第159話 お見舞い
部屋に戻り、髪を乾かして凪の日記を書いた。それから、聖君は勉強をしに納戸に行き、私は編み物の続きをした。
12時になり、聖君が部屋に戻ってきた。
「あれ?まだ起きてたの?」
「うん」
「は~~。眠い。俺、もう寝るね…」
「うん。おやすみなさい」
「え?桃子ちゃん寝ないの?」
「もうちょっとで仕上がるの」
「無理しちゃだめだよ」
「うん」
聖君はベッドに横になって、また大きな欠伸をした。そして、目を閉じて寝息を立てた。
あ、寝顔!
私は携帯を取り出し、聖君の寝顔を撮った。…が、聖君が目を開けて、
「桃子ちゃん?なんで写真撮ってるの?」
と聞かれてしまった。
「寝てなかったの?」
「寝かかった。でも、カシャって音がしたから」
あ、そうか。携帯って音がなっちゃうんだよね。
「で、何を撮ってたの?」
「聖君の寝顔」
「へ?それ、撮ってどうするの?まさか、待ち受けとか」
「しないよ。他の人にも見られないようにするし」
こんな可愛い寝顔見られたくないもん、誰にも。
「じゃ、どうするの?」
聖君がじいっと私を見て聞いてきた。
「聖君がいなくって寂しい時に見る」
「…何それ」
あ、引いてる?
「聖君だって、勝手に私の寝顔写してたくせに」
「え?なんでそれ知ってるの?あ、携帯見た?」
やば~~。見たのばらしちゃったよ。
「えっと…」
ああ、もう誤魔化せないよ。
「…そうだな。俺も人のこと言えないか。桃子ちゃんの寝顔、休憩の時に見たりしてるし」
「ええ?!」
それこそ、何それ~~!だよ。
「あの写真、ひどかったよ?私」
「え?どこが?赤ちゃんの寝顔みたいで、超可愛いじゃん」
「全然!」
私は思い切り首を振った。
「可愛いって。桃子ちゃんの寝顔って、赤ちゃんの時と変わってないでしょ。この寝顔を見てお父さんはきっと癒されたり、力づけられてたんだろうなって思ったもん。俺もそうだし」
「ええ?寝顔を見て?」
「うん。すんごく可愛い」
ひゃ~~~。顔がほてるよ。
私は思わず、両手で顔を覆った。あ、そうだ。写真それだけじゃなかった。
「じゃ、私が笑ってたやつは?いつ撮ったの?」
「ああ、ひまわりちゃんと話してた時の?」
「ひまわりと?」
「うん、すごくいい笑顔してるから、撮っちゃった」
「…ひどい、隠し撮りなんて」
「え?あれ、気づいてなかったの?俺、しっかりと携帯構えて撮ってたじゃん」
「いつ?」
「いつだったかな。あ、ひまわりちゃんですら、気づいていたよ?」
「ええ?そうだったの?」
「うん。あとから来て、さっき写してたの見せてって言われて見せたら、お姉ちゃんしか写ってないじゃんって怒られて…」
「へ?」
「それで、庭で茶太郎をだっこしてるところを撮ってあげたんだよ」
ああ、それで…。
「お父さんの写真もあった」
「ああ、あれね。釣りに行った時、あまりにもはしゃいでいたから、写真撮ってあげようって思ってさ」
はしゃいでた?父が?
「もしや、お母さんも撮ったりした?」
「あ、まだだ。そういえば、お母さんは撮ってないっけ」
「そっか…」
あ、そういえば、携帯の写真見たの、怒ってないんだな。
「じゃ、メールも見た?」
「ううん」
「なんで?」
聖君が聞いてきた。
「え?だって、悪いし」
「別に、俺、なんにもやましいことないから平気だけど」
そうは言われても。
「桃子ちゃんの携帯は、見ちゃダメなんだよね?」
「え?」
「桐太とのメール、見られたら困るんでしょ?」
「うん」
「…」
聖君が黙って、こっちを見てる。
「な、なあに?」
「見てみたいな~~」
「駄目。あ、最近メールしてないし、もう消えちゃったかも」
「保存してないの?」
「しないよ。桐太のメールは」
「俺のは?」
「し、してある…」
「消していいよ?俺のも」
「なな、なんで?」
「だって、昔に書いたやつなんて、恥ずかしいじゃん」
「消さないもん」
「なんで?」
「もったいないから。あれは全部宝物なの」
「ええ~~?過去の俺だよ?今は今の俺がここにいるってのに」
「そうだけど」
「こんなに近くに、こうやっているのにさ」
「う、そうだけどね…」
聖君が抱きしめてきた。
「聖君…」
「ん?」
ぎゅ~~。思い切り抱きしめると、聖君がちょっと驚いて、
「なに?桃子ちゃん」
と聞いてきた。
「なんでもない。抱きしめたかっただけ」
「も、もう~~。襲われちゃうのかと思った」
「…」
襲わないって…。
電気を消して、ベッドに潜り込んだ。するとすかさず、聖君が私にぴとっとくっついてきた。
「おやすみ、桃子ちゃん」
「うん。おやすみなさい」
聖君が私に、キスをしてきた。あ、あれ?なんでこんなに濃厚なキス?
「やべ…。その気になる。桃子ちゃんってば…」
自分から、そんなキスをしてきたくせに~。
「でももう遅いから寝ようね?桃子ちゃん」
だから、私は別に催促も何もしてないってば~~。
聖君はまたおやすみって言って、目を閉じてすぐにすうって寝てしまった。
ああ、寝顔可愛い。さっき撮った写真、本当は待ち受けにしたいくらいだ。
なんでこんなに可愛いんだろうな。
聖君の寝顔をしばらく眺めていた。私はきっとこうやって、ずっと聖君の寝顔を見ていくんだよね。こうやって聖君の寝息を聞きながら。
聖君の胸に顔をうずめ、私も眠りについた。
翌日、10時に私はみんなと駅で待ち合わせをしていた。聖君は家の掃除や洗濯を手伝った後、駅まで歩いて送ってくれた。
「聖君は今日、何をしてるの?」
「勉強~~」
そっか。そうだよね。
「4時には家を出るから、それまでに帰って来てね?」
「うん」
私は、お昼はお見舞いの帰りに、みんなと食べる予定だ。今日母は、買い物に行くので外でお昼は済ませるらしく、なんと聖君は父と2人きりで、家でお昼を食べることにするらしい。
まさか、男二人で料理をしたりするのだろうか。
駅に着くと、菜摘がいた。
「あれ?今日は兄貴も行くの?」
「いいや。お見送り」
「ひゃ~~。日曜でもお見送りがあるのかあ」
「大学行ってから、朝見送れなくなったしね」
「じゃ、桃子ちゃん、小百合ちゃんによろしくね」
「うん」
聖君は爽やかな笑顔でそう言うと、後ろを向いて颯爽と来た道を戻っていった。
「いつもながら、優しいね、兄貴は」
「うん」
「はあ、いいなあ」
?葉君と何かあったのかな。
「私ももっと、葉君と一緒にいたいよ」
あ、そういうことか。
「日曜もデートすればいいのに」
「…そうもいかないんだよね。葉君、家のこともあれこれ手伝ってるし」
「お母さんのお手伝い?」
「うん。今日は、お母さんと電気屋行くって言ってた」
「電気屋?」
「洗濯機、調子悪いんだって」
そうか。母子だけだし、葉君に頼ることになるんだろうな。
「菜摘もついていったらいいのに」
「ええ?それはちょっと」
「なんで?」
「桃子は兄貴のお母さんと仲いいんでしょ?」
「うん」
「私はまだ、そこまで仲良くないもん」
「そっか」
それもそうか。気を使っちゃって大変か。
「あ、花と蘭が来た。あ、その後ろから、苗と果歩と椿も」
「あ、ほんとうだ」
みんな揃ったので、私たちは産婦人科に向かった。
産婦人科は、駅から歩いて5~6分というところにある。聖君はいつも、車を出してくれちゃうけど、歩いてもそんなに距離があるわけではない。
あ、でもうちからだと、ちょっとあるかな。
「昨日のデートはどうだった?蘭」
菜摘が聞いた。
「デートじゃないよ。話をしただけで」
「で、どうだった?」
「…」
蘭がうつむいた。あ、まさか、やっぱり駄目だったのかな。
「基樹が…」
「うん」
「基樹がね、本当はまだ蘭のことが好きで、あきらめきれてなかったって。でも、また別れることになったらって思うと怖くて、前に進めなかったって」
「へえ。そんなこと言ったんだ」
菜摘がちょっと驚いていた。私はというと、そのようなことを聖君から聞いてたから、あ、基樹君、ちゃんと言えたんだなって、そんなことを思っていた。
「それでね」
蘭は顔をあげた。頬が赤く染まっている。
「私が彼氏ときっぱりと別れたって言ったら、蘭はそうやって、俺のために前に進もうとしてるんだから、俺もちゃんと怖がらず、前に進むよって」
「そっか。それって、蘭と付き合うってことでしょ?」
「うん」
「やったね、蘭」
菜摘が蘭の肩をぽんぽんとたたき、喜んだ。
「ありがとう」
蘭は照れくさそうにそう言った。
「そっか~~。蘭ちゃん、よかったね」
花ちゃんも嬉しそうにそう言った。
「花は?デートどうだった?」
「デートじゃなくて、練習見に行っただけで」
「でも、ご飯食べたりもしたんでしょ?」
「うん。でも昨日は、バンドの人も一緒だったから、もっと緊張しちゃった」
「へえ」
「それで」
花ちゃんは顔を真っ赤にさせた。
「何々?」
みんなが耳を傾けた。
「バンドの人に、俺の彼女だから手を出すなって言ってた」
「籐也が~?」
菜摘がそう言って、うりうりって花ちゃんの腕をつついている。花ちゃんはもっと真っ赤になった。
「みんな、彼氏がいるんだ。いいな~」
そう言ったのは、椿ちゃんだ。
「椿いないの?」
「いない。いない歴、1年だよ」
「え?そんなに?」
蘭が驚いた。
「果歩は?」
「私もいない。私なんて、いない歴2年。1年の時、中学から付き合ってた子と別れて、それっきりだもん」
菜摘の質問に果歩ちゃんは答えた。
「いいじゃん。彼氏がいた時があるんだもん。私なんて付き合ったことないんだから」
苗ちゃんがドヨンって顔をして、暗くそう言った。
「まあね、女子高だとなかなか出会いがないものだもんね」
蘭がそう言うと、3人とも、
「でも、みんなには彼氏がいるじゃない。いったいどこで見つけたわけ?」
とそろって聞いてきた。
「海」
蘭と菜摘が同時に言った。
「私は、れいんどろっぷすで再会して」
花ちゃんが恥ずかしそうにそう言った。
「れいんどろっぷすって何?」
椿ちゃんが聞いた。
「聖君のおうち。カフェやってるんだよ」
花ちゃんが説明すると、椿ちゃんは、
「行ってみたい。そこに行けば、誰かと出会えるの?」
と目を輝かせた。
「ああ、無理無理。あそこは女性客がほとんどだから」
菜摘がそう手のひらを横に振りながら、椿ちゃんに言った。
「え~~。じゃ、どこで知り合えるのよ~~」
椿ちゃんがそう言うと、がっかりとしていた。
そんなこんなで、病院に着いた。私は来たことがあるからそうでもないけど、他のみんなは産婦人科に入るってだけで、緊張してるようだ。
中に入ると、今日は診察がないからか、いつもよりも人が少なかった。
それに、いつもなら待合室が妊婦さんだらけだけど、今日は、家族だったり、お父さんらしい人が子供を連れてだったり、おばあさんとおじいさんだけだったり、お見舞いの人なんだろうな、いろんな人が待合室にいる。
「なんか、ドキドキ」
菜摘がそう言うと、蘭も黙ってこくんとうなづいていた。
「こっちだよ」
私がそう言って、2階に上がっていくと、みんなぞろぞろとついてきた。
さすがに今日の人数は多すぎたかな。でも、個室だから大丈夫かな。
小百合ちゃんの病室に着き、ノックをすると、
「はい」
と女の人の声がした。
「今のって…」
みんなで小声でそう言い、顔を見合わせた。今の声、聞き覚えがある。
理事長だ!みんな一斉に緊張して、ドアからちょっと離れたところに固まっていた。こんな大勢で押しかけて、怒られたりしないかな。
というのは、みんなも同時に思っていたんだろう。何も言わないでも、目でみんな、大丈夫かなって不安がってるのが一瞬で分かり合えた。ああ、時間をずらせばよかったかな。なんて今、後悔しても、遅いよね…。