第122話 麗しの聖君
聖君と夕飯を作り出した。聖君はいつものように、鼻歌交じりだ。
あ、餃子、皮で包みだした。うわ。本当に綺麗に、作っていく。鮮やかとしか言いようがない。
それに見惚れていると、
「桃子ちゃんも手伝ってよ」
と言われてしまった。
「うん」
私も餃子の皮で具を包んでみた。わりと餃子は得意なほうなんだけど、聖君の手際の良さには敵いそうもない。
「れいんどろっぷすで、中華も出せそうだね」
私が言うと、
「ああ、そんな話も今、あるんだ」
と聖君が言った。
「え?」
「カレーの日もあるからさ、中華の日も作ろうかって。面白いでしょ?」
「うん!」
「デザートも中華のものにしたら、楽しそうだし」
「あれでもいいな」
「なに?」
「天心。小龍包とか、水餃子とか、春巻きとか」
「ああ、いいね。っていっても、あれは結構難しいかも」
「水餃子、得意なんでしょ?」
「俺はね。でも母さんは、あまり得意じゃないんだ」
ああ、そっか。いろいろと準備をするのは、聖君のお母さんなんだもんな~。
「桃子ちゃんはカフェやるとしたら、どんなのがいい?」
「創作料理とか、いいな」
「和食の?」
「ううん。和もあって、洋もあって、中華もあるの。レシピもあれこれ考えて、レシピ本とか出しちゃったりして」
「わ!桃子ちゃんってば、けっこうでかい夢持ってるんだね」
「え?夢っていうか、妄想だよ?」
「ははは!妄想も夢も一緒だよ。それ、きっと叶うよ」
「そうかな」
「だって、今までの妄想も叶ってるでしょ?」
「どんな?」
「俺と一緒にいるとか、結婚とか」
「わ、そっか」
私は顔がほてりまくった。
「なんで赤くなってるの?」
「うん。聖君との結婚は、私のとんでもない妄想で、叶ったらいいな、でも、無理かなっていうくらいの思いだったから。それが叶っちゃったんだなって、今、そう思ったら、なんか、信じられないっていうか」
「何が?信じられないも何も、現実に起きてることだけど?」
「そうなんだよね~~~~」
私は餃子を作っている手を止め、ぼ~~っとした。
「聖君とこうやって、お料理してるのも夢みたいだし、毎日隣で寝てるのも夢みたいだよ」
「は?」
聖君がちょっと呆れたって顔をしている。
「だ、だって、この聖君だよ?」
「この?」
「この聖君が、私の旦那さんだなんて」
「はあ?」
「こんなにかっこいい聖君が!」
「ちょ、ちょっと待って。いや、もういい。料理に集中しよう、桃子ちゃん」
「うん」
聖君は耳まで真っ赤になりながら、また、餃子の皮で包みだしたけど、
「あ」
「うわ」
と、何度も失敗をし始めてしまった。
「あ~~、もう~~~。桃子ちゃんが変なこと言うから、餃子が大変なことになってるよ」
「ごめん…」
「桃子ちゃん、ちょっとこっち向いて」
「え?」
なに?私は聖君のほうを向いた。
チュ。
「え?」
なんでいきなり、キスをしてくるかな。
「あ、駄目だ。一回、休憩しよう。俺、餃子なんか作ってられなくなっちゃった」
「ええ?」
聖君は手を洗うと、コップを戸棚からとって水を入れ、ぐびっと飲んだ。
「休憩って、疲れたの?」
「違うよ。ドキドキしてるの」
「なんで?」
「だって、桃子ちゃんが…」
「私?」
なに?私がなんかした?
「かわいくって」
は~~~?
「まったく、なんなんだよ。この聖君ってさ。もう、桃子ちゃん、俺に惚れすぎ。でへ」
あ、思い切りにやけている。それに私のことを後ろから抱きしめてきた。
「桃子ちゅわん」
あ、甘えモードだ。
「さっきはその、料理できなくなるって思って、もういいって言っちゃったけど」
「うん」
「この聖君って、どんな聖君なの?」
あれ?それ、気になってたとか?
「かっこいい聖君」
「それから?」
「かわいい聖君」
「そ、それから?」
「爽やか笑顔の聖君」
「…」
「優しい聖君」
「…」
「素敵な聖君」
し~~ん。あれ、聖君、黙り込んじゃったな。
「それと、セクシー聖君」
「色っぽい聖君」
「もてもて聖君」
「何でも完璧聖君」
「麗しの聖君」
「あはははは!」
あれ?今度は思い切り笑いだしちゃった。
「なんだよ、麗しのって」
聖君は私に抱きついてた手を離し、笑い転げている。ああ、つぼにはまっちゃったか。
「もう~~、おもしろすぎ、桃子ちゃん」
涙まで流して笑ってるし。
「笑わせるつもりはなかったよ?本気で言ってたし」
「え~~?麗しのって?」
「だって、ずっと大好きで、ずっと片思いしてて、ずっと」
「ずっと片思いじゃないじゃんか。さっさと俺ら、両思いになったでしょ?」
「あれ?そう?」
「ええ?もう~~。桃子ちゃんが俺ら、付き合ってるのにもかかわらず、勝手に片思い気分でいただけじゃんか」
う、そっか。
「ああ~~、笑えた」
聖君はまた、餃子を作り出した。
「聖君」
「ん?」
「私、聖君のこと、どう思ってたか知ってる?」
「知ってるよ。麗しの聖君でしょ?」
聖君はそう言うと、またぷってふきだしそうになった。でも、必死でこらえている。
「そうじゃなくって」
「へ?じゃあ何?」
「聖君は私のアイドルだなって、そう思ってた」
「はあ?」
聖君は、一瞬目を丸くしてから、
「あ、あはは。あははははは!」
とまた、思い切り笑いだした。
「だから、そこ、笑うところじゃないと思うけど」
「だって、何それ!ちょっと、俺、腹よじれるかも」
え~~?
「は、初耳だ。俺が、アイドルなの?あはははは!ひ~~~っ。いてえ、腹いてえ!」
笑い過ぎだってば、もう。
「どこがアイドルなんだよ?」
「どこって、全部?」
「ぜ、全部?俺、こんなだよ?どこをとっても、あほじゃん。お笑い芸人とかっていうならわかるけど」
「聖君、お店じゃみんなのアイドルだよ」
「ええ~~?今度は何?桃子ちゃんのじゃなくって、みんなのアイドルになっちゃうの?」
「私もだけど」
「ああ、まあ、いいや。俺、桃子ちゃんのアイドルでも。でも、みんなのアイドルは、引き受けたくないな」
え?もうすでに、そうなってると思うけどな。
「俺さ、なんつうの?お店のファンが欲しいんだよ。味だとか、雰囲気だとか、そういうのが好きだっていう」
「そういうファンもいっぱいいると思うよ?」
「うん。それだけでいいの、俺」
「聖君のファンはいらないの?」
「うん。だからね、母さんにも言ってるんだ。紗枝ちゃんとか、朱実ちゃんがいるときは、俺、一切ホールに出ないで、キッチンにいるよって。もう、キッチンから一歩も出ず、母さんにホールに出てもらいたいくらい」
「え~~。それ、寂しがる人いっぱいいるよ」
「いいよ、別に」
「よくないよ。お店や味のファンの人だって、寂しがるよ」
「いないってわかったら、ああ、いないもんだって思うでしょ。俺、受験で一切店に顔出さなかったとき、そんなに寂しがられてなかったけど?」
「そうかな~~。お客さん減らなかった?」
「うん」
「そうなんだ~~」
「そんなもんだって」
聖君はそう言うと、酢豚のほうに取り掛かりだした。
「あ、駄目。酢豚は私が」
「え?手伝うよ。一緒に作ろう」
「う、うん」
私の手料理って、聖君に食べさせてあげる日、来るんだろうか。いっつも聖君が手伝ってくれるようになったりして。
「桃子ちゃんもホールの手伝いに変わらない?」
「え?私?」
「うん」
「でも、私はケーキ作ったり、スコーン焼いたりしたいもん」
「だよね」
「うん」
どうしたんだろう。そんなにホール嫌なのかな。
「お客さんと何かあった?」
「え?なんで?」
「ホール嫌がってるから」
「別に、そうじゃないけど」
聖君は野菜を切り終わると、豚肉を今度は切り出した。
「俺、見ててわかるようにさ、料理好きだし」
うん。それは思うよ。ほんと、好きだよね。
「キッチンにいるほうが、向いてると思うんだよね」
「ホールでの聖君だって、いつも素敵だよ?向いてると思うよ?」
「サンキュー。でも」
「でも?」
聖君はちょっと黙り込んだ。それから、私を見ると、
「俺、けっこう自分を演出してたり、無理していると思うんだ」
と、真面目な顔で言ってきた。
「え?」
「女の子、やっぱり苦手だし」
「でも、お店ではそう見えないよ?」
「でしょ?仮面かぶってるもん」
「仮面?」
「キッチンのほうが、素でいられるし、楽しいよ」
「楽しくなかったの?ホール」
「楽しかったよ」
過去形?
「でも、この夏はしんどかった」
「お客さん増えたから?」
「うん。ブログで俺の写真、載っちゃって、どっと増えたじゃん」
「聖君」
私はびとって聖君にくっついた。本当は抱きつきたかったけど、手が玉ねぎ切った手だったし、抱きつけなかった。
「なに?桃子ちゃん」
「そんなに大変な思いをしてるって、私、わからなかった。ごめんね」
「また、謝ることじゃないって。俺、桃子ちゃんと暮らせるようになって、毎日癒されてたから、やってこれたんだからさ」
「ほんと?」
「そんなの桃子ちゃんだって、知ってるでしょ?俺がどんだけ、甘えていたか」
「甘えモードによくなってた」
「でしょ?」
「うん」
そうか。
「じゃ、甘えられるところがあったから、聖君、大丈夫だった?」
「うん。桃子ちゃんに思い切り甘えられたから、ちゃんと乗り越えたよ?」
「聖君」
私は聖君の胸に顔をうずめた。
「でもね、そういうこと口にして言ってくれてもよかったのに。そうしたら、私もっと」
「もっと?」
「もっと、癒したのにな」
「十分癒しくれてたけど?」
「本当に?」
「だって、2~3日に一回は、桃子ちゃんのこと、抱いてたし」
か~~!!いきなり、顔が熱くなった。
「そ、そういうことじゃなくって」
あれ?でも、そういうことになるのかな?
だけどな~。ああやって、聖君に抱きしめてもらって、癒されてたのは私のほうだったような気もするし。
「桃子ちゃん、やべえ」
「え?」
「もう、7時になるよ。お母さん、確か7時半頃帰るって言ってたような」
「え、そうなの?」
「ひまわりちゃんは、バイトだったっけ。8時ごろだよね?」
「うん」
「お父さんも、8時過ぎるって」
「だから、まだ大丈夫だよ」
「うん。でも、ちょっと早めに作ろうか。デザート作りもあるし」
「うん」
私たちは、話をやめて、しばらく料理作りに没頭した。
「お皿とか、用意してくれる?桃子ちゃん。あ、でも高いところのは俺がとるからね」
「うん、大丈夫。高いところには入ってないから」
私はお皿や、お箸を用意した。そして、ご飯茶碗を棚から出したときに気が付いた。
「ご飯炊いてない!」
「あ!」
聖君も、目を丸くして、
「やべ~~、忘れてた」
と、叫んだ。そして慌てて、お米を研ぎ出し、炊飯器に入れてスイッチを入れた。
「あははは」
聖君が笑った。
「かなり、間抜けじゃない?俺ら」
「うん。あはは、本当だよね」
聖君と笑いながら、夕飯の支度を整えていった。
聖君、やっぱり楽しそうだ。そうだね、聖君はキッチンにいるのも、似合ってるかもしれないよね。
「桃子ちゃん」
「ん?」
聖君のほうを向くと、また、聖君がキスをしてきた。
「もう~~、また~~」
「あはは。いいじゃん。料理しながらいちゃついてるのも」
そう言って、聖君はやけに爽やかに笑う。ああ、だから、その笑顔と話してる内容が、マッチしてないんだってば。
「なんか、夫婦って感じだよね!」
今度は聖君が、思い切りかわいい笑顔で笑った。
私は、そんな聖君を見ていて、心の中で、やっぱりアイドルだよ。麗しの聖君だよって、つぶやいていた。