第136話 一人寝
夜、聖君とお風呂に入りながら、今日のことを話した。
「え?胎動?やっぱり、この前のも胎動だった?」
「うん、そうみたい」
聖君は背中を洗う手を止め、私のお腹を触ってきた。
「まだ、触ってもわかならいよね」
「うん」
「そっか~~。ああ、でも元気に育ってるって証拠だね」
「うん」
聖君はまた、鼻歌を歌いながら私の背中を洗い出した。
「今日は、どうする?」
「え?何が?」
「体全部洗ってほしい?」
うわ。そ、そんなこと聞いてこないでよ~~。
「い、いいよ。自分で洗う」
「え?素直じゃないな。本当は俺に洗ってほしいんでしょ?」
「…」
「あ、黙ったってことは図星だ」
お見通しか~~。ああ、前はあんなに恥ずかしかったのに、最近は洗ってくれないと寂しく感じちゃうなんて。
聖君は私を立たせると、腕や胸、お腹、それに足も洗ってくれた。
「お腹、結構出てきたよね」
「うん。ああ、検診怖いな」
「え?どうして?」
「体重、増えすぎてないかな」
「大丈夫じゃない?」
「うん。だといいんだけど…」
何しろバクバク食べちゃってるからな~。
聖君は石鹸をシャワーで洗い流すと、また私を椅子に座らせ、髪を洗い始めた。なんだか、ものすごくご機嫌だ。鼻歌どころか、歌うたってるし。
聖君が私の髪を洗い終えると、場所を交代して、今度は私が聖君の背中を洗った。
「あは!くすぐったい」
「え?」
「脇のほうはやめて。その辺は後で自分で洗うから」
あ、そうか。脇、弱かったんだっけ。
聖君の背中を洗い終え、私はバスタブに入った。それから、体や髪を豪快に洗う聖君を見ていた。
背中まで、真っ黒に日焼けしたんだな~。でもさすがの聖君も、お尻までは焼けてないから、お尻は白いんだよね。って、なんで私はお尻まで見ちゃってるんだか。
自分で恥ずかしくなって、視線を外した。
聖君は濡れた前髪を手でかきあげ、バスタブに入ってくると、私を後ろから抱きしめてきた。
「ねえ、あのあと籐也君、どうだった?」
「にやけっぱなし」
「何か言ってた?」
「あんまり話はしなかったよ」
「そっか~」
「花ちゃんは?」
「ずっと嬉しそうだったけど、何度も信じられないって言ってたよ」
「あはは。桃子ちゃんみたいだね。桃子ちゃんも言ってたもんね」
「うん」
「籐也、遊びならいくらでも、女の子に話しかけられたけど、本気だとどうにもうまく話せなくなるみたいだね」
「聖君は?」
「え?俺?!俺、遊びなんて一回もないしっていうか、ちゃんと付き合ったの、桃子ちゃんだけだし」
「私と話すとき、話しづらいとか、そういうことはあった?」
「う~~ん、どうだったかな。あんまりなかったかな。あ、でも、やっぱ、カッコ悪いところは見せたくなくって、誤魔化してたところはあったかな」
「え?」
「やきもちやいてるのに、言えなかったり、ショック受けてるのに、それを隠しちゃったり」
「そうなの?そんなことあったの?」
「あったよ。それから、桃子ちゃんがめちゃかわいいのに、そういうのも隠してた。心の中で、かわいい~~って叫んでたもん。でも、表面上では、そういうこと言わないようにしてたな」
「そ、そうだったんだ」
「そのうち、あいつも花ちゃんにあれこれ、心の内を素直に見せられるようになるんじゃないの?」
「籐也君?」
「うん」
「ねえ、基樹君から何か連絡来た?」
「最近?いいや、全然」
「今日も?」
「うん」
「そっか」
「え?なんで?」
「今日、蘭と会ってると思うんだ」
「え?どうして?」
「蘭がメールしたら、今日会おうってことになって」
「まじで?何その急展開」
聖君はそう言いがら、胸を触ってきた。
「ひ、聖君、胸触られると話しづらい」
「あ、ごめん。無意識だった」
え~~~?無意識で触ってきちゃうの~~?まったくもう~~。
「で?どうしてそんなことになったの?」
聖君が聞いてきた。
「蘭が基樹君に会いたいって言ってて。勇気だしなよ、みたいなことを菜摘が言って」
「彼氏と別れたの?」
「ううん。蘭は別れるって言ったけど、彼のほうは別れたくないって言ったみたい」
「浮気したんだよね?彼氏」
「うん」
「そっか~~。だけど、蘭ちゃんと別れる気はないんだ」
「うん、そうみたい。相手の子とはもう縁も切ったからって言われたらしいよ」
「そう言いながらも、まだ会ってたんじゃないの?」
「うん。でも、別れようって言われてから、どうかな?もしかしたら、本当に縁を切ったのかもしれないけど」
「蘭ちゃん、携帯見ちゃったんだっけ?」
「うん」
「それ、彼氏知ってるの?」
「さあ?どうなのかな。見たこと知ったら、彼も怒るよね?」
「う~~ん、そりゃまあ、自分にやましい心があれば、怒るかもね」
「え?」
「でも、見られても大丈夫なら、怒ったりしないんじゃない?」
「聖君は?」
「俺?怒らないよ?見られても平気だしっていうか、見てるでしょ?」
「見てないよ!」
「あれ?そうなの?」
「見ないよ、なんで?」
「ほら、昨日も俺の荷物整頓してくれてたし、そういう時、見たりしてるのかなって」
「み、見ないよ。聖君に悪いもん」
「え?いいよ、別に見ても」
「…」
「あれ?もしかして桃子ちゃんの携帯は、俺に見られちゃやばいとか?」
「う、ううん。そんなこと」
「桃子ちゃん、わかりやすいね。そうか。見られたらやばい何かがあるんだな。なあに?もしかして俺に内緒で誰か男とメールしてたり?」
「してないよ。だいたい、私の携帯は聖君くらいしか…。あ、あとは桐太だけだよ、登録してある男の人って」
「じゃ、桐太とラブラブのメールを…」
「まさか~~」
私はそう言ってから、ちょっと黙り込んだ。
「あれ?なに?なんで今、黙っちゃったの?」
聖君は後ろから、むぎゅって抱きしめながら聞いてきた。
「…やっぱり、桐太とのメールは見せられないかなって思って」
「え?」
聖君の声が沈んだ。それに抱きしめてた手の力が一気に抜けた。
「あ、だって、聖君とののろけばかり、書いてあるから」
「…へ?」
「ごめんね!いろいろと、その…ばらしちゃってるかも、私」
「な、何を?」
「かわいい聖君とか、いろいろと、その…」
「桐太に?」
「うん」
「…」
あ、聖君が今度は、黙り込んだ。
「ごめんね?」
「桐太にだけ?もしかして、菜摘とか」
「菜摘には話してないよ」
「まじで?」
「う、うん」
ちょこっとだけしか…。
「それより、聖君、私、ちょっとのぼせそう」
「ああ、そうだよね。もう風呂出ようね」
聖君とお風呂を出て、2階に上がった。
「大丈夫?桃子ちゃん」
「うん、大丈夫。あ!」
「何?」
「ぐにって動いたよ」
「ほんと?」
聖君は私のお腹に顔を近づけ、
「凪~~、凪~~。パパでちゅよ~~」
と赤ちゃん言葉で、凪を呼んだ。
「聞こえてるかな」
「うん、きっと聞こえてるよ」
「あのさあ」
「ん?」
「もう桐太にばらさないで、桃子ちゃん」
「え?」
「あいつ、だからいっつも、あんなこと言ってたんだな」
「え?桐太、なんて言ってたの?」
「聖って、絶対桃子の前だと、変わるだろう?甘えたりしてるんじゃないの?って。俺、そんなことないって言ってたんだけどさ、あいつ、いつもにやけてて。あ~~~、知っててわざと聞いてたのか」
桐太のやつ、そんなことを…。
「だから、もうばらしちゃだめだよ?」
「うん、わかった。私だけの宝物にしておく」
「へ?何を?」
「かわいい聖君を」
「…」
あ、聖君が真っ赤になっちゃった。
「俺、宝物なの?」
「うん!」
「もう~~、桃子ちゃんってば!」
聖君が抱きしめてきた。
「桃子ちゃんも、俺の宝物だよ」
うわ。照れる。聖君が真っ赤になったのが、今わかった。
その日の日記には、凪がお腹の中で動いたのがわかったよ。すごく嬉しかったよって私は書いた。聖君は、パパの声、聞こえた?呼んだの聞こえた?と書いて、私のお腹に聖君が顔を当て、凪を呼んでるイラストを描いていた。
でも、かなり独創的で、私は私に見えないし、聖君も、誰これ?っていうイラストだった。
毎日日記をつけている。凪が生まれるころには、何冊の日記帳になってるんだろうか。なにしろ、聖君は時々、2ページにわたるぐらいの、大作のイラストまで描いてくれちゃうものだから。
っていうか、私なんて、聖君の写真をべたべた貼っちゃってるしな~~。
「桃子ちゃん、俺、勉強してから寝るね。桃子ちゃんはもう寝てていいよ」
聖君はそう言うと、テーブルに向かい、勉強を始めた。私はそれを、じっとベッドに寝っころがり、眺めていた。
聖君の横顔、髪、耳、首、手…。全部が愛しい。
こうやって、勉強をしている聖君も見ていられるなんて、ああ、一緒に暮らすっていいな~~。いつも一緒っていいな~。
「桃子ちゃん」
「え?」
「そんなに色っぽい目で見ないで」
聖君が顔をこっちに向けてそう言ってきた。
「え?」
「見惚れててもいいんだけど、でも、ちょっと勉強しづらいかな」
「ごめん」
私は聖君とは反対のほうを向いた。ああ、悲しいかも。聖君を見ていたいよ~~。
聖君だったら、何時間見てても飽きることはないと思う。どんな聖君もかっこいいし、かわいいし、素敵だし。ああ、それなのに。かなり悲しいかも。
ちら。またちょっと聖君のほうに顔の向きを変え、聖君を見てみた。あ、すごく真剣な目で、勉強をしている。
そうだよね。試験もあるし、そりゃ真剣に勉強するよね。
私はまた、聖君に背を向け、もう寝ることにした。聖君の勉強の邪魔はしたくない。
聖君のペンを走らせる音や、ノートをめくる音、息遣い、そういうのを感じながら、私は目を閉じた。同じ部屋に聖君がいる。聖君の空気を感じていられる。それだけでも、すご~く幸せなことなんだ。そんなことを感じながら、私は眠りについた。
夢の中で聖君は、私を後ろから抱きしめていた。あれ?大変。2人とも裸?と思ったら、お風呂場にいた。
「桃子ちゃん、浮気しちゃだめだよ」
浮気?そんなのするわけないじゃない。
「桐太でもだめだよ」
あったりまえだよ。だいたい桐太はもう、麦ちゃんと付き合ってるんだし。
「俺だけの桃子ちゃんでいなくちゃだめだよ」
「浮気なんてしないよ」
「桃子ちゃん」
聖君が胸を触ってきた。あれ?これももしかして、無意識にやってるの?
「聖君…」
でも、ずっと触ってるし、うなじにもキスをするし。
「だめ、聖君」
「なんで?」
「ここじゃだめ」
「どうして?」
「だって…」
「今すぐ抱きたいのに」
「だめだよ。ここじゃだめだってば」
「桃子ちゃん、どこ?そこ」
「どこって、お風呂場…」
「桃子ちゃん!」
ぐに。あ、今度は鼻をつまんできた。う、苦しいぞ。
パチ。あ、目が覚めた。目の前には真っ赤な顔の聖君がいた。
「あれ?夢?」
「お風呂場で何をしようとしてたの?」
「え?」
「だから、今の夢!」
「…」
思い出して私は顔がほてってしまった。
「あ。やっぱりエッチな夢だ~~。もう~、桃子ちゃんのエッチ」
「勉強は終わったの?」
「まだだよ。でも、いきなり桃子ちゃんが、駄目、聖君駄目、なんて寝言言うんだもん。気になって勉強どころじゃなくなったよ」
「ごめん」
「もしや、抱いてほしかったの?」
「え?!」
「でも、連日はさすがに凪に悪くない?」
「な、何言ってるの!そんなわけないじゃない」
「そうかな~~。夢ってけっこう、潜在意識が現れるときあるよ?」
「え~~!?」
うそ。だって、昨日だってあんなに聖君と、愛し合ったのに。え~~~!!??
「もう、桃子ちゃんってば、だめだよ?少しは凪のことも気づかってあげてね」
「う…」
そんなことを聖君から言われるとは思わなかった。
うそ。もしかして、欲求不満?ううん、ううん。だって、昨日だってあんなに愛してもらって…。
え~~!うそだ~~。まさか、そんなこと!
私はしばらくタオルケットを頭までかぶり、顔をほてらせていた。
「さ、勉強しよう、俺」
聖君がそう言った。
ああ、結局私は寝ても、聖君の勉強の邪魔をしたのか。とか思いつつ、心の奥底では、早く勉強が終わって、横で寝てくれないかな、なんて思ってる。
ごめん、聖君!
私はそっとタオルケットを持ち上げ、聖君を見た。聖君は、口元をにやつかせながら、本を見ている。
「あ、駄目だ。勉強できない」
うわ。申し訳ない。私のせい?
「ごめんね、桃子ちゃん。俺、納戸の机で勉強してくるね」
「う、うん」
聖君は勉強道具を持って、部屋を出て行ってしまった。
ああ、聖く~~~ん。寂しい。
私はしかたなく、聖君の枕を抱きしめ、眠りについた。