第118話 嬉しいから
夢の中で聖君を私は探していた。ここはどこだろう。わからない。夕暮れの赤く染まる空の下、私は歩いている。
人がいる。知らない人だ。
「聖君、どこにいますか?」
その人に聞いた。
「あっちの校舎だよ」
ここ、大学なんだ。私はその人に指差されたほうに、歩いて行った。校舎に入ると、誰もいない。でも、声がどこからか聞こえる。女の人の声だ。その声のするほうに歩いて行き、廊下を曲がると、そこに聖君と知らないきれいな女の人がいた。
「聖君なら、全部をあげてもいい」
げ!何それ!
その人は聖君の首に両手を回し、思い切り迫っている。
いや!やめて!
次の瞬間、聖君はものすごく冷たい口調で、
「いらない」
と言い放ち、その人からさっと離れた。そしてこっちを向き、
「桃子ちゃん」
とにっこりと微笑んだ。
女の人は、それでも聖君に食い下がる。
「聖君」
また、聖君に言い寄っている。でも聖君はその人を無視して、私のほうに来ると私のほほを優しくなでたり、おでこにキスをしてきた。
「桃子ちゃん、そろそろ起きて」
え?
「桃子ちゃん、ご飯食べよう」
?なんでそんなことを言ってくるの。
ぐに。鼻をつままれた。
「桃子ちゃん、お・き・て!」
パチ。あ、夢だった。目の前に聖君がいて、にこっと微笑んでいる。
「起きた?」
「おはよう」
「え?」
「また、聖君に起こされちゃった」
「ブ!」
あれ?なんで笑ってるの?
「まだ夜だよ。これから、夜ご飯」
「え?」
あれ?ここ、聖君の部屋?えっと~~~。
「あ!」
思い出した。さっき、聖君がさっさとお店に行っちゃって、寂しい思いをしながら、眠ったんだっけ。
「今何時?私どれだけ寝てた?」
「今、7時半。店わりかしすいてるから、俺も夕飯食べちゃうよ。一緒に食べよう」
「…」
確か、さっき4時くらいだったから、わ、3時間以上寝てたんだ。
「疲れちゃった?熟睡してたね」
「…だって、聖君が…」
「俺が?」
「…」
私は顔が一気にほてった。
「あ、ああ。そっか。俺が原因か。ごめん。ちょっと激しすぎちゃったかな、でへ」
「もう~~。でへ、じゃないよ」
私はバチンと聖君の背中をたたいた。
「いて。だから、ごめんって」
聖君はそう言うと、頭をぼりって掻いて、
「下行こう。もう夕飯の準備できてるよ」
と私の手を取った。
ああ、聖君だ。むぎゅ。私は後ろから聖君に抱きついた。
「なに?桃子ちゃん」
「だって、寂しかったんだもん」
「へ?」
「聖君、さっさとお店に行っちゃったから」
「…」
聖君は目を細めて私を見ると、チュってキスをして、
「桃子ちゃんの家に帰ったら、ずっとべったりくっついてるから」
と耳元でささやいた。
それから、今度は顔をくしゃってして、思い切りにやけながら、
「やっべ~。俺、幸せ!」
とかわいい声を出した。そして、にっこにっこの笑顔で階段を下りて行った。
「あ、桃子ちゃん起きた?」
聖君のお父さんが、リビングでどうやら、私が起きてくるのを待っていたらしい。テーブルには夕飯の用意ができていたが、手をつけず、新聞を読んでいる。
「すみません、遅くなって」
「ああ、いいよ、いいよ。さ、座って。食べようか」
「はい」
聖君の横に私もちょこんと座った。
「杏樹ちゃんは?」
「塾だよ」
「え?まだ?」
「なんか、時間帯変えたみたい。多分、彼氏に合わせたんじゃないの?」
「ああ、そっか~~」
「桃子ちゃん、大丈夫なの?貧血のほうは」
聖君のお父さんに聞かれた。
「はい、もうすっかり」
「そっか。そりゃ、よかった。じゃ、いっただきます」
聖君のお父さんは元気にそう言って、食べだした。
「いただきま~~す」
聖君も元気に食べだした。
「うめ!」
聖君とお父さんが同時にそう言った。面白い親子だな~~。
それにしても、私、貧血で今日学校休んだんだっけ。それなのに、聖君とあんな、あんな…。
で、でも、不思議と体の調子がいいというか、食欲もあるし、元気だ、私。さっき、熟睡したからかな。
夕飯を終え、聖君は少しだけ店の片づけを手伝うと、私を連れて、
「さ、帰ろうか」
と車に乗り込んだ。聖君のお父さん、お母さん、家にちょうど帰ってきた杏樹ちゃんにも見送られ、私たちは我が家に帰ってきた。
家に着くとすぐに聖君が、
「お風呂入ろう」
と、私を連れ、お風呂に入りに行った。
お風呂場でも聖君は、すごく機嫌がいい。
「ねえ、聖君」
「なあに?」
背中を洗ってくれてる間に、話しかけた。
「私、すごく元気になったんだけど」
「え?」
「なんだか、調子がいいの」
「俺のエネルギー、吸っちゃったんじゃないの?」
「え?そうかな」
「あはは。冗談だよ」
「でも、昨日はくらくらしてたのに、今日は全然」
「ホルモンも関係してるのかな?」
聖君はそんなことを言い出した。
「え?」
「女性ホルモンが活発化するとか。って、関係ないかな」
「そうなのかな」
聖君は私の体も髪も洗い終えると、私と場所を交代した。そして、私が聖君の背中を洗いだした。
「変な夢見たよ」
「さっき?」
「うん」
「どんな?」
「聖君の大学に私がいて、聖君が女の人に言い寄られてるの」
「俺、どうしてた?」
「すんごく冷たくしてた」
「その女性に?」
「うん」
「そんで?」
「私のほうに来て、優しく話しかけてきた」
「あはは。夢の中でも俺、桃子ちゃんにだけ優しいんだ」
「うん」
「安心した?」
「うん」
後ろから聖君に抱きついた。
「聖君」
「ん?」
「本当に私は、独り占めしてるんだね」
「いいんだよ?独り占めしてて」
「うん」
背中を洗い終え、私はバスタブに入りに行った。聖君は豪快に体も髪も洗っている。そして、洗った前髪を手ですくいあげる。水が顔から滴り落ち、やばいってほど、色っぽくなる。
は~~~、悩ましい。悩ましいってきっと、こういうことを言うんだ。こんなにセクシーな男の人っているかなあ。
うっとりとして見ていると、聖君はバスタブに飛び込んできた。
「桃子ちゃん、そんなにうっとり見惚れないで。恥ずかしいから」
「え?」
「もう~~、スケベ」
「ええ?」
聖君は私を後ろか抱きしめると、
「桃子ちゃん、最近俺のこと、悩ましい目で見るんだもん」
とそんなことを言い出した。
「私が?」
悩ましいのは聖君でしょ。
「もう、エッチ」
「エッチは聖君でしょ」
「俺、そうだよ。エッチだよ」
「う…」
そう言われちゃうと、何も言い返せなくなるよ。
「桃子ちゃんもでしょ?」
「う」
図星かもしれない。最近、自分でも思ってた。私もエッチかもって。
「桃子ちゃん」
「え?」
「俺にだけ、エッチでいてね。他の人のことそんな悩ましい目で見たらだめだよ」
「あ、当たり前じゃん。そんな目で見ないってば」
「ほんと?」
「ほんと。だって、聖君くらいだもん。セクシーな人って」
「俺が?!セクシー?うっそ~~」
「本当だもん」
「どこが?」
「ぜ、全部」
「もう~~、桃子ちゃんってば、エッチ!」
なんでエッチになるんだ、そこで。
「すごく色っぽいし、かっこいいよ、聖君は。でも、自覚ないよね」
「ないよ。俺のどこが色っぽいんだか、いまだにわかんにゃい」
「それにかわいいし」
「…もう、いい。俺、照れる」
ああ、そんなところ、出会ったころから変わらないよね。
「桃子ちゃんってあれだよな」
「え?」
「旦那さんを上手に、コントロールできるタイプ」
「は?何それ」
「褒めて育てるタイプ。きっと、男から見たら絶対に、奥さんにしたいタイプ、ナンバーワンだよね」
「はあ?」
なんだ、そりゃ。
「なんていうの?理想の奥さん像?こういう奥さんなら、一家安泰って感じの」
「そうかな~~」
「だって、そうじゃん。絶対に俺のこと、さげないっていうか、いつも褒めて、俺の気持あげててくれてるじゃん?」
「私が?」
「うん。俺、桃子ちゃんと話してると、気持上がるよ」
「そうなの?それ、嬉しい。けど」
「けど、なに?」
「褒めてるつもりないよ?いつも、思ったことをそのまま言ってるだけで」
「かっこいいとか、かわいいとか、あれこれ、褒めてるじゃん」
「本心だもん。本気でそう思ってるんだもん」
「…」
「だって、本当にかっこいいんだもん」
「わ、わかった。でも、もういいです。照れちゃうから、俺」
そう言うと、聖君はむぎゅって抱きしめてきた。
「桃子ちゃんの胸、また大きくなったね」
「そうかな」
「やわらかい」
そう言うと、聖君はうなじにキスをしてくる。
「…」
それから、胸も触ってきた。
「…今日は、やめてって言わないの?桃子ちゃん」
「え?」
「抵抗しないんだね、こうしてても」
「う、うん」
「なんで?」
「だって、う…」
私は話を途中でやめた。こんなこと言うの恥ずかしいな。
「う?うずうずの、う?」
聖君が聞いてきた。
「ううん、嬉しいの…う…」
「え?」
「だから、聖君のぬくもりとか、キスとか、嬉しいから」
「…エッチ」
「だだだって、聖君、さっき、さっさとお店行っちゃって、私、その…」
「消火不良だった?っていうか、物足りなかった、とか?」
「そ、そういうわけじゃ」
って、そういうことかな。
「でももう、お風呂場ではしないよ。桃子ちゃんまた、のぼせたら大変でしょ?」
「わ、わかってるよ。そんなこと期待してないよ」
「ほんと?」
「ほんと!」
もう~~、聖君は~~。
「そこまで、エッチじゃないもん。聖君ほど、スケベなわけじゃないんだからね」
私がそう言うと、聖君は何かをぼそってつぶやいた。
「今、なんて言った?」
「別に」
「なんか言ったよね?」
「ううん」
「うそ。ちょっと聞こえたもん。桃子ちゃんのほうから、誘ってきてるとかなんとか」
「あ、聞こえてたんじゃん」
「誘ってないもん」
「嘘だ。今日だって」
「違う、あれは」
「この前の風呂でだって」
「あれは!」
「桃子ちゃんからじゃんか。いつも」
「ええ?」
「それなのに、俺のことばかりスケベって言ってきちゃってさ」
「…」
「桃子ちゃん、ずっこい」
「わかった」
「え?何が?」
「もう、誘ったりしないから、安心して、聖君」
って、誘ったつもりもないけど。
「え?」
「迫ったりしない」
「桃子ちゃんから?」
「そう」
「迫る?」
「そう」
「…うそ、うそ。ずっこくない。迫ってきていいよ?思い切り」
「へ?」
聖君がまた、抱きしめてきて、耳にキスをした。
「桃子ちゃんの迫ったとこ、見てみたいし」
「絶対に、しないもん!」
もう、そういうところがスケベ親父だって言うんだよ~~~。
「桃子ちゅわん」
「なに?」
「他の人から俺、迫られたらかなり嫌だけど」
「嫌なの?」
嬉しくはないの?
「うん。かなりというか、相当嫌だけど」
「そうなの?」
「桃子ちゃんからだったら、大歓迎だから」
「へ?」
「もう、思い切り、ウェルカムだから」
「…」
「いつでも、OK。あ、風呂場だけはやめようね」
「う、うん」
「あ、人前もやめとこうか」
「しないよ!」
「二人きりの時なら、いつでも」
もう。あほ。何を言ってるんだ、聖君は。と思いつつも、嬉しいかも。
それにしても、そうなのか。他の人から迫られるのは、嫌なのか。相当嫌なのか。
きれいな女の人でも?セクシーでも?おとなな女性でも?
聖君の腕の中で、すごく安心している私がいた。