第157話 私の出した答え
聖君は、まだ私に抱きついている。そっと頭をなでてみた。きゅん…。ああ、愛しいな。
「桃子ちゃん」
「ん?」
「俺、わかったんだ」
「え?」
「なんでカッキーが苦手なのか」
「どうしてだったの?」
私がそう聞くと、聖君は私から腕を離し、私の顔をじっと見つめてきた。
「最初、合宿で会ったとき、桃子ちゃんに似てるって思ったんだ」
「え?」
似てないってずっと言ってたじゃない。
「背格好や、髪型、服の趣味も似てた」
「…」
「みんなも、桃子ちゃんに似てるって言ってて、ああ、みんなも似てるって思うんだって、そんなこと俺も感じてた」
「…」
「でも、そばに来て話しかけられて、なんだか雰囲気っていうのかな。かもしだす空気っていうのかな。違うなって感じてさ」
「うん」
聖君はまだ私を見ている。しばらくじっと私の目を見たまま、黙り込んだ。
聖君からはもう、よそよそしい感じはしなかった。でも、いつもの優しい目でもなかった。
聖君の目は、ちょっと切なそうだ。眉間にちょっとしわをよせ、じいっと私を見ている。
「すぐそばにいると、桃子ちゃんなら、こんなにも気が休まったり、嬉しくなったり、幸せになるんだ。でも、カッキーだと、苦しいんだ」
「苦しい?」
「息が苦しいって言うか、壁を感じるって言うか。女の人が苦手だからと思ってた。でも、それならそれでほっとけばいいだけなんだけど、ものすごい嫌な感じがして、どうしてこんなふうに感じるんだろうって、ずっと不思議で」
そう言えば、言ってたっけ。
「だけど、やっとわかったよ」
「何が原因だったの?」
「桃子ちゃんに冷たくされてるような気になってたんだ」
「え?」
私?
「前に、桃子ちゃんとちょっと似てる子に泣かれて、まるで桃子ちゃんを泣かしたみたいに感じて、俺が罪悪感感じたことあったよね?覚えてる?」
「え?うん」
「今度もそうだった。カッキーと話したり、そばにいると、桃子ちゃんと居るみたいに感じるんだけど、冷たくって言うか、心閉ざされてる感じがしちゃって、すごくつらくなったんだ」
「私が心を閉ざしてるみたいに、感じちゃったってこと?」
「うん」
聖君はそう言うと、目を伏せた。そして、
「でも、結局俺がそうやって、カッキーのことばかりを考えて、桃子ちゃんが寂しい思いをして、俺に閉ざしちゃったんだよね」
「閉ざした?」
「桃子ちゃん、いつもと違ってた」
「聖君もだよ?」
「…そっか。俺もか…」
聖君はそう言うと、また私を見て、ぎゅって抱きしめてきた。
「カッキーみたいに、桃子ちゃんが心を閉ざしたら、すげえ嫌だって感じてたのに、俺が原因で、桃子ちゃんの心を閉ざしちゃったんだね。俺、ほんと、バカだよね。それを1番怖がっていたって言うのにさ」
「怖がってた?」
「怖いよ。桃子ちゃんを感じられなくなるのは、すげえ怖い」
「…」
「こうやって、いつも抱きしめて、桃子ちゃんのぬくもりを感じていたいし、桃子ちゃんがそばにいつもいてくれるって、感じていたいんだ」
「いつもそばにいたよ?」
「そばにいても、感じられなかった」
「…」
「桃子ちゃんを遠くに感じてた」
「それ、聖君がずっとカッキーさんのことを考えてた時もだよ?」
「だよね。ごめんね?」
「…」
聖君は、私の顔を見て、優しく頬をなでた。
「まじでごめん。寂しい思いさせた。ただでさえ、桃子ちゃん、今、バランス崩しやすいのにさ」
「ホルモン?情緒不安定ってやつ?」
「うん」
「…私、悩んでたの」
「え?」
「ただ、不安定になったんじゃなくって、悩んでたからなの」
「何を?」
「…」
言ってもいいのかな。ううん、言ったほうがいいんだよね。祖父と話していたことを。ちゃんと、聖君にも…。
私が黙って、うつむいていたからか、聖君がまた、切なそうな顔をして私を見てきた。そして、
「まだ、悩んでるの?俺に話したら、ちょっとは楽になる?解決できることかな?」
と優しく聞いてきた。
「あ、ううん。違うの。もう、すっきりとしちゃったの」
「え?」
「昨日、おじいちゃんと話をしてて、すっきりしちゃったんだ」
「俺がいないとき?」
「うん。相談にのってもらったの。あ、違うか。もう前に答えは出てて、それをおじいちゃんに聞いてもらってたって感じかな」
「答えが出た?」
「聖君の絵を見て…」
「俺の絵?」
「カッキーさんのこともあって、悩んでたの」
「…えっと、まったく見当もつかない。何かな?俺のこと?」
「うん。聖君と私のこと」
「…これからのこと、とか?」
「うん」
「…」
聖君の顔は、真剣だ。でも、目の奥がちょっと曇っている。どこかで、怖がってるようにも見える。
「なんか、ちょっとあれだね」
「え?」
「勇気いるね」
「なんの?」
「桃子ちゃんの答え。どんな悩みでどんな答えが出たのか、ちょっと怖いな」
「…」
聖君は苦笑いをした。でも、
「ごめん。ちゃんと聞くよ。桃子ちゃんが出した答えなんだもんね。聞かないとね」
と、今度は少し柔らかいまなざしになった。
「えっと、何から話したらいいのかな。もしかすると、聖君、私のこと軽蔑しちゃうかもしれないけど…」
「え?」
聖君がかなり、驚いたようだ。目を丸くしたまま、私をじっと見ている。
「軽蔑されたり、嫌われたり、呆れたりするかもしれないけど、でも、ちゃんと話すね?」
「…話してくれるの?」
「うん。ちゃんと聖君にも伝えたいし、知っておいてもらいたいから」
「わかった」
聖君はまた、真剣な表情になった。
私は聖君の目をじっと見た。それから話し出した。
「聖君は、トラウマがあるでしょ?」
「トラウマ?」
「女性が苦手でしょ?中学の卒業式で、怖い思いをしてから」
「…正確にはもっと前からかな」
「え?」
「泣かれたり、責められたり、いろいろとあったからさ」
「…」
そうか。そんなようなことも、前に聞いたことあったっけ。
「それでね」
「うん」
「そのせいで、女性が苦手なのに、私だけは大丈夫だったでしょ?」
「え?ああ、うん」
「それ、嬉しかったの」
「うん」
「私といると、癒される、安心できるって聞いて、すごく嬉しかった。それに、聖君が女性が苦手で辛かったら、いくらでも私はそばにいて、癒してあげるんだって、そう思ってた」
「うん。実際に癒されてるし、桃子ちゃんがいてくれてるから、俺、どうにか乗り越えられたってこと、いっぱいあるよ」
「…それも、嬉しかったの」
「うん」
聖君の表情がだんだんと、和らいでいく。
「どんな弱くても、どんな聖君でも、それでも好きだし、受け止めていくってそう思ってた」
「…うん。それ、わかってた。桃子ちゃん、いつもそう言ってくれて嬉しかったよ」
「…だけど、違うってわかったの」
「え?違うって何が?」
「私、全然聖君の力を、みくびっていたし、過小評価してたんだよね」
「どういうこと?」
聖君の声が曇った。
「女性が苦手な聖君は、私だけには心を開いてそばにいてくれる。でも、もし誰に対しても苦手意識がなくなったら、聖君は私にだけじゃなく、誰にでももっと心を開けるし、もっと聖君の世界は広がる」
「…」
聖君の表情が硬くなったのがわかった。
「そうしたら、私のそばから離れるかもしれない。そう思ったら、私、怖くて」
「離れないよ。どうして離れるなんて思うんだよ」
「…」
聖君がまた、切なそうな目をした。
「だって、自信がなかったから」
「なんで?なんの自信?」
聖君はもっと切なそうに私を見てきた。
「そんなすごい聖君とは、私は釣り合わないって」
「そんなすごいって?俺、そんなすごくねえよ」
「ううん」
「情けないし、今だって泣きそうだよ。桃子ちゃんがちょっと冷たくしただけで、こんなにへこんでるんだよ?こんな俺のどこがすげえんだよ」
「私、知ってるもん。聖君は人が閉ざしちゃった心を開けることができて、その人の力を引き出して認めてあげられる」
「俺が?それは桃子ちゃんでしょ?」
「ううん。聖君の力なの。それに人の力を信頼できて、どんと受け止められるだけの器も持ってる。それに、人の力を引き出すときの聖君は、目が輝いてる…」
「俺が?」
「うん。聖君はすごい力と、大きな器持ってるよ」
「…」
聖君が黙って私をただ見ている。
「おじいちゃんが言ってたのは本当なの」
「俺の中に、才能が埋もれてるって言ってたあれ?」
「うん」
「かいかぶりすぎだよ」
「ううん。違う。私、そばにいてそんな聖君いっぱい見てきた。あ、高校での演説だってそうだよ。聖君はみんなを魅了して、変えていく力がある」
「…」
「本当だよ?」
「…」
「でも、私は聖君がもっと力を発揮して、どんどん大きい世界に羽ばたいていっちゃったら、おいてかれるし、そばにいられなくなるって思って、それが怖くて…」
「…」
聖君が眉をひそめた。
「だけど、聖君がトラウマ抱えて、女性が苦手で、私しか癒せる人がいなくって、私がいつまでも聖君の特別だったら、聖君は私から離れてかないってそう思って…。私、そんなずるいこと考えて、ただ、そばにいてほしいからって、そんな…」
ボロ…。涙が出た。私は思わず涙を拭き、視線を下げた。なんだか、喉が痛い…。
「離れないよ?俺…」
「…」
「俺、そんな力ないよ?」
「ううん」
首を横に振った。
「あるの。だけど、私、聖君が弱かったら守ってあげられる、ずっと私のそばにいてくれるって思って、聖君を弱くさせてたの」
「桃子ちゃんが?」
「ひどいよね。卑怯だよね。私から離れて行ってほしくないって、そんな自分勝手な思いのために、聖君の力を閉じ込めようとしてたんだから」
「桃子ちゃんのせいじゃない。それは俺が弱いからだろ?」
「ううん。聖君は弱くない。一人でも乗り越えられるだけの力を持ってる」
「なんでそんなこと言うんだよ?」
「…」
聖君?目、真っ赤だ。
「俺が一人でも平気って言いたいんだよね?俺が俺の才能を開花させて、もっと違う世界に行って、その力を発揮させて、どんどんでかくなってって。そう言いたいんだよね?」
コクンとうなづいた。
「…」
うわ。聖君が今にも泣きそうだ。
目を真っ赤にさせた聖君は、天井をいきなり見た。涙がこぼれるのを止めるかのように、しばらく天井を見ていたけど、下を向いて目をぎゅってつむった。
「は~~~~」
ため息を聖君がはくと、涙が一筋頬をつたった。それをぎゅって手で拭いて、聖君はものすごくつらそうな顔をして私を見た。
「俺、桃子ちゃんから離れる気ないよ」
「え?」
「もし、俺が今まで力を発揮できたとしたら、それは桃子ちゃんがいてくれたからなんだ」
「…」
「それに、俺言ったよね?桃子ちゃんの隣が俺の居場所だって。家族を持つことが俺の夢なんだ」
「…」
「桃子ちゃんと家族を持つことが。凪が生まれて、また、凪に妹か弟ができるかもしれない、そうやって、家族が増えて、みんなで笑って過ごしていくんだ。それが、俺の未来のビジョンなんだよ!」
「…」
聖君…。
「その夢はどうなるんだよ?俺はそれを叶えたいんだよ。言ったよね?大事な人を大事にしていく。それが俺のしたいことだって」
「私だって、聖君が大事。大事な聖君を大事にしていきたいよ」
「だったら、なんで?」
「私、聖君を小さな世界に閉じ込めようとしてる。かごの中の鳥みたいに、閉じ込めてる。そんなの大事にしてるって言えないよね?ほんとの愛でもなんでもないよね?」
「なんだよ、その本当の愛ってのは!」
ビク。聖君、怒ってる?
「家族を持って、幸せに過ごす。それがなんで悪いんだよ?俺は桃子ちゃんだけでいいよ。他の人なんかどうでもいいよ。苦手意識があったって、桃子ちゃんや家族と一緒に過ごせたら、それで十分だよ」
「ううん。聖君にはもっと大きな力があるよ」
「どうして、そうやって俺から離れて行こうとするんだよ!出た答えってのは何?俺から去っていくこと?俺が違う世界に行けるよう、身を引くってこと?」
バン!聖君がベッドを思い切りたたいた。それから、ブルブルと腕を振るわせた。それに、ベッドにボタボタと涙が落ちて、聖君は顔をまた、手でギュって拭いた。
「俺、離れるつもりない」
「…」
「離れていくって言っても離さない」
ぎゅう。聖君が抱きしめてきた。それから、すぐに私から腕を離すと、キスをしてきた。それからまた、ぎゅうって抱きしめる。
「桃子ちゃんは卑怯なんかじゃない」
「…」
「俺を弱くなんかしてない。そんなの全く逆だ」
聖君?
「俺、受験の時もそうだ。桃子ちゃんがいたから頑張れた。桃子ちゃんが力をいつもくれてた」
「私が?」
「そうだよ。もし俺に力があるとしたら、桃子ちゃんがそれを引き出してくれるんだ」
「私?」
聖君は抱きしめていた腕をゆるめて、私を見た。ものすごく愛しそうなそんな目で見てる。
「俺を弱くなんかしてない。強くしてくれてる。いつだってそうだ。桃子ちゃんがいてくれるってわかってるから、俺は前を向いて進めるんだ」
「ほんと…に?」
「うん」
聖君はうなづくと、そっとキスをしてきた。それからまた、抱きしめてきた。
「頼むから、離れて行こうとしないで…」
「聖君」
私もギュって聖君を抱きしめた。
ああ、聖君の言葉で、私もどんどん力が湧いてくるよ。ありがとう。私が聖君を強くさせてるって言ってくれて…。そう言ってくれたから、もっと私は確信が持てた。
「私が出した答え、まだ言ってないの」
私は聖君を抱きしめたまま、そう話し出した。
「え?」
聖君は、抱きしめられたまま、一瞬びくってなった。それから、抱きしめていた腕を離し、私の顔をじっと見てきた。
「私ね?」
「うん」
「自信がないって言ったでしょ?」
「うん」
「でも、今日聖君の絵を見て、私の自信なんてどうでもよくなっちゃったの」
「え?ど、どういうこと?」
「あの絵、すごかった。聖君そのものだと思った。力強くて、鮮やかで、人を惹きつける」
「…」
「私、新たな聖君にまた出会えたって思って、ドキドキした」
「あの絵を見て?」
「うん。胸がときめいて、わくわくもした」
「…」
聖君が目を丸くした。
「また、聖君に恋をした」
「俺に?」
「おじいちゃんが笑ってた。これからも、いろんな聖君に出会って、そのたびに恋をしちゃうんじゃないかって」
「え?」
聖君の目がもっと丸くなった。
「私ね、聖君から離れたりしないよ」
「…」
聖君が瞬きも忘れて、私を見ている。
「だって、いろんな聖君をこれからも見ていきたいから」
「…」
「どんどん聖君がいろんな世界に飛び込んでいったら、私ついていくの。あ、凪も一緒にね」
「お、俺に?」
「だって、ずっと聖君を見ていたいんだもん」
聖君は、まだ私を目を丸くしたまま見ていた。私が出した答え、それにすごく驚いているみたいだった。