第124話 暗い夢
聖君とお風呂を済ませ、部屋に行き、凪の日記も書き終えた。
「聖君」
「ん?」
聖君はベッドで寝っころがって、どうやら今日買ってきたらしいダイビングの雑誌を眺めている。
「宿題あるんだけど」
「数学?」
「うん」
聖君はベッドから降りて横に来ると、プリントを覗き込んだ。
「これ?」
「うん…」
そして、またすらすらと問題を解いていく。そして、すご~~くわかりやすく、解説してくれた。
「じゃ、次のは今の応用編みたいだから、自分で解いてみて」
「え…」
「自分で解かないと、聞いてるだけじゃ、きっと理解できないよ?」
「うん」
ああ、まるで家庭教師みたいだな。
待てよ。これって、もしかしてものすごくラッキー?旦那さんが家庭教師にもなってくれちゃうなんて。
私が頑張って問題を解いていると、
「俺も勉強しようかな、そろそろ」
とカバンから、ノートや本を出した。
「勉強?」
「夏休み終わったら、試験あるんだよね~」
「え?!」
「やっぱ、そろそろ勉強しないとなあ。もうすぐ大学始まっちゃうしな~~」
そうだよね。聖君も学生なんだもん。
聖君もテーブルに広げて、勉強をし始めた。
「あ、納戸に俺らの勉強机あるんだっけ。そこで勉強したほうがいいのかな」
「でも、エアコンないから、暑いかも」
「だけど、最近涼しいじゃん。今もエアコン切ってるでしょ?」
「じゃあ、納戸に移る?」
「ん~~~~」
聖君はちょっと考え込み、私にむぎゅって抱きついてから、
「やっぱ、ここでいい。部屋のほうが落ち着くし、こうやってすぐに、甘えられるし!」
とかわいい声で言ってきた。
これ、甘えてたのね…。
「さ、勉強しようっと」
「うん」
1時間近く、真剣に勉強をした。すると聖君が、また私に抱きついてきた。
「桃子ちゅわん」
「ん?」
「ちょっと休憩」
…。い、いいけど。でも、思い切り胸に顔うずめてるし…。
「桃子ちゅわん」
「え?」
「耳掃除してもらってもいい?」
「ごめん、ここに綿棒ないんだ。お風呂場から持ってこようか?」
「なんだ~。じゃ、いいよ、明日で」
思い切り、甘えてるな、これ。
「あ、もうこんな時間なんだ」
聖君が時計を見た。もう、12時近かった。
「桃子ちゃん、もう寝て。宿題済んだでしょ?」
「うん」
私だけで寝るの、寂しいな。
「俺、もう少し勉強しちゃうから。桃子ちゃんは夜更かししたら、凪に悪いから、もう寝なね?」
「うん」
私はベッドに寝転がり、聖君のほうを見た。聖君はおやすみって私にキスをして、そしてまた、テーブルのほうを向き、勉強を始めた。
聖君の横顔をぼ~~っと眺めた。鼻がすうって高くって、聖君の横顔もかっこいいんだよね。あごの線もきれいだし、唇はりりしいし。
目が真剣だ。その目もかっこいい。ほほ杖をついてる、その手も綺麗だ。ああ、やっぱりどこをとってもかっこいい。
聖君のペンを走らせる音、本をめくる音、たまにつぶやく、「あ、そっか」っていう独り言。それが、なんだかやけに心地いい。
私は知らない間に、夢の中にいた。
聖君の隣に、女の子がいた。私と同じくらいの年。私に何となく似ている。その子に聖君は笑いかけ、その子が嬉しそうにはにかむ。
その子の目がハートになって、聖君を見つめる。ああ、駄目。聖君を好きになったら駄目。
「聖君って、女の子の扱い方上手」
その子が聖君に言った。
「そう?」
「優しいし、私のことを喜ばせるのが上手」
「そりゃそうだよ」
「どうして?」
「だって、君、桃子ちゃんにそっくりだし」
「私が似てるの?似てると、扱い方がわかるの?」
「わかるよ。君みたいな子なら、俺、大丈夫なんだ。全然苦手じゃない」
「他の子は駄目?」
「うん。でも君なら平気。一緒にいて安心するよ」
聖君がその子に寄り添った。
ちょ、ちょっと待った!聖君、だけど、その子は私じゃないよ。
「桃子ちゃんと似てたら、誰でもいいの?」
その子が聞いた。
「うん。大丈夫」
ええっ?!嘘~~~!
「じゃあ、私とも結婚してくれる?」
「うん、いいよ」
え?!
「じゃあ、私も聖君の子を産んでもいい?」
「うん、いいよ」
駄目だよ!
「大事にしてくれる?」
「もちろん」
ま、ま、ま、ま、待って~~~!!!!!
「嫌だよ、聖君!」
「桃子ちゃん?」
パチ。目が覚めた。
「大丈夫?変な夢見た?」
「聖君」
夢だったんだ。よかった。じわ。涙が出てきた。
「なんか、うなされてたよ?」
「私?」
「うん。ずっと、首を横に振って、嫌だって」
「…」
「どんな夢?」
「聖君が他の子と、結婚…」
「なんだ?それ!そんなことあるわけないじゃん。桃子ちゃんと結婚してるのに」
「そ、そうだね」
「そうだよ、まったく。なんでそんな夢見ちゃったんだか、もう~~」
聖君は私を抱きしめた。
「勉強は?」
「もう終わった。今、寝るところだった」
「そ、そう」
「大丈夫?もう、落ち着いた?もしかして、俺が隣で寝てなかったから、そんな夢見たのかな」
「そうかも」
私は聖君の胸に顔をうずめた。
ああ、きっと、女の子の扱いに慣れてるんだって、そんなことを思っちゃったからだ。
「聖君」
「ん?」
「今日、ひまわりを元気にしてあげたでしょ?」
「うん」
「もしかして、ひまわりの扱い方、わかってるとか?」
「何?それ」
「なんか、上手にひまわりのテンションあげてるなって思ったの」
「扱い方って、そんなの考えたこともない。俺は感じたこと言っただけで」
「そうなの?」
「でも、こう言ったら元気になるかなってのは、ちょっと考えたかな」
聖君はそう言ってから、私の顔を覗き込んだ。
「それ、変な夢を見たのと、何か関係ある?」
「う、ううん。ちょっと思っただけで」
「顔にまるまる書いてあるよ。関係あるのって」
「え?」
「桃子ちゃん、隠してるとすぐにわかる。鼻、ひくひくするんだよね」
「ええ?そ、そうなの?」
私は鼻を手で隠した。
「今ごろ隠しても遅いって」
「…」
知らなかった。そんな癖あったなんて。これから、気をつけないと。
「で?何の関係があるのかな?」
聖君は、じいっと私を見ている。
「夢の中で、私そっくりの子が出てきて、聖君が、君は桃子ちゃんにそっくりだから、扱い方がわかるって、それに、苦手じゃないし、安心するって言ってて」
「へえ。それで?」
「それで、その子が聖君に私とも結婚してって言って、聖君がいいよって」
「どへ?」
どへ?
「なんで、そこで俺、そんなこと言っちゃうのかな」
「わかんない」
「いや、桃子ちゃんの夢の中のことだから、桃子ちゃんが何か不安でも抱えてるってこと?」
「…」
「桃子ちゃん?」
「だ、大丈夫。不安はないよ」
そうは言ってみたけど、心の奥にまた、暗い何かがあるのがわかる。
「愛してるよ?」
聖君はそう言うと、優しくキスをしてきた。
「桃子ちゃんに似てたって、本人じゃなきゃ嫌だよ、俺。桃子ちゃんに似てたって、桃子ちゃんは一人だけだし、桃子ちゃんが一番なんだから」
「うん」
「まじで、桃子ちゃんだけだよ」
聖君はそう言うと、私を抱きしめた。
「おやすみなさい、聖君」
「うん、おやすみ」
聖君の胸に顔をうずめ、目を閉じた。ああ、聖君のにおい、ぬくもり、安心する。
私はまた、いつの間にか眠っていた。
朝、聖君の腕の中で目が覚めた。すうすうっていう、聖君のかわいい寝息と寝顔。ああ、聖君がいる。ほっと安心する。
なんだろう、あの不安。もしかすると、また、ホルモンの関係で、落ち込んじゃったのかな。情緒不安定ってやつかな。
これ、自分でも知らない間にドスンって落ち込んじゃうから、困ってしまう。きっと、理由なんて、たいしたことのない理由だ。いつもなら、そんなに落ち込まないような、そんな理由。
だけど、聖君はそんな私のことを、大きく優しく包み込んでくれる。
聖君の寝顔、かわいい。ほんとにかわいい。ぎゅ。聖君に抱きついてみた。こんなに優しくてあったかいのに、なんで不安になっちゃうんだろうか。
「ん?」
あ、いけない。起きちゃった。
「ごめん。起こしちゃった」
「ん~~~~」
聖君が、キスをおねだりしてきた。
「え?」
「キスで起こされたいな~~。あ、もしかして俺が寝てたうちに、もうキスしちゃった?」
「ううん」
「じゃあ、もう一回寝るから、キスで起こしてね?」
聖君はにこりとかわいくそう言うと、目をつむった。
本当にもう…。時々こんな甘えん坊になるんだから。
思い切り狸寝入りの顔。う、この顔もかわいいかも!
チュ。キスをすると、にやけながら聖君は目を開けた。
「なんか、こんな物語あったよね」
「え?」
「白雪姫、あ、眠れる森の美女だったっけ?」
「眠れる森の美男子」
「ええ?なんだよ、違うでしょ?」
「聖君が主人公なら、そういうタイトルになるなって思って」
「俺が寝てて、桃子ちゃんがキスで起こしに来るの?」
「うん」
「いいね。他の子が来ても、俺、絶対に起きないよ」
「え?」
「桃子ちゃんのキスにだけ反応するんだ」
「…」
聖君はむぎゅって私を抱きしめた。
「もう起きないとならない時間?」
「うん、もう7時」
「ちぇ。もうちょっと、いちゃついていたかったな」
「…」
もう!かわいいんだから!私もむぎゅって聖君に抱きついた。
「最近の聖君って」
「ん?」
「めちゃくちゃかわいい」
「え?」
「かわいい聖君大好き!」
そう言って、もっと聖君に抱きついた。
「でへへ」
あ、にやけてる?
「桃子ちゃんってば、ほんと、変態なんだから」
「なんで?」
「俺のことかわいいなんて言ってくるの、桃子ちゃんか、父さんくらいだよ」
「他の女の子、そう言ってこない?」
「うん、あまり言われたことない」
「そうなの?こんなにかわいいのにな」
「俺、桃子ちゃんの前でしか、甘えないもん」
そうか。かわいい聖君は私しか知らないのか。
「こんな甘えてくる桃子ちゃんも、めちゃかわいいよ。これ、俺しか知らないよね」
「お父さんやお母さんですら知らない」
「まじで?」
「うん」
「わお!俺だけ?知ってるの」
「うん」
「ああ、いいね!夫婦って!」
聖君はそう言うと、思い切りキスをしてきた。
「ま、待って、もう起きないと、学校が…」
「送ってく」
「え?」
「車で送ってくから、もうちょっと大丈夫だよ」
「だ、駄目だよ。体の調子も悪くないのに~~」
「ちぇ」
また、ちぇって…。
「じゃあ、続きは夜だ」
聖君はそう言うと、ぱっと起き上がり、さっさと着替えをして部屋を出て行った。
ほんと、素早いんだよね。
私はちょっとだけ、聖君がいた布団に抱きついて、聖君のぬくもりを感じていた。
「はあ~~。本当は送ってもらいたいかも」
少しでも長く、聖君といたい。
ああ、土曜の夜は、私一人なのか。寂しいな。ついていっちゃいたいな。
でも、こんな気持ちでいることは、内緒にしておこう。聖君、本当に行くのをやめちゃうかもしれないし。
寂しさを感じながらも、それを隠して私は、一階に下りて、顔を洗いに行った。
バスルームで聖君は、歯を磨きながら、鼻歌を歌っている。器用だな~~。
「聖君」
「ん?」
「土曜日は、朝早いんでしょ?」
「うん、そうなんだよね。あ、荷物、今日にでも持ってきちゃうね」
「車で行くの?」
「…父さんの車で行く予定だから、あ、じゃ、明日車で行ったら駄目じゃん、俺」
「え?」
「ま、いっか。店まで電車で行くか~~」
「お父さんの車で行ったらいいのに」
「それは悪いよ。いくらなんでも。それに土曜日使うかもしれないでしょ?」
「使わないよ。お母さんの車だってあるから、大丈夫だよ」
「じゃ、今、お父さんに聞いてくるよ」
聖君はダイニングにいる父のところに行き、話を始めた。
「いいよ、いいよ。使っちゃって。明日電車で行くのは大変だろ?」
「それは、大丈夫なんですけど、全然」
「いいんだよ。土曜日も実は、仕事なんだ。だから、どうせ車は使わないよ」
「土曜も仕事ですか?大変ですね」
「まあ、しょうがないさ」
父と聖君との会話を聞きながら、私は席に座った。
「一泊でダイビング、いいわね。伊豆だっけ?」
母が聖君と私の朝食を用意しながら、聞いてきた。
「はい、伊豆です。前行ったところと同じ場所です」
「サークルには、女の子いるんだっけ?あまりいないんだっけ?」
「いないですよ、そんなに。今回も麦ちゃんと菊ちゃんだけかもしれないし」
「あら、そうなの」
母は、そう言うと安心したって顔をして、キッチンに行った。もう、何をいったい心配してるのかな。まさか、聖君の浮気とか?
「何かお土産買ってきますね」
聖君が父にそう言った。
「そんなに気を使わないでもいいから、十分、楽しんでおいでよ、聖君」
父がそう言うと、聖君は嬉しそうにはいってうなづいた。
私もそう本心から言ってみたい。でも、心の奥では寂しがっている。たった1日なのに。ちょっと前までは、1日だし、全然平気って思っていたのにな。
菜摘でも誘って、泊りに来てもらおうか。
聖君に駅まで送ってもらい、改札で別れた。電車に乗り込むと、私はすぐに菜摘に相談した。
「兄貴、サークルで一泊だっけ?いいよ、私、泊りに行っても。あ、なんなら蘭も誘わない?女3人でくっちゃべろうよ」
「うん!」
ああ、よかった。これで、寂しくないかもしれない。
私はほっと胸をなでおろし、学校に菜摘と向かった。