第144話 二人でご飯
聖君はすごくご機嫌だ。歌を歌いながら運転をしている。聖君は歌が上手だし、声も綺麗だから、聞いているとうっとりしてしまう。
「桃子ちゃん、夕飯何がいい?」
「ほえ?」
「あれ?またどこかに意識飛んでいってた?」
「ごめん。聖君の歌声、聞き入ってた」
「あはは、そうなの?」
聖君はちょっと照れくさそうに笑ってから、
「何食べたい?」
ともう一回聞いてきた。
「和食」
「オッケー。和食のファミレスがこの先にあるから、そこにしよう」
「うん!」
5分もしないうちに、そのお店に到着した。
「あ~~、腹減った。何食おうかな~」
聖君はそう言いながらお店に入り、店員に、
「禁煙の席、お願いします」
と聞かれないうちから、言っていた。
「はい、こちらにどうぞ」
店員に案内され席に着くと、聖君はまず、私にメニューを渡してくれる。こういうところ紳士だっていつも思う。
「何にする?桃子ちゃん」
「えっと…。わあ、なんかいろんなセットがあるんだね」
「うん。天ぷらとか、お刺身とか、ああ、釜飯もセットになってるんだ。うまそうだな、釜飯」
「私も食べたい」
「じゃあ、釜飯のセットと、もう一個は別の頼んで、2人で分ける?」
「うん」
あ~~、なんだか、幸せ。2人で分ける?って言葉がすでに、家族っぽくって好き。ここに凪がいたら、凪の分も分けてあげるんだろうな。
付き合いだしたころ、私は緊張してあまり聖君の前で食べれなかった。もともと小食なのもあって、分けるっていうよりも、残った分を聖君が食べてくれてたって感じだったっけ。
聖君はいつでも、うまいって目を細めて食べてたけど、私ははっきり言って、緊張で味もわかっていなかった。真ん前に聖君がいる。それだけで、本当に緊張していたもんな~。
それが今じゃ…。
「おいひい~。この天ぷら」
「何?何の天ぷら?」
「しいたけ」
「あ、まじで?俺も食べたかった」
「早いもん勝ちだもん」
「え~~。ずっこい、桃子ちゃん。あ、じゃ、俺、なすの天ぷら食っちゃうよ?」
「いいよ~~」
って、こんなだもんな~~~。
「うめ!なすもうめ~~!」
「釜飯も美味しいよ、聖君」
「まひれ?」
「まひれ?」
聖君は口に入れてるものを飲み込んでから、
「まじで?って聞いたの」
と言ってきた。ああ、まじで…か。
「桃子ちゃん、お刺身は桃子ちゃんのほうにもあるよね」
「うん、あるから大丈夫」
聖君ってば、いろいろと気を使ってくれるんだよね、いつも。どうやら、職業柄だって言ってるけど、やっぱり気が利く性格なんだと思うな。
「うまひ!」
聖君が釜飯を食べながら、目を細めた。うまひってのは、うまいって言ってるんだよね?
「秋だね。うちの店も、いろいろと秋のメニュー考えなくっちゃ」
「メニューやレシピ、聖君も考えるの?」
「ううん。母さん。でも、アイデアを出したりはする」
「へ~~」
「秋って、何かな。さつまいもとか?」
「銀杏とかもいいな」
「ああ!いいね」
「あとやっぱり、鮭」
「うん、だよね!」
「それからねえ、キノコとか~~」
「炊き込みご飯もいいな。和食で10月はいってみようかな」
「いいかも!」
ああ、やっぱり、カフェって楽しい。いつか、聖君とお店出せたら、楽しいだろうな。
「椎野じゃん」
突然、斜め前あたりの席にいた二人組が、こっちに立ってやってきた。
「卒業以来じゃない?全然変わってないね」
うわ。小学校の頃、よくからかってきていた連中だ。
「でも、太った?」
そう言って、2人でにやにやしている。
聖君はその二人をにらみ、それから私に、
「誰?」
と聞いてきた。
「あ…」
言葉に詰まると、2人組の一人が、
「椎野の彼氏?」
と聞いてきた。
聖君は何も言わずに、そいつをにらんだ。
「こえ。なんか睨まれてる?席戻ろうぜ」
やっと、2人が席に戻って行った。
「誰?」
聖君が小声で聞いてきた。
「小学校が一緒だった。5年の時同じクラスで、いっつも二人でからかってきて」
「ああ、そう」
聖君はちらっと二人のほうを見て、またすぐに視線を戻した。すると、
「椎野、絶対遊ばれてるな」
「彼氏できたって、浮かれてるんじゃないの?あとで、泣きを見るに決まってるのに」
と言ってるのが聞こえてきた。あれ、わざと大きな声で言ってる。
「…家、近い?」
聖君がまた小声で聞いてきた。
「わかんない。でもあまり、近くなかったと思う」
「この辺でよく会う?」
「ううん。全然。ほんと卒業してから、一回も会ってなかったし」
「ふうん」
聖君の「ふうん」はいろんな意味があるからな。今は何を思っているんだろう。
「じゃ、よかった」
「へ?」
「もう会うこともないよね」
「うん」
「でもやっぱり、今のうちにあきらめさせよう」
「へ?何を?」
「うん、独り言。桃子ちゃん、デザートはどうする?抹茶アイスとか、白玉とか、うまそうだよ?」
「ええ?デザート?」
惹かれる。ああ、でも、もうかなり食べた。
「や、やめとく」
「え?お腹いっぱい?別腹で食えない?」
「た、食べれそうだけど、体重増加、気を付けてって今日言われたばかり」
「あ、そっか。じゃ、俺もやめておくか」
「いいよ、聖君は食べて」
「…でも、食べたくならない?」
「う…」
なるかも。
「そろそろ帰る?もう8時過ぎちゃったね」
「うん」
私たちは席を立ち、レジに向かった。あの二人組はまだ席にいて、こっちを見て、またこそこそと話している。
「椎野!」
私がそいつらの席の前を通ると、一人が声をかけてきた。でも、無視して通り過ぎようとすると、
「待てよ、椎野」
と呼び止められた。
「もう、椎野桃子じゃないよ」
聖君が、一回レジに向かったのに、戻ってきてそいつらに言った。
「え?」
「今は榎本桃子」
「へえ、親が離婚?それか、再婚?」
「違う。桃子ちゃんが結婚したの、俺と」
「…」
聖君の言葉に、2人は一瞬黙った。でもすぐに、ふきだして笑った。
「笑える。何それ!」
「だから、人の奥さんに手を出すようなまねはしないでくれる?今後一切」
聖君はまた、2人をにらむと、
「桃子ちゃん、行こう」
と言って、私の背中に手を回して歩き出した。
「結婚?なんだよ、それ。まだ高校生なんだから、あるわけないじゃん、そんなこと」
一人がそう言って、もう一人も、
「もっとましな嘘、考えろっていうんだよな?」
と笑っていた。
そうか、やっぱり、冗談だって思うのか。
「あら!桃子ちゃんじゃない」
そこに隣の親子が入ってきた。うわ。タイミング悪すぎ!
「なあに?夫婦そろって食事してたの?二人きりで?」
娘さんのほうが聞いてきた。ささ…。私は聖君の横に行き、娘さんが近づけないようガードした。
「一緒に暮らしてるのに、わざわざ二人で外食?仲いいわね、本当に」
お母さんのほうがそう言って、おほほほって笑って、娘さんをひっぱり、店の奥へと入って行った。
「聞いた?今の」
後ろから、2人組の声が聞こえてきた。振り返ってみると、こっちとお隣さんを交互に見て、
「夫婦って言ってたぜ」
「一緒に暮らしてるとも言ってたよな」
「まじだったのかよ、結婚って」
と、なんだかわかんないけど、真っ青になっていた。
「ありがとうございました」
会計が済み、店員にそう言われ、聖君は私の手を取り、店の外へと歩き出した。そして外に出ると、
「は~~~~」
と息を漏らした。あ、もしかして隣りの娘さんが原因?
「やっぱ、苦手だ…。あの人」
やっぱり…。
「でも、あの親子が来てくれたから、あの連中、俺らが結婚してるってこと、信じたみたいだな」
「うん」
「桃子ちゃんに会っても、もう手出してこないだろ、これで」
「手を出す~~?違うよ。かわかられてたの。っていうか、いじめだよ」
「好きな子だから、からかいたくなるって心境だろ?」
「違うよ~~」
「そうだよ。だって最後のあの連中の顔見た?桃子ちゃんが結婚してるってわかって、真っ青になってたよ?」
「…」
「ま、もうどうせ、かかわらない連中だろうから、いいけどね」
聖君はそう言って、車の助手席のドアを開け、私が乗り込むとドアを閉めてくれた。そして、ぐるりと回ると、運転席に乗り込んだ。
「あいつらだけじゃなくって、私、6年の頃も、ちょっといじめられてて、それで心配した父が、女子高に入れようって言い出したの」
私は聖君が車を発進させると、いきなり、そう話し始めた。
「え?」
唐突過ぎたからか、聖君が驚いていた。
「あ、いじめっていっても、そんなに悪質ではなかったんだけど、お父さん、心配しちゃって。お母さんは、楽天的だったんだけどね」
「ふうん、そうなんだ」
「ひまわりは、いじめにあったこともなかったし、だから、公立の中学に行ったんだ」
「ああ、俺も不思議に思ってたよ。なんで、ひまわりちゃんは、桃子ちゃんと同じ中学行かないんだろうって。そうか、そんな理由があったんだ。あ、でも、お母さんが行ってた高校なんでしょ?今の高校」
「うん。近いし、あの高校ならお母さんも通ってたし、いいんじゃない?ってそう言ってくれて。見学に行って、ここならよさそうってお父さんも私も、すぐに気に入ったから」
「ふうん。だけど、その選択、間違ってなかったね」
「え?」
「桃子ちゃん、親友も見つけたし、それに、女子高で正解だよ」
「あってたかな、私に」
「うん。男子いたら、俺が大変だった」
「なんで?」
「やきもちやきっぱなしで」
「え~~~」
そうかな。きっとやくようなことは起きないと思うけどな。
「私、聖君と同じ高校だったら、どうだったかな」
「え?」
「きっと、一目惚れしてるよね。でも、話しかけることもできないで、遠くから見てるだけで…」
「…」
聖君は黙って聞いている。
「告白もできないだろうな」
「だけど、蘭ちゃんや菜摘みたいな、おせっかいな友達がいたら、告白せざるを得なくなってるかもよ?」
「え?」
そういうこともありえるのかな。
「あ、でも、きっと告白しても、聖君、硬派でとおしてたし、即行断られてたよね」
「う~~ん…」
聖君はちょっと考えている。
「そうだな。手紙も受け取ったためしないし、返してたかな」
「だよね」
「桃子ちゃん、なんて言って渡しに来るかな」
「う~んとね。聖先輩、これ、読んでくださいって言うかな?でも、声が小さいから、聞こえないかも」
「じゃあ、俺、きっと耳を近づけるね」
「え?」
「聞こえるようにって」
「うん」
「そうすると、あれだ」
「?」
「桃子ちゃんオーラに、一瞬包まれるんだ」
「?」
「で、手紙は断るじゃん?」
「うん」
「桃子ちゃんは、きっと顔を真っ赤にさせ、でも泣きそうになりながら、その場を去っていくんだ」
具体的だな、やけに。
「で、俺はその真っ赤になった顔や、泣きそうな顔をずっと覚えてて、ずっと気になっちゃうんだ」
「へ?」
「で、校内で桃子ちゃん見かけて、あ!って目で追ったり」
「う、うん」
「で、名前とか知りたくなって、誰かに聞いてみたり」
「?」
「そのうち、桃子ちゃんのクラスのほうまで、行ってみたり。廊下ですれ違ったり、どっかで見かけるだけで、胸ときめかせたり」
「へえ?!」
なんだ、それ。え?何を言ってるの?聖君。
「で、手紙を受け取らなかったことを、俺は後悔するんだ」
「…」
「そんで、結局は、俺のほうから告白」
「へ?」
「そしてめでたく、結婚」
「え?いきなり?」
「そう。ちょっと間飛ばしたけど、結局は今と同じ。めでたし、めでたし」
「…」
「どこで会おうと、俺らきっと、結ばれてるって」
「そ、そっかな」
「そうだよ」
なんか、今の話聞いてて、ドキドキしちゃったな。聖君から告白。それ、いいな。ああ、なんて言ってきてくれるんだろう。
「俺と付き合って」
「俺も好きなんだ」
「付き合おう」
「付き合ってください」
「好きです」
「好きだ~~」
う~~ん、どれも違う気もするし、何を言われたとしても、私、信じなさそうだな。って、やっぱり、どこで会って、どこで告白されても、最初は疑っちゃいそうだ、私。
ちらっと聖君を見た。あれ?なんかにやけてない?
「帰ったら、すぐにお風呂入って」
「え?うん」
「で、部屋でいちゃつこうね?」
「…」
それ、考えててにやけてた?あ~~~。もう~~、かわいいんだから。
そうか、どこで会っても、私たちは、このバカップルになってるんだね、きっと。