第128話 たった1日で
翌朝ちょっと寝坊をして、みんなで遅い朝食を食べ、2人は帰って行った。
2人が帰った後、母と掃除をした。
「聖君、夕飯食べるのかしら。わからないから、多めに作る?」
掃除が終わると、母がそう聞いてきた。
「うん。もし食べなくてもいいように、煮物にでもする?そうしたら、明日にとっておけるよね」
私がそう言うと母が、じゃあ、材料を買いに行きましょうかと、車をだし買い物に行った。
買い物から帰ってきて、駐車場に母の車を泊め、玄関に回ったところで、隣の奥さんと娘さんもちょうど帰ってきたところらしく、ばったり会ってしまった。
ああ。苦手なのになんでまた、会っちゃうかな。
「あら、旦那さんは?」
隣の奥さんはあたりを見回しながら、私に聞いてきた。
「今日、サークルで伊豆に行ってるんです」
「へえ、なんのサークルに入ってるの?」
今度は、目を輝かせた娘さんが聞いてきた。
「ダイビングです」
「わあ、いいな~。私もしてみたいんだよね。今度ゆっくりと話を聞かせてもらえないかな」
嫌です。と、喉まで出かかった。私が嫌がってるのを勘付いた母が、
「聖君、忙しいのよ。これからは大学も始まるし、バイトもあるし。ね?桃子」
と言ってくれた。
「そうなの~?すぐ隣に住んでるんだから、ちょっと時間を空けて来てくれたらいいだけなのに」
隣の娘さんにそう言われた。う。なんか今、頭にきたんですけど?
「そんな無理言わないのよ。あんたはそうやって、人の彼や旦那さんばかり羨まないで、ちゃんと彼氏作ったらどうなの」
隣の奥さんが娘さんにそう言ってくれた。そうだよ。聖君は私の旦那さんなんだから!
「わかってるよ。でも出会いがないんだからしょうがないじゃん。今の職場、女だらけだし」
「保険だっけ?」
母が聞いた。
「そうなんです。もう辞めちゃおうかな」
「あんたは~~」
隣の奥さんはそう言うと、娘さんの背中を押して、
「それじゃ、失礼します」
と家の中に消えた。
母とやれやれって顔を見合わせて、私たちも家に入った。
「隣の娘さんも大変ね」
母は買ってきたものを冷蔵庫に入れながら、そう言った。
「え?」
「隣の奥さんがよく愚痴ってるわよ。あんた、聖君取られないよう気をつけなさい。この前まで不倫もしていたらしいし」
「え?!」
なんでそんなこと知ってるの?
「隣の奥さん、そこまで話してくれちゃうの」
「じゃ、このへんじゃ有名な話?」
「まさか。お母さんが口固いのを知ってるから、相談してきたことがあるの。お母さん、誰にもその話はしてないわよ。あんたにもしなかったでしょ?」
「今してるよ」
「それは、聖君のことが心配だから」
「聖君、ああいう人めちゃ苦手みたい」
「あら、そうなの?」
「女っぽい人駄目なんだって」
「ああ、納得。だから、桃子なんだ」
それ、蘭にも言われたっけ。
う~~ん、複雑だな。つまり私はまったく、女っぽくないってことだよねえ。
まあ、自分でもわかっていたことだけど。
それにしても、「不倫」怖い言葉だ。結婚しても安心できないってことかな。いや、聖君のこと信じていなくっちゃ。こんなこと怖がってるなんて知ったら、怒られちゃうよ。
夕飯の準備をしていると、携帯が鳴った。
「桃子ちゃん?」
「聖君、今どこ?」
「まだインターチェンジにいる。ところでさ、夕飯、俺のもあるのかな」
「あるよ。今作ってる」
「よかった。じゃ、俺はうちに帰ってから食べるね」
「みんなとはもう、解散して別れたの?」
「うん。ただ、何人かの車で、近くの人を送っていくことになってて」
「聖君も誰か送っていくの?」
「うん。麦ちゃんと、木暮と、新人の子」
「新人?」
「隣の駅に住んでるんだってさ」
「聖君!もしかして桃子ちゃんに電話してるの?」
「あ、今の麦さん?」
「うん、そう、麦ちゃん。あ、麦ちゃん、桃子ちゃんだけどなんで?」
聖君は2人からいっぺんに聞かれ、順番に答えた。
「ちょっと貸して」
という麦さんの声がして、電話を替わったようだ。
「もしもし、桃子ちゃん?これから、一緒にご飯食べない?」
「え?」
「あと30分くらいで新百合着くらしいから」
「駄目だよ、麦ちゃん、もう夕飯準備してるから」
今度は、聖君の声が聞こえた。
「あ、いいよ。大丈夫。煮物とかだから、明日にとっておけるし」
私がそう言うと、麦さんが、
「じゃ、桃子ちゃんを迎えに行って、新百合のどこかで、食べようね」
と私に言い、電話を聖君と替わった。
「桃子ちゃん、まじでいいの?」
「うん。嬉しいな、お外で食べるの」
「じゃ、家まで迎えに行くから、用意して待っててね」
「うん!」
聖君との電話を切ると、それを聞いてた母が、
「外で食べることにしたの?」
と聞いてきた。
「あ、ごめんね。せっかく作り出したのに。最後まで、お父さんやひまわりの分は作るから」
「いいわよ。それはお母さんがしておくから、出かける準備でもしてきたら?」
「いいの?」
「そのデカTシャツとスパッツじゃ、聖君と並んでも、釣り合い取れないわよ?」
「う。わかってるよ。ちょっとはかわいいかっこしていくよ」
「ほんとよ。家でももう少し、女の子らしい恰好したらいいのに」
「でも、これ聖君のTシャツなんだよ?」
「だから何?マタニティも最近は、かわいいのあるじゃない。あなたも数枚買ったんじゃないの?」
「うん。買ったよ」
「じゃ、それを着たら?そんなどうでもいい格好してたら、浮気されても文句言えないわよ」
グサ。浮気?
う~~、もう、やめてくれ。その言葉は禁句!特に一泊でダイビングに行ったあとに、そんな言葉聞かせないでよ。
って、浮気するような相手もいないから、大丈夫なんだけどさ。前なら麦さんのことで、心配でいてもたってもいられなかったけど、もう、麦さんは桐太と付き合ってるし。菊ちゃんは部長の彼女だし。女の子って、そのくらいだし。
でも、やっぱり少しは家着も考えたほうがいいかな。着やすくて、楽ちんなのじゃダメだよね。聖君のTシャツを着ていたいっていう、そんな気持ちもあったんだけど。
そうだ。最近下着も大きくて、おばさん下着だし、さすがの聖君もこんなじゃ、嫌気がさしちゃうかもしれないな。それは嫌だな。ちょっと気を付けようかな。
私は、かわいい水玉のTシャツに、ウエストゴムのひらひらスカートに、短めのスパッツをはいた。これなら、どこから見ても現役高校生だ。と思いながら、鏡で見てみると、ああ、お腹がすでに、ぽこって出てきている。それが目立ってしまう。
「だ、駄目だ。これじゃ」
スカートを脱ぎ、マタニテイのジャンバースカートを着た。これも膝丈で、裾はひらひらしていて、けっこうかわいい。
「これなら、お腹も目立たない」
ちょっと夜は冷えるから、薄手のパーカーもはおり、聖君を待っていた。
ピンポ~~ン。
あ、聖君だ。私はリビングから、すっ飛んで行った。
「おかえりなさい」
ドアを開けると、大きな荷物を持った聖君が立っていた。わあ。聖君だ~~。
「ただいま、桃子ちゃん。荷物、ここに置いていってもいい?」
と聖君は聞きながら、玄関に荷物を置いた。ああ、聖君だ~~。
「おかえりなさい、聖君」
母もキッチンからやってきた。
「あ、荷物あとでちゃんと片付けますので、このへんに置いておいてもらっていいっすか?」
「あら、片づけておくわよ?」
「いいです、重いから。帰ったらやります」
「聖君、まっくろね。ダイビングって焼けるの?」
「あ~~、ちょっと泳いだりもしたから。そんなに黒いですか?」
「黒いわよ。聖君は赤くならず、すぐに黒くなるのね」
「そうなんすよね。あ、桃子ちゃん、もうすぐに出れる?車でみんな待ってるんだ」
「うん」
「じゃ、気を付けてね」
母に見送られ、私は聖君と外に出た。
「疲れてない?大丈夫?」
聖君に聞いた。
「全然疲れてないよ。海に潜れて元気いっぱい!」
ニコっと笑った聖君が、めちゃくちゃ爽やかだし、それに日に焼けてまた黒くなった聖君が大人びて見えた。
駄目だ。まぶしくて見てられない。たった1日離れてただけなのに、またかっこよくなって帰ってきたよ。そんな聖君になんだか、人見知りしてる私がいる。
「車だし、ファミレスでいいよね?」
「う、うん」
ああ、なんだか、話しかけられるだけでドキドキしちゃう。
「腹減った~~。サービスエリアでなんか食おうかとも思ったんだけど、夕飯皆で食べるんだから、我慢しなさいって言われちゃって」
「誰に?」
「麦ちゃん」
…。なんか、麦ちゃんの尻に敷かれてる?っていうか、その会話、ちょっと恋人か夫婦みたいじゃない?
「お待たせ」
運転席に聖君が乗り、私は後部座席に乗った。
「桃子ちゃん、久しぶり」
麦ちゃんがにこりと笑った。あれ?あまり焼けてないな。聖君はあんなに焼けてたのに。
っていうか、麦さんの奥にいる人、誰?
「はじめまして」
麦さんの顔の横からひょっこり顔をだし、挨拶をしてきた。ポニーテールで、ピンクのTシャツ。ひらひらのミニのスカート。さっき、私がしようかと思ってた恰好をしている。
「え?」
誰?
「ああ、桃子ちゃんと会うのは初めてか。サークルの新人さん」
聖君がバックミラー越しにそう言うと、車を発進させた。
新人。さっき、聖君が電話で言ってたっけ。でも、男の人かと思ってた。まさか、女の子だなんて。
「紹介するね。こちらが噂の、榎本桃子ちゃんね。で、桃子ちゃん。この子が夏休みの間にサークルに入ってきたという、異例の新人。柿沢麻由美ちゃん。カッキーって呼んであげて」
「カッキーです。よろしく」
「よ、よろしく」
「桃子ちゃんのほうがかわいいよ。私なんかよりもずっと」
いきなりカッキーさんにそう言われた。
「え?」
「カッキー、サークルのみんなに桃子ちゃんにキャラかぶってるって、ずっと言われてたんだよね」
麦ちゃんがそう言った。
「キャラ?」
「うん。見た目も似てるじゃん。ポニーテールで、背丈や雰囲気も」
助手席に座っている木暮さんが、ちょっと後ろを向きながら話に加わってきた。
聖君はちらっとバックミラーで私を見たけど、黙っている。
「そうかな」
カッキーさんが首をひねった。
「似てるわよ。しゃべった雰囲気や、あと天然のところも」
「天然?」
カッキーさんが聞き返して、
「ひどい。ね?ひどいと思わない?麦ちゃん、口悪いんだもん。桃子ちゃんもいつもいじめられてない?」
と私に言ってきた。
「い、いいえ」
「桃子ちゃんとは今、仲いいもの」
「今?」
「前はちょっと、へだたりがあったけど、今は違うよね?」
麦さんはにっこりと笑って私に言った。
「はい」
「桃子ちゃんのほうがかわいいって。仕草も女の子らしいし。今日の格好もかわいらしい」
カッキーさんが言った。
「男の人なら、守ってあげたくなるタイプよね。でも、カッキーもそんなところあるよ?」
麦さんがそう言うと、カッキーさんは、
「ないない。そんなこと言われたこともないし」
と首を振った。
うん。私も似てないと思う。カッキーさんのほうが私よりも元気で明るくて、しゃべる声も大きくて。なのにどこが似てるとか、キャラかぶってるとか言うんだろう。
「そうか。聖君もこんなタイプが好きなのね。私に似てるって言うから、どんな子なのかなって思ってたら、かわいくて、女の子女の子してて、私とは大違い」
カッキーさんがそう言うと、木暮さんが、
「いや、似てるよ。カッキーも女の子女の子してるじゃん?」
とまた後ろを向いてそう言った。
「それ、私や菊ちゃんが女の子らしくないから、そう見えるんじゃないの?」
麦さんがそう言うと、
「あ、そうかもな~~」
と木暮さんは大笑いをした。
「もう着くよ」
聖君が、しばらくぶりに言葉を発した。なんでだか知らないけど、今までずっと無口だった。
「お腹空いた~~」
麦さんがそう言うと、木暮さんも、
「ほんと腹減ったな~~!」
と言いながら、のびをした。
ファミレスに入ると、喫煙席か禁煙席かを聞かれ、すぐに聖君は禁煙席をお願いした。
「木暮、いい?桃子ちゃんいるから、禁煙席で」
「おお、もちろん」
木暮さん、たばこ吸うんだ。私の周りの男の人は、みんな吸わないからな~~。
4人掛けと2人掛けのテーブルを、店員さんがくっつけてくれて、聖君が私を奥に座らせ、横に座った。麦さんが私の前に座り、カッキーさんが聖君の前に来て、木暮さんは聖君の横に座った。
「何食べる?」
と言いながら、麦さんがメニューを渡してくれた。
私がメニューを見ていると、横から聖君がのぞいてきた。
うわ。聖君のにおいだ。ちょっと潮の香りもする。あ~~~、たったの1日離れただけなのに、聖君のにおいがしただけで、なんでこんなに愛しく感じちゃうんだろう。胸がキュ~~ンってするよ。
「桃子ちゃん、どこ見てるの?」
「え?」
「もう何食べるか決まったの?」
聖君に聞かれてしまった。
「ま、まだ」
聖君に胸キュンしてたなんて、ここじゃ言えないよ。
「な、なんにするか、今悩んでたの」
「私、イタリアンハンバーグのセット」
麦さんがそう言った。その横で麦さんとメニューを見ていたカッキーさんは、
「麦ちゃんいつも早い。わ、どうしよう」
と慌てていた。
「俺、ビーフステーキのセットにしよう」
「あ、そんなのもあるのか。いいね、肉!」
聖君が木暮さんの言うことに反応して、木暮さんのほうを見た。
「腹減ったもんな。がっつり食いたいよ」
「ひゃ~、そんなに食べれるの?」
カッキーさんが木暮さんに聞いた。
「全然食えるよ。もしカッキーが食べきれなかったら、それも食ってやるよ?」
「ほんと?じゃ、残したら食べて」
「カッキー、そんなだから太れないんだよ」
麦さんがそう言った。ああ、そういえば、細さや薄い体ってところは似てるかもしれないな。
っていっても、今の私は薄くもないし、細くもないけど。なにしろ、つわりなくなってから、食欲旺盛で。
「私もイタリアンハンバーグいいな。サラダもついてるよね」
「うん」
私がそう言うと、聖君が私を見てうなづいた。
「あ、でも、ビーフシチューも捨てがたいな」
「うまそうだよね」
「どっちにしよう~~」
「桃子ちゃんも迷うほうなんだね?」
カッキーさんがそう言ってきた。
「え?」
「私もなかなか決められなくって」
「そんなところも似てるよ。あと小食のところも。桃子ちゃんもちょっとしか食べられないんだよね」
麦さんがそう言うと、すかさず聖君が、
「今はすげえ大食いだよ」
とばらしてくれた。
「え?そうなの?」
「はい。つわりなくなったら、いきなり…」
「そっか。赤ちゃんの分も食べてるんだもんね」
麦さんがにこっと笑ってそう言った。聖君もにこにこしながら、私を見ていた。でも、
「ふうん」
と言ったカッキーさんの目が冷ややかだった。
「桃子ちゃん、イタリアンハンバーグにしなよ。俺、ビーフシチュー頼むから」
聖君が私にそう言ってきた。
「え?」
「そんで、半分こしよう」
「うん」
「何それ。まったく仲いいよね」
麦さんが呆れたって顔をして言ってきた。
「でも、麦さんも桐太といちゃついてたって、菜摘が言ってた」
と私がぼろってそう言うと、麦さんが一気に真っ赤になり、
「い、いちゃついてなんてないわよ。それ、嘘よ嘘」
と否定した。
「嘘じゃないよ、桃子ちゃん。桐太なんて目が垂れ下がっちゃって、でれでれだったし、麦ちゃんだって、桐太桐太って、甘えてたし」
「聖君!そんな嘘言うのはやめてよ」
「嘘じゃねえじゃん」
聖君がそう言うと、ますます麦さんは真っ赤になった。
「あ、真っ赤だ。おもしれ~~」
「聖君!からかわないで。そんなこと言うなら、私もカッキーや木暮君にばらすわよ」
「何を?」
聖君がちょっと動揺した。
「桃子ちゃんとのバカップルぶり」
「それ、聞きたい」
木暮さんが身を乗り出した。
「あのね」
麦さんが何かを言おうとすると、
「だ~~!!言わないでいい。わかった、もうからかわないから!」
聖君が慌てて、麦さんの言葉をさえぎった。
「なんだよ、麦、教えろ!」
木暮さんがまだ、身を乗り出したまま、そう言った。
「どうしようかな。あ、カッキーも聞きたい?」
麦さんは、もったいぶった言い方をして、カッキーさんに聞いた。
「私?私は別に」
カッキーさんは、冷めた表情でそう言うと、
「注文決まったから、店員さん呼んでくれない?木暮君」
と今度はにこりとして、木暮さんに言った。
「な~~んだ、つまらない」
麦さんがそう言うと、カッキーさんは、
「あ、ごめん。しらけさせちゃった?でも、私あまり、桃子ちゃんのこと知らないし、聞いてもきっとぴんとこないかと思って」
と、今度は笑顔で麦さんに言った。
そして、その後、カッキーさんはダイビングの話をしだして、木暮さんも麦さんもその話に夢中になり、盛り上がり始めた。
今回の合宿の話ばかりなので、私にはなんのことかわからず、私は黙って水を飲んだり、話に相槌をうっていた。
ふと視線を感じて聖君を見た。聖君はめずらしく、話にあまり加わることもなく、静かにしている。そして私と目が合うと、にっこりとかわいい笑顔で微笑む。それに、みんなに気づかれないように、そっとテーブルの下で、手を握ってきたり。
うきゃ。聖君の手だ~~~~。あったかくて、大きくて、ああ、安心する。
それからも、聖君はたまに相槌を打つだけで、話に入ろうともせず、私の横でいつもの、あったかい優しいオーラを放ってくれてた。
それに包まれ、私は安心しきって、幸せを感じていた。