第15話 溢れる思い
私はリビングに行った。聖君のお父さんが下に来ていて、お昼を食べていた。ああ、さっきリビングにお母さんが、持って行ってたっけ。
「爽太、仕事忙しいの?」
散歩から帰ってきた聖君のおじいさんが聞いた。
「うん、ありがたいことに、仕事が減ることはないよ」
「そっか」
「父さんは?あまり仕事いれないようにしてるの?」
「うん。さすがに最近は、目も疲れるようになったしな~」
「そっか~」
聖君のお父さんは、美味しそうにご飯を食べだした。この一家は本当に、美味しそうに食べるよな~。
「そういえばさ…」
「うん」
「もう一人、赤ちゃんができた人がいるんだよね」
聖君のおじいさんが、そうぼそって言った。でも、顔はすごく、嬉しそうだ。
「え?」
「誰だと思う?」
「…誰?」
「一昨日、報告があったんだ。すげえ驚いた。俺の孫とひ孫がいっぺんにできるんだから」
「まさか、春香?!」
「そう、春香」
「え~~~!!!!」
「やっぱり、春香、爽太には報告してなかったのね」
聖君のおばあさんがそう言った。
「あの…、そうすると、聖君の従兄弟ですか?」
私が聞くと、おばあさんが、
「そうよ~~。もう春香、今年で、38なのよ。それで初めての子なの」
と教えてくれた。
「え!そうなんですか」
「今、2ヶ月。桃子ちゃんの赤ちゃんと、一ヶ月くらいしか、変わらないのよね」
「おめでとうございます」
「ありがとうね。そうだ。おめでとうで思い出したけど、結婚祝いはしないの?」
聖君のおばあさんに聞かれた。
「そうだよ!おい!爽太。聖と桃子ちゃんの結婚祝いはどうなってるんだよ」
「あ、そうだよね。じゃあさ、父さんと母さんがこっちにいる間にしよう。そうだ。今度の水曜はどう?あ、桃子ちゃんも空いてる?そうだ。夜なら、桃子ちゃんのご両親も来れるかな」
「えっと、聞いてみます」
「するなら、ここでやる?」
聖君のおじいさんが聞いた。
「うん。あと誰呼ぼうか。春香は妊娠してるなら、来れないよね?」
「そうね。つわりがあるみたいだから、ちょっと無理かな」
「じゃあ、くるみのお母さんとお父さん呼ぼう」
「そうね。あと、聖のお父さんは?」
「え?ああ。稔さんと梨香さんだね。それと菜摘ちゃんと」
「あらまあ、早くにいろいろと計画立てて、用意しないとね」
一気に、聖君のお父さんとおじいさん、おばあさんは盛り上がった。すごいな。この団結力と、決断の早さ。そういえば、パーテイ好きで、よく集まってたって、聖君も言ってたっけ。
「あ~~~。なんかわくわくしてきたぞ!孫と、ひ孫が生まれるんだしな~~!」
聖君のおじいさんが、めちゃくちゃ嬉しそうにそう言った。
なんていうか、この家族には、心配事とか、悩みとか、ないんじゃないかって思えてきた。春香さんも、38歳で初産って、けっこう大変かもしれないし、私はまだ、高校生だし、他の家庭なら、けっこう悩んだり、問題として扱うようなことだと思うんだけどな…。
「名前は決まってる?」
聖君のおばあさんが、聞いてきた。
「赤ちゃんのですか?凪がいいねって、聖君と決めました」
「凪ちゃん?女の子?」
「あ、男の子でも」
「へえ。いい名前だね。凪って、風がなくて、すごく穏やかな状態を言うんだよね」
聖君のおじいさんが、そう言った。
「榎本凪か~~。うん、いいんじゃない?」
聖君のお父さんも、うなづきながら、そう言ってくれた。
「は~~。楽しみだよな」
「ほんと、爽太が生まれた日のこと、思い出しちゃうわよね」
「あっという間に生まれて、俺、立会いできなかったんだよね」
「そうそう」
聖君のおじいさんとおばあさんが、懐かしそうな顔をしながら、そう話した。
「聖は立ち会うって?」
聖君のおばあさんが聞いてきた。
「いえ、聖君、血が苦手みたいで、立会いはしないことにします」
「ああ、それがいいかも。あいつきっと、分娩室で、卒倒すると思うよ」
聖君のお父さんがそう言った。
「昔からそういえば、病院も苦手だったものね」
「そうそう。注射なんて、泣き叫んでたもんな~~」
「そうだよな。あいつ、他のことは強いのに、なんで、注射は駄目だったんだろう」
聖君のおじいさんも、そう言った。
「桃子ちゃんはいいの?聖が立ち会わないでも」
聖君のおばあさんが聞いてきた。
「はい。だって、聖君、ぶったおれちゃっても、大変だし。そばにいなくても、きっとちゃんと私と赤ちゃんのことを、思ってくれると思うし」
「そうだな。分娩室の外で、おぎゃあって泣いて生まれてくるのを、待ってるのもいいかもしれないよな」
聖君のおじいさんがそう言った。
「春に生まれるんだっけ?」
「はい」
「楽しみね~」
「可愛いだろうな~」
「生まれたら、絶対に見に来るからね」
「はい」
聖君のお父さん、おじいさん、おばあさんは、ものすごく優しい目で私を見ていた。
ああ、本当に素敵な家族だな。なんて、あったかいんだろう。
夕方、聖君がリビングに来た。聖君のお父さんは、部屋に戻って仕事をしていて、私は聖君のおばあさんと一緒に、テレビを見ながら、話をしていた。聖君のおじいさんは、ソファーで寝てしまっていた。
「あれ?じいちゃん、寝ちゃってるの?」
「そうなのよ。ああ、いいわよ、ほっておいて。昔からそうなんだから」
「そういえば、よくここで寝てたっけね」
そうなんだ。
「桃子ちゃん、俺の部屋行こう。俺もちょっと休みたい」
「え?じゃあ、聖、一人でベッドで寝てきたらいいじゃない」
聖君のおばああさんにそう言われ、聖君は、
「う…。でも、桃子ちゃんがいたほうが俺、ゆっくりできるんだもん」
と、照れながらそう言った。
「あ、そうか。甘えていたいのね」
聖君のおばあさんがそう言うと、
「そ、そういうわけじゃないけどっ!」
と聖君は言って、頭をぼりって掻くと、私の手を取り、
「行こう。桃子ちゃん」
と言い、階段を上がりだした。
私はおばあさんにぺこってお辞儀をして、あとに続いた。
聖君は部屋に入ると、手を離し、エアコンをつけて、ベッドにどかっと座った。
「なんだか、聖君の部屋、ひさしぶり」
聖君の匂いが、まだするんだな。この部屋は。
「聖君は、お店の休憩のときとか、部屋で休んでるの?」
「うん、そうだね。パソコンもまだここにあるし、パソコンしたり、動画見たりしてるかな」
「へえ」
「あと、ちょっとは勉強も」
「そうだよね。あ!そうだ。私まったく宿題してなかったよ。聖君」
「え?そうなの?今日帰ったら、見てあげようか」
「うん」
良かった。聖君がいて。でも、宿題しても、退学になっちゃうかもしれないんだよな。
「あ、そうだ。結婚祝いを今度の水曜にしようって、さっき、聖君のお父さんや、おじいさんが話していたよ」
「水曜?」
「聖君、何か用事?」
「いや、別に。桃子ちゃんとデートに行こうかとは思っていたけど」
「デート?」
「うん。ずっと二人で、どっかに行くってなかったしさ」
「そうか~」
「でも、まだ安定期じゃないんだよね。って、あれだよ、定期健診も行かないと!」
「あ、忘れてた~~」
「また、あの若い男の先生かな」
「そうかな」
「う…。でも、赤ちゃんのためだもんね」
「うん」
でも、私も本当は嫌だな。
「あ、そうだった。聖君もまだ、聞いてないよね」
「え?」
「春香さんも、妊娠したんだって」
「え?春香おばさんが?」
「うん」
「すっげ~~~!すげえじゃん。え~~~っ。そっか~~。春香おばさんも櫂おじさんも、すげえ喜んでるだろうな。子ども欲しがってたのに、ずっとできないから、もうあきらめてたんだよね」
「そうなの?」
「うん。そうか。すげえ!じゃ、孫とひ孫ができるんだ、じいちゃんとばあちゃん」
「おじいさん、すんごい喜んでた」
「だろうな~~」
聖君もすごく嬉しそうだ。
「なんか最近、ハッピーなことばっかりだな」
聖君はそう言うと、隣に座っている私に抱きついてきて、
「桃子ちゅわん」
って、突然甘えてきた。
「ぎゅ~~~~」
あ、口でぎゅ~~って言ってる。思い切り、甘えてるな…。
「疲れちゃったの?」
「うん」
「そうだよね。大変だよね、毎日」
「どうも、麦ちゃんがいると、気まで疲れちゃって」
「え?」
「それも、桐太も来てたし、あの二人、まじで仲悪いから、その間にいるのも、疲れちゃって」
「そうなんだ」
「は~~~。やっぱ、俺、女の子、苦手」
「え?」
「桃子ちゃんだけでいい」
「…」
そんなに気を使ってるのかな。
「朱実さんは?」
「ああ、朱実ちゃんは楽。桐太とも仲いいし」
「そうなんだ」
「問題は、麦ちゃんだよな~~」
聖君はまた、ため息をついた。そんなに気を使うの?なんでかな。
「そういえば、今日も、聖君の腕に触ってたね、麦さん」
「ああ、あれね。ごめんね。俺、払いのけられなくって」
「ううん」
とか言いつつ、本当は嫌だったんだけど。
「く~~。桃子ちゅわん」
「え?」
「しばらくこうしてて。ほんと、安らぐよ、俺」
「うん」
私はぎゅって聖君を抱きしめた。知らなかったけど、けっこうお店で気を使って疲れていたんだな。だからいつも、帰ってきて私の部屋に入ると、ベッドにバタって倒れこんでいたんだ。
聖君はしばらく、私のことを抱きしめていて、そのうちに、髪にキスをしたり、耳にキスをしたり、ほっぺや、鼻、そして口にもキスをしてきた。
「聖君、駄目だよ?まだ安定期じゃないよ」
「わかってる。キス以上はしないよ」
と言いながらも、胸も触ってるけどな~~。
もし、それで安らぐならいいんだけど。だけど、私もうずうずしてきちゃうから、これ以上は本当に、困るんだけど…。
聖君は長いキスをした。それから、ベッドに横になり、そのまま、うつ伏せてしまった。
「聖君?」
聖君は黙っている。ああ、疲れてるのかな。
私は聖君の隣に寝て、聖君の髪をなでた。サラサラで気持ちがいい。
「桃子ちゃん…」
「ん?」
聖君は私の方を向くと、
「いてくれて、サンキュ」
と、ぼそってそうつぶやいた。
え?いきなりそんなことを言われて、真っ赤になると、聖君はくすって笑ってから、私にまたキスをしてきた。
「あのさ」
「うん?」
「髪なでられるの、気持ちよかった」
「そう?」
「めっちゃ桃子ちゃん、優しいんだもん」
「え?私が?」
「いっつも優しい。やばいくらいだよね」
「え?」
「まじで、俺、いっつも癒される」
「…ほんと?」
「うん」
聖君はそう言って、私のことを優しく見つめた。
「俺、赤ちゃんが生まれるまで、桃子ちゃんに甘えていいからって言っておきながら、思い切り、俺のほうが甘えてるよね」
「え?ああ、そういえば」
「ごめんね」
「ううん。聖君、甘えると可愛いし、私、すごく嬉しいよ」
「ほんと?なんか、大変なやつと結婚しちゃったとか、思ってない?」
「え~~。まさか!今でも胸キュンしてるのに」
「え?こんな甘えん坊に?」
「うん、すんごく可愛いんだもん」
「…。最近、俺、思うんだけど」
「何を?」
「桃子ちゃんが変態でよかったって」
「え~~?どういうこと?」
「だって、俺がにやけてても、すねてても、甘えても、可愛いって言ってくれるじゃん。桃子ちゃんくらいだよ、そんなこと思ってくれるの」
「そうかな。でも、そうだったら、嬉しい」
「なんで?」
「私一人が、聖君のいろんな面を知っていて、そのいろんな面を好きでいられるから」
「…うん。こんな甘えてるところ、母さんにも見せないよ、俺」
「そうなの?」
「うん。だって、恥ずかしいじゃん」
「私には恥ずかしくないの?」
「うん。恥ずかしいよりも、甘えたい方が勝っちゃう」
「そうなんだ」
私はぎゅって聖君を抱きしめた。
「じゃ、私がこうやって、抱きついたりするのは?」
「すげえ、嬉しい。もっと甘えていいよ。桃子ちゃんからも、どんどん甘えていいからね」
「うん」
私たちは、しばらくそうやって、べったりとくっついて、横になっていた。聖君は少しすると、すうって寝息を立てた。
2時間くらい、休憩に入れるって言ってたっけ。じゃあ、あと1時間半くらいは寝れるのかな。私はまた、聖君の髪を優しくなでた。
こうやって、起きるまで、聖君の寝顔をみながら、髪をなでていようかな。
そうしていると、心からあったかい何かがどんどん湧いてきて、ものすごく幸せな気持ちに包まれる。
聖君が好き。大好き。すごく大事。すごく愛しい。愛してる。
そう思うと、ますます、あったかいものが湧いてくる。
幸せって、もしかすると、与えてもらうものじゃないのかもな。それに、このこんこんと湧いてくる思いは、きっと愛なんだろうな。
それを感じていると、めちゃくちゃ幸せになれるんだ。
誰かを愛するって気持ちは、自分を幸せにしてくれるんだね。
そんなことをひしひしと感じながら、私はずっと、聖君の髪をなでていた。