第134話 恋する乙女たち
その日の帰り、食堂にまたみんなで集まり、あれこれ話をした。
「基樹にメールしてみる。みんながいるところでしてもいい?ちょっと一人じゃ勇気でなくって」
蘭の言う言葉に、みんなうなづいた。蘭は携帯を取り出し、メールをうちだした。
「これでいいかな」
うった文を見せてくれた。
>いきなりメールしてごめんね。基樹、元気にしてる?
「ええ?これだけ?会いたいとか、会おうよとか書かないの?」
菜摘が聞いた。
「書けないよ、そんなのいきなり~」
蘭がのけぞった。
「そのくらいのメールだったら、基樹君気づけないよ?蘭が会いたがってるって」
「返信が来たら、会えないかって聞いてみる」
「そっか」
「じゃ、送信するよ」
蘭が顔を引きつらせ、そう言って、えいって送信を押した。
「あ、送っちゃった」
蘭が、そう言ってため息をついた。
「わ、私も。今、メールしていい?みんながいるところで」
花ちゃんがそう言った。
「籐也君に?いいよ」
私がそう言うと、花ちゃんは携帯をうちだした。でも、途中で止まってしまい、悩んでしまった。
「なんて送ろう…」
花ちゃんが宙を見つめた。
「ライブさっさと帰ってごめんねって送ってみたら?」
私がそう言うと、
「そんなの変だよ。あっちはそんなこと気にも留めてないよ、絶対」
と慌てている。
「そうかな。気にしてるからメールくれたんでしょ?また会おうねって送ってみたら?」
ブンブン花ちゃんは首を横に振った。
「そんなの、絶対に送れない」
「なんで?」
「そんなのおこがましいもん」
なんで?
「あ!」
蘭の携帯が振動した。
「基樹だ~~」
「早速、返事が来たか」
菜摘が身を乗り出しそう言った。
「緊張する」
と言いながら、蘭が携帯を開き、メールを読んだ。
「何かあった?って書いてある」
「それだけ?」
「うん」
みんなして、一瞬黙り込んだ。
「もしかして、基樹君、いきなり蘭がこんなメールしてきたからって、心配したんじゃない?」
菜摘が小さな声で、真剣な目をして言った。
「え?」
「俺にメールしてくるなんて、よっぽど何かつらいことでもあったのかなって」
「…」
「もしかすると、うっとおしいって思ってたりしないかな。今さらメールして」
蘭が暗い顔をして言った。
「それだったら、こんなこと聞いてこないって」
菜摘の言葉に私もうなづいた。きっと基樹君、心配してる。
「何て書こう」
蘭が悩んだ。でも、ぽつりぽつりとメールをうちだした。
>うん。ちょっとあった。
「え?それだけ?」
また菜摘が聞いた。
「いいの、もう送っちゃう。えい!」
蘭が送信した。
「どう返事が来るかな」
「きっと今頃、基樹君蘭のことで頭いっぱいだね」
私がそうぽつりと言うと、蘭が真赤になってしまった。え?うそ。こんな蘭見たことない。
ブルル、また蘭の携帯が振動した。
「あ…」
蘭がメールを読んで、黙り込んだ。
「なんて書いてあったの?」
私たちはメールの返信を見せてもらった。
>会う?俺でよかったら、悩み事聞くよ?
「わあ、基樹君、優しい」
私がそう言うと、
「男前~~」
と菜摘が蘭をつっつきながらそう言った。
蘭は驚いたことに、ぼろって涙を流した。
「蘭?」
私たちはびっくりしてしまった。
「会ってくれるんだ、基樹」
うわ。蘭がなんだか、めちゃしおらしい。それがやたらかわいい。こんな蘭も初めて見る。
蘭は、またメールをした。
>会ってくれるの?
蘭の素直な気持ちだ。もう菜摘も何も言わなかった。それもすぐに返信が来た。
>もちろん。いつ空いてる?俺はいつでも空いてるから。今日これからでもいいよ?新百合に車で行くよ?
なんだか、基樹君からのメールには、あったかいエネルギーを感じちゃうな。蘭のこと本当に大事に思っていたんだ。きっと、ずっと…。
>うん。今日でも私も大丈夫。
蘭はそうメールを送ってから、
「うわ。今日?いきなり今日?」
と慌てていた。
「自分でそう書いておいて何を言ってるんだか」
「だって、心の準備がまだ」
「大丈夫だよ。素直に今思ってること言うだけで」
私がそう言うと、
「桃子~~~。もっと大丈夫って言って~~」
と抱きついてきた。ありゃ。こんな蘭もめずらしい。
「大丈夫。心開けば絶対に大丈夫」
私は蘭の背中をぎゅって抱きしめながらそう言った。
「ありがとう。私、会って全部打ち明けてくるね」
「うん」
次の基樹君からのメールには、5時くらいに蘭の家のほうに行けるよって書いてあった。
「私、家にいったん帰って、基樹のこと待ってるね」
「うん」
蘭は、いそいそとカバンを持って、
「みんな、ありがとうね」
と言って食堂を出て行った。
「さて」
菜摘は次に花ちゃんを見ると、
「次は花ちゃんの番だね」
とにやって笑った。
「う…」
花ちゃんはさっきまで、蘭のことで感動してたのか目を潤ませていたが、我に返ったようで、一気に顔が暗くなっていった。
「何て書こう」
「どうしたいの?花ちゃんは」
「どうしたいって…。わかんない」
「え?」
菜摘が聞き返した。
「会いたいけど、迷惑だよね」
「なんで?」
私が聞いた。
「だって、あっちはそんなに私のこと思ってもいないのに」
だから、その認識が間違ってるんだって。ああ、もう。籐也君もはっきりと言ってあげたらいいのに。
「どこどこ行こうよって誘ったら?ライブに来てた女の子、誘ってたんでしょ?」
「うん」
「そんな軽い感じでさ。重たく考えなくてもいいじゃない?」
菜摘がそう言うと、花ちゃんはちょこっと黙り込み、
「私、暗いよね。重いよね」
とぼそって言った。
「いや、そういうことじゃなくって、あまり考え込まないでも大丈夫ってことだよ」
菜摘は少し慌てている。
「うん、わかった。勇気出して誘ってみる。えっと…」
花ちゃんが考え込んでいると、私の携帯が今度は鳴った。
「あ、聖君だ」
開けてみると、
>桃子ちゃん、学校から帰った?そろそろ帰ってる時間だよね。
と書いてある。あちゃ~。もうかれこれ1時間は学食にいて、まだ学校なんだけどな。
それからまたすぐに、メールが来た。
>わりい。今、籐也が来てるんだけど、思い切り暗いわ、悩みまくってるわなんだけどさ、俺じゃどうにも解決しなくって。桃子ちゃんの携帯の番号教えたから、悩み聞いてやって。
どへ?!
その籐也君に今、花ちゃんがメールをしようと悩んでるところだよ。それに、その暗いのって花ちゃんが原因だよね?
うわわ。今ここで電話が鳴ったら、けっこうやばくない?いや、ちょうどいい?いや、えっと。どうなの?!
ブルル。うわ!電話来た!知らない電話番号だ。これ、きっと籐也君。
「ちょ、ちょっと電話出てくるね」
「兄貴でしょ?いいよ~~、ここでいちゃついても」
菜摘がそう言った。
「あ、聖君だったら、相談乗ってほしい。男の人の意見も聞きたいし」
花ちゃんがそう言いだした。いや、これは聖君じゃなくって。でもこれ以上待たせても悪いし。
しょうがない。私は隣のテーブルの席に腰かけ、小声で電話に出た。
「もしもし?」
「俺!」
「あれ?聖君?」
「うん。今、大丈夫?」
「うん」
なんだ。聖君だった。慌てちゃった。あれ?でも電話番号…。
「今、籐也に替わるね。なんか昨日すんげえ落ち込むことがあったらしいよ。俺にはよくわかんねえ。聞いてやってくれる?女の子の気持ち、桃子ちゃんのほうがわかるでしょ?」
「え?!」
籐也君に替わるの?
「なんだ、やっぱり兄貴だ」
菜摘が小声でそう言った。いや、もう籐也君に替わってるんだってば。
「桃子ちゃん?」
電話の向こうから、めちゃ低いテンションの籐也君の声が聞こえた。あちゃ。本当だ。こりゃ相当な落ち込みようだ。
「ごめん。いきなり電話して。でもさ、聖さんじゃ、よくわかんないって言うからさ。桃子ちゃんのほうがきっと、花ちゃんの気持ちわかってると思うよっていうから」
やっぱり花ちゃんか。
「う、うん。いいよ。なあに?」
私は思い切り声を潜めた。ちらっと二人を見ると黙ったまま、私を見ている。ああ、やっぱり食堂出たほうがいいかな。
その時、わらわらと何人かの生徒が入ってきて、一気に食堂がにぎやかになった。
「あれ?そこどこ?外?」
籐也君にもにぎやかさが伝わったようだ。
「うん」
「大丈夫?電話してて」
「うん、平気」
にぎやかだから、私の声も電話の向こうの籐也君の声も、菜摘たちに聞こえなくなり、菜摘や花ちゃんの会話も、籐也君に届かなくなった。あ、よかった。
「昨日、ライブに花ちゃんが来たんだ」
「そうなんだ」
「知らなかった?」
「え?あ、知ってる。行くって言ってた」
「そう。でさ、なんか言ってた?」
「え?」
ドキ。
「ライブつまらなかったとか、そういうこと」
「ううん、全然」
「あんまり話してない?」
「う、うん」
ドキドキ。困った。あれこれここじゃ、話せないよ。いくらにぎやかだとは言え…。
「花ちゃんさ、知らない間に帰っちゃったんだよね」
「そうなの?」
「はじめはね、俺のこと待ってたみたいなんだ。でも、ほかの子が何人か来ててさ。その子たちが帰って行ったから、俺、花ちゃんと話をしようと思って探したんだけど、いなくって。なんにも言わずに帰っちゃったんだよね」
「それで、連絡したの?」
知ってるけど、聞いてみた。
「うん、メールしたよ。そしたら、門限があって帰ったって」
「じゃ、きっとぎりぎりまで待ってたんじゃないの?」
なんて話を合わせてみた。
「…でもさ、一言くらい言ってくれてもさ」
「じゃ、なんでと…」
私は籐也君の名前を出そうとして、立ち上がり場所を移動して、声をもっと落として話し出した。
「なんで、籐也君は花ちゃんのところにすぐに、行かなかったの?他の子と話さないで行けばよかったのに」
「だよね」
「だよねって、わかってて話に行かなかったの?なんで?」
「なんでって、それは…」
しばらく籐也君が黙り込んだ。
「一緒に帰ろうと思ってたんだ」
「え?」
「だから、最後に一緒に帰ろうよって誘おうと思ってた」
「でも、最後って、遅い時間になっちゃうでしょ?」
「だよね」
「…」
「俺、やっぱりバカだよね」
「え?」
「そういうことも気づけない。来てくれたのにまず喜んで、一緒に帰るところをシュミレーションして、バカみたいに、勝手に浮かれて」
あ、そうだったんだ。
「まさか、知らない間に帰るなんて、予想外だよ。俺ってさ、そんな存在かな」
「へ?」
うわ。すごい暗い。電話から伝わってくるよ。ああ、言わんこっちゃない。絶対に籐也君、落ち込んでると思った。
「俺さ、ちょっと自信喪失してて。あ、ちょっとだけじゃないかな。相当暗いよね?」
「うん、めっちゃ暗い」
「だよね」
は~~~っていう籐也君のため息が、聞こえた。
「よっしゃ!よく送れた!」
菜摘のガッツポーズとともに、そんな元気な声が聞こえてきた。菜摘の前で、真っ赤になってる花ちゃんがいる。あ、もしかして今、籐也君にメールを送った?
「来るかな?返事」
花ちゃんがそう言ってるのがわかった。あ、今電話してるし、メール見れないよ?
「あ、あのね、籐也君」
っていうかさ、こうなったら花ちゃんを、直接電話に出させちゃうとか、どうかな。
「聖さんが、もっと意思表示しろよって言ってきたんだ」
お。聖君、いいこと言う~~。ほんと、そうだよ、もっと籐也君、思ってること言わなくっちゃ。
「俺、でも、これでも精一杯してるつもりなんだ」
「え?たとえば?」
花ちゃんからそんな話、聞いたことないよ。
「この前、江の水行ったんだ」
「うん」
「花ちゃんと来ると、楽しいとか、それから、また来ようとか、それから、今度どこか行きたいところあるかって聞いてみたり」
「花ちゃん、なんて言ってた?」
声を潜めて聞いてみた。
「うんって、嬉しそうにうなづいて、行きたいところが特にないけど、どこでもいいって」
「ふうん」
「嬉しそうなんだ。でもさ、どこでもいいってのは、どう思う?」
「どこでもいいんだよ。籐也君と行けるなら」
「俺もそういうふうに、いいほうにとるじゃん?それで、昨日も一緒に帰ったら、ライブの話とかで盛り上がって、また次のライブにも来てとか、練習も来てとか、そんな話をしようとか決めてるじゃん?なのに、できなくなって、もしかして、俺の独りよがりなだけなのかなとか思っちゃうんだよね」
「ねえ、大事なことを聞いてもいいかな?」
「なに」
私はさらにもっと、2人から離れたところに行き、籐也君に聞いてみた。
「花ちゃんのことどう思ってるの?」
「え?」
籐也君は驚いているようだ。
「ど、どうって」
「うん」
「そりゃ」
「うん」
「えっと」
あれ?しどろもどろになってるよ?
「本気なんだよね?私に対してみたいにゲームじゃないんでしょ?」
「もちろん!だから、こんなに悩んでるし、苦しんでるし」
苦しんでるんだ。
「でも、そういうことをちゃんと伝えたことはあるの?」
「え?」
「籐也君の気持ち」
「告白ってこと?」
「うん」
「…」
籐也君が黙り込んだ。
「そんなようなことなら、もう言ってると思うし、花ちゃんだってわかってるはずだよ」
「へ?」
わかってないよ?まったく。
「だって俺、デートにも誘ってるしさ」
いや、デートだって思ってないよ?きっと。
「私、すごく鈍かったの。だから、聖君に好きだって言われたって、友達としてかなとか、あれこれ考えちゃってたんだ」
「え?まじで?」
「うん。花ちゃんもね、けっこう鈍いんだよね」
「え?」
「だから、わかってないと思うよ」
「まじで?」
「もっと、もっとちゃんと伝えないと、わかんないと思う」
「な、なんて言えばいいんだよ」
「だから、もっと思ってることをちゃんと」
「…言えないでしょ、普通」
「ええ?聖君、言ってたよ?」
「まじで?」
「桃子~~、まだ?」
あ、菜摘が呼んでる。うわ。その横で花ちゃんが、どんよりしてる。あ、もしかして返信がないから?
「あれ?誰かと一緒?」
籐也君が聞いてきた。
「あ、菜摘」
「ごめん。友達と一緒だったんだ。もう切るね」
「あ!」
「え?」
「また、何かあったらメールして。メアドも聖君から教えてもらってね」
「うん、サンキュー、桃子ちゃん」
私が切ろうとすると、籐也君が大声で、
「最後に!もう一つ聞いていい?」
と聞いてきた。
「え?うん」
「本当に花ちゃん、俺のこと何も言ってなかった?」
「え?!」
「桃子ちゃん、仲いいんだよね?俺の悪口とか、あんな人もう会いたくないとか」
うわ。暗いな。その発想。ええい、もうばらしちゃう?花ちゃんが落ち込んでることも、何もかもばらしてしまおうか。
私はちょっと迷ったけど、暗い顔でどよよんってしている花ちゃんや、電話の向こうで、もっとどよよんってしている籐也君の間に入って、こうなったら、ばらしてしまえって、そんな気になってしまっていた。