第147話 裏表
明日から聖君は、大学が始まる。朝、私よりも早く家を出ることもあるだろう。車で行くから、もう駅までのんびりと歩いていくこともなくなるんだろうか。
寂しいな。
それに、大学が始まったら、大学には女の人がうじゃうじゃ…、ていうのは、大丈夫か。何しろ聖君は、女の人が苦手だし。
すう…。今日もまた聖君のほうが先に眠ってしまい、私は聖君の寝顔を見ていた。
ブルル。聖君の携帯が振動した。誰だろう、こんな時間に。もう12時近いよ?あ、もしかして基樹君とか?
聖君は携帯を見てもいいよって言ってたけど、本当にいいのかなってドキドキした。だけど、思い切って携帯を見てみることにした。
わ、悪いことしてるわけじゃないよね?!
あ、待ち受けは卒業式に撮った二人の写真だ。ああ、そういえば、前にも見せてもらったっけ。聖君、もう私との写真をどうどうと待ち受けにしてるんだよね。
それから、メールの送信者を見てみた。柿沢って書いてあった。柿沢?あ!カッキーさんのことか!
うわ~~~。どどどどうしよう。メール読んだら悪いよね?それはさすがに悪いよね?
でも、すご~く気になる。
見てもいいって言ってたし。見てもいいって言ってたし。見てもいいって…。何度もその言葉が頭の中を繰り返している。
見ちゃえ!大丈夫だよ、桃子。
いや、やっぱり駄目だよ。
大丈夫だって!
天使と悪魔が、頭の中でそうささやいてる感じだ。ええい!携帯を閉じて、ベッドに寝転がった。聖君は、う~~んって寝返りを打って、背中を向けてしまった。
「駄目だ」
気になって目がらんらんとしてきちゃった。眠れそうにない。
私はまたベッドから降りた。そして思い切ってまた、聖君の携帯を開いた。
ドキドキしながら、メールを開いた。すると、
>聖君、こんな時間にごめんね。もし起きてるなら、返事を下さい。
とだけ書いてあった。
その前のメールも見てみた。
>聖君。突然でごめん。聞いてもらいたいことがあってメールしちゃった。今度、時間作ってもらえないかな?
これ、本当に悩み相談?聞いてもらいたいことって、まさか、告白ってことはない?
こんな時間にメールしてきて、返事を下さいって何?聖君にはもう、私って言う奥さんがいて、一緒に暮らしてるってわかってるよね?
う~~~~。なんだか、もんもんとしてきた。かえって眠れなくなったかも。どうしよう。見なかったらよかったかな。
だから言ったじゃない。見ちゃダメだって。天使が言う。
見なかったらわからなかった。カッキーを聖君に近づけさせちゃだめだ。悪魔がささやく。
う~~~わ~~~~。頭の中、ぐるぐる。
「桃子ちゃん?」
ビクン!聖君?寝言?
「どうした?なんか気分でも悪いの?」
起きてるの?
「ううん、えっと…」
私が暗い中、クッションの上でぼけっとしてたからか、聖君が聞いてきた。
「聖君こそ、起きてたの?」
「う~~ん、なんとなく今、目が覚めて。隣りにいないからどうしたのかと思って。眠れないの?」
「うん」
「どうした?こっちにおいでよ。あれ?もしかして俺の寝相でも悪かったかな?」
「ううん」
どうしよう。メールのこと話してみる?
「俺の携帯?」
うわ!やばい。携帯、手に持ったままだった。
「あ、今、メール来たみたいで」
「誰から?」
「え、えっと…」
やばい。見たって言ってもいいの?
「ああ、もしかして、カッキー?」
なんでわかったの~~?
「何て書いてあった?」
「メール下さいって」
「…」
聖君が黙り込んだ。うわ!見たから怒ってるの?
「こんな時間に?」
「う、うん。起きてたらメール下さいって」
「は~~あ。俺が結婚してるのも知ってるし、桃子ちゃんと一緒に暮らしてるのも知ってるのに、なんだっていうんだろうね?」
「う、うん…」
ああ、私のことを怒ってるわけじゃないんだよね?
そうだよ、だって、見てもいいよって言ってたじゃない。そんなにびくつくことないよ。それよりも、カッキーに近づくなって言っておきな。また、私の中の悪魔がささやく。
「貸して」
聖君がベッドから降りて、携帯を取りに来た。
渡しちゃだめだよ。メールする気だよ。また悪魔がささやく。でも、私は携帯を渡してしまった。
聖君は電気をつけると、携帯を読んでから、
「これ、どう思う?桃子ちゃん」
と聞いてきた。
「へ?」
どう思うって?
「さっきのもさあ、普通に悩み相談のメールかな。あ、さっき来たメールは読んだ?」
ドキ~~。
「ううん」
わ、嘘ついちゃった。
「これだよ、これ」
聖君が見せてくれた。あれ?何の抵抗もなく、見せてくれちゃうの?
「えっと。聞いてほしいことがあるってだけだね?」
私はドキドキしながらそう言ってみた。
「だよね。それ、相談事じゃあないのかな、もしかして」
「じゃ、告白とか?」
言ってから、しまったって思った。そんなこと言って、聖君が意識しちゃったら。
「う~~~ん」
聖君は顔をしかめた。
「だったら、返事もしないでおくかな」
「え?どうして?」
「聞く気ないし」
「…」
そこまで無視?
「でも、2回もメール来た…よ?」
「…」
聖君はしばらく黙って携帯を見て、
「わかった。返事してみる」
とメールをうちだした。
ああ!しまった。また変なことを言っちゃった?私。
なんて返したんだろう。気になる。でも、覗き見するみたいで見れない。
聖君はさっさと送信をしたらしく、
「は~~~」
と大あくびをした。
「聖君、寝てたのにね」
「桃子ちゃんは寝てもいいよ?明日も学校なんだし」
「聖君もでしょ?」
「うん。あ、でも明日は俺、そんなに早くいかなくっても」
ブルル。携帯が振動した。あ、返事だ。早い!きっと待ってたんだ。
「カッキーさんから?」
「うん」
聖君はメールを読んだ。それからまた、うちだした。
ドキドキ。その会話を見てみたいけど、駄目だよね?
「明るいと寝れない?電気消す?」
聖君が私に聞いてきた。
「え?ううん。大丈夫」
それよりもメールの内容のほうが気になって、眠れないよ。
「じゃ、もうおやすみ、桃子ちゃん」
聖君がチュってキスをしてくれた。私はしかたなく、ベッドに横になった。ああ、でも気になる。
ブルル!また振動した。返事だ。
「は~~~あ、なんなんだ」
聖君がため息をもらした。
「ど、どうしたの?」
ドキドキ。聞いてもいいよね?
「う~~ん、夜遅いし、今度にしてって返事したんだ。そうしたら、いつなら時間取れるって聞いてきたから、試験終わってからって送ったんだ」
「うん」
「そうしたら、待てないってさ。明日にでも会って話がしたいって。なんなんだ。待てないってのは」
「…」
聖君はまた、メールをうって送信した。しばらくたって、返信が来た。
「…ああ、やっぱり、そういうことか」
「何?」
ドキ。なんだろう。
「見る?」
「え?」
見てもいいの?
>聖君と、もっと仲良くなりたいの。どうしたら私、聖君と打ち解けて話せるようになる?今のままだと、嫌われてるような気がしてつらいんだ。
「え?」
なんだ、これ?
「聖君、なんて返事したの?さっき」
「ああ、それなら、今、用件聞くってメールした」
「そっか」
「…」
聖君は携帯をぼけっと見ながら、考え込んでいる。
「聖君のこと、好きなんだよね?」
「違うんじゃない?」
「え?そうかな。そんな内容じゃない?これ」
「違うと思うよ」
「じゃ、何?」
「う~~ん、麦ちゃんや、桃子ちゃんのように、大事に思ってほしいって感じかな?」
「それって好きだからじゃないの?」
「多分、違う」
「…」
「自分だけ特別じゃないのは嫌なのかもね」
「どういうこと?」
「なんか、合宿中も感じてた。注目されてると、嬉しそうだった。だけど、自分の知らない話題が出たり、他の子が注目されてると、一気に暗くなるんだ」
「…」
「でもほら、新人だし、みんなちやほやするじゃん?あれこれ、カッキーカッキーって、気を使ってたしさ。だけど、俺、話しかけなかったし、ほっておいたし。だから、気にかけてほしかったんじゃないの?」
「そうなのかな」
「それに、やたらと桃子ちゃんとキャラかぶってるって言われて、ちょっとムッとしてたし」
「え?」
「自分の知らない子のことだし、それも、俺の奥さんだし。いろいろと気に入らなかったと思うよ?」
「そうなの?」
「ご飯食べたいから、桃子ちゃんを呼んでって言ったのは、実はカッキーみたい。それ、いいアイデアって、麦ちゃんも桃子ちゃんに会いたかったみたいだし、すぐにその話に乗ったみたいだけど」
「え?そうだったの?」
「うん。どんな子か確かめたかったみたいだよ?」
「…」
「麦ちゃん、昨日もサーフィンして、うちの店寄ったんだ」
「うん」
「で、言ってた」
「なんて?」
「カッキー、桃子ちゃんに対抗意識持ってるかもってさ」
「へ?」
「似てるって言われたけど、自分とは違う。自分のほうが上だって、思わせたいかもって」
「…」
何それ。
「ごめん。そこまで話せなくって。で、メール来たからさ。相談事でも俺にして、なんか近づこうとしてるのかなあとか、俺、いろいろと裏を読もうとしてて、ちょっと考えちゃった」
そうだったのか。
「あ~~、だから、俺苦手なんだ」
「え?」
「裏表がある子って。こっちはどう向き合っていいか、わかんないんだよね。裏の裏まで考えてると、頭痛くなる」
「う、うん」
「面倒くさい」
「…」
「女の子って、やっぱ、苦手」
「男の子はないの?そういうのって」
「うん。あ、いろいろと裏のあるやつもいるけど、けっこうそれでも単純だよ。裏があるのが丸わかりで、真正面からぶつかると、裏が丸見えになるし」
「そうなの?女の子は丸見えにならないの?」
「どうだろ?」
「麦さんは?」
「う~~ん、ひねてたけど、もっとなんつうの?棘がささってたのが、丸わかりだったっていうの?」
「へ?」
「刺さってるのがわかりやすいから、抜きやすいって感じ?」
「ああ、なるほど」
そうか。そういえば、裏があるって言うよりも、裏側を思い切り見せてくれてましたって感じだったっけね。
「じゃあ、花ちゃんのお姉さん」
「う~~ん、あの人も裏あったね。嘘泣きもしてたっけ。だけど、それ、わかりやすかったし、何より桃子ちゃんの親友のお姉さんだしさ、ほっとくわけにはいかないでしょ?」
「私のため?」
「うん。桃子ちゃんの頼みごとだったから」
じ~~ん。ああ、感動したな、今。
「じゃあ、カッキーさんの心もすぐに、溶かせちゃうかもよ?聖君」
「え~~~」
うわ。思い切り嫌そうな顔をした。
「俺に本当にそういうことをしてもらいたい?」
「え?」
「そう心から思ってる?」
「う、ううん」
「でしょ?」
どうしてわかったのかな。
「は~~あ。どうしようかな」
聖君はまた携帯を見た。きっと、関係のない子なら、ほっておくだろう。だけど、同じサークルの子…。
「なんで俺なのかな」
「へ?」
「あ、そっか。これが俺じゃなく、他の奴がそっけなかったら、そいつのほうに行くのか」
「…」
「誰か、そっけなくして、そっちに気を奪われてくれないかな」
相当聖君、まいってる?もしかして。
「桃子ちゅわん」
「え?」
「なんで結婚してもまだ、こうしてかかわろうとしてくる人がいるんだろうね?」
「さあ」
「隣の人といいさ」
ああ、園子さんのこと?
「ほっておいてほしいよ。俺はただ、桃子ちゃんや家族と幸せに暮らしていたいだけなのにな」
「うん」
だよね。
「なんでかな~~」
聖君が、また暗くため息をついた。
「聖君」
「ん?」
「嫌だったら、嫌だって言ってもいいのかもよ?」
「嫌って?」
「うん。嫌って言うか、ほっておいてって言うか」
「うん。そうだね」
ぎゅ。私は聖君に抱きついた。お疲れモードは、そういうことを考えちゃってて、まいっちゃってたのか。
それも、ちょっと相手の裏があるところまで見えちゃうから、きっともっと疲れちゃうんだね。
「もしね」
「うん」
「もし、私に何かできることがあるなら、いつでも言ってね」
「うん」
聖君も私を抱きしめてきた。
「桃子ちゅわん」
「ん?」
「愛してるよ」
「私も、愛してるよ?」
聖君の全部を愛しているから。弱いところも、全部…。
聖君の心が休まりますように。私はそんなことを思いながら、聖君を抱きしめていた。