第156話 避けてる?
私の携帯から、れいんどろっぷすに電話をした。すぐに朱実さんが出た。
「はい。れいんどろっぷすです」
「あ、聖君は?」
「まだ来ていませんが、何か用ですか?」
へ?えっと。ああ、そうか。朱実さんに伝言してもらってもいいのか。
「あ、じゃあ、伝えてください。うちに携帯忘れていきましたって」
「え?!」
「…」
すごい驚きようだな。携帯を忘れるって、そんなに驚くこと?
「あ、桃子ちゃんか!」
「はい」
え?私だってわかってなかった?
「びっくりした~~。聖君がどこか、よその女の人の家に行ったのかと思った。そんなわけないよねえ。あの聖君が」
え?
「あ、あの聖君って?」
「そりゃ、桃子ちゃんにベタ惚れの聖君よ。今日も一緒に来るのかと思った」
「あ、今日は、その…」
なんだか、何を言ったらいいのか。
「桃子ちゃんのおうちに、携帯を忘れていったってこと、伝えておくね」
「はい、お願いします」
私は電話を切った。それから、凪のベストを編み出した。
「…」
う、駄目駄目。もっといろいろと聖君のメールとか見たくなったけど、そんなの駄目。さすがに駄目。
でも。写メくらい、見てもいいかな。ドキドキ。
私は聖君の携帯を開いて、写真のデータを見てみた。この前の合宿の写真が、たくさんあった。
「なんだ、やっぱりそうだよね…」
その写真はほとんどが、海の写真。人はほとんど写っていない。でも、ちょっとほっとした。もし、カッキーさんの写真でもあったら、相当私へこんじゃうな。
だったら、見ないほうがいいよね。と思いつつ、合宿の写真を見ていた。
「あ、これでおしまいかな?」
違う写真が出てきて、合宿の写真は終わったってことがわかった。
「う、ええ?!」
合宿の写真の次に出てきたのは、クロや杏樹ちゃん。それから、どうやら、れいんどろっぷすで撮った、新メニューのランチのセット。
そして、私。
いつ撮ったの?これ、いつ撮ったの?!いったい、いつ私の寝顔を撮ったの?
わ~~。恥ずかしい!口は半開きだし、髪はぼさぼさだし、そんな私の寝顔が数枚。
聖君!なんなのよ~~、これ!
隠し撮りなんてもんじゃないよ~~っ。
まさか、他にも?私はドキドキして、他の写真も見ていった。
「あ、しっぽのドアップ写真だ」
それから、茶太郎が庭のポーチで寝てるのとか…。
「あ、なんでひまわり?」
ひまわりが茶太郎をだっこして、にっこりと笑ってるのとか。
「あ!なんでお父さん?」
釣りか!釣りに行ったときの写真だ。釣竿もって、にこにこ顔でピースしてるお父さんの写真。
そうか。うちの家族、しっかりちゃっかり、聖君の携帯で写真撮ってもらってるんだ。まさか、母もかな?
う。うわわ?これは?私の笑ってる写真。これもどこで撮ったの?知らないよ?いったい、いつ撮ってるの?まったくカメラのほうを見てないから、聖君が勝手に撮っちゃってるんだ。これ、きっとズームアップして撮ってる。ちょっと離れたところから撮ってるんだ。
あ~~。もう~~~。信じられない。私だって、隠し撮りなんてしてないよ。
そうか、してもいいってこと?寝顔とか撮ってもいいの?
そうか。早速今日撮っちゃおうかな。
それにしても、この写真どうしよう。言ったら見たのばれちゃうよね。でも、見ていいって言ってたっけ。う~~ん、どうしようかな。
夕飯を食べ終わり、私は2階にまた行って、編み物の続きをした。一回編み出すと、つい、夢中になってしまう。早くに仕上げないと気が済まなくなっちゃうんだよね。
ピンポン。チャイムが鳴った。8時半。ひまわりかもしれないし、聖君かもしれない。
しばらく耳をすましていた。1階から何も聞こえてこなかったし、誰も2階に上がってこないから、回覧板とかかもしれないな。
また、編み物を再開した。すると、とても静かな足音が聞こえた。あれ?誰かな?聖君は軽快に2階にあがってくるし、ひまわりはドタドタとあがってくるし、母や父なんて、やれやれって感じで、ドスンドスンあがってくるから、こんなに静かな足音はいないんだけどな。
まさか、しっぽか茶太郎?
ガチャ。あ、ドアが開いた。
「あ、起きてた?」
聖君?あ、もしかして私が寝てると思って、静かに上がってきたの?
「おかえりなさい」
「ただいま」
聖君、顔引きつって笑ってる。
「編み物してたんだ」
「うん」
「ずっと?」
「うん。もうすぐ完成できるの。つい、完成が近づくと、夢中になっちゃうんだよね」
「そっか」
聖君はそう言うと、静かなため息をして、私の前に座った。それから、ちょっと私を見て、テーブルの上にあった携帯に気が付き、
「あ、朱実ちゃんから聞いた。わざわざ電話してくれたんでしょ?」
と言ってきた。
「うん。携帯どこかでなくしたって、困ってるかもしれないと思って」
「サンキュ。でも、携帯がないことにも、気が付いてなかったよ」
「そうなの?」
「うん」
「…」
そっか。心ここにあらずなんだな、ずっと。
「あのさ」
「え?」
「携帯、メールとかあった?」
「ううん。電話があっただけで、メールは来てないと思うけど」
「電話?誰から?」
「カッキーさん」
「…」
あ、今、思い切り憂鬱な顔をしたな。
「出た?桃子ちゃん」
「うん。昨日送ってくれてありがとうって言ってたよ」
「それだけ?」
「え?うん」
「そっか」
「他に何かあるの?」
「いや…」
「車で送ってくれたって」
「ああ、うん…」
聖君はしばらく黙って、一点を見つめてから、なぜだか焦った顔になり、
「カッキーだけじゃないよ。麦ちゃんと桐太も一緒だったんだ。あいつらも昨日、店に来て、桐太、家に帰るから、俺に送って行けって」
「ふうん」
知ってるけど、ちょっとしらばっくれてみた。
「あ、それで、カッキーも駅が、桐太と一緒だから、ついでに乗って行ったら?って麦ちゃんが誘って」
「麦ちゃんが?」
「うん」
「ふうん」
「…」
私はそのまま、編み物を続けた。
「えっと」
聖君が私の前に座ったまま、なんとなく困っているのがわかる。
「あ、そうだ」
「え?」
「…」
携帯の写真見たことを言ったら、やっぱりやばいかな?
「なんでもない」
「え?」
聖君が、もっと困ってしまっている。
「…」
黙ったまま、聖君は頭を掻き、下を向いた。
「桃子ちゃん、お風呂はもう入っちゃったの?」
「ううん、まだ」
「そっか」
「…」
あれ?入ろうとか言わないのかな?
「…あ、そういえば、今日聖君とお父さんが釣具屋さんに行っている間に、絵を描いてたんだ。このスケッチブックに描いてあるんだけど」
「見ていいの?」
「うん」
「あ、色鉛筆で描いたんだ。なんか、かわいいね」
「それ、れいんどろっぷすに、飾ってなんてもらえないよね?」
「え?」
聖君が私を見た。
「あ、いいの。ちょっと言ってみただけ」
「いいよ。母さんに頼んでみるね」
「え?いいんだよ。無理しないでも」
今、聖君、顔引きつってた。
「無理してないよ。けっこうかわいいかも。母さんも気に入るよ」
「…」
だけど、そんなことを言ってる聖君の顔、やっぱりどこか、変だよ。
それにさっきから、落ち着かないみたいだ。いつもくる優しいオーラを感じられない。
「…」
私は編み物をやめて、着替えを出した。
「風呂、入ってくるの?」
「うん」
聖君は座ったままだ。あれ?一緒に入るって言わないの?言わないなら、一人で入っちゃうよ?
私はドアの前に立ち、聖君を見てみた。後ろを向いたまま、こっちも見ようとしない。
ドアを開けてから、もう一回振り返った。聖君の背中がやけに、小さく感じる。もしかして、寂しがってる?
「聖く…」
「桃子ちゃん」
聖君と同時に呼び合ってしまった。
聖君はぐるりとこっちを向くと、立ち上がり私の前まで来た。
それから、ドアをバタンと閉め、私の腕をつかみ、ベッドに連れて行かれた。そしてベッドに私を座らせ、横に座ってきた。
「桃子ちゃん」
「うん」
なんだろう。怒ってるのかな?
「俺、なんで避けられてるの?」
「え?避けてないよ」
「…お父さんが、また情緒不安定になったんだろうって。そうなの?平気?」
「うん、大丈夫」
「…じゃ、なんで…」
聖君が黙り込み、ちょっとつらそうな顔をしてから下を向くと、下を向いたまま、
「部屋に入り込んだままだったのかな?」
とぼそって聞いた。
「いつ?」
「俺が帰ってきたとき。いつも玄関まで出迎えに来てくれてたのに」
「…」
出迎えに行って抱きついても、聖君、嬉しそうじゃないじゃない。って、のどまで出かかった。
「見送りに行くのは、聖君のほうがさせてくれなかったよ?」
「え?」
「今日…」
「…あれは、部屋に行くって言うから」
「…」
聖君は私を見たけど、また下を向いた。
「もしかして、カッキーのこと、気にしてる?」
「え?」
「電話なんか、してきたから」
「ううん、別に」
別に?気にしてたじゃないか。でも、今はそうでもないかな。
「…じゃあ、なんでかな」
「私、避けてないよ。それに、編み物に夢中だっただけだよ」
「…」
聖君は頭を掻き、それからふうってため息をついた。
「俺があれかな。気にしすぎてる?」
「え?」
「俺の思い違い?今朝から桃子ちゃん、変だよ?」
「変なのは聖君だよ。昨日も変だったよ」
「それは…」
「カッキーさんが原因でしょ?」
「うん」
「カッキーさんのことばかり、考えてたんだよね」
「え?」
「私のことなんか考えてなかったし、私の話も、ちゃんと聞いてなかったし」
あ、やばい。言ってしまった。これじゃ、聖君を責めてるみたいだ。
「俺?」
「…」
今度は私が黙ってうつむいた。
「そ、それで怒ってた?」
「怒ってないよ」
「でも今、怒ってなかった?」
「…少し、悲しかっただけだよ」
「え?」
「…」
私は聖君を見れなくなった。ずっと、聖君の顔も見ないで下を向いていた。
「…」
聖君は黙ったまま、私を見てる。視線を感じる。
「そっか。俺が原因か…」
そう言うと聖君は、私から視線を外した。
しばらく2人で黙って、うつむいていた。
「あほだよな、俺」
聖君はそう言うと、頭を掻いて、それから重いため息をした。
「ほんと、バカじゃん」
聖君は、もっと下を向き、頭を両手で抱えてしまった。
ど、どうしたのかな。ものすごく自分を責めちゃったのかな。何か言ったほうがいいかな。今はそんなに、落ち込んでないし、悲しんでないって言ったほうがいいかな。
「ひ、聖君…」
そっと聖君を抱きしめようかと思い、体の向きを変えかけたとき、聖君がいきなり抱きついてきた。
「え?」
「…」
ぎゅうって抱きしめて、苦しいくらいだ。
「聖君、苦しいよ」
「ごめん」
聖君は少し、腕の力を抜いたけど、そのまま抱きしめている。
いつもの優しいオーラじゃない。どっちかって言うと、私に何かを求めているような、そんなオーラを感じる。黙ったまま抱きしめて、抱きしめた指の先までに力が入ってるのがわかる。
だけど、いつもの聖君のにおいだ。それに包まれると、やっぱり胸がきゅんってなる。
「桃子ちゃん…」
聖君が弱々しい声を出した。
「頼むから、避けないで…」
「え?」
「俺、どうしたらいいかわからなくなる」
「?」
どうしたの?なんだか、肩震えてない?
「嫌われたのか、いやがられてるのか、ものすごく不安になった。情けない?キスを拒まれただけで、俺、凍り付いたよ」
それ、わかってた。私…。なのに、何にも言わず、ほっておいたんだ。
「でも、俺が原因だったんだ。俺が桃子ちゃんといるのに、カッキーのことばかり考えて、桃子ちゃんに今日の俺みたいに、寂しい悲しい思いをさせたんだね」
「寂しい思いをしたの?」
「…すげ、まじで暗かった。俺…」
聖君がまた、ぎゅって力を入れて抱きしめてきた。
「やばいくらい、怖かった。俺、桃子ちゃんがいないと、絶対に駄目だ」
「え?」
「桃子ちゃんが去って行ったらって思ったら、ぞっとした。このまま、嫌われ続けたらって考えたら、本気で怖くなった」
「そ、そんな。どこにも行かないし、聖君を嫌いになんかならないよ?」
「…でも、避けてた」
「だって、私もつらくなって」
「俺が、カッキーのこと考えてたから?」
「うん」
それだけじゃない。聖君のトラウマのこととかも考えてた。私こそ聖君が、そばから離れて行ったらと思うと怖かった。だから、なんだかそばにいることすら、つらくなった。
ああ、それもバカなことだよね?だって、聖君はそばにいるんだもん。いつか離れて行ったらどうしようだなんて、今はこうやってそばにいるのに。
「ごめん」
聖君が辛そうに謝った。
「桃子ちゃん、寂しい思いさせてごめん。それに、ほんと、俺ってあほだよ」
「…」
ぎゅ。私も聖君を抱きしめた。今日の聖君の背中、小さく感じる。
聖君のぬくもりはいつもと変わらないのにな。でも、なんだか、すごくつらそうに感じるよ。




