第148話 あったかい仲間
聖君はカッキーさんに、
>やっぱり試験終わってから、ゆっくり聞く。おやすみ。
と、そうメールを送ると、携帯の電源を切ってしまった。
「桃子ちゃん、寝よう」
「うん」
聖君は私を抱きしめた。私は聖君の胸に顔をうずめた。すぐにでも、聖君の寝息が聞こえるかと思ったけど、聖君はずっと私の頭に頬ずりをしている。
「眠れないの?」
「うん。あ、桃子ちゃんは寝てね?」
「うん」
そんなに考え込んじゃってるの?
「聖君」
「ん?」
私は聖君にキスをした。
「おやすみのキス?」
「うん」
「くす。おやすみ、桃子ちゃん」
「おやすみなさい」
聖君が目を閉じた。その瞼にもキスをした。
「あれ?キス攻めにあっちゃう?俺」
「うん」
「あはは。駄目だよ、眠れなくなっちゃうから」
「じゃ、あと一回でやめにする」
そう言って、またキスをすると、聖君のほうからも長いキスをしてきた。
トロン。ああ、とろけそうだ。
「…あ、一気に眠気…」
聖君は眠そうな顔をして、あくびをすると、そのまま目を閉じ、しらばくするとすうって眠ってしまった。
ありゃ。キスで眠気?ま、いいか。もしかしたら、癒されたのかもしれないよね。
しばらく聖君の寝顔を見て、私も聖君の胸に顔をうずめて眠りについた。
翌朝は、聖君に駅まで送ってもらうのをやめて、私は一人で駅に行った。聖君は家の前まで出てきて、
「気を付けてね」
と心配そうにしていたが、
「もう、大丈夫だよ~~」
と言うと、にこりと微笑み、見送ってくれた。
駅までの道、いつも聖君にしがみついている右手が寂しかった。
「あら、一人なんだ」
と言う声がした。振り返ると、あのおばさんだ。どこの誰だか知らないけど、独り言がやけにでかい。それとも、私に言ってるんだろうか。
まあ、いいや、と思って私は無視して前を向き、また歩き出した。
駅に着くと、もう菜摘がいた。
「も~も~こ!おはよう!」
元気な菜摘の顔を見て、ほっと安心した。
「今日から兄貴、大学でしょ?」
「うん」
「駅までのお見送りは、今日からないのか~」
「うん」
「うわ。桃子、顔沈んでる。そんなに寂しいの?」
「顔、沈んでる?」
「思い切り」
「…」
ああ、私ってどうしてこう顔に出ちゃうんだか…。
「家まで私が迎えに行こうか?」
「い、いいよ~~。大丈夫」
菜摘の言葉に驚いた。菜摘までが、聖君みたいに過保護になってる?っていうか、こういうところが似てるのかな。
学校に着くと、すぐに蘭と花ちゃんが来た。
「おはよう」
今日は2人とも、元気だ。
「蘭、基樹君とどうした?」
「うん。メールしたら土曜に会おうって」
「そうなんだ」
「うん」
そうか。基樹君、蘭とちゃんと会うって決めたんだ。
「彼氏のほうは?」
「それが、昨日メールが来て、しばらく一人で冷静に考えてみるよって」
「え?」
「いきなりどうしちゃったのかわからないけど、別れようって言われて、どうしていいかわからなくなってっいたって。ちょっと冷静になる時間が必要みたいだって思ったみたい」
「ふうん」
「籐也君とは、どうした?」
私が花ちゃんに聞くと、
「え?べ、別にどうも」
と顔を一気に赤くさせ、
「ただ、メールが時々来るくらいで」
と嬉しそうにそう言った。
「どんな?」
「どんなって、まだ起きてる?とか、今度どこに行こうか?とか、そんな感じの…」
「ふ~ん、恋人同士の会話だね~」
「え?こ、恋人?」
「そうだよ、それで、おやすみってメールも来たりしちゃうんでしょ?」
「なな、なんでわかったの?」
菜摘に言われて、ますます花ちゃんは真っ赤になった。
「だって、葉君も毎日、おやすみってメールくれるもん」
「そ、そうなの?」
花ちゃんは、しらばく黙ってから、
「おやすみって、それだけ?」
と菜摘に聞いた。
「ううん。たいていが、その前になんかついてるけど」
「何かついてるって?」
蘭が不思議そうに聞いてきた。
「だから、その…」
今度は菜摘が赤くなってる。
「好きだとか、そういうこと?」
蘭が聞くと、菜摘は赤くなりながらうなづいた。
「そうなの?やっぱり、そうなの?」
「あ、やっぱりってことは、籐也も?」
菜摘がまだ顔を赤くしたまま、花ちゃんに聞いた。
「う、うん。昨日のメール、そうだった」
「へ~~!ちゃんと、好きだよって書いてあったの?」
蘭が身を乗り出し聞くと、
「ううん。先に聞かれたの。花ちゃん、俺のこと好き?って」
「それで?」
今度は菜摘が身を乗り出し、聞いた。
「好きってそれだけ、メールした」
「うひゃ。それで?籐也からは?」
「俺も好きだよ、おやすみって」
「きゃ~~。もうしっかりラブラブだ~~」
菜摘が花ちゃんの腕を、うりうりってつついている。花ちゃんは真っ赤になり、蘭は隣で羨ましがっている。
そうか。あの籐也君がそんなメールをね。これ、聖君に言ったら、絶対に籐也君のことひやかして、遊ぶんだろうな。だから、黙っておこうっと。
「いいよね。彼氏がいるって。私もほしいな」
いつの間にか教室に来ていた苗ちゃんが、突然ぽつりとそう言った。
「うわ。いつ来たの?びっくりした」
蘭が振り返って驚いていた。
「そういえばさ、今日って例のPTAの集まりで、聖君のビデオを見るとかなんとか、昨日椿が言ってたな」
「そうなの?」
「椿のお母さんも来てるんだって。嫌だなって椿言ってたよ」
「どうして?」
「なんか嫌な予感がするって」
「…」
嫌な予感って何かな。そんなこと言われたら、なんとなく私まで不安になってくる。
「大丈夫だよ、桃子。桃子の味方はい~~っぱいいるんだからね」
菜摘がそう言ってくれた。
「うん」
授業が始まった。ああ、そういえば、小百合ちゃんのことを言うの忘れてたな。昼休みにでも話してみようかな。
そして、昼休みに入り、私は蘭や花ちゃんも誘って、学食に移動しようと教室を出た。
「もう、なんで教室のほうまで来るの?」
廊下の先で、平原さんが大声で誰かに話しているのが聞こえた。
「誰?」
菜摘も気になったらしい。そっちのほうを見て立ち止まった。その時、後ろから教室を出てきた苗ちゃんが、
「うわ、椿のお母さんだ」
と驚いて言った。
「あれが、平原さんのお母さん」
菜摘がそう言うと、
「桃子、あっちの階段から学食行こうよ。会わないほうがいいと思うよ」
と私の腕をつかんだ。
「うん」
私たちは、遠回りをして学食に行った。そこで、お弁当を広げたり、蘭と苗ちゃんはパンを購買で買ったりして、みんなで昼ご飯を食べた。
「なんだったのかな、椿のお母さん」
苗ちゃんがぽつりとそう言った。
「気にするのやめよう。ほっといてもいいよ、人の親なんて」
「そうだよね」
蘭と菜摘がそう言っても、苗ちゃんは顔が暗かった。
「あ、いた!」
そこに冨樫さんがやってきた。
「榎本さん、よかった。教室にいないで」
「え?どうして?」
「椿のお母さんが教室に来て、榎本さんはどこですかって聞いてきて」
「な、なんでわざわざ桃子ちゃんに会いに?」
苗ちゃんが驚いた。
「わかんない。1時からビデオ見るらしいけど、なんかその前に話がしたいだのなんだのって。椿がやめなよって言っても、聞かなかったみたいでさ。とにかく今は教室に来ないほうがいいよ」
「それ、わざわざ教えに来てくれたの?」
「うん」
冨樫さん、息荒かった。もしかして走って来てくれたのかな。
「椿の母親、行き過ぎだよね」
苗ちゃんがそう言った。
「私もそう思うよ。PTAの中であれこれ言うならまだしも、榎本さんに会いに来ちゃうなんて、行き過ぎもいいとこだよ」
冨樫さんはそう言うと、椅子に座った。
「お昼は食べたの?冨樫さん」
私が聞くと、
「うん、食べた」
と言って、は~~ってため息をしてから、
「私の親は、お母さんになるのって大変だし、妊娠中も大変だろうから、みんなで気を付けてあげないとねって言ってたんだ」
と冨樫さんは、そう話を続けた。
「看護師さんだっけ。やっぱり、そういうのわかってるんだね」
「うん。あ、お母さん、流産したことあるの。仕事が大変で」
「え?」
「私一人っ子なんだけど、本当は妹ができるはずだったんだ。もう女の子だっていうのもわかってたの」
「そうなんだ」
菜摘が無表情な顔で、そう答えた。ほかのみんなは黙っていた。
私は、流産なんて言葉、今、聞きたくないな。
「だから、榎本さんも、無理しないほうがいいって、そう言ってたよ」
「…」
そうか、それで心配してくれたんだ。
「普通はさ、お母さんってそういうのわかって、気遣ってくれるもんじゃないの?平原さんの母親って、どうしてあんななの?」
菜摘がちょっといらだちながら、そう言うと、
「だから、ちょっと変わってるんだって」
と苗ちゃんが嫌そうな顔をして言った。
「とにかくね、自分が正しい、人は間違ってるって思ってる人なんだよね。椿にも、あんたは親の言うことだけを聞いてたらいいんだって、そればっかり言って来るらしくって。もう、椿もしつこいから、今ははいはいって、右から左に聞き流してるって言ってたけど、さすがに今回の榎本さんのことでは、椿も頭に来てるみたいだよ」
「前は、桃子のこと悪く言ってなかった?」
蘭がそう言うと、冨樫さんはバツの悪そうな顔をした。
「まあね。ちょっと親の言うこと、真に受けてたかなって、椿も言ってた」
「え?」
どういうことかな。
「椿の母親、高校生で妊娠して、それでよく学校なんか来れるものねとか、先生も何を考えてるのとか、そういうこと言ってたらしいんだ。椿も最初は、学校側の処置がおかしいとか、榎本さんはいい気になってるとか、そんなこと言ってたんだけどさ。そのうち、あんたは道を外さないようにとか、あんなふうにはならないでとか、いろいろうるさく言うようになって、親の言うことが嫌になったみたいで」
「そんなこと言う親もいるんだね」
菜摘が驚いた。
「いるんじゃないの。うちの親は桃子のことよく知ってるから、悪く言わないし、蘭が助けられることは、助けてあげなさいって言ってるけどさ」
蘭の言葉に、苗ちゃんも話し出した。
「うちの親も、はじめは驚いていたけど、私が桃子ちゃんってこんな子なのって話したら、いい母親になれるかもねって言ってたよ」
「うちも、桃ちゃんの話はよくしてるし、お姉ちゃんも桃ちゃんと聖君のこと知ってるから、無事に元気に赤ちゃん生まれたらいいわねって、そう言ってるよ」
花ちゃんも、そう言ってくれた。
「そうか。じゃあ、大人って椿の親みたいに、うるさく言うばかりじゃないんだね」
冨樫さんが、ほっと息をはいて、そう言った。
「そんな親で大変だね」
蘭がそう言うと、みんなうなづいた。
それにしても、話ってなんだったのかな。ちょっと怖いな。会いたくないな。
ああ、やっぱり、私は何かを言われるのが怖いんだ。凪のことで強くなれたかと思っていたけど、まだまだ弱いんだ。
ギュ。私が青い顔をしていたからか、菜摘が手を握ってきた。
「大丈夫。桃子は何にも心配しないで、私たちがついてるからね」
ほんと、なんでわかっちゃうんだろうな。この兄妹は。
「なにしろ、私にとって凪ちゃんは、姪っ子か、甥っ子になるんだし」
菜摘がそう言うと、周りのみんなが、
「そうだね、本当にそうだ。菜摘、おばさんになるんだね」
を口々に言った。
「そうか。凪とは菜摘、血のつながりがあるのか」
私はそこで初めて、そのことに気が付いた。
「うそ、今まで気づいていなかったの?桃子」
「うん」
「ひど~~い。こんだけ、凪ちゃんや桃子のこと、気にかけていたっていうのに~~」
「ごめん」
そうか。凪のおばさんにあたるんだ。そうか。凪、すごいね。こんな近くに凪がお腹にいるときからもう、血のつながりのある人が守ってくれてたんだね。
「血のつながりがなくても、私たちだって守ってるから」
蘭が力強くそう言ってくれた。
「え?」
「そうだよ」
花ちゃんも、すごい目力だ。今までこんなに強い目の花ちゃん、見たことあるかな。
「ありがとう」
目がうるうるしてきた。あ、鼻水まで出る。
「桃子、泣いてるの~?」
菜摘に笑われた。
「だって、嬉しくって」
「あはは。そういうところが桃子の良さだよね。兄貴が惚れちゃってるところだよ」
「私だって、桃子のそうところに惚れてるんだな~」
蘭がそう言って、むぎゅって抱きしめてきた。うわわ。嬉しいかも。
「あ、私もだよ。男だったら、兄貴に渡してない」
「え?私だって、男だったら桃子を彼女にしてる」
「じゃ、私ら男だったら、ライバル?」
蘭と菜摘がにらみ合った。
「待った、待った。きっと二人が男でも、桃ちゃんは聖君と結ばれてると思うよ?」
花ちゃんの言葉に二人は一回私を見て、それから二人で目を見合わせて、クスって笑った。
「だよね、こんだけ兄貴にぞっこんだもんね」
「うんうん」
そう言って2人でうなづいて、笑っていた。
「なんだか、おもしろいね、ここのみんなって」
ずっと黙って、みんなを見ていた冨樫さんがいきなりそう言った。
「え?」
みんなで冨樫さんを見た。
「榎本さんが中心になって、なんかあったかい仲間ができてるんだね。いいね」
冨樫さんの言葉に、みんなは一回私を見てから、
「うん、そうかも。桃子っているだけであったかいし、癒されるし」
「うん、桃ちゃんといると、ほっとするもん」
と蘭と花ちゃんがそう言った。
「だから、休み時間になると、桃子たちのところに来ちゃうんだよね、ね?花」
「うん」
わあ、嬉しいことを言ってる!
「それ、わかるな~~。私もほっとするもん」
苗ちゃんがそう言った。
「それだけじゃなくって、桃子ちゃん、すごく友達を大事にするし」
苗ちゃんはそう話を続けた。
「そっか。苗が榎本さんたちのほうに行っちゃったのは、そういう理由があるんだね」
冨樫さんがそう言うと、
「私も椿も遠くから、なんだか、いいよねって言ってたんだ、実は」
と言ってから、顔を赤くした。
「え?」
「あ、なんかね、見ててあったかいっていうか、ほんわかしてて、いいね~~って」
私が聞きなおすと、冨樫さんは、すごく照れくさそうにそう言った。
「じゃ、休み時間とか、こっちに来たらいいじゃん」
菜摘がそう言うと、冨樫さんはびっくりして、
「え?いいの?」
と聞いてきた。
「うん、いいよね?桃子」
「うん」
私もうなづくと、冨樫さんは嬉しそうに、
「じゃ、椿にも言ってみる」
と笑った。