第126話 蘭の本音
土曜、朝早くに聖君は荷物を車に積み込んだ。母は、気をつけてねと聖君に言うと、先に家の中に入っていった。
「じゃ、行ってくるね、桃子ちゃん」
聖君は車に乗る前に、私にキスをしてそう言った。
「いってらっしゃい」
聖君はにこって笑って車に乗り、発進させた。
ああ、私も行きたいな。凪が生まれたら、凪も連れて一緒に行けるんだろうか。
そして、夕方になり、菜摘と蘭が家に来た。
「いらっしゃい、菜摘ちゃん、蘭ちゃん」
「こんにちは~。お邪魔します」
「二人がそろって来るのも、久しぶりね~~」
母はにこにこだ。中学の頃から、よく二人はうちに遊びに来てたけど、その頃から母は、2人のことを気に入っていた。
「夕飯はもう、準備できてるんだ。お風呂先に入っちゃう?」
私が聞くと、2人とも喜んで、お風呂に入りに行った。
なんだか、2人ともわくわくしてる。私も、どんどんわくわくしていった。
夕飯は、ひまわりや父を待たないで、さっさと7時前に済ませた。
それから、和室にあるベッドの横に布団を2枚敷いて、さっさと3人でパジャマに着替え、話始めた。ああ、この時間がたまらなく楽しいんだよね。
「美味しかったな。チーズフォンデュ」
「でしょ?女の子はああいうの、好きだもんね」
二人とも喜ぶと思ったんだ。
「ねえ、桃子の部屋見せてよ。聖君との部屋」
「え?」
蘭が目を輝かせて私に言った。
「私もまた見たい」
菜摘までそう言ってきた。
「う、うん」
期待の眼差しに、嫌だとは言えず、2人を2階に連れて行った。
「うわ~~。セミダブルのベッドがある!」
蘭が目を輝かせた。
「なんだか、前の桃子の部屋とまったく違って見えるよ」
菜摘が部屋を見回してそう言った。
「そうかな?ベッドおいて、カーテン変えただけだよ?」
「でも、ほら」
蘭がテーブルを指出した。そこには、聖君の大学で使うノートや資料や本が置いてある。それから、聖君のジャケットが、壁にかかっていたり、カバンも置いてあったり。
「なんか、匂いまで違うよね」
「え?お、男くさい?」
「ううん。男臭くはないけど、なんとなく」
蘭が言った。
「だけど、兄貴って、体臭ないよ?」
「臭さじゃないよ。でも、なんとなく」
蘭がそう言って、ベッドに座った。
「枕が二つって、なんか、ドキドキしちゃう~~」
「え?」
そんなことを蘭に言われ、こっちがドキドキしてしまった。
「でも、桃子妊娠してるし、兄貴、我慢させられてるみたいだよ?」
菜摘もベッドに座り、蘭にそんなことを言っている。
「え~~~?妊娠してたって、できるでしょ?逆にもう、妊娠する心配がないから、安心してできるんじゃないの?」
蘭が菜摘にそう言ってから私のほうを見て、
「ねえ?桃子」
と私に聞いてきた。
「そうなの?」
菜摘までが聞いてくる。
「う…うん」
私は思い切り下を向き、うなづいた。ああ、顔が熱い。
「じゃ、ここで二人で、毎晩」
菜摘が声を潜めて、蘭に言っている。
「そうだ。このベッドで」
「ま、毎晩じゃないからね」
私が慌ててそう言うと、
「毎晩じゃなくても、やっぱり」
とまた二人でひそひそと話している。
「その話題はやめようよ~~」
私がそう言うと、2人ともようやく違う話題を持ち出してくれた。
「この前、葉君とれいんどろっぷすにいったら、麦さんと桐太がいて、いちゃついてたんだよね」
「え?そうなの?」
「仲良かったよ~~」
桐太ってば、まったくメールもしてこなくなったけど、麦さんといちゃついてるから、そんな暇もなくなっちゃったってことかな?
「そういえば、基樹君も帰る頃来たんだ。大学の友達と一緒だったよ」
「え?基樹?」
蘭が反応した。
「あ、ごめん。基樹君の話題は避けたほうがよかったかな」
菜摘が、しまったっていう顔をした。
「ううん。もう全然平気。で、どんな子と一緒だったの?」
蘭が、平然とした顔をして、菜摘に聞いた。
「え?どんなって、普通の感じの。でも、ちょっと基樹君より軽そうだったかな。髪も茶色だったし、あ、サーファーぽかったから、それで髪が茶色くなってたのかもしれないけど」
「サーファー?基樹もサーフィンしてるの?」
「さあ?その友達も、見た目がサーファーってだけで、してるかどうかは…」
「ほんとに友達?彼女かもしれないじゃん?」
蘭がそう菜摘に聞くと、
「男だよ、男!基樹君はまだ、独り身だもん」
と慌てて菜摘がそう言った。
「え?彼女いないの?」
「基樹君、大学に入ってもなかなか彼女できないんだよなって、聖君言ってたよ」
私がそう言うと、菜摘も、
「うん。私も葉君から聞いた。コンパいっては、今回も駄目だったって嘆いてるってさ」
と蘭に言った。
「基樹、もてないんだ」
「違うみたい」
菜摘がぽつりと言った。
「え?違うって?」
蘭が身を乗り出して、菜摘に聞いた。聞いたっていうよりも、話を聞きたがってるって感じだ。
「アドレス交換して~~とか、今度また会おうよ~~とか、言われるらしいんだけど、どの子も好みじゃないんだって」
「え?」
蘭が目を丸くした。
「元カノが蘭ちゃんじゃ、しょうがねえよなって葉君が言ってた」
「しょ、しょうがないってどういうこと?」
蘭がますます目を丸くしている。
「う~~ん、なんか葉君が言うには、あ、基樹君に聞いたわけじゃないよ?葉君だからね?」
「うん」
じれったいって感じで、蘭が菜摘ににじりよった。
「蘭って、基樹君の好みそのまんまだったんだってさ~~」
「え?私が?」
「別れた後、蘭以上の子なんているかなって、ぼやいていたらしい」
「…」
蘭が黙り込んだ。そして、菜摘から少し離れたところに座り直し、はあってため息をついた。
「どうしたの?」
私が聞くと、もっと深いため息を蘭はしてから、
「基樹は、浮気なんか絶対にしないだろうなって、そう思ったんだ」
と下を向いたまま、蘭が言った。
「あ、それ聖君も言ってた。基樹なら、浮気なんか絶対にしないのにって」
「兄貴も言ってた?それ、葉君も」
「待って。っていうことは、私が浮気されてるって話、ばらしてるってこと?」
蘭が怖い声でそう言ってきた。
「うわ、ごめん。でも、相談に乗ってほしかったから、それで」
私が慌ててそう言うと、隣で菜摘もうんうんってうなづいた。
「もう、いいよ。二人にとって彼氏は、信頼のおける存在なんでしょ?」
「え?」
「私は違うけど」
「違うの?」
私はつい、そう聞いてしまった。
「信頼どころか、疑いの存在だよ」
蘭はいきなり表情が曇った。
「もう、好きでいるかどうかもわからない」
「彼氏が?」
「うん。彼のほうもだけど、私も…」
「そうなの?」
「…夢にね、基樹が現れるんだよ」
「え?」
蘭の言葉に私も菜摘も驚いた。
「最近よく、基樹の夢を見るの。それも楽しいデートばっかりしてる。朝起きて、ああ、別れたんだっけって思いだすの」
「蘭、今でも基樹君のこと?」
菜摘が聞いた。
「わかんない。今、彼氏とこんなだから、昔を懐かしんでるだけで、好きかどうかも…」
と言ったとたん、蘭がいきなり、ひっくと泣き声をあげた。
「蘭?」
私も菜摘も目を丸くして、蘭を見た。どうしたの?いきなり泣き出すなんて。彼のこと、そんなにも辛かったの?
「嘘ばっかりだ。私」
「え?」
「こうやっていっつも、誤魔化してばかり。本当は、れいんどろっぷすにも怖くて行けなかったし、基樹の話も怖くてできなかった」
「な、なんで?」
「さっき、強がったけど、基樹が他の子と付き合ってる話、本当は怖いんだ。誰とも付き合ってないってわかって、すごくほっとしている」
「え?え?」
私と菜摘は目を見合わせて、それからまた、蘭を見た。
「偶然、基樹が彼女といるところを見るのが怖くて、江の島にも近づけなかった」
「そうだったの?」
「何度も、彼と基樹を比べてた。はじめは、大人だって思ったの。安心できるし、女の扱いにも慣れてて、上手だなって。でも、私のほうがどこかで、委縮しちゃって、基樹とならこんなとき、もっと本音で言い合えるとか、思い切り笑いあえるとか、そんなふうに比べるようになって」
「そ、そうだったんだ」
「私、今の彼の前だと、大人ぶっちゃうんだ。強がって本音も言えない。だから浮気してるってわかっても、責めたり、怒ったりもできないの。これ、おかしいよね?」
「うん。蘭らしくないよ、全然。基樹君といたときの蘭のほうが、蘭らしかった」
「だよね…」
蘭はぽろっと涙を流した。
「でも、今さらだよね?」
「そんなことないよ。基樹君、蘭のことまだ、ひきずってるって聖君言ってたし」
「え?」
蘭が驚いて私を見た。
「葉君も言ってた。男のほうが女々しくって、そんなにきっぱりとは忘れられないもんなんだよって。それも、基樹君はかなり熱をあげてたし、いきなりふられて強がってはいたけど、実はものすごく落ち込んでいたって」
「そうだったの?」
私も知らなかった。
「…基樹、一回電話をしてきたことある」
「え?」
「今の彼氏とどう?って。あ、基樹が大学受かってから」
「蘭、なんて答えたの?」
菜摘が聞いた。
「二人で泊りに行ったあとだったかな。すごくうまくいってるって、言っちゃったんだ」
「そうしたら、基樹君はなんて?」
私が聞いた。
「それ聞いて、安心したって。俺も大学受かったし、彼女作るよ。お互い幸せになろうなって」
「うわ、そんな強がり」
菜摘がぽろっとそう言った。
「強がり?」
「ごめん。私、それ知ってた」
「え?」
「葉君のところに来て、基樹君半べそかいてたから」
「え?どういうこと?」
蘭がまた、菜摘に言い寄った。
「私、ちょうどその時、葉君の家にいたの。私がいて邪魔して悪いって、基樹君はすぐに帰ろうとしたんだけど、様子が変だから葉君が、上がっていけって基樹君のことを引き留めて、話を聞いたんだよね」
それは私も知らないことだ。きっと聖君も。
「大学受かったし、もう一回だけ蘭に電話をして、もし彼氏と別れてたら、付き合ってくれって言うつもりだったらしい」
「うん、それで?」
蘭が真剣な顔で聞いている。
「でも駄目だった。やっぱ、そんなにうまくいくわけないよなって、目を真っ赤にさせてそう言ってた。俺って、すげえ情けない奴だって」
「…」
「葉君が、そんなの俺だって情けない奴だから、気にするなって慰めてた」
「そうだったんだ」
私がつぶやくと、
「兄貴からは聞いてない?」
と菜摘が聞いてきた。
「うん、なんにも」
「じゃ、兄貴も知らないことなのかな」
「たぶん」
「葉君、黙ってたんだね。あ、私も誰にも言えないでいたけどさ」
菜摘はそう言ったあと、
「あ、だけど、ここでばらしちゃったね」
と舌をペロッと出した。
「基樹、今もフリーなんだよね」
「うん」
「だ、だけど、こっちから付き合ってなんて、むしがよすぎるよね?」
「え?どうして?」
「彼と駄目になったから、また基樹となんて」
「基樹君は喜んじゃうと思うよ?」
「だ、だけど」
蘭が弱気になってる。
「蘭がどうしたいかでしょ?」
「…」
菜摘の言葉に蘭が、黙り込んだ。
「私、私…」
「うん?」
私と菜摘が、蘭の話を静かに待っていると、
「基樹以外の人に、体あげちゃったのに、許してくれるのかな」
と突然、そんなことを言い出した。
「へ?!」
私も菜摘も目が点になってしまった。
「あ、あ~~、ど、どうかな?」
私がそう言うと、菜摘は、
「そんなの!大丈夫だよ。と思うよ。たぶん、きっと」
と、だんだんと言葉が弱々しくなっていった。
「当たって砕けろだよ。基樹君だって電話したの勇気出したと思うよ?今度は蘭の番でしょ?」
菜摘が蘭の背中をたたきながら、そう言った。うわ。今、思い切り、ばんって音がしたけど、痛かったんじゃないかな。
「そうだよね。当たって砕けろだね。砕けたくはないけど。でも、そうだよね、くよくよしてても仕方ないよね」
蘭が背中をさすりながら、そう言った。
「今の彼とは別れるの?」
私が聞くと、蘭はきっぱりと、
「別れる」
と断言した。そして、
「あ~~~!!!」
いきなり蘭が大声を上げた。
「な、なに?」
「なんか、すごい回り道をしてない?私」
「そんなことないよ。きっと無駄な出来事じゃなくて、必然だよ」
私がそう言うと、
「そうかな~~」
と蘭は首をかしげた。
「そうだよ。基樹君のよさも、別れてわかったんじゃないの?」
菜摘が聞いた。
「…」
蘭は黙り込み、それから、ちらりと私と菜摘を見ると、
「基樹、かわいかったなって思った」
とぽつりと顔を赤らめて言った。
「かわいい?」
「うん」
なんだ、そりゃ。ああ、人のこと言えないか。
「そういう子供っぽさが嫌だったのに、今はそういうところがかわいくて、よかったんだって思える」
「そっか~~」
私も菜摘も、つい顔がほころんでしまった。
「男の人って、子供っぽいよね?」
菜摘が言った。
「そんなところが、めちゃかわいいんだよね」
私が言うと、菜摘が、
「兄貴も桃子の前では、かわいいのか~~」
と、私をつつきながら言ってきた。
「え?じゃあ、葉君も菜摘の前ではかわいいの?」
私は菜摘に聞いてみた。
「うん。最近特に、甘えるの。いつもは菜摘って呼ぶのに、2人っきりだとたまに、ちゃんづけするの」
「え?」
「葉君の部屋で二人でいると、べたってひっついてきて、菜摘ちゃん、まだまだ帰らないよね?な~~んて、この前言われた。うひゃ、かわいいって思っちゃった!」
「へ~~~。葉君も甘えるのか」
蘭が言った。
「蘭の彼氏だって、甘えるって」
「うん。だけど、基樹は、その…」
「?」
「甘えるとか、そういうことがかわいいんじゃなくって、なんていうか」
「なに?」
今度は菜摘が蘭に言い寄った。
「普段のふざけてる姿とか、言動とか。そういうのがかわいかったなって」
「なるほど~~」
菜摘はうなづいてから、
「蘭って大人っぽいから、大人の彼氏のほうが合うのかもしれないって思ってたけど、子供っぽい人を掌にころがしておくほうが、あうんじゃない?」
と、蘭に笑いながらそう言った。
「そうかも。掌で転がされるより、転がしていたいかも」
蘭はそう言うと、やっと笑った。
「は~~、なんか、泣いたらすっきりしたや」
「本音言えたし?」
菜摘が聞いた。
「うん。自分で基樹のことをまだ好きだって、どうしても認められなかったけど、こうやって自分の気持ちさらけだしたら、すっきりした。それに…」
「それに?」
「元カレを好きだって、いいよね?私がふっちゃったのに、より戻してって言ってもいいよね?全然」
蘭は、すっきりした顔で私たちに聞いてきた。
「うん、いいよ。全然いいよ」
私がうなづきながらそう言うと、菜摘も、
「大丈夫さ!」
と、ピースをしてにかって笑った。




