第145話 聖君の悩み?
家に帰ると、8時半を過ぎていて、ひまわりと父がちょうど夕飯を食べようとしているところだった。
「すみません、外でご飯済ませてきました」
聖君が父にそう言うと、
「ああ、いいよ、いいよ。そうだ。今日は検診だったんだっけね」
と父が、嬉しそうに聞いてきた。
「うん、エコーの写真見る?」
私はカバンから写真を出した。
「どれどれ」
父がそれを手にして、エコーの写真を見た。
「ずいぶんと大きくなったね」
「私にも見せて」
ひまわりが父から、エコーの写真を見せてもらい、
「へ~~、赤ちゃんってやっぱり不思議」
と驚いていた。
「凪ちゃんは元気だって?」
父が聖君に聞いた。
「はい!」
聖君が満面の笑顔で答えた。
「あ、新生児室も今日見てきたんですよ。赤ちゃんがいっぱいいて、すんげえかわいくって!」
聖君が目じりを下げて、嬉しそうに父に話し始めた。聖君は、父にそのことを聞いてほしかったのか、ダイニングの椅子にしっかりと腰かけ、話している。
私はキッチンでみんなのお茶を淹れ、ダイニングに運び、それから椅子に腰かけ、話に参加した。
聖君も父も、本当に嬉しそうに話している。同じように目を輝かせながら。この2人ってほんと、気が合ってるよな~と思いながら、私は見ていた。
ひまわりは夕飯を食べながら、うんうんって二人の話を聞いていた。それから、
「凪ちゃん、生まれてくるのが楽しみになってきちゃった」
と突然言った。
「え?」
その言葉で、父と聖君が同時にひまわりを見た。
「だって、2人の話聞いてると、赤ちゃんって本当にかわいいんだなって気がしてきちゃって」
「そりゃそうだよ。ひまわりもそりゃ、かわいかったんだから」
父が目を細めてそう言った。
「うそ~~。忙しくって私のことなんか、見てなかったんじゃないの?」
ひまわりがすかさずそう聞いた。
「そうだな。家にいる時間が確かに少なかったかもしれないな。でも、家に帰ってきてひまわりと桃子の寝顔を見ると、本当に癒された。また明日も頑張るかって気になれたもんだよ」
父が昔を思い出すように目を細め、そう話し出した。
「休みの日には、よくひまわりが、寝ているお父さんの上に乗っかってきたっけ。パパ~、起きて~、遊んで~~って言って」
「え?私が?」
「まだ話もできない頃から、ハイハイして乗っかってきて、お父さんの顔をぺちぺちたたいて、起こしてたっけな~~」
「へ~。かわいいですね」
聖君がにこにこしながらそう言った。
「ああ、可愛かったよ。でも、寝不足でも疲れていても、ようしゃなくやってくるんだ。あははは。まあ、可愛いから疲れもふっとぶんだけどね」
父は笑いながらそう言うと、
「凪ちゃんもきっと、朝早くからパパを起こしに来るんじゃないかな。聖君、覚悟しておかないとな。あ、でも聖君はまだ若いし、多少朝早くから起こされても、大丈夫かな。あっはっは」
ともっと楽しそうに、大声で笑った。
聖君はというと、にやにやしながら宙を見ていた。あ、これは妄想モードに入ってるな。凪が聖君を起こしに来るところを想像してるんだろう。
そして、しばらく宙を見ていた聖君は、いきなり下を向くと、むふって笑った。あ、今、妄想が終わったかな。
それから、2人でお風呂に入った。
「あ~~~~~~」
聖君が私の背中を洗いながら突然、雄叫びをあげた。
「何?」
驚いて振り返ると、聖君は思い切りにやけていて、
「凪、生まれてくるの、まじで楽しみ」
と嬉しそうにそう言った。
「うん、楽しみだね」
私は前を向き、お腹に手を当ててそう答えた。
「桃子ちゅわん」
「ん?」
「今日は大丈夫だよね」
「え?」
「むぎゅ~~~」
聖君が後ろから抱きついてきた。
「え?」
なんでいきなり、そんな話になってるの?
「早くお風呂出て、部屋に行こうね?」
聖君はそう言うと、さっさと私の体を洗い出した。
う~~ん、凪が生まれてくるのが楽しみ!って話題はどこにすっとんでいったんだろう。
「桃子ちゅわん」
「え?」
「胸、また大きくなったね」
だ、だから、なんでそんな話にいきなり変わっちゃったんだか。
「そういえばさ」
「え?」
「桃子ちゃんの背中、なんか毛深くなった?」
「ええ?!」
「なんとなく、そんな気がするのは、俺の気のせい?」
「…」
そういえば、お腹もなんとなく産毛が増えたような。妊娠すると毛深くなるなんて、そんなことあるの?
「ま、いっか。どんな桃子ちゃんもかわいいし!」
「…」
ああ、とことん聖君は変態だ。
聖君は私の体も髪も洗うと、さっさと自分の体と髪も洗って、さっさとバスタブに入ってきた。
「お腹大きくなったら、もう一緒に入れないね」
私がそう言うと、聖君は後ろから抱きしめてきて、
「く~~ん」
と寂しそうに鳴いた。ほんと、犬みたいなんだから、かわいいなあ。
「桃子ちゃんとずっと一緒に、お風呂入りたいよ」
「でも…」
「はい。わかってます。それ、俺のわがままだって」
「…」
聖君って時々、ですます口調になる。それもかわいいんだけど、おもしろいよね。
お風呂から出て、部屋で髪を乾かしてもらって、私は凪の日記を書きだした。聖君はその横で、ぼ~~~っとしながら、髪を乾かしている。あれ?いつものような、豪快な髪の乾かし方じゃないよ?どうしたのかな。
「聖君?」
話しかけても返事もない。っていうか、どっかあさってのほうを向いてるよ?顔がぼけっとしてるから、意識がどっかにいっちゃってるのかな?
「聖く~~~ん」
「え?」
あ、やっとこ気が付いた。
「ごめん、聞いてなかった。何?」
「まだ、話してもいないよ?呼んだだけで」
「あ、そうなんだ。ごめん」
「どうしたの?ぼけっとしてたけど」
「ああ、ちょっと考え事」
「ふうん」
なんだろう。何の考え事かな。気になる。でも、また聖君、黙っちゃった。
「何か、悩み事?」
勇気を出して聞いてみた。
「え?」
「…」
また、聞いてなかったかな?
「ああ、ごめん。何?」
「なんか、悩み事?」
「ああ、別に…」
気になる~~。別にっていうときには、何かあるんだ。
「本当に?」
「うん。別に悩み事じゃないよ。ただ…」
「ただ?」
「気になってただけで」
「何が?」
「桃子ちゃんさ」
「うん」
「ああ、やっぱりいい」
「え?」
気になる~~~!!!!!
「気になるよ、聖君」
私は聖君の隣に座った。
「あ、お母さん帰ってきたんじゃない?」
一階がやけに騒がしくなってる。母が父やひまわりと話しているんだな。
「実果おばさんだっけ。お母さん、何か言われちゃったのかな」
「それ、気になってた…とか?」
「え?俺?」
「うん」
「ああ、違うよ」
じゃ、なに~~~?
「桃子ちゃんさ、俺が…」
「うん」
「俺が女の子の相談に乗ったりしてるのって、あまり好きじゃないよね?」
「へ?」
なに?突然…。
「メーリングリストって知ってる?MLって」
「知らない」
「それにサークルの全員が入ってるんだ。そこで、サークルの連絡事項とか、みんな一斉にメールが送信されるようになってるから、けっこう便利なんだよね」
「ふうん」
そういうのがあるんだ。
「で、俺もたまに、MLにメール送ることがあって。あ、車だせますとか、そういった類のメールなんだけど。それで、MLに返事が来ることもあれば、直に俺宛で返事が来ることもあってさ」
「うん」
「なんかしんないけど、そこでメアドを知ったのか、カッキーから直でメールが来たんだよね。今日」
「え?今日?」
「うん、桃子ちゃん、迎えに行く前に」
「それで?」
「ちょっと、ほっぽらかしてる」
「へ?」
「返信もしてないんだけど」
「ど、どうして?」
「う~~~ん、それが、相談に乗ってほしいみたいなメールだったからさ」
「…なんで、聖君に?」
「さあ?もしかすると、麦ちゃんが俺に相談に乗ってもらったって話を、カッキーにもしたかもしれない」
「それ、考えてて、今意識どっかいってたの?」
「うん」
そんなに悩むことだったのかな。
「ほっぽらかすのはさすがに、やばいかな~~と思うんだけど、でも、相談に乗るのもね…」
「私が嫌がると思ったから?」
「…」
聖君は黙って下を向いてから、ちらっと私を見た。
「私に気を使って?」
「ううん」
聖君は首を横に振った。
「本音は…」
「うん」
「ちょっと、どうでもいいかも」
「え?」
「悩み事、俺が聞かなくてもいいじゃんって思ってる」
「…」
聖君は頭をぼりって掻くと、
「正直面倒って言うか、そこまで、俺やってられないって言うか」
「…」
でも、悩んじゃったんだよね?
「どんな悩み相談なの?」
「さあ?聞いてほしいんだ、時間とってもらえないかなとしか、書いてないからわかんないな」
「…」
聖君を私はじっと見た。じっと見られたからか、聖君も私を見た。
「正直に、時間取れませんって書こうかな」
「…」
「それか、奥さんが嫌がるから、ごめんなさいって書くってどうかな」
「え?!」
私?
「なんちゃって。桃子ちゃんをだしに使うのはよくないよね?」
「ど、どうかな?」
「は~~~」
うわ。重いため息。即行断ってもいいのに、どうしたのかな?って私が思っていたのが伝わったのか、
「関係ない子ならね。でもな、サークル仲間だと思うとどうもね」
と言ってきた。ああ、そうか。もう仲間の一人なのか。
「じゃあ、菊ちゃんが相談があるって言って来たら相談に乗るの?」
「うん」
あれ?即答?
「じゃあ、紗枝ちゃん」
「ああ、紗枝ちゃんの悩みならすでに乗ってる」
「え?」
いつの間に?
「今、増えてきたらしいんだ」
「何が?」
「オーラソーマの依頼。それに受けた人の反応もいいらしくって」
「へ~~!って、それで、どうして相談することがあるの?うまくいっちゃってるんでしょ?」
「ちょっと怖いんだって」
「何が?」
「う~~ん、自分に自信がないっていうのかな。ちょっと、展開についていけないようなところがあるみたいだよ?」
「それで聖君はなんて言ったの?」
「うん。自信なんてあとからついてくるもんだから、今はとりあえず、自分ができることしてたらいいんじゃないの?ってそう言っただけ」
「そうしたら?」
「うん。なんか、納得してた。そっか、今できることしてたらいいだけかってさ」
「へえ…」
すごいな。聖君の一言で、紗枝ちゃん、きっと楽になっちゃったんだ。
「じゃあ、朱実さんの相談事とかも聞いたりするの?」
「ああ、するよ。でも、あの子もともとあっけらかんとしてるから、相談に乗るって言うか、話を聞くだけって言うか」
「どんな話?」
「恋の話。好きな人がいて、こうでああでって、いろいろと話してくるんだよね」
「へえ」
「母さんもけっこうそういう話が好きだから、俺よりも母さんに話してることのほうが多いかな」
「そうなんだ」
知らなかったな。お店の中でいろんな話をしてるんだね。
「じゃあ、桜さんは?」
「あ~~、もう桜さんは俺に相談って言うよりもさ、愚痴、のろけ、言いたい放題だよ」
「へ?」
「俺ってなんなの?って感じ。まあ、いいけどね、あの人の場合、べらべら話してて、俺は聞き役に徹してるしさ」
「へ~~」
「でもな~~」
「うん」
「カッキーってよくわかんないし」
「え?」
「まだ、よくわかんないし」
「うん」
「…ああ、そうだ。桃子ちゃんが相談に乗ってみるってのはどう?」
「へえ?!」
なんで?声が裏返っちゃったよ。
「駄目か」
「そんなに嫌なの?」
「嫌がってるように見える?」
「うん」
「桃子ちゅわん!」
「え?」
いきなり抱きついてきたよ?
「俺、桃子ちゃんと一緒にいるのがいっちゃんいい!」
「へ?」
「あ~~、癒される」
「…?」
「今日、いいよね?」
「…」
あ、そこに会話が戻った。っていうか、なんかもしかして、お疲れモード?
「うん、いいよ」
そう言って聖君に抱きついた。そしてそのまま、聖君にベッドに押し倒された。それから、甘いとろけるようなキスをされ、そして…。
「桃子!聖君!まだ起きてる?ちょっと下におりてこない~~~?」
という母のでかい声に、甘い時間は中断された。