第130話 人見知り
麦さんを家まで送り届け、私は助手席に移った。聖君は早速手をつないできた。
「聖君は、太ももとか触ってこないね」
葉君のことを思い出し、私が唐突にそう聞くと、
「え?触ってほしいの?」
と、目を丸くしながら聞き返された。
「ち、違うよ。葉君はよく触ってくるって、菜摘が…」
は!やばい。ばらしてしまった。
「桃子ちゃん、どんな話をみんなでしてたんだよ?」
「う、べ、別に」
「俺のこともあれこれ、ばらしてないよね?!」
「うん。まったく話してない」
きゃわ~~。ドキドキ。胸に顔をうずめてくるって、ばらした気がするけど、内緒にしておかないと。
「太もも…」
聖君はつないでいた手を離し、私の足を触ってきた。でもすぐに、足から手をどけ、ハンドルを握った。
「太ももは危険」
「へ?」
なんだ、それ。
「その気になりそうだから、車では俺、駄目だな。よく葉一は大丈夫だね、車の中で触ったりして」
「…」
どっちのほうが、すけべなんだか。
「やべ~~」
「?」
「早く桃子ちゃん、お風呂入ろうね」
「うん」
「でもやばそう~~」
「?」
「風呂でその気になりそう。やっぱり、今日かなり危険」
「…」
そ、そうなんだ。やばかったかな。太もものことなんて言わなかったらよかったな。っていうか、私のこんな太もも触っただけで、その気になっちゃうものなのかな。その感覚がわからない。
「あ~~~、早く家に着かないかな」
「なんで?疲れてるの?」
「違う。早く桃子ちゃんに抱きつきたい」
「え?」
「甘えたいよ~~」
おいおい。
「でも、危険なんでしょ?今日。抱きついたりして平気?」
「絶対に平気じゃない」
「…」
「でも、抱きつきたいよ~~」
こりゃ、大変だ。聖君がおかしくなっちゃってる。今夜絶対に、超甘えモードだな。
家に着くと、ひまわりと母が出迎えに来た。
「おみやげ!」
ひまわりの第一声に、母がひまわりの背中をたたいた。
「他に言うことあるでしょ。あんたは!」
「おかえり!」
「あはは。ただいま。おみやげあるよ。待ってね、今出すから」
聖君は玄関に置いてあった荷物をリビングに運び、カバンを開けた。そして、
「はい」
と小さな袋と、大きめの袋と取り出して、ひまわりに渡した。
「ありがとう!」
ひまわりは中を開け、
「あ、なに?美味しそう」
とクッキーと、小さな袋からは、ストラップを出した。
「二つある。お姉ちゃんと私に?」
「ううん。ひまわりちゃんとかんちゃんに。色違いのおそろいね」
「わあ!ありがとう~~」
ひまわりが大喜びで、聖君に抱きつき、
「クッキーも食べていい?」
とダイニングに走って行った。
「いいよ~~」
聖君はにこにこしながらそう答えた。
私は恨めしそうな目で、ひまわりを見ていたが、まったくひまわりは気付かなかった。
なんで、聖君に抱きつくかな。私よりも先に!っていうか、聖君、今危険なんだから、そんな簡単に抱きつかないでよ。
聖君はむすっとしてる私に気が付いたらしい。
「あ、桃子ちゃんのもあるよ。俺とおそろいのストラップ、待ってね、今出すから」
「いい。部屋に行ってからで」
「そう?」
私はそう言うと、とっとと2階に上がった。
聖君もカバンをよいしょと持ち上げ、階段を上ってきた。部屋に入り、ドアを聖君が閉め、カバンを床におろしたすぐあと、私は聖君に抱きついた。
「桃子ちゃん、だから危険だって」
「ひまわりも抱きついてたよ」
「ひまわりちゃんは、だって妹だし。杏樹に抱きつかれてるのと同じで」
「危険じゃないの?」
「当たり前でしょ」
「…」
私はしかたなく、聖君から離れた。
「シャワー、さっと浴びてくるよ」
聖君はそう言うと、カバンの中から洗濯する物を取り出して、それから着替えも持つと、下に下りて行った。
うそ。本当に一人でシャワー浴びに行っちゃった。
私、置いてかれた。
がっくりしながら、私は聖君のカバンから、いろいろと取り出して、片づけを始めた。
「あ。これ、スケジュールかな」
見てみると、けっこうハードなスケジュールだ。やっぱり、疲れてるのかな。
それから携帯や、お財布、定期入れを取り出した。
前に定期入れに、私の写真が入っていたっけ。あれ、まだ入ってるのかな。定期をずらしてみると、あ、入ってた。あの間抜け面の写真が。
お財布はけっこう膨れてて、お金がいっぱいなのかと思ったら、いろんなカードが入っていた。
それから、携帯。これはさすがに、勝手に見たらだめだよね。
待ち受けの写真、どんなかな。確か前はクロだったんだよね。
それから、ビデオカメラや、デジカメも出てきた。
いっぱい写真撮ってきたのかな。いいな。私の知らない聖君が、いっぱいいっぱいいるんだね。
それから、榎本家に買ってきたであろうおみやげの数々。ダイビングの本。手帳。
「あ…」
手帳の間から写真が出てきた。
「え?」
私のだ。何で持って行ってるの?旅行に行った時のだよね。
トントン。聖君の2階に上がってくる足音が聞こえ、慌てて写真を手帳にはさみ、その辺に置いた。
「桃子ちゃん、風呂入ってきていいよ」
部屋に入ってくると、聖君がそう言った。
「え?うん」
私は、着替えを取りにタンスのほうに行った。
「あ、荷物片づけようとしててくれてた?」
「うん。でも散らかしただけだったね」
「ビデオとか、デジカメ見た?」
「ううん」
「じゃ、後で見せてあげるよ。海、すげえ綺麗だから」
「うん」
「海の中でも撮れるってビデオカメラは、部長が持っててさ、それも見せてあげたいな」
「…」
聖君の目、輝いてる。
濡れた前髪を手ですくいあげると、日に焼けた聖君のめちゃかっこいい笑顔が現れる。やばい。また惚れたかもしれない。
「お風呂入ってくるね」
「うん」
私はそそくさと、お風呂に入りに行った。
「は~~」
体と髪を洗い、バスタブにつかり、ため息をついた。今日の聖君は、なんであんなにかっこいいんだ。
日に焼けて、その分白い歯が見えるとそれがまぶしい。それから、目を細めて笑う聖君は、爽やかさを、さらにアップさせたようにも見える。
なんとなく、もう一回念入りに体を洗ってる自分がいて、
「あ、なんか期待してる?私」
と恥ずかしくなった。
お風呂から出て、すぐに2階に上がった。聖君はドライヤーを持っていて、
「髪、乾かしてあげるね」
と、かわいい笑顔でそう言ってきた。
「うん」
ベッドに座り、聖君に髪を乾かしてもらった。やばいな~。聖君の手が首に触れるたび、胸がときめいている。
聖君は黙って、私の髪を乾かした。そして髪をとかし終えると、
「はい、終わったよ」
と言ってきた。
「ありがとう」
私がそう言うと、聖君はベッドから下りて、荷物を片づけだした。
「ビデオ見る?」
「え?うん」
聖君はビデオカメラのスイッチを入れ、タッチパネルで操作をすると、私にビデオカメラを渡してくれた。
私がビデオを見ている間、聖君は荷物をどんどん片づけだした。
「すごい。海、綺麗」
見渡す限り青い海。どうやら、船の上から撮ってるみたいだ。
「綺麗~~」
という、麦さんの声がして、次に麦さんの顔が映し出された。
「今から、海、潜りま~~す」
と元気にビデオカメラに言っている。
「楽しみ~~」
今度は、麦さんの隣にいるカッキーさんが映し出された。
「最高だね!今日の海」
聖君の声だ。撮りながら話をしてるようだ。
「聖君も撮ってあげるよ」
麦さんの声がして、画面に聖君の顔が映された。うわ。満面の笑顔だ。
「海、すげえ綺麗で最高に気持ちいい!」
聖君がそう言うと、
「本当だよね」
と隣でカッキーさんが笑っていた。
「海、綺麗でしょ?」
聖君が、ビデオカメラを覗き込みながら聞いてきた。
「うん。いいな」
麦さんとカッキーさんが、めちゃくちゃ羨ましくなった。
聖君と笑い合ってる。聖君、カッキーさんのこと、苦手じゃないじゃん。こんな笑顔で笑い合ってるじゃない。
あ、やばい。よかったねって喜ぶところなのに、落ち込んでるよ、私。
「デジカメも見る?」
「あ、あとで見る。片づけるの、私も手伝うよ」
「ああ、終わったからいいよ。あとのはこのまんまカバンに入れて、明日家に持っていくからさ」
「そう…」
聖君は最後に、いつも持ち歩いてるリュックに、手帳を入れようとしてバサッと写真を床に落とした。
「あ…」
聖君は、さっと写真を拾うと、
「今の見ちゃった?」
と私に聞いた。
「うん」
「あちゃ~」
「旅行の時のだよね?葉君や菜摘といった…」
「うん」
「それ、いつも手帳に挟んであるの?」
「うん」
「そうなんだ」
「うん」
聖君は照れているのか、うんとしか返事をしない。
「なんで?」
「え?!」
「なんで写真、持ち歩いてるの?」
なんだか、落ち込んでいるからかなのか、聖君をいじめてみたくなって、そんな質問をしてみた。
「これ?」
「うん」
「なんでって、意味はないけど」
「…」
そんな返事?
聖君は頭をぼりって掻くと、写真を手帳にはさみ、リュックにしまった。
「…」
もっと違う答えを期待してたのにな。
し~~ん。しばらく部屋の中が静かになった。聖君は床に座ったまま、携帯をいじりだした。
「あ、メールこんなにきてたか」
ぼそって言うと、メールを聖君は見だした。
聖君が部屋で、携帯を見てるの初めてかも。それに、メールに返信をうってるのも。
じ~~~。なんか、ほっておかれてるみたいで、寂しいかも。と思いながら、聖君をずっと見ていた。
聖君、メールうつの早いんだ。それから、聖君の指は相変わらず綺麗だし。
真剣な目をしてる。その目もやっぱり、かっこいい。長いまつげも、高い鼻も、相変わらずかっこいい。
ぼけ~~~。ああ、私、ほっておかれて、寂しがってたんだよね。なのに、なんで今、見惚れちゃってるんだか。
「えっと~~、次は…」
聖君は独り言を言いながら、またメールをうちだした。そんなにいろんな人に送るのかな。
私はただただ黙って、聖君を見ていた。聖君はずっと、私のことも見ないで、携帯を見ている。
「…」
何か声をかけようとしたけど、なんて声をかけていいものやら。
「あ。またメール来た。なんだ。父さんか。じゃ、いいや。ってわけにもいかないかな」
そうか。無事に帰った報告とか、しないとならないのかな。
聖君はまた、さささっとメールをうつと、携帯をテーブルに置いた。そしてベッドに座ってる私を見て、それから、下をまた向いた。
「…」
また、部屋が静かになった。聖君、なんか変?
「えっと」
聖君が頭をぼりって掻くと、
「その…」
と何か言いたそうにしている。
「なあに?」
私がそう聞くと、聖君は私を見て、
「なんか、怒ってる?」
と聞いてきた。
「ううん、なんで?」
「ずっと黙ってたから」
「私?それは…」
確かに、ちょっと落ち込んでたけど、でも怒ってたわけじゃ。
「聖君のこと、見惚れてただけ」
「…」
聖君は頭をまたぼりって掻いて、
「俺が片付け終えたりするの、待ってた?」
と聞いてきた。
「え?うん」
「それで静かだった?」
「うん」
「もう抱きついてこないの?」
「え?」
「抱きついてもいいよ?その気にはなっちゃうと思うけど」
「…」
そんなこと言われたら、抱きつけないよ。
私は黙り込んで、しばらく聖君の足元とかを見ていた。
「桃子…ちゃん?」
「うん…」
「あ、もしかして、あまり体調良くないとか?」
「ううん」
「…」
聖君は黙り込んだ。でも、私をじっと見てる。その視線を感じながらも、私は聖君の顔も見れないでいた。
なんでかな。なんだか、照れくさい。
ちょっとだけ、視線をあげた。あ、目があった。わあ。凝視してるよ。
「俺がそっちに行ってもいい?」
「え?うん」
聖君は隣に座ってきた。そして、私の髪をなで、優しく髪にキスをしてきた。
「…」
「桃子ちゃん、なんか変」
「え?」
「なんか、固まってない?」
「そ、そうかな」
「すげえ静かだし」
「それは聖君だって」
「俺?ああ、メールしてたから?ごめん。部長や他の人からも、無事に家に着いたか、報告するようにってメールきてたからさ」
「…」
「桃子ちゃん?」
聖君が顔を覗き込んできた。うわ。顔、目の前だ。私は思わず目を伏せて、視線を外した。
「えっと。なんか、俺しちゃったかな?」
「ううん」
「でも、桃子ちゃん、避けてない?」
「ううん」
「ほんと?」
「うん。ちょっと人見知りしてるだけで」
「俺に?え?なんで?」
「だって、聖君、大人っぽくなったっていうか」
「俺が?」
「日に焼けてまた、かっこよくなったていうか」
「へ?」
「ちょっと今、ときめいちゃってて」
「俺に?!」
「うん」
「な、何それ~~~」
聖君がそう言ってから、むぎゅって抱きしめてきた。
うわわわ。ドキドキ胸が早くなってるよ、私。
「なんだよ~。おどかさないでよ。桃子ちゃんに俺、なんかしちゃったかなって、びびっちゃったよ」
「え?」
「静かだし、避けてるし、嫌われたかと思った」
「まさか」
「むぎゅ~~。桃子ちゅわん。抱きしめたかったよ~~」
聖君はさっきよりも、力を込めて抱きしめてきた。
「…」
「やばい!やばいやばい!」
聖君はいきなりそう言うと、やけに色っぽい目で私を見て、
「いいよね?」
と聞いてきた。
「う、うん」
聖君はベッドに私を寝かせ、思い切りとろけるようなキスをしてきた。
「早く抱きたいのに、あんなにみんなしてメールよこしてくるんだもん」
「…」
「無事帰ったかって聞いてきてるの、無視できないじゃん」
「うん」
聖君は私の胸に顔をうずめ、
「あ~~~、桃子ちゃんだ~~~」
と、しばらく抱きついたままでいる。
そっと聖君の髪をなでた。あ、ちょっといつもより、ぱさついてるみたいだ。
「もっとなでて」
聖君が甘えた声を出した。うわ!いつものかわいい聖君になった。
私は思わず、ぎゅって抱きしめた。そして髪をもう一回なでた。
「あ、癒される」
聖君はそう言ってから、また顔を上げキスをしてきた。
「桃子ちゃん」
「ん?」
「ごめん」
「え?何が?」
「今日、もしかすると俺」
「な、なあに?」
ドキドキ。何を謝ってきたの?
「しつこいかも」
へ?!
そう言って聖君は、また長いとろけそうなキスをしてきた。それから顔を上げ、私のことを愛しそうな目で見つめてくる。
うわ。そんな目で見られたら、私まで、聖君がめちゃくちゃ愛しくなっちゃう。
「聖君」
「ん?」
「愛してるからね」
「俺も、愛してるよ、桃子ちゃん」
聖君は耳元でそうささやき、首筋にキスをしてきて、
「あ、桃子ちゃんフェロモン~~。完全に俺、やられた~~」
と言って、キス攻めをしてきた。
ひゃあ~。聖君フェロモンも全開?聖君で酔いそうだ。頭くらくらする。それに胸はドキドキで、でも幸せで、嬉しくって体全部で、喜んでるよ。
聖君に愛されるのって、なんでこんなに幸せなんだろう。
今日、しつこくてごめんと言ってた聖君。キスも長いし、何度もキス攻めにするし、何度も抱きしめ、何度も愛してるとささやき…。
だけどそれが全部嬉しい。ごめんなんて謝らなくていいのに。私だって、いっぱいいっぱい愛してほしかったもん。
私も何度も聖君を抱きしめ、何度もキスをして、愛してるって聖君に言った。
顔だけじゃなく、体も日に焼けた聖君。心なしか、体までがっちりしたような、そんな気もする。
やけに男っぽい聖君の胸に抱かれて、私は幸せを感じながらも、ずっと胸がときめいていた。