことを聞き返した。
「はい」
「じゃ、女の子が苦手だけど、そこを乗り越えようとしているのか、とにかく、結婚したことで、何かあの子の中で変化があったってことなんじゃない?」
聖君のおばあさんがそう言った。そして、
「それに、あの子って、本当はすごく優しい子でしょ?クールにしてるのって、なんだか、聖らしくないもの」
と続けた。
「見守るしかないわよね~」
聖君のお母さんは、そう言ってお箸を置き、私を見て、
「あ、そうか。桃子ちゃんがいるんだから、もう平気なのよね」
と、にっこりと笑った。
「え?」
「そうよ。桃子ちゃんに任せていたら大丈夫よ」
聖君のおばあさんも、そう言った。
「え?私?」
そそそそんな。私、そんな力ない…。私は固まってしまった。
「桃子ちゃんは、聖の力になってあげたいって、そう思ってるでしょ?」
聖君のおばあさんが、私を優しく見て、聞いてきた。
「え?はい。もちろんです。そんな力が私にあるかわからないですけど、でも、力になれたら、すんごく嬉しいです」
「ふふふ。じゃ、大丈夫」
聖君のおばあさんが笑った。
「そうですね、大丈夫ですね」
聖君のお母さんも、穏やかな表情をした。
「そっか~。もう夫婦なんだもんね~」
杏樹ちゃんもそう言うと、ちょっとにやついてから、
「さ、私、シャワー浴びてきちゃうね」
と言って、リビングを出て行った。
「ごちそうさま。私はお店の後片付け、終わらせてくるわ。杏樹が出たら、お母さん、お風呂入ってください」
「ありがとう。じゃ、圭介と入っちゃうわね」
「はい」
え?おじいさんと一緒に入るの?!ひょえ~~。やっぱり、夫婦でお風呂に入るのは、榎本家の当たり前の日常なんだ!
杏樹ちゃんが出てくるまで、私はおばあさんと話をしていた。伊豆のお店の話や、れいんどろっぷすでの思い出話。私はカフェの話が聞けて、わくわくしていた。
「桃子ちゃんも、お料理好きなんでしょ?」
「はい」
「将来は、この店を継ぐんでしょうね~。楽しみね」
「はい」
あ、はいって言っちゃった。わあ。いきなりドキドキしてきてしまった。
杏樹ちゃんが出てきて、聖君のおじいさんを呼びに行き、おじいさんとおばさんが二人で、お風呂に入りに行った。
それから、杏樹ちゃんは勉強があるからと部屋に行き、私はリビングで一人になってしまった。
お店行こうかな…。どうしよう。
麦さんいるのかな。でも、聖君のお母さんもいるし、聖君と二人きりなわけじゃないし。でも、でもでも、気になる。
お店の片づけを手伝いますって言って、ちょっと様子を見てきちゃおうかな。
でもね、聖君を疑ってるわけじゃないの。今までと違う聖君に、戸惑ってはいるけど、浮気をするんじゃないのかとか、そんなことは思ってないの。でも、やっぱり、気になっちゃう。
お店に行くと、キッチンから聖君のお母さんと朱実さんの声が聞こえた。店内は暗くなっていて、誰もいなかった。
「あ、あれ?」
キッチンをのぞくと、聖君も麦さんもいなかった。
「あら、桃子ちゃん、こんばんは。すごい久しぶり」
朱実さんが私に気がつき、そう言った。
「あ、こんばんは。えっと、聖君は?」
「麦さん、送っていったけど」
え~~!?
「桃子ちゃん、今さっき、出て行ったところだから、まだ、その辺にいるかも。行ってみたら?」
聖君のお母さんにそう言われた。
「え、でも」
「気になるんでしょ?追いかけていって、聖、連れてきたらいいわよ」
「え?」
「私も昔ね、爽太の元カノともめたことがあって。だけど、正直に気持ちを伝えたし、爽太は渡さないって言ったらね、その子、あきらめてくれたのよね」
「え?そんなことがあったんですか?」
「桃子ちゃん、嫌なら嫌だって言ってもいいのよ。聖、そうしないとわかんないかもしれないしね」
「…」
「そうだよ。桃子ちゃん、行ってきちゃいな。私はさっさと聖君、あきらめたけど、麦ちゃんはしつこいもん。ここらで、がんと一発言っておいたほうがいいと思うよ」
朱実さんにも言われてしまった。
「え、えっと」
言えるだろうか。そんな、がんと一発なんて。でも…。
「追いかけていってみます」
「うん、あ、でも走っちゃ駄目よ!車にも気をつけてね」
聖君のお母さんにそう注意され、私は、はいって言って、お店を出た。
そうだ。私は聖君に「嫌だ」って言ったことがなかった。それに、麦さんにだって、いつも言われるばかりで、私の気持ちは言ったことがなかった。
素直になっていいんだよね。聖君と、くっつかないで。仲良くしないで。触らないで。
う、でも、そんなこと言えるんだろうか。
バクバクしながら、駅に向かう歩道を歩いていると、すぐ横にある公園のベンチに、二人が座っているのが見えた。
あ…。
ベンチのすぐ横に街灯があり、二人の姿がよく見えた。でも、こっちは暗くてわからないかもしれない。
どうしようか。まだ、私には気がついていない。私はゆっくりと、ちょっと離れたところを歩き、公園の横を通り過ぎてから、もう一回引き返した。
そして、ベンチのそばにあった、街路樹の後ろに行き、二人の方へ行こうかどうしようか、迷っていた。
誰も他にはいなくて、車も通らなくって、そこは静かだった。
「この前、お父さんとお母さんと3人で、ご飯を食べに行ったの」
麦さんの声が聞こえてきた。
「よかったじゃん」
「よくないんだ、それが」
「なんで?お父さんとずいぶん、仲良くなれたんでしょ?」
「でも、妹が…」
「ああ、妹さんは一緒じゃなかったんだ」
「実はね、昨日ね…」
麦さんの声が、ちょっと震えた。
「妹から、お父さんを取らないでって言われちゃった」
「え?」
「…部屋に夜入ってきて、いきなり」
「それ、お父さんやお母さんは?」
「下にいたし、聞こえてないと思う」
「そうだったんだ。それで、麦ちゃんどうしたの?」
「…どう言ったらいいか、わかんなくって黙ってたら、妹に私はお姉さんだなんて、思ったことは一回もないって言われた」
「え?」
「今まで、ずっと私のことを無視してきたくせに、いきなりお姉さん面しても、認めないって」
麦さんは、そう言うと、ぐっと唇を噛んだ。泣くのを我慢しているようだ。でも、
「聖君」
と、聖君の腕をぎゅってつかんで、
「私、どうしていいかわかんないよ」
とそうかぼそい声で言った。
聖君はしばらく黙っていた。手はそのままにしていた。
私は、立ち尽くしていた。今、ここで出て行くわけにも行かない。この場を離れたら、私がいることに気がつくかもしれないし、動かず、息を殺していることしかできなかった。
麦さんは、聖君に寄り添うように近づいた。そして、とうとう聖君のTシャツの胸のあたりを、ぎゅって握ってしまった。
嫌だ。離れてほしい。でも、私は、どうすることもできないでいる。
「聖君」
麦さんは完全に、聖君の胸に顔をうずめていた。そして肩を震わせている。
聖君は、そんな麦さんの肩に手を回して、ぽんぽんと優しくたたいていた。
「麦ちゃん、泣くの、我慢しなくていいよ?泣いてもいいから」
聖君が優しく、麦さんにそう言った。
うそ。
なんで?
なんで、そんなに優しいの?
「聖君…」
麦さんは、聖君に思い切りしがみつき、わっと泣き出してしまった。
「私、私…。やっぱり駄目だったよ」
そう言いながら、しゃくりながら泣いている。そんな麦さんを、聖君は優しく抱きとめている。
私、どうしたらいいの?
血の気が引いていった。
このまま、ここにいたくない。でも、足が一歩も動かない。
こんな状況見ていちゃいけない。私、ここにいていいわけない。
でも、動けないよ~!
心臓はバクバクだ。でも、血の気が引いてて、頭はクラクラする。
あまりのショックで、私は、頭の中が真っ白になっていった。