表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/175

第138話 みんなの自慢の聖君

 その日の帰り、蘭はホームルームが終わると一人で帰ってしまったらしい。

「蘭ちゃん、一人になって考えたいから、先に帰るって言ってた」

 花ちゃんがそう報告に来た。

「そっか…」

 菜摘は、ちょっとうつむき加減でそう答えた。

「二人に謝っておいてって…」

 花ちゃんがそう言うと、菜摘は、

「まったく、謝らなくでもいいのに、蘭は…」

とため息をついた。


「離れてみて、その人がすごく好きだったって気が付くとか、そういうのってあるよね」

 帰り道、3人で黙って歩いていると、突然花ちゃんがそう言いだした。

「それ、籐也君のこと?」

 私が聞いた。

「うん、蘭ちゃんも、基樹君のこと、離れてみてわかったこと、いっぱいあったんじゃないのかな」

「そうかもね」


 菜摘はまだ黙っていた。

「蘭だけが悪いわけじゃないのに」

 菜摘がぽつりと言った。

「え?」

「基樹君だって、いくら勉強で大変でも、蘭のことをもっと大事にできたと思う」

「…」


「兄貴だって、桃子のこと大事にしてたから、桃子と別れなかったんでしょ?」

「聖君は…」

「うん」

 菜摘と花ちゃんが、私を見た。

「今だから思うんだけど」

「うん」


「私を必要としててくれたんだ」

「え?」

「私がいると、癒されてたみたいで、だから、そんなにほっとかされなかったの」

「兄貴のほうが、桃子を必要としてたの?」

 菜摘が確認するように聞いてきた。


「私、勉強の邪魔しちゃ悪いと思って、電話やメールも控えてたの。だけど、逆効果だったみたいで」

「逆?」

 花ちゃんが聞いてきた。

「会うのも控えてたんだけど、会わないでいると聖君、元気がなくなっていくの。でも会うと一気に元気が出てたみたいで…」


「のろけられたね、花」

「うん」

 2人がやれやれって顔で顔を見あわせた。でもすぐに花ちゃんが、

「だけど、私もそんな存在になりたいな。会うと籐也君が元気になったら嬉しいもん」

とほほを染めながら言った。


「それは私だって!葉君が私と会うと、元気になるって言ってくれたらそりゃ…」

 菜摘がいきなり何かを思い出したようで、話を止めた。

「何?どうしたの?」

 気になり聞いてみると、

「言われてた、私も」

とぽつりと顔を赤くして言った。


「え?」

 今度は花ちゃんと私が、菜摘を見た。

「葉君、仕事で疲れてても、週末デートしてくれるから、悪いなって思って、家で休む時間も取ってって言ったの。そうしたら、菜摘と会ってるほうが元気になれるんだよって」

「なんだ~~、葉君だって、同じじゃない」

 私がそう言うと、菜摘はもっと赤くなった。


「いいな~~、2人とも」

 花ちゃんがそう言った。

「籐也君もそうだよ。だから、ライブや練習見に来てって言うんじゃないの?きっと、花が見に来てくれてるって思うと、がんばれちゃうんだよ」

 うんうんと私は、菜摘の言う言葉にうなづいた。


「そうかな」

「そうだよ」

「基樹君と蘭は、違ってたのかな」

 私がぽつりと言うと、またしばらく私たちはだんまりになってしまった。


 家に帰ると、ひまわりがいた。

「あれ?バイトは?」

「今日休み」

「ふうん」

 でも、なんだかそわそわしながら、リビングにいる。


「どうしたの?」

「え?今日、これからデートなんだ」

「かんちゃん?」

「うん。もうすぐ迎えに来るの」


「なんだ。明日だったら聖君いたのに。あ、でも検診だから、家にいないか」

「お姉ちゃんの検診の日?」

「うん」

「そうなんだ。またエコーの写真見せてね」

「うん」


 ひまわりも楽しみにしてくれてるのか。嬉しいな。

「あら、お帰り、桃子」

 母が和室から出てきた。どうやら今日は、エステのお客さんが来ていたようで、片づけをしていたみたいだ。

「ひまわり、かんちゃん来たら、あがってもらったら?」

 母がそう言うと、

「ううん。かんちゃん、お兄ちゃんいないと家に上がってこないと思うから、誘わないよ」

と首を横に振った。


「かんちゃんは、聖君になついてるものねえ」

 なんだ、その、なつくってのは。

「尊敬してるみたい」

 え?ひまわりの言葉に、私はびっくりした。


「え?聖君を?」

 母も驚いていた。

「聖さんって、絶対に大きい人だよな、男友達多いでしょ?ふところでかいよ。俺、あんなふうになりたいなって、前言ってたもん」

「へ~~」

 母がまだ、驚いている。


「それに、最近、他の子とあまり話さなくなったんだ」

「かんちゃん?他の子ってバイトの?」

「うん。聖さんって、女の人にクールだよな。あれ、かっこいいよって、まねしてるみたい」

「かんちゃん、どうして聖君がクールだって知ったの?」

 私がそう聞くと、母はエステの片づけの手を止め、リビングのソファに座り、興味深そうにしている。


「あれ?言わなかったっけ?お兄ちゃん、いつだったっけな。うちの店に来たんだよね」

「初耳!」

「バイトの帰りに寄ったみたい。参考書を買いに来たみたいなんだけど、あ、杏樹ちゃんのを見に来たみたいで」

「妹思いよね、ほんとえらいわね」

 母がいきなり、聖君を褒めだした。


「それで?」

 私はその先が気になり、ひまわりに聞いた。

「かんちゃんも、一緒に参考書を探してあげてて、しばらくお兄ちゃんと話してたら、あの例の馴れ馴れしいバイトの子が来て、お兄ちゃんにひっついて、参考書一緒に探しましょうかって、言い寄ってて」

 ムッ。何それ。


「私、レジにいたし、お兄ちゃんにひっつくなって言いに行けないでいたら、お兄ちゃんが、すんごくそっけない態度で、ああ、いいですってさらって断って。そのうえ、ひっついてきたそいつに、もう自分の仕事に戻ったら?って、めちゃくちゃクールに表情も変えず、言ったんだよね」

「へえ~~」

 母が感心している。


「そのあと、かんちゃんには、仕事戻っていいよ、俺、自分で探すからって、めちゃ爽やかな笑顔で言って、また本棚の参考書を取ったりしてたんだよね」

「へ~~~~」

 母がまだ、感心している。

「その帰りにね、かんちゃんと帰ってきたんだけど、かんちゃんが目を輝かせて、聖さん、すげえかっこよかったって言ってたの」


「ほ~~~」

 母がまだ…。いや、私も感心しちゃった。さすが、聖君!女の人になんて、目もくれないんだよね。っていうか、ただ単に苦手なだけなんだけどさ。

「かんちゃんに、お兄ちゃんはすごくお姉ちゃんを大事にしてて、他の人のことは目もくれないんだよって言ったら、それもかっこいいなって言ってたんだ」


「じゃ、それから他の子と話さなくなっちゃったの?」

「うん。それで、私のこと…」

 ひまわりが嬉しそうに話そうとしたその時、チャイムの音がした。

「あ、かんちゃんだ」

 ひまわりは、ソファから思い切り飛び上がり、玄関にすっ飛んで行った。


 ガチャ。ひまわりは、ドアも思い切り開け、

「かんちゃん!」

と、思い切り呼んでいた…が、かんちゃんではなかったようだ。

「あら、ひまわりちゃん」

 隣の奥さんだ。


「これ、回覧板」

「おかあさ~ん、回覧板だった」

 ひまわりは声を低くして、リビングに戻ろうとした。その横を母が玄関に向かって歩いていき、

「あら、かんちゃん」

と、玄関の外に向かって声をかけた。


「え?」

 どうやら、今、かんちゃんはやってきたようだ。

「あら、あらあら、もしかして、ひまわりちゃんの彼氏?まあ、イケメンね。桃子ちゃんの旦那さんといい、ほんと、イケメンぞろいなのねえ」

 隣のおばさんが、にやにやしながらそう言った。かんちゃんはいかにも、こんなおばさんは苦手って顔で見て、母にも無表情に挨拶をした。


 う~~ん、そのへんは聖君と違う。聖君はもう少し、いやもっともっと、愛想がいい。

「かんちゃん」 

 ひまわりがまた嬉しそうに、玄関に行った。そしてすぐに靴をはきだした。

「あ、どうも」

 かんちゃんは私に気が付き、頭を下げ、

「あ、聖さんもいるんすか?」

とちょっと、目を輝かせ聞いてきた。


「ううん、まだ帰ってきてないよ。いつも8時半くらいだもん」

 そう言うと、これまたあからさまにがっかりして、

「そうっすか」

とそれだけ言って、ひまわりと家を出て行ってしまった。


「もうちょっと愛想があってもねえ」

 隣のおばさんがまだ玄関にいて、そう言った。

「そうなのよね。あれで本屋でバイトなんて、よくしてるわよね」

 母までがそんなことを言った。

「桃子ちゃんの旦那さんは、もっと愛想がいいわよねえ」


「あ、聖君はカフェでバイトしてるから」

 私がそう言うと、

「あら、聖君はバイトしていようが、してなかろうが、きっと愛想いいわよ」

と母は、調子のいいことを言った。


「ほんと、聖君はいい子で、いろんな手伝いもしてくれるのよ。お料理もできるし、洗濯や掃除まで手伝ってくれちゃうの」

 母が自慢話をし始めた。隣りのおばさんがそれを、目を輝かせながら聞いている。

 ああ、明日には町内のあちこちで、聖君は料理も上手で、掃除や洗濯もしてるんだってと、話題にものぼってることだろう。


 それって、嫁の立場としてどうなの?奥さんはいったい何をしてるの?旦那にばっかりさせてるの?尻に敷いてるの?ってことにならない?

 う~~~ん。ま、いっか。


 父がめずらしく、7時に帰ってきて、3人で夕飯を食べた。

「ひまわりは今日もバイトか」

 父が食べ終わってから、ぽつりと寂しそうに言った。

「今日はデートよ」

 母がそう言うと、

「高校1年で、こんな時間までデートか?門限でも作ったらどうだ」

と父が母に言った。


「こんな時間ってまだ、8時じゃないの」

「もう8時だろ?」

「バイトしてたら、いつも、8時半くらいでしょ?帰ってくるの」

「それはバイトだろう?」

 父がめずらしく、ぐちぐちとしつこい。


「でもねえ、高校3年の桃子なんて、結婚して旦那さんと一緒に暮らしてるわけだし、門限を早くにして、彼氏とデートばかりしてるんじゃないぞ、なんてあなたが言っても、説得力ないわよ?」

「…」

 父が黙った。

「きっと、お姉ちゃんばかりずるいって、ひまわり言いそう」

 私もぽつりとそう言うと、父はおもむろに、新聞を広げた。

「あ、桃子、テレビつけてくれ。面白そうな番組がある」

 父はどうやら、気まずくなったらしい。いきなり話題をテレビにふった。


「何チャン?」

「4かな」

 テレビをつけると、クイズ番組だった。父は若いころ、クイズ王を決めるという番組に出て、いい線までいったらしい。いまだにそれを、自慢する。

 そしてクイズ番組を見ては、答えを間違ってるタレントをバカにしてみたり、自分のほうが先に答えて、偉そうに、お父さんはすごい物知りだろうと言ってみたりする。


 一回、聖君ともクイズ番組を見ていることがあった。父は、何問か答えを当てて、ちょっと鼻高々になっていた。いつもなら、私もひまわりも、母ですらそんな父をほっておくが、聖君は思い切り父を褒め、

「すげえな、お父さんって、物知りですよね」

と感心していた。それで、なおさら父は、聖君が気に入ってしまったのだ。


 後で母が私にこっそりと、聖君ってほんと、世渡り上手よねと言ってきた。でも、あれはお世辞でなく、心から感心していたんだと思う。聖君、お世辞苦手らしいし。それに、その時の聖君の口調も、目の輝きも、本気だったし。


 テレビを父が見て、いつものごとく、クイズの答えをでかい声で当ててる最中、チャイムが鳴り聖君が帰ってきた。

 私は父が聖君をダイニングに呼び、一緒にテレビを見ないかと誘う前に、聖君の腕をつかみ、

「お風呂入ろうね」

と、2階にさっさと連れて行った。


 父に誘われると、さすがの聖君も断りにくいようで、いつまでもダイニングに座っているときがあるんだよね。今日は、聖君に蘭のことも話したいし、父には悪いけど、父には貸したくないんだ。

「なあに?桃子ちゃん」

 聖君はにやけながら、部屋に入ると聞いてきた。


「え?」

「そんなに俺と、お風呂一緒に入りたかったの?」

 えっと、ちょっと違うかな。

「もう~~~、そういえば、朝も俺といちゃいちゃしたがってたし」

 え?

「そうか。そんなに俺に抱かれたいのか」

 違う~~~~!そんなこと露骨に言わないで!


「相談があるの!」

 私は聖君が後ろから抱きつこうとしていたけど、さっと離れて聖君を見ながらそう言った。

「相談?」

 聖君は抱きつこうとしてた手を、ぶらぶらとさせながら聞いてきた。

「蘭のことで」


「ああ~~~~。基樹のことか~~~」

 聖君の表情が変わった。

「基樹も、相談に来たよ」

「え?」

「店に来て、何時間いたかな、あいつ。今日バイトないらしくってさ。あ、葉一も仕事帰りに寄ってった。多分基樹が呼び出したんだ」


「基樹君、蘭のこと言ってた?」

「うん」

「なんて?!」

「今さら、より戻せると思う?って」

「う、うん。それで?他には?」


「俺と葉一とで、いろいろと聞きだした」

「え?」

「あいつ、自分で自分の思ってることわかってないみたいだから」

「それでっ?!」

「桃子ちゃん、あまり興奮しないで。体に良くないよ?お風呂入って落ち着いて話しようよ」

「う、うん」

 私、興奮してるように見えたのかな?鼻息荒かったのかも…。


 私と聖君は着替えを持って、お風呂場に行った。ダイニングの横を通るとき、父は、ちらっと聖君を見ていたが、私が聖君の腕を引っ張りさっさとお風呂場に行ったからか、声をかけるのをあきらめたようだ。よかった。


「それで、基樹君、なんて?」

 聖君が私の背中を洗い始めると、私はどうしても気になり、聞いてみた。

「蘭ちゃんはどうしてた?」

「泣いてたよ。もう、基樹とはより戻せないって」

「泣いてたの?」

「うん」


「そっか~~」

 しばらく聖君は黙って、私の背中を洗っている。

「ねえ、それで基樹君は?」

 気になりもう一回聞いてみた。聖君は私を立たせると、腕や首、胸やお腹を洗ってくれた。

「桃子ちゃんさ」

 え?何なに?基樹君と蘭のことと関係あること?


「脇腹、くすぐったくないんだね」

 ガク。なんで今、脇腹のこと?

「俺、自分だったらくすぐったくないけど、桃子ちゃんが洗ってくれると、めちゃくすぐったいんだよね」

 そんなこと、今はどうでもいいよ~~。


「でもさ、桃子ちゃんってさ」

「なに~~?」

 私は早く基樹君のことが聞きたくて、じれったくなっていた。

「ここは、けっこうくすぐったいでしょ?」

「あ!」

 私は体をよじった。


「あはは、なんでひざの裏がそんなにくすぐったいの?」

 もう~~~!からかって遊んでる?

「あとさ、あとさ。足の裏も駄目でしょ?」

「聖君、そういうことはもういいから」

「よくないよ。足の裏も洗ってあげるからね?」


「いい!自分で洗うから」

 実は弱いんだ。足の裏どころか、足の指もくすぐったいんだよね。

 聖君はくすくす笑いながら、石鹸をシャワーで流した。

 もう、基樹君の話はどこにいったんだ。もしかして、誤魔化されてる?話しづらいことなのかな。


 私の髪を洗ってる間も、聖君は鼻歌を歌って、まったく基樹君の話はしなかった。

 私がバスタブに入ると、聖君は鼻歌交じりで体と髪を洗い、それからバスタブに入ってきて、後ろから抱きついた。


「ねえ、聖君、基樹君のこと」

 そんなに話しづらいの?蘭にとって、つらいことなのかな、もしかして。

「あ!そうじゃん。忘れてた」

 ガク~~~~~。忘れてただけ?!もう~!聖君のそのボケさ加減に、さすがにがっくりとしたけど、でも、そんなとぼけてる聖君もかわいいななんて思ってる私がいる。


 ごめん、蘭。こんな友達で…。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ