第123話 女の子の扱い方
聖君がココナツミルクをしあげ、冷蔵庫にしまったころ、母が帰宅した。
「ああ、いい匂い。中華?」
「うん。酢豚と水餃子、デザートはココナツミルク」
私がそう言うと、母はキッチンに来て、
「美味しそうね」
と、目を輝かせた。
「ご飯、8時過ぎでもいいですか?」
聖君が聞いた。
「いいわよ。ひまわりとお父さんが帰ってくるころで」
「じゃ、それにあわせて、卵スープも作りますね」
「え?」
「中華の味の」
う~ん、ぬかりないな。さすがだよ。
母はエステの片づけをしに行き、私と聖君はリビングでのんびりとしていた。酢豚も、あとは野菜と肉とを炒めて味付けするだけだし、ご飯は今、炊いている最中だ。
「聖君」
「ん?」
ビトっと聖君にひっついた。
「土曜に一泊だっけ」
「ダイビング?」
「うん」
「なあに?寂しくなっちゃった?」
「うん」
「じゃ、やめようか?」
「ううん。そんな、いいよ、行ってきて」
私は慌てて首を横に振った。
「でも」
「でも?」
「電話かメールしてね」
「え~~~」
聖君が顔をしかめた。
「え?し、してくれないの?」
「う~~ん、スケジュール表見たら、超忙しそうだったんだよね。それに、同室の人、うるさい先輩だし」
う。そっか。また、メールも電話もしてくれないのか。がっかりだな。
「桃子ちゃん、よちよち」
聖君が頭をなでてきた。もしかして、慰められてる?
「かわいい。怒られちゃって、いじけてるクロそっくりだ」
「もう~~~~!」
「あはは!もう、桃子ちゃんってば、俺の冗談真に受けてるんだから」
「へ?冗談?」
クロに似てるってことかな。
「電話もメールもするよ。俺だって、桃子ちゃんの声聞きたいもん」
「え?!」
「部屋から抜け出して、どこか一人になれるところ探すから、安心して」
「さっきの、冗談だったの?」
「うん」
「…」
「桃子ちゃん、まじで落ち込んじゃってるんだもん」
「だって」
「くす」
聖君がむぎゅって抱きしめてきた。
「かわいい」
「もう~~~」
聖君が私をむぎゅって抱きしめてるところへ、母が和室から出てきて、
「あらら、タイミング悪かったかな」
と言われてしまった。
「あ、い、いえ」
聖君は焦って、私から離れた。私も顔がほてりまくってしまった。もう、お母さん、ほんとタイミング悪すぎだよ。
ピンポン…。その時、チャイムの音が鳴った。あ、この気まずさから解放される!
「お父さんかしらね」
母がいそいそと玄関に走って行った。
「ああ、すっかりお母さんがいたこと忘れて、いちゃついちゃった」
聖君が真赤になって、ぼりって頭を掻いてた。でも、母が玄関に行ってしまったので、ほっとしているようだ。
「ただいま~。さ、かんちゃん、あがって」
ひまわりの声だ。父じゃなくてひまわりが帰ってきたのか。
「お、お邪魔します」
あれれ?かんちゃん、うちにあがるの?
「かんちゃん、こんばんは。あら、お父さんも一緒だったの?」
母のそういう声が聞こえてきた。え?お父さんまで?
私と聖君も立ち上がり、玄関のほうに行くと、ひまわりとかんちゃん、そしてその後ろから、父も玄関に入ってきていた。
「偶然一緒になってね。うちに上がってと誘ったんだよ」
父がそう言った。めずらしい。逆に家にあがったりしたら、嫌がりそうなもんなのに。それとも、聖君と暮らすようになって、父も変わったのかな~。
「ちょうどよかった。たくさん夕飯作ったから、かんちゃんも食べていきなよ」
聖君がそう言った。
「そうそう。聖君が作った美味しい料理なのよ。食べていったら?」
母も誘った。あ、実は私も作ったんですとは、言い出せなかったな。
「聖さんが?」
かんちゃんが、緊張したまま驚いている。
「料理得意なんだ、俺」
聖君がにこっと笑った。かんちゃんはその笑顔につられたのか、
「はい、じゃ、食べていきます」
と、固まりながらもうなづいた。
絶対にかんちゃんは、聖君のことを慕っていると思う。慕っているどころか、聖君と話せることを、喜んでいるような気すらする。きっと、聖君がいなかったら、さっさと帰るだろうな~。
「聖君が作ったのか、楽しみだな」
父もにこにこしながら、そう言ってリビングに来た。
「あ、あの、私も」
私がそっとそう言うと、聖君が気がついて、
「俺と桃子ちゃんとで作ったんです。だから、めちゃ美味しいと思いますよ」
とにっこりとしながら、言ってくれた。
「夫婦で作った料理か。いいね~」
ひまわりが一番後ろからやってきて、ぽつりとそう言った。
「さ、みんな手を洗ってきちゃって。お父さんとひまわりは着替えてきたら?その間に、支度整えちゃうから」
母がそう言うと、ひまわりと父はいそいそと自分の部屋に行った。ぼ~~っと突っ立っているかんちゃんには、
「かんちゃん、洗面所はこっち」
と言って、私が洗面所まで連れて行ってあげた。
戻ってくると、母はなぜか、リビングでのんびりしている。そして、キッチンには聖君が立っていた。
「桃子ちゃんも手伝って」
聖君に言われ、私もキッチンに入った。
「お母さんは?」
「ああ、休んでてって言ったんだ。出張エステって、大変なんでしょ?準備は俺らでしちゃおうよ」
「うん」
聖君、優しい。そんな心遣いができるところが、聖君のよさだよね。
かんちゃんも交えての夕飯、いつものごとく母は陽気で、聖君はそれにつっこみをいれたり、大笑いをしたり。父はビールを飲んでいて、超ご機嫌。聖君と一緒になって、笑っている。
かんちゃんは、そんなみんなの様子を最初、うかがっているようだったが、だんだんと一緒に笑うようになった。
ひまわりはというと、かなりかんちゃんを気にしていた。かんちゃんの顔色をうかがい、かんちゃんが笑えば笑うけど、いつものような豪快な笑いでもなく、あまり話すこともなかった。
時々、そんなひまわりを聖君は見ていた。話もふってみたり、「ね?ひまわりちゃん?」と聞いてみたり。それには、ひまわりも答えるんだけど、自分からいつもあれこれ話すひまわりが、今日は静かだった。
「デザートはリビングで食べる?かんちゃん」
聖君が聞いた。
「あ、はい」
「じゃ、ひまわりちゃんの分と一緒に持っていくよ。リビングで待ってて」
聖君はそう言った後、父にもデザートをどうするか、聞いていた。
「風呂あがってからにでもするよ。先に風呂に入ってくるとしようかな」
父はそう言うと、寝室に行ってしまった。
「私もあとで、いただくから、リビングで4人で食べたら?」
母はそう言うと、片づけをしだした。
「片づけ、俺、あとでしておきますよ?」
「あら、いいわよ。そのくらいはするから。それより、聖君はかんちゃんとひまわりのことをお願い」
「え?」
「ひまわり、様子変だし」
「あ、そうなんすよね。元気ないですよね」
聖君はそう言うと、お盆にココナツミルクを乗せ、リビングに行った。
「お母さんも気づいてたの?」
私は小声で母に聞いた。
「うん。いつものひまわりじゃなかったもの」
そうなんだよね。あの元気なひまわりが、どうしたというんだろうか。
私もリビングに行き、聖君の隣に座った。
「美味しい!これもお兄ちゃんの手作り?」
「うん」
ひまわりの質問ににっこりと聖君はうなづいた。
「すごいね。お料理得意な旦那さんなんて、羨ましい」
ひまわりはそう言ったあと、すかさずかんちゃんの顔を見て、かんちゃんの表情をうかがっている。
「桃子さんもお料理するんですよね」
かんちゃんが聞いてきた。
「え?うん」
「桃子ちゃんも料理好きだもんね」
聖君がそう言った。
「いいっすね。お料理上手な奥さん…」
かんちゃんがそう言うと、ひまわりがかんちゃんのほうを見て、また前を向き、暗い顔をした。
「そうだね。一緒に作れるのは楽しいかもね」
聖君はそう言った後、
「そうだ。ひまわりちゃんも、今度一緒に作ってみない?」
とひまわりに聞いた。
「え?」
ひまわりは突然のことで驚いている。
「俺、教えてあげるよ?料理」
「ほ、ほんと?私、ぶきっちょだけど、できる?」
「あはは。大丈夫。俺も、ぶきっちょだから」
聖君は爽やかな笑顔でそう言った。
「じゃ、今度教えて」
ひまわりは、はにかんでいる。かんちゃんのほうは見ないのに、でも、かんちゃんのことを意識しているのが、すごくよくわかる。
かんちゃんはというと、黙ってココナツミルクを食べている。
「そういえば、聖さん、ダイビング行くんですっけ?」
「うん、週末行くよ」
「いいっすね~」
「かんちゃんもライセンス取るんでしょ?」
「はい、取りたいっすね」
「え?そうなの?」
ひまわりがそれを聞き、
「私も取ろうかな」
とちょっとわくわくした感じで、そう言った。かんちゃんはそれを聞き、何かを言いかけたけど、それよりも先に聖君が、
「いいね!ひまわりちゃんも取って、桃子ちゃんも赤ちゃん産まれてから取るでしょ?そしたらみんなで、潜りに行けるじゃん!」
と嬉しそうに目を輝かせて言った。
それを聞き、かんちゃんは何も言わなくなった。ひまわりは聖君にそう言ってもらって、相当嬉しかったようで、にこにこしている。
「そんなに海の中綺麗?」
ひまわりが聖君に聞いた。
「うん、最高だよ。一回潜ったら絶対にやみつきになるね」
「私でもできるかな?」
「ひまわりちゃんなら、すぐでしょ?泳ぎ得意だし、運動神経いいじゃん」
聖君の言葉に、ひまわりは浮かれた。でも私が沈んだ。
泳ぎ駄目だし、運動神経鈍いんですけど。そんな私でも大丈夫なの?
「泳げない人でも、ダイビングできるんだから、絶対に大丈夫だよ」
聖君は、そう話を続けた。あ、それを聞いてかなり安心したかも。私が…。
ひまわりはやっと、いつものひまわりになった。聖君にあれこれと話だし、聖君がそれを聞き、笑ったり、ひまわりも一緒に大笑いをしたり。
かんちゃんはその横で、静かだった。しばらくすると、ひまわりはかんちゃんが静かなのに気がついいたのか、かんちゃんのほうを見て、静かになってしまった。
「そろそろ俺帰ります」
かんちゃんが席を立った。
「え?そう?」
ひまわりが、寂しそうに聞いた。
「ごちそう様でした。美味しかったです」
かんちゃんはそう言って、ぺこりと聖君と私にお辞儀をして、さっさと玄関に行ってしまった。
「そこまで、送る」
ひまわりが慌てて、後ろからついていった。
あれ、めずらしい。今日のひまわりはなんだか、しおらしいかも。
玄関に私と聖君、そして母がかんちゃんを見送りに行き、ひまわりはかんちゃんと一緒に玄関を出て行った。
「どうだった?ひまわり」
母がリビングに戻りながら、聖君にこっそりと聞いた。
「う~~ん、よくわかんないですけど」
聖君は腕を組み、下を向いて考え込み、
「ちょっと、いつもより、かんちゃんのこと気にしてる感じでしたよね」
と母に、小声でそう言った。
「何かあったのかしらね。かんちゃんのほうはすっかり、聖君になついてるみたいだけど。あの二人はあまり、うまくいってないのかしら」
母がそうつぶやいた。
「さあ?」
聖君は首をひねった。
ガチャ…。5分くらいして、ひまわりが家に入ってきた。
「ひまわりちゃん、先に風呂入る?もうお父さん出たよ」
聖君が聞いた。
「いいよ、お兄ちゃんたち入っちゃって」
ひまわりはうつむき加減でそう言った。
「あれ?どうかした?」
聖君が聞くと、ひまわりは、ちょっと黙り込み、
「かんちゃんがさ、ひまわりは聖さんのことどう思ってるのかって聞いてきた」
とそうまた、うつむいて言った。
「え?」
聖君が聞き返すと、ひまわりはリビングまでとぼとぼと歩き、どかっとソファーに腰かけた。
「俺といるより楽しそうだね。料理も教えてくれるって言われて、浮かれてたねって」
「そんなこと言ったんだ」
聖君もソファーに座った。私も聖君の横にちょこんと座った。
「私、かんちゃんがお料理できる女のほうが、いいのかなって思ったからだったのにな」
ひまわりは、口をとがらせた。
「うん、それはなんとなく感じた」
聖君がうなづいた。
「ひまわりちゃん、今日、静かだったね。どうした?喧嘩した?」
「してない。でも」
ひまわりはまた、黙り込んだ。
「でも、かんちゃんが嫌がらないか、そればっかり気になっちゃって」
ようやく口を開いたが、すごく暗い顔をしている。
「嫌がるって?」
聖君が聞いた。
「あ、この前のこと気にしてるの?」
私が聞くと、ひまわりはうなづいた。
「この前?」
聖君が私に聞いてきた。
「ほら、独占欲強い女は嫌だって、そうかんちゃんが言ったって」
「あ~あ。それね」
「また、こういう女は嫌だって言われたらって思うと、あれこれべらべら話せなくなっちゃったの」
ひまわりがそう言うと、なぜか聖君はくすくすと笑いだした。
「どうしたの?」
私が聞くと、聖君は、
「だってさ、そんなこと言ってたかんちゃんも、やきもちやいてるじゃんって思ってさ」
とまだ笑っている。
「え?やきもち?」
ひまわりが驚いている。
「そうだよ。俺といて楽しそうだねなんてさ、やきもち以外の何物でもないじゃん。ひまわりちゃんも、かんちゃんが他の子と楽しそうで、やきもちやいたんでしょ?今になって、かんちゃんもその気持ちがわかったんじゃないの?」
「そ、そうかな」
「ひまわりはなんて答えたの?」
私は気になり聞いてみた。
「聖君のことは、本当にお兄ちゃんができたって、喜んでる。お兄ちゃんが欲しかったしって答えたよ」
「そうしたらなんて?」
今度は聖君が聞いた。
「俺といるより楽しそうなのは、どうしてかっていう質問の答えになってないって」
「あはは、やっぱり」
聖君がまた笑った。
「かんちゃん、すねちゃってるんだよ、それ」
「そうかな」
ひまわりは首をかしげた。
「で、なんて答えたの?」
今度は私が聞いた。
「かんちゃんも、茂木さんといるほうが楽しそうって、言っちゃった」
「茂木さんってのが、新しく入ったバイトの子?」
聖君が聞いた。
「うん」
ひまわりがうなづいた。
「そうしたら、かんちゃん、すごくふてくされて、そのままもう帰るって、帰っちゃった」
「あれまあ。けっこう器の小さいやつだね」
聖君が呆れたって顔をした。
「私もそう思う」
ひまわりはそう言うと、ふうってため息をつき、
「もうふっちゃおうかな、私」
とそんなことを言い出した。
「え?!」
私は思い切り驚いてしまった。
「なんでそんなに驚くの?お姉ちゃん」
「だって、そんな簡単に…」
「一緒にいても疲れるだけだもん。また、怒らせないかとか、嫌われないかとか、そんなことばっかり考えてるの、疲れるもん」
ひまわりはそう言うと、今度はソファーの背もたれに寄りかかり、
「もう~~~、付き合うって面倒くさい」
といきなり、大きな声を上げた。
「それが人を好きになるってことじゃないの?」
私が聞くと、ひまわりはえ?って顔をした。
「好きだから、嫌われたくないとか、相手の行動や言動一つ一つが気になっちゃうんじゃないの?」
「そうなの?」
ひまわりはきょとんとした顔をしている。
「お姉ちゃんもそうだったのかあ」
「うん」
私がうなづくと、横で、
「俺もだよ」
と聖君が言った。
「え?お兄ちゃんも?まさかでしょ?」
「まさかじゃないよ。ほんと、俺もめちゃくちゃ、気になったり、悩んだりしてたよ?」
「お姉ちゃんに嫌われるかもって?」
「そう」
聖君はうなづいた。それを見て、ひまわりもだけど、私も今、ちょっとびっくりしている。
「ひまわりちゃん、かんちゃんのこと好きでしょ?だから、やきもちもやいたんでしょ?」
「だと思う」
「じゃ、ちゃんと好きだって言ってみたら?」
「でも、独占欲強いのは嫌だって」
「独占欲じゃなくって、好きなんだって、ちゃんと伝えてみたら?」
「…」
「それでだめなら、さっさと別れるなり、ふるなりしちゃえば?」
「え?そ、そんなでいいの?」
聖君があまりにもあっさりと、そんなことを言うから、私が慌ててしまった。
「わかった。そうだよね、私くよくよしてるの好きじゃないし、そうするよ。好きだって言って、私のこと好きかどうか、付き合っていきたいのかどうか、聞いてみる」
「うん。それでこそ、ひまわりちゃんだよ」
聖君がにかって笑った。ひまわりはいきなり立ち上がり、
「よっしゃ。元気でた!」
と鼻息を荒くして、
「お風呂、やっぱり先に入ってくる」
と言って、2階にドタドタと上がっていった。
聖君はそれを見ながら、
「よかった。いつものひまわりちゃんに戻った」
とにっこりとほほ笑んだ。
さすが。ひまわりを元気にさせたのは、聖君だ。っていうか、ひまわりの性格をよく知っているというか、扱い方を知っているというか。
ちょっと私は思ってしまった。聖君って、本当に女の子、苦手なの?
やっぱり扱い方、上手なんじゃないの?
なんて…。私の扱い方も、上手だもんな~~。