第127話 ひそひそ話
「そろそろ一階に行く?あ、忘れてた。デザートあったんだよ。蘭と買ってきたの」
菜摘がそう言った。
「そうだった!下で食べようよ」
すっかり元気になった蘭は、ベッドから下りると、さっさと部屋を出て行った。
私と菜摘も下に行くと、ひまわりがいて、
「ガールズトーク、私も混ぜて~~」
と言い寄ってきた。
「よっしゃ。スイーツもあるし、今夜は語り明かそうじゃないか!」
蘭がそう言うと、ひまわりは両手を上げて喜んだ。
ダイニングにいた母はにこにこしていたが、その横で父は、苦笑いをしていた。
「聖君のいない間に、友達連れてきちゃって」
父がぼそって言ったのが聞こえた。
「いいのよ。聖君だって今頃、サークル仲間とわいわいやってるんだろうから」
母は私に聞こえるようにそう言った。
「そうそう!兄貴も楽しんでるんだろうし、こっちはこっちで盛り上がろうね~~」
菜摘がそう言うと、蘭もひまわりも、
「イエ~~イ」
とハイタッチをして喜んだ。
ああ、こりゃ、寝れるかな?今夜。って、いつもこの二人が泊りに来たりすると、私は1番に寝ちゃうんだっけ。今夜も大丈夫かな。
きっと、聖君がいなくって寂しいってのはないかもな~~。それはありがたいかも。
和室に入り込み、女4人でわいわいとしていると、携帯が振動した。
「あ、聖君から電話だ」
「兄貴から?」
「もしもし?」
「桃子ちゃん?」
私が電話に出ると、後ろから、
「兄貴~、元気?」
「聖君~~。浮気してない~~?」
「お兄ちゃん、お土産よろしく~~」
と、みんながいっせいに勝手に話し出した。
「うわ。にぎやかだね。みんな来てるんだ」
「うん」
「こっちも、まだ宴会みたいのが続いてて」
「宴会?」
「明日、潜れるのかな。部長は飲みまくってたし」
「楽しんでる?聖君」
「うん。みんなして祝ってくれたしね」
「え?何を?」
「結婚だよ。サプライズでさ、夜いきなり、おめでとう~~って。結婚したこと、みんなに麦ちゃんと菊ちゃんがばらしてて、俺に内緒で企画してたらしいよ。あ、プレゼントもいっぱいもらったから、楽しみにしててね」
「私にもあるの?」
「うん。おそろいのパジャマだの、スリッパだの、マグカップだの」
「そうなの?」
うわ~~。嬉しいかも!
「あ、やばい。電話してるの部長にばれた。ごめん、もう切るよ。俺、絶対にひやかされるから」
「うん。じゃあね、聖君」
「おやすみ!」
私が電話を切ると、みんなが、
「あれ?もう切ったの?長話しててよかったのに」
と言ってきた。
「聖君、電話してるのばれたらしい」
「隠れてしてたの?」
「うん。ばれると、ひやかされて大変みたい」
「あはは、兄貴、そういうの苦手だもんね。シャイだから」
「うん」
菜摘も聖君がシャイなの知ってるんだ。
「いいな~~いいな~~~~。幸せそうでいいな~~~~」
蘭がそう言って、マカロンをばくってほおばった。そして、
「私も幸せになるぞ~~」
と突然蘭は、手をあげて、そう言いだした。
「私も~~!」
ひまわりも両手をあげた。そして蘭と意気投合して、きゃいきゃいし始めた。あ、もしかしてこの二人、似てるかも。
「私も、葉君ともっとラブラブになる~~」
「ええ?もうラブラブじゃん!」
蘭が菜摘にそう言った。
「いいじゃん。もっと仲良くなっても」
「じゃ、私も」
私がそう言うと、みんなにいっせいに、
「桃子は十分でしょ!」
と、つっこまれてしまった。
「う…」
それもそうか。十分幸せすぎてるか。
それからも、4人でわいわいと話していたけど、ひまわりがもう眠いって言って部屋に戻り、やっと3人で静かに話し出した。
とはいっても、真面目な話ではない。寝室の父や母に聞こえるとまずいので、小声で話しているだけで、内容はかなり、かなり…。
「葉君って、最近、やたらと触ってくるの」
「え?どこを?」
「どこって、車に乗ってて太ももとか」
「わ、エロ親父みたい」
蘭がそう言った。
「兄貴は?運転中どこか触ってくる?」
「手を握ってきたりはするけど、太ももはないよ」
「そうなの?やっぱり葉君はエロ親父なの?」
「でも、私の彼だって、運転中はしないけど、2人でいるといっつもお尻触ってきてた」
蘭がひそひそとそう言った。
「お尻?葉君はあまり、お尻は触らないな」
「聖君も」
「あれ?私だけ?」
「兄貴は?どこ触ってくる?」
「うへ?」
ど、どこって。ええ?どこだろう。
「む、胸かな?」
「え?胸?」
「触るっていうより、顔をよくうずめてくる。あと、よく抱きついてくる」
「へ~~~~」
「もしかして」
蘭がもっと声を静かにして、
「男の人によって、違うんじゃない?」
と言い出した。
「な、何が?」
「太ももフェチとか、お尻フェチとか」
「ひゃ~~」
菜摘が静かに驚いている。
「じゃ、逆に葉君のどこに魅力を感じる?」
蘭が聞いた。
「私は、背中」
「え?」
「背中が好きなの。あと、腰つき」
「腰?」
それは私、あまり気にしたことない。
「じゃ、蘭は?」
「私は筋肉」
「あ、体育会系好きだもんね。筋肉フェチか~~。じゃ、桃子は?」
「私は~~~~。どこかな?」
しばらく考え込んだ。
「あるでしょ?桃子だって~~。言ってごらんよ~~」
「えっと、聖君の…、腕の筋肉。綺麗かも」
「あれ?桃子も筋肉フェチ?」
蘭に聞かれた。
「う~~ん。どうかな。あと、聖君の鎖骨とか、肩甲骨」
「え?骨フェチ?まさか」
菜摘に聞かれた。
「あと、聖君の、あ、耳も好き。つむじも。前髪かき上げる手とか、そうそう。手、綺麗なんだ。それに、鼻筋や、あごの線も。それに、足の爪や指も」
「足?」
「もちろん手の指も。それから、えっと。寝顔や、寝息や、寝癖や、うなじや、首筋や」
「わかった。桃子の場合は、兄貴フェチなんだね」
「兄貴?」
私が聞き返した。
「聖君フェチなのね。聖君のどこをとっても、好きなんでしょ?」
今度は蘭がそう言った。
「そう、それ!」
私がそう言うと、2人はやれやれって顔をした。
「あ、でも、腰ってあまり見たことないかも。今度注意して見てみよう」
「はいはい。兄貴のどこでも見てあげてください」
菜摘はまだ、呆れた顔をしている。
「足の爪や、足の指か~~。さすが、新婚は見てるところが違うね」
「え?そ、そう?」
「だって、そうそう足の爪まで見ないから」
蘭に言われてしまった。
「でも、足の爪切ってたりしてるの見てると、つい見ちゃうじゃん。足」
「だから、足の爪を切ってるのを見たことがないってば」
蘭にまた言われてしまった。
「そっか…」
そりゃ、そうか。一緒に暮らしてるから見れるけど、普通は恋人の前で切ったりしないか。
「いいな~~~。私も早く葉君と暮らしたい」
「え?そうなの?」
私が聞くと、
「は~~。いいな~~」
と菜摘は宙を見つめて、羨ましがった。
「私はそれよりなにより、普通に付き合いたい」
「へ?」
蘭の言葉に私も菜摘もびっくりした。
「普通って?じゃ、今まで普通じゃないってこと?」
「そうじゃなくって。普通に基樹と付き合えるようになりたいってこと」
「あ、そっか」
菜摘と納得して、
「大丈夫だよ」
と蘭を励ました。
心の中では、やったね、基樹君って思っていたけど。だって、聖君がやたらと、基樹君は蘭ちゃんをひきずってるからな~って言ってたからな~~。
二つ並んだ布団に、3人でくっつきあって、まだ話を続けた。
「聖君ってさ~~」
「うん」
「桃子の前にも付き合ってた子、いるっけ?」
「うん」
「いつ?」
「中学の時だって。でもすぐに別れたって」
「ああ、あれか。桐太がちょっかいだしたとか、なんとか」
「そう、それ」
「え?そのあとは?」
「高校は、硬派で通っていたし、誰とも」
私がそう言うと、
「じゃ、まともに付き合ったのって、桃子だけ?」
と驚いて聞いてきた。
「うん」
「そうなんだ。じゃ、桃子が最初の相手ってことか」
「え?」
「私の彼は、前にも付き合ってた子がいて、経験者だったから」
「経験者?」
私が聞き返すと、横で菜摘が、
「女の経験があったってことだよ」
とそう言ってきた。
「あ、ああ」
うわ。やっぱり、そっちの話になっていくんだね。なんだか、顔がほてってきた。
「聖君は、最初だったわけだし、もしかして」
「え?」
なに?ドキドキ。
「へたくそだったとか?」
「え?え~、そんなのわかんないよ~~」
「そうだよ。桃子だって初めてなんだし、わかるわけないじゃない」
「だよね~」
「私だって、葉君がへたかどうかなんて、わからなかったし」
「正直に答えてね」
蘭がますます声を潜めた。
「な、なに?」
ドキドキ。また、とんでもない質問じゃないよね?
「どうだった?」
「へ?」
私と菜摘が同時に聞き返した。
「だから、最初のとき、どうだった?感想を聞かせてよ」
「蘭は?」
菜摘が聞き返した。
「私は素直に、痛いって、それだけ」
「え?それだけ?」
「うん」
そうなの?
「桃子は?」
菜摘が私に聞いてきた。
「え?私?私は…」
えっと、えっと…。
「ひ、聖君が優しくて、幸せだったな」
うわ、言ってて照れる!顔が熱いよ~。
「じゃあ、菜摘は?」
蘭が聞いた。
「…なんだか、違う世界を知っちゃったって感じで」
「うん」
「葉君と結ばれちゃったんだって、なんだか、感激してた」
「へ~~」
蘭はそう言うと、ふうってため息をついた。
「どうしたの?」
「2人みたいな感動は、私にはなかったっけって思って」
「え?」
「あ~~あ。安易だったかな。簡単に体ゆるしちゃったかもしれない」
「…」
私も菜摘も何も言えなかった。
「ごめん。暗くなって。もっと違う話にしようか」
「桃子のこといろいろと聞きたい」
菜摘が私のほうを向いた。
「え?私?」
ドキ。なに~~?
「寝るとき、兄貴って腕枕してくれるの?」
「しないよ。だって、重たいでしょ?」
「じゃ、どんな格好で寝てるの?」
今度は蘭が聞いてきた。
「私はパジャマで、聖君はTシャツとパンツ」
「下着の?」
「うん」
「おはようとか、おやすみのキスしちゃったりする?」
蘭が聞いてきた。
「え?ど、どうかな」
してるかな?なんだかもう、しょっちゅキスしてるから、わからないな。あ、してるのかな?
「してるんでしょ。顔真っ赤だもん」
菜摘に言われてしまった。
「兄貴って、スケベ?」
「へ?!」
「エッチな本とか買ってくる?」
「こないよ」
「葉君の部屋にもなかったよ」
「そりゃ、隠してるでしょ。彼女がくるときには、どこかに隠してるんだよ」
蘭がそう言った。
「そういうものなの?」
「そうでしょ、きっと」
「聖君の部屋にもないよ」
「どこにも?」
「買ってもすぐに捨てるって言ってた」
「え?そうなの?じゃ、買うの?」
「今は買わないみたい」
「じゃ、前は?」
「見てたこともあるみたい」
「桃子、詳しい、さすが奥さんだ」
「ち、違うよ。そんな話になったことがあっただけだよ」
あ、そうだった。咲ちゃんがインタビューしてた時にした会話だっけ。
「兄貴も普通に、男ってことか」
「え?なんで?」
「あんだけ、もてたら、どうなのかなって思ったんだ。思い切り硬派だったしさ」
「…普通に男の子だよ。でも、やっぱり女の子は苦手みたい」
私がそう言うと、蘭が、
「前にそんなこと言ってたけど、あれ、冗談じゃなかったんだ」
とぽつりと言った。
「それに、やたら女っぽい人は特に駄目なんだって」
「え?そうなの?」
菜摘がちょっと驚いている。
「だから、桃子なんだね」
蘭にそう言われた。
「じゃ、大学に行って大人の綺麗な人が周りにいても、まったく安心ってことか」
菜摘は、淡々とそう言った。
「な~~んだ。私、いっぱい桃子を脅かしちゃったけど、大丈夫だったんだね~」
「あはは。蘭、脅かしてたんだっけ?でも、兄貴が浮気なんかするわけないじゃん」
「そうだよね。大事にしてるもんね。私の彼とは全然違うよね」
「あ、ごめん」
菜摘が謝った。
「え?いいよ~~。謝ることないって。私の見る目が悪かったってだけのことだからさ」
「基樹君はきっと、浮気しないよ」
「うん」
菜摘の言葉に私もうなづいた。
「なんだか、そんなこと言われてると、すぐにでも会いたくなってきちゃった」
「基樹君に?」
「あいつ、変わった?」
「まったく変わってないよ」
「そうなんだ。あはは、そっか~~」
蘭は笑っていたけど、でも、ちょっと緊張もしてるようだ。
「ああ、うまくいくかな、本当に」
「当たって砕けろだよ」
また菜摘が言った。
「砕けたくないってば~~」
蘭はそう言って笑った。
「もう、12時になったね。桃子、あまり夜更かしは体に悪いから、寝ようか」
菜摘は時計を見てそう言うと、電気を消した。
「桃子、ベッドで寝ないの?」
「みんなと布団で寝る」
「じゃ、くっついて寝よう」
「うん」
ああ。中学の修学旅行のときみたいだ。あの時も、こんなだった。二人とも楽しくて優しくて、あの頃から大好きな二人だ。
聖君。私が友達といる時間を、大事に思ってくれてありがとう。やっぱり、私は2人といる時間も大事。これからも大事にしていきたいよ。
だから、私も。聖君が大事に思ってるものを、大事にしていきたい。聖君を縛らないで、いろんなものを大事にしていってもらいたい。
だって、聖君がすごく大事だから。