第158話 私の在り方
私も聖君を見た。目を丸くしたままの聖君は、すごくかわいい。
「俺のそばにずっといるってこと?」
「うん…」
聖君は、やっとこ瞬きをした。それから、また私を黙って見ている。
「聖君は、どんどん新しい世界に行っていいよ。それにいろんなこと挑戦していいから」
「え?」
「前見て、どんどん進んで行っていいから」
「…」
「もし、何かでつまづいたり、立ち止まった時には、私が隣にいるから」
「…」
聖君は目を細めて私を見た。
「私が聖君を癒したり、元気を分け与えたり、そんな存在でいるから」
「…」
「だから、また前を向いて歩いてね」
「は…」
聖君がいきなり下を向き、しばらくすると、ドサッとベッドにうつっぷせになって倒れこんだ。
「聖君?」
「…」
聖君はそのまま、動かなかった。でもしばらくすると、
「は…、ははは…」
と笑い出した。
あれ?今の笑うところ?私変なこと言っちゃったの?
「聖…君?」
それとも、呆れた?
「すげえや…」
「え?」
「あはは。すげえよ、桃子ちゃん」
聖君はそう言ってまた、しばらく動かなくなった。でも、突然、ガバッと起き上がると私を見て、
「そうか。おじいさんが言ってた、桃子の器はそんなに小さくないよ、今にわかるって、このことか」
と目をキラキラさせて言った。
「へ?」
「すげえよ。桃子ちゃん、でかすぎるよ」
「私が?」
「あはは。俺なんて太刀打ちできないって。まじですげえ」
そう笑いながら聖君は言うと、目を細め、手でくしゃって前髪をあげた。
「俺、すげえ子に愛されてるね」
「え?」
「それに、すげえ子を愛してるよ」
私のことだよね。
聖君は、目を細めたまま私を見て、目を真っ赤にさせた。
泣いてるの?
「やばい。今、感動しちゃって」
聖君が、ズズって鼻をすすった。それから目頭を押さえて、
「はは。これ、嬉し泣きだからさ」
と笑って、今度は私の髪をくしゃってしてきた。
「桃子ちゃん…」
「うん」
「サンキュー」
「…」
「すげえ、嬉しい」
聖君は優しくキスをして、それから抱きしめてきた。
「それが、桃子ちゃんの出した答えだよね?」
「うん」
「ずっと俺のそばにいて、俺を見ててくれる」
「うん」
「どんな俺も…」
「うん」
「そっか。それなのに、俺、さっき勝手に、桃子ちゃんが離れることを決めたって、思い込んじゃったんだ」
「…」
「俺、バカみたい」
「ごめんね。私が先にちゃんと言わなかったから」
「ううん。てんで俺のほうが桃子ちゃんのこと、みくびってたって思ってさ」
「え?」
「桃子ちゃん、強いし、器でかいし。そのこと俺だって、すぐそばで桃子ちゃんを見てて、知ってたって言うのにね」
「私が?」
「うん。守っていこうとか、そんなこと思わなくていいんだね」
「私を?」
「おじいさんが言ってたようにさ。桃子ちゃん、大丈夫なんだ。だから、守るんじゃなくって、一緒に寄り添って前向いて歩いていったらいいんだよね」
「…」
「もし、桃子ちゃんが立ち止まることがあったら、その時は俺が元気をあげる」
「うん」
「もし、2人でくじけちゃったら、一緒に泣いてもいいしね」
「え?」
「一緒に泣いてくれる人がいてくれるってだけで、なんだか、またすぐに立ち直れそうじゃない?」
「うん、そうだね」
「桃子ちゃんと、ずっとそうやって、生きていくって、うん、やっぱりそれが俺の生き方だって思うよ」
「ありがとう」
聖君の胸に顔をうずめてそう言った。
「え?」
「嬉しい…」
「泣いてる?」
「うん…」
「はは…。一緒に嬉し泣きってのもいいよね」
聖君はそう言って笑って、それからも私を優しく抱きしめていてくれた。
聖君の優しいオーラに包まれた。あったかくって、大きくて、優しい。
「俺さ」
「うん」
「挑戦してみるよ」
「え?」
何を?私は思わず聖君の胸から離れ、聖君を見つめた。
「カッキー。苦手だから、遠ざけようとしてたけど、ちゃんと向き合ってみる」
「向き合う?」
聖君の顔を見てみた。あ、真剣な顔をしている。
「麦ちゃんに、言われたんだよね。あの子、何か抱えてるから気になる。私も何か、あの子のために力になりたいけど、聖君も力を貸してってさ」
「麦さんが?」
「麦ちゃん、俺と桃子ちゃんのおかげで変われたから、今、つらそうにしてるカッキーのこと、気になるんだって。きっと、心の奥に傷があって、まだ癒されてないって、そう感じてるみたい」
「そうなんだ」
麦さん、変わったんだな。前だったら、カッキーさんみたいな裏表のある子は嫌いって言って、攻撃してたかもしれないのに。あ、私もけっこうきついこと言われてたし。
「桃子ちゃんにも、力を借りるかもしれない」
「…あ!」
「え?」
「ごめん。力を貸すどころか、私、とんでもないことしちゃったかも」
「え?誰に?」
「カッキーさんに」
「え?どういうこと?」
「電話あったって言ったでしょ?」
「うん」
「その時、カッキーさん、聖君にまるで自分だけが送ってもらったみたいな言い方をしたの」
「…」
聖君が不思議そうな顔をした。
「車で送ってくれて、シートベルトも締めてくれたって、自慢げに」
「え?いや、あれは、できないってうるさいから仕方なく」
「うん。知ってる」
「…なんで知ってるの?カッキーが言ってたの?」
「ううん、桐太から聞いたの」
「え?なんで桐太がそこに出てくるんだ?」
「桐太にすぐに電話したの」
「カッキーの電話の後で?」
「うん。桐太も麦さんも一緒だったっていうのは、桐太から聞いたの」
「そうなんだ…。もしかして、桃子ちゃん、カッキーからの電話で落ち込んだの?」
「え?」
「だから、桐太に聞いてもらいたかったの?」
「ううん、違うよ。あ、でも誰かに話したいっていうのはあったけど。今日、蘭も菜摘も花ちゃんもデートだったんだもん。他には桐太しか浮かばなかった」
「お、俺は?」
「聖君、車乗ってたかも」
「あ、そっか」
聖君はしばらくうつむいて、何かを考え込んでから、
「でも、店に着いた頃電話くれても、よかったのにな」
とぽつりと言った。
「だって、すぐに話したかったの。それに…」
「うん?」
「聖君にはちょっと恥ずかしくて」
「じゃ、内緒にしておこうと思ってた、とか?」
私はコクンとうなづいた。
「ふうん」
あ、聖君の「ふうん」だ。納得いってないんだ。
「でも、今、話すから」
「カッキーに何をしたの?桃子ちゃんがしちゃったんでしょ?」
「そ、そうなの」
「何をしたのかな?」
聖君がじいっと私を見た。
「だからね、まるで自分だけが送ってもらって、優しくしてもらったみたいな言い方をして、聖君にお礼を言っておいてって言われたから、頭に来て」
「へ?」
「それで、つい、最後に、主人に伝えておきます。わざわざすみませんでしたって、言っちゃったの」
「…」
聖君がしばらく呆けてから、
「へ?」
とまた変な声を出して聞き返してきた。
「だから、その…」
「主人?」
か~~~。ああ、私顔真っ赤だ。
「桃子ちゃんがそう言ったの?」
「うん。嫌味な言い方しちゃったよね?カッキーさん何も言わないで、切っちゃったの」
「あははは」
え?
「桃子ちゃん、それ、かなり笑える」
桐太と反応が一緒だ。これ、笑えることなの?
「あはは。そっか~。主人って言ったのか。俺のこと。じゃ、まじで、落ち込んだわけじゃなくて」
「うん。変なこと言っちゃったよ、どうしようって思って、慌てて誰かに聞いてもらいたくなって…」
「で、桐太、なんて言ってた?」
「聖君と一緒。傑作だって笑ってた」
「あははは。やっぱり」
「でも、実際に私は聖君の奥さんなんだから、そう言ってもいいんじゃないかって」
「うん、そうだよね」
「でも、カッキーさんからしてみたら、頭にきちゃわない?」
「来たかもね」
「…」
聖君、なんだか笑ってる?
「いいんじゃね?」
「え?」
「あっちだって、嫌味を言ってきたんだろ?まるで、俺がカッキーを大事にしてて、優しくしてるみたいな言い方をして」
「うん」
そう言えば、そう言ってた。
「桃子ちゃんに対抗意識があるって、麦ちゃんが言ってたっけ。それでそんな言い方をしたのかもしれないよね」
「じゃ、その挑戦受けちゃったってこと?火花散らしちゃったかな、もしかして」
「え?」
「私、やっぱり、とんでもないこと言っちゃったんじゃ…」
私がおろおろしてると、聖君は私を見て、ブッてふきだした。
「なんで笑うの?」
「桃子ちゃん、可愛いから」
「なんで?どこが可愛いの?」
「全部」
「へ?」
聖君が抱きしめてきた。
「ジェラシー感じちゃったから、そんなこと言っちゃった?」
「う、そうかも」
「可愛い~~」
どこが?その感覚がよくわかんない。
「可愛いなあ。そっか。いいね、主人っての…」
「え?」
いいの?
「へへ」
へへ?
「俺、桃子ちゃんのご主人なんだね」
「う、うん」
「で、桃子ちゃんは俺の、家内ってやつ?」
「うん」
「やっぱ、家内ってのは俺、言いづらいな。奥さんってのが一番かな」
「…」
「それとも、ワイフ?それとも、妻、ブッ!妻っていうのも、なんかっこっぱずかしい」
「聖君ってば」
「ん?」
聖君は私の顔を見た。
「カッキーさんの話がどこかにいっちゃってるよ?」
「あ、そうだったね」
聖君はそう言いながらもいきなり立ち上がり、着替えを出し始めた。
「桃子ちゃん、お風呂入ろう?」
「え?うん」
聖君はにこにこ顔で私の手を取り、部屋を出て、一階に下りた。
「これからお風呂?」
「はい。すみません、遅くなっちゃって」
「ううん、いいけど。今日土曜日だし、全然ゆっくりしてくれてもいいわよ?」
「はい」
母にそう言われ、聖君は申し訳なさそうにうなづいた。
聖君は機嫌がすっかり直ってしまい、鼻歌交じりに私の体を洗ってくれる。
「カッキーさんのこと…」
気になり、聞いてみた。
「ああ、今はいいよ」
「え?いいの?」
「うん。だって、桃子ちゃんとのお風呂を楽しみたいもん」
楽しむって…。
「試験終わったらまた、あっちから声かけてくると思うから、そうしたら、話してみるよ」
「うん」
「明日桃子ちゃん、何かあるの?」
「うん。みんなで小百合ちゃんのお見舞いに行く」
「そんなに遅くならないよね?」
「うん」
「じゃ、店に一緒に来る?」
「うん」
「朱実ちゃんが、今日も一緒に来るかと思ってたのにって言ってた」
あ、電話でも言ってたっけ。
「俺もそれ聞いて、なんで桃子ちゃんのこと、連れてこなかったんだって、後悔しちゃった」
「え?どうして?」
「そばにいたかったから」
「…」
「とか思いつつ、桃子ちゃん、様子変だったし、また避けられたりしたらどうしようって思ってたんだけどね」
場所を交代して、私が聖君の背中を洗い出した。
「聖君」
「ん?」
「ごめんね、今日…」
「いいよ。俺だって、寂しい思いさせたんだから」
「聖君」
「ん?」
ギュ。後ろから聖君を抱きしめた。
「ここで、そんなことしてきたら、俺やばいよ?」
「…」
それでもしばらく、私は抱きしめていた。聖君は黙って、そのままでいた。
「桃子ちゃんのぬくもり…」
「うん」
「やっぱ、癒される」
「そう?」
「愛されてるから、癒されるんだよね」
「え?」
「それだけ、俺は桃子ちゃんに愛されてるんだね…」
「うん」
腕にもっと力を入れ、聖君を抱きしめた。
「聖君のこと、すご~~く愛してるもん」
私がそう言うと、聖君は私の腕をぎゅって両手でつかんできて、
「俺も、すげえ愛してるよ」
と優しく言ってくれた。