第135話 本気だから
籐也君は黙って、私が話すのを待っている。きっと息を殺して待ってるんだろう。
「言ってたよ」
私は意を決して、花ちゃんのことを話すことにした。
「なんて?俺なんか嫌になったって?」
「ううん。本当は…」
私がちょっと口ごもると、
「な、なに?俺、どんなことでもこれ以上落ち込まなそうだし、言ってくれていいよ。遠慮しないでいいから。本当のこと聞きたいし」
と籐也君は言ってきた。
そうか。そんなに覚悟してるなら、全部言ってもいいのかな。
「じゃ、本当に本当のこと言うよ?」
ゴクン。
うわ、籐也君の生唾を飲み込む音が聞こえたよ。
「あのね」
「うん」
「落ち込んでたよ」
「え?花ちゃんが?なんで?」
「籐也君、誰かと仲良く話してたって」
「え?」
「ご飯食べにまた行こうとか、その子と話をしてたって、そう話しながら落ち込んでた。私はやっぱり、特別なわけじゃなかったんだって。誰とでもご飯くらい、食べに行っちゃうんだなって」
「…」
籐也君は黙り込んでいる。それからため息をすると、かなり暗い声で、
「それで、もう俺のことは、嫌になったとか呆れたとか言ってた?」
と聞いてきた。
「え?違う違う」
「じゃ、なに?」
「だから、自分はなんとも思われてないみたいって、落ち込んでた。声だってかけづらかったから、先に帰っちゃったって」
「え?」
「籐也君になんとも思われてないって、花ちゃんはそう思い込んでるよ」
「…」
「だからね、もっと意思表示を」
「じゃ、俺のこと嫌ってるわけじゃ」
「うん、そんなことないよ」
「じゃ、俺のこと、ちゃんと思っててくれてるってこと?」
「う、うん」
あれ?私がばらしてよかったのかな。なんか不安になってきた。これ、本人が言うべきことじゃなかったのかな。
「まじで?」
「あ、そういうのも、本人から直で聞いて」
「え?」
私はそのまま、電話を持って花ちゃんのところに行った。
「あ、桃ちゃん、聖君にもしかして、相談してくれてたとか?」
花ちゃんが暗い顔をして聞いてきた。
「え?今の花ちゃんの声じゃないの?」
電話の向こうで、花ちゃんの声が聞こえたのか、籐也君が聞いてきた。
「そう、今一緒にいたの。ちょうど相談受けてたところだったの」
「ま、まじで?」
「花ちゃん、これ、聖君からの電話じゃないの」
「え?違うの?」
「うん、籐也君」
「ええ?!」
花ちゃんは、目をまん丸くして、それから、
「ななな、なんで?なんの電話?」
と慌てふためいている。
「籐也君は籐也君で、聖君のところに相談しにいったみたいだよ。でも、聖君が女の私のほうが、花ちゃんの気持ちわかるだろって言って、電話してきたの。籐也の悩み聞いてやってって」
「な、悩み?わ、私の気持ち?」
花ちゃんは、目をパチクリしたまま聞いてきた。
「うん、そう。で、花ちゃんが落ち込んでるってことはもう、籐也君にばらしちゃったから、そのあとは直接話をして?」
「ええ?!」
花ちゃんが今度は、顔面蒼白になった。
「…今、メール送っても返信来なくて」
「だって、電話してたから。メールも読んでないよ。なんて送ったの?」
「え?俺にメールしたの?」
その会話を聞き、籐也君が聞いてきた。
「昨日は、話ができなくて残念だったって」
「それだけ?」
「うん」
菜摘がガッツポーズしてたから、もっとすごい内容かと思ったよ。
「昨日籐也君と話せなくて、残念だったっていうメールらしいよ、籐也君。だから、今話をしなよ。じゃ、花ちゃんに替わるから」
「え?」
籐也君が電話の向こうで、慌てている。
「ま、待って、桃ちゃん」
こっちでも花ちゃんが慌てている。
「桃子ちゃん、タンマ。まだ、何を話していいか、整理ついてない。ちょっと待って」
「うん」
私が電話を替わるのを待っていると、花ちゃんは私の前で、どうしたらいいのって、菜摘に聞いていた。
「ちゃんと話なよ。チャンスだよ」
菜摘はそう言って、花ちゃんにがんばれって小声で言った。
「わあ。頭真っ白。なんも浮かばない」
あ、電話の向こうで大変なことになってるみたいだな。でも、替わっちゃえ!
私は黙って、さっさと花ちゃんに電話を渡した。
「…」
花ちゃんがすがるような目で私を見ながら、耳に携帯を当てた。でも、言葉が出ないらしく、黙り込んでいる。いや、籐也君の話を待っているのかもしれない。
私と菜摘は耳を澄まし、籐也君の声を聴こうとした。
「桃子ちゃん、やっぱ駄目だって。電話替わってもらっても、俺うまく話せないよ」
わ。その言葉で花ちゃんが一気に暗くなった。ああ、タイミング悪いな。籐也君はまだ、私と話してるって思ってるんだ。
花ちゃんが電話を耳から離して、私に返そうとしたその瞬間、籐也君のすごい言葉が聞こえてきた。それを聞き、私や菜摘もびっくりしたけど、一番に驚いて目を丸くしたのは、花ちゃんだった。
「え?」
花ちゃんは、信じられないって顔をした。
「桃子ちゃん?」
籐也君が私を呼んだ。でも、私は花ちゃんの耳に携帯を当てた。
「あ…私」
やっとこ花ちゃんが声を発した。
「あれ?は、花ちゃん?」
「うん」
「え?今替わったの?」
「ううん」
「え?いつ替わってた?」
「ちょっと前に」
「えええ?!」
籐也君のものすごい声が、携帯からもれた。ああ、すごい慌てぶりだ。そりゃそうだろうな。本人が聞いてると知ってたら、あんなこと言えないよね。
「さっきの、まさか、聞いてた?」
相当動揺してるのか、籐也君の声、丸聞こえなほどでかいぞ。
「う、うん」
「まじで?!」
「ほ、ほんと?」
花ちゃんが真赤になりながら、聞いた。
あ、もう籐也君の声、聞こえなくなった。きっと小声になったんだ。
でも、みるみるうちに花ちゃんが真赤になり、目をどんどん潤ませていくから、籐也君が白状したんだなってことがわかった。
花ちゃんは、涙をボロボロ流した。それを菜摘と見ながら、やれやれって、椅子に腰かけ、私たちは落ち着いた。
そして、あとは2人の世界だなってことで、私と菜摘は水を汲みに行き、椅子にまた座って、水を飲んだり、話を始めた。
「まさか、あんなこと籐也が言うとはね」
菜摘が小声でそう言った。
「なんで?」
「だって、籐也って、遊び人なんでしょ?」
「それが花ちゃんには本気になっちゃったんだから、ああ言ったんだよ」
「こんなに本気になった子はいないんだよ。どう気持ちを伝えていいかもわかんないよ」
菜摘は小声でぼそぼそって、さっき籐也君が言ったのと同じことを言い、
「なんか、こっちまでドキドキしちゃった」
と顔を赤らめた。
「私も。ドキドキしちゃった」
「桃子も?兄貴は?兄貴っていろいろと、言ってくれるの?」
「え?何を?」
「本音。好きだとか、そういうこと」
「うん」
「あ、なんだ。もっと照れるかと思ったら、桃子、平然としてうなづいたね」
「え?そう?葉君は言ってくれないの?」
「それが最近は結構言ってくれるんだ」
「なんだ~~。のろけか、また」
「ち、違うよ~~」
私たちがわいわいと話してると、花ちゃんが目と鼻を真っ赤にさせて、こっちに来てちょこんと座った。もう、電話は切ったみたいだ。
「よかったね、向こうも思っててくれてさ」
菜摘が、花ちゃんの腕をつっつきながらそう言った。
「信じられない」
「え?なんで?ちゃんと直接聞いたじゃない」
菜摘が目を丸くした。ああ、でもわかるよ、私、その気持ち。
「ほ、本気で思ってるって言ってた」
「うん」
「他の子とは違うって。ファンとも思ってないし、特別だって思ってるって」
「うん」
「遊びじゃないし、だから、どう話していいかもわからなくなるし、嫌われたらどうしようって、そんな気持ちもあって、うまくいつも言えなくてごめんって」
そこまで、ちゃんと気持ちを伝えられたんだ、籐也君。
「だから、昨日も、一緒に帰ろうってなかなか言い出せなくて、ごめんって。でも、なんにも言わないで私が帰ったから、すごくへこんだって」
「そっか。籐也君、ちゃんとそこまで言ってくれたんだね」
「桃ちゃんにも話してた?」
「うん。それで、ものすご~~~く落ち込んでたもん、さっき」
「信じられない」
「え?」
「絶対に信じられない。だって…」
「うん」
「だって、私が帰った後、私のこと探しまくって、いないからって、めちゃくちゃ落ち込んで、メールするのも怖かったって」
「おお!そこまで言ってたの?それ、本音だよ、絶対に。でも勇気出して言ってくれたんだ」
菜摘も、目を輝かせ、花ちゃんにそう言った。
「ほ、本音?」
「うん。本音じゃなかったら、そんなこと言わないよ」
「本当に?」
花ちゃんの目がまたうるうるしてる。
「だって、ちょっと恥ずかしいっていうか、情けない見せたくないところでしょ?そこまで言ってくれるなんて、籐也も相当、意を決したんじゃないのかな?」
「うん、私もそう思うよ」
「ほんと?」
「花ちゃんはちゃんと言ったの?」
私が聞くと、
「え?」
とびっくりして花ちゃんが聞き返してきた。
「気持ちを言ったの?」
「嬉しいって言った」
「え?」
菜摘と同時に聞き返した。
「籐也君が、俺って情けないでしょって聞いてきたから、そんなことない。すごく嬉しいって」
「それだけ?」
「ううん、こんな俺、嫌にならない?って聞かれたから、全然嫌じゃない。好きだって言った」
「おお!ちゃんと言ったんだ」
菜摘がもっと目を輝かせた。
「籐也君、なんて言ってた?」
「まじで?って何度か聞かれた」
「うん、それで花ちゃんは?」
「籐也君のこと、嫌いになんてなれないってそう言って…」
「…」
私と菜摘は真っ赤になっている花ちゃんを、じっと見た。すると、また花ちゃんが話し出した。
「籐也君が、じゃあ、ずっと好きでいてくれるのって聞いてきたから、ずっとずっと好きでいるって答えた」
花ちゃんは、真っ赤になり、下を向いた。
「そうか~~~~。そこまで言ったのか~~~」
菜摘はそう言うと、花ちゃんの頭をなでた。
「よく言ったよ。うん、花、よく言えた」
なんだか、親父みたいだな、菜摘ってば。あ、今、菜摘のお父さんと菜摘がかぶって見えた。もしかして、お父さん似?
「ふえ~~~ん、嬉しいよ~~~」
花ちゃんが、いきなり泣き出した。
「よしよし」
菜摘は花ちゃんの、背中をなでている。
「よかったね。気持通じ合って」
私がそう言うと、花ちゃんはこくんとうなづいた。
ああ、ほんとよかった。くら~~い二人の間に入ってどうしようかと思った。
そこにメールが来た。
誰かな?見てみると、聖君だった。
>なんかよくわかんないけど、うまくアドバイスしてくれたの?籐也が真赤になって、にやけまくってるよ。
え?そうなんだ。
>花ちゃんがここにいたから、直接電話で話をしたの。2人ともちゃんと、気持ちを言い合えたみたいだよ。
>まじで?よかったな。うひゃひゃ。籐也のことひやかして、遊んじゃお、俺。
ひ、聖君、なんつうことを。
しばらくして、またメールが来た。あ、ひやかしちゃったとか、そんなメールかな。
>桃子ちゃん、ありがとう。花ちゃんと直で話せてよかったよ。まじ、サンキューね。バイ籐也
あ、聖君の携帯を借りて、籐也君が送ってきたのか。
>花ちゃんも感激して、泣いて喜んでるよ。
そう送ると、またすぐに返信が来た。
>まじで?泣いちゃってるの?
これ、籐也君だよね。
>うん。すごく嬉しいみたいだよ。
>あ~~~~~~。ちょっと、直接、花ちゃんにメールする。
そう、籐也君からメールが来ると、その1分後に花ちゃんの携帯が鳴った。
「うわ!籐也君からだ」
あ、本当にメールしたんだ。
「何て書いてあった?」
私が聞くと花ちゃんは、顔を真っ赤にさせ、
「これからは、ちゃんと気持ちを伝えていくって。もう、落ち込ませたりしないからって書いてあった」
「どひゃ!」
菜摘が、顔を赤くしてそう言うと、
「言うね~~。なんかこっちが恥ずかしくなってきたよ」
と笑ってなぜか照れていた。
私はすごく嬉しかった。
今日の夜は、聖君とまた喜ぼう。そうだ。胎動のこともあるし、嬉しい報告がいっぱいだ。
目をずっと潤ませた花ちゃんと、目を輝かせてる菜摘と、3人で学校を出た。
「蘭のほうはどうなるのかな」
菜摘はそういきなり言った。
「きっと蘭も、うまくいくね」
私がそう言うと、菜摘もにこりとしてこくんとうなづいた。花ちゃんも鼻をすすりながら、
「うん、大丈夫だよね、きっと」
と笑って言った。