第114話 独占欲
その日の夜は、聖君が夕飯を作った。母も父も、そしてひまわりも、美味しいと絶賛していた。
「何でもできちゃう旦那さんよね」
母が言った。
「そういえば、近所で聖君、噂になっているのよね」
「俺ですか?」
「すごいイケメンが、椎野さんの家にいるって」
「あはは、なんすか。それ」
聖君が笑った。
「まだ、桃子が結婚したとか、妊娠してることは近所の人にも言ってないから、聖君は何者なんだって噂になってるようよ」
「あれ?まだ言ってないの?」
母の言葉に、ひまわりが聞いた。
「だって、わざわざ言い出しにくいじゃない?聞かれたら言うけど」
「噂になってるっていうのは、誰から聞いたの?」
「隣の奥さんよ」
「じゃ、お隣さんにはもう、結婚したこと言ったのかい?」
今度は父が聞いた。
「言ったわよ」
「それじゃ、近所に知れ渡るのもあっという間だね」
「それもそうね」
「噂になると、いろいろとやっかいですか?」
聖君は心配そうに聞いた。
「ううん、大丈夫。かっこいい婿ができたって自慢しちゃうから。きっとみんな羨ましがるわよ」
母は能天気なことを言った。この母なら、何を言われようとも、へっちゃらかもしれないな。
「…」
聖君は黙っていた。
聖君の周りは、いろんな反応があったようだ。特に家がお店をしてることもあって、反応を直接見ることになっただろう。
「私も気にならないから」
「え?」
「あまり心配しないでいいよ」
私がそう言うと、聖君がにこって笑った。
「まあ、何か言うやつがいても、そんなのほっておいていいさ。言わせたいやつには、言わせておけばいい」
父も穏やかにそう言った。
「さて、今日は早めに帰れたし、早くに休むとするかな」
「じゃ、お父さんから先にお風呂に入って」
「うん、そうするよ」
父はそう言って、席を立った。
聖君は母と、キッチンで片付けを始めた。私はゆっくりとしていていいよと言われ、リビングで休んでいた。ひまわりも、私の横に来てソファーに座った。そしてクッションを抱きかかえると、
「お姉ちゃん」
と話しかけてきた。お、これは何か、相談事だな。ひまわりは、クッションを抱える癖があるんだよね。
「何?」
「あのさ、お姉ちゃんって嫉妬深い方?」
「はあ?」
なんだ~?いきなり。
「9月からきたバイトの子、やたらとかんちゃんに話しかけてるし、かんちゃんも仲良く話しててさ」
「ああ、ひまわり、気になるの?」
「うん。それでね、あんまり親しげに話さないでよって言ったんだ。そうしたらかんちゃん、俺はあまり、独占欲の強い子は好きじゃないって」
「え?」
ひょえ。そんなこと言われちゃったんだ。
ひまわりは、どよんって顔をした。
「なんか、かんちゃん、その子に気があるのかな」
「え?違うでしょ。ただ、束縛されるのは嫌いなんじゃないの?」
「男の人ってそう?お兄ちゃんも?」
「聖君はどうかな~」
「なあに?俺がどうした?」
聖君がにこにこしながら、リビングに来た。あれ、やけに機嫌がいいな。
「あのね、お兄ちゃんがもし、誰か女の子と仲良くしてて、お姉ちゃんにあまり仲良くしないでなんて言われたら、どうするかなって思って」
「え?なんでいきなり、そんな話?」
「かんちゃんはね、独占欲強い子は嫌なんだって。お兄ちゃんもそう?男の人ってそうなの?」
「俺?俺がもし、桃子ちゃんにそう言われたら?」
「うん」
聖君はにんまりとして、
「俺なら嬉しい!桃子ちゃん、やきもちやいてるんだって、喜んじゃうけど」
と嬉しそうに言った。
「…」
ひまわりは一瞬、目が点になった。
「ああ、そうだよね。お兄ちゃんに聞いた私がバカだった」
「え?なんで?」
聖君は、きょとんとした顔で聞き返した。
「参考にならないもん。お兄ちゃんはお姉ちゃんにベタ惚れだから」
「う、う~~ん。まあ、いろんなタイプがいるんじゃないの?」
聖君は、頭をぼりって掻いてそう言った。
「いろんな?」
「独占欲の強い男もいれば、そうでもないやつもいるだろうし。でも、案外かんちゃんは、そんなこと言っておきながら、自分はやきもちやきだったりするかもね」
「え?そうかな」
「ひまわりちゃんは?やきもちとかやかれたら、うざい?」
「あまりにも嫉妬深すぎたらうざいかも。でも全然やきもちやかれないのも寂しいな」
「だよね」
「だけど、それって勝手かな」
「そんなもんじゃないの?みんな」
「お兄ちゃんも独占欲強いの?」
「うん、めちゃ強い」
「そうなんだ。それはびっくり」
「そう見えない?」
「うん」
「でも、俺、桃子ちゃんが他の男と仲良くしてたら、絶対に嫌だけどな」
「ふうん。意外だな。けっこうあっさりしてるのかと思った」
「そう?」
聖君はどっしりと、ひまわりの前のソファーに座り、ひまわりと話し始めている。私のことなどかまわずに。
「かんちゃんって、今までもにも付き合った子いたみたい」
「そうなんだ」
「女の子と付き合うのも、慣れてる感じがする」
「メールは?うざいの?」
「全然。たまにくれるけど、あっさりしてる」
「たまにしかこないの?」
「うん。そんなにはくれないよ」
「ひまわりちゃん、寂しくないの?」
「う、うん。ちょっと、寂しいときもあるかな」
「もっとメールしてって言ったりしないの?」
「しないよ。それこそ、うざいじゃん」
「そういうもの?俺なら嬉しいけど」
「お姉ちゃんに言われたら?」
「うん」
「お兄ちゃんって、もっとクールかと思った」
「クール?」
「うん。今までもそんなふうに、メールしたりして相手の子に嫌がられることなかった?嫉妬深くて嫌がられたり」
「…今まで付き合ってた子にってこと?」
「うん」
ひまわりは身を乗り出して聞いている。
「ないよ」
「ないの?いつも、聖君がもしかして、ふってた?」
「いや。中学の時付き合ってた子には、俺といてもつまらないって言われて、ふられたし」
「まじで~~?」
ひまわりが本気で驚いている。
「もったいない。今頃絶対に後悔してるよ、その子」
「はは。それはないでしょ」
「でも、お兄ちゃんみたいにかっこよくって、明るくて楽しい人を、つまらないだなんて」
「俺、付き合うってこともよくわかってなかったし、メールもしないし電話もしないし、休みの日も部活してたし、そりゃ、つまらないって言われても仕方なかったと思うな」
「メールしなかったの?でも、お姉ちゃんにはよくしてるんでしょ?」
「うん」
「じゃ、それから女の子と付き合うようになって、変わったのか」
「へ?俺、その子以外付き合った子なんていないよ」
「え?」
ひまわりの目が点になった。
「本格的に付き合った子、桃子ちゃんだけだし」
「ええ?そ、そうなの?」
ひまわりがまた、本気で驚いている。
「そうだよ。俺、女の子苦手だったし」
「で、でも、そんなふうには見えなかったよ、最初から話してて楽しかったし、話しやすかったし」
「だって、ひまわりちゃんは、杏樹に似てて、話しやすかったしさ」
ひまわりはまだ、驚いているようだ。
「だけどさ、お姉ちゃんにはメールしないどころか、絵文字も送ってたって言ってたよね?」
「うん」
「…どうして?」
「どうしてって?」
聖君のほうがひまわりに、聞き返した。
「女の子と付き合うのも、よくわかんなかったのに、なんでお姉ちゃんとはそんなに仲いいの?それに、お姉ちゃんのことは苦手じゃないんでしょ?」
「ああ、うん。だってさ、桃子ちゃんは…」
ドキ。まさか、かわいかったからとかそんなこと言わないよね。ひまわりにそんなこと言ったら、絶対にひやかされる。
「小型犬みたいだから」
ガク。それ、言っちゃうの?もう~~~。
「あははは。確かに、お姉ちゃん、そうかも」
「からかうと面白かったし、俺のほうが全然、つまらなくなかったっていうか、一緒にいて楽しかったからさ」
「もう~~、からかっていないでよ、聖君は」
さすがに黙って聞いていられなくなり、そう私は叫んだ。
「あははは。いいじゃん。だって、すぐに真っ赤になって、かわいかったんだもん」
「ああ、のろけ?まったく。今でも仲いいもんね」
ひまわりはひやかすどころか、呆れている。
「そっか。お兄ちゃんはお姉ちゃんにやきもちやかれて、嬉しがるのか」
「うん」
「お姉ちゃんに独占されたいんだ」
「うん」
ああ、聖君ってば、にこにこしながらうなづいてるよ。
「やっぱり、参考にならなかったや。さ、部屋に戻ろうっと」
ひまわりはそう言うと、さっさと階段を上って行ってしまった。
「あれ?」
聖君はなんだか、寂しそうにそう言って、
「俺って、変?」
と私に聞いてきた。
「さあ?」
「桃子ちゃんは、独占欲強い俺、うざい?」
そう聞かれてくるくる首を横に振った。うざいどころか、めちゃ嬉しいかも。聖君にだったら、やきもちやかれたら嬉しいし、独占されたいって思っちゃうよ。
独占したいとも思う。でも、モテモテの聖君を独占していいのかなって、そんなことも思ってしまう。
「お父さん、お風呂でたら、その次入ろうね」
「…今日はシャワーだけ浴びて、さっさと出るよ」
「具合まだ悪いの?」
「ううん。でも、念のため」
「体も髪も洗ってあげるからね?」
「…うん」
なんだか、それが当たり前になってきちゃった。いいのかな。ううん、いいんだよね。だって、凪が生まれたら、二人でお風呂に入ることもできないかもしれないんだし。今はいいよね。
父がお風呂から出ると、聖君はさっさと私を連れ、お風呂に入りに行った。
「ねえ、聖君」
私は聖君に背中を洗ってもらっていた。聖君は、今日もご機嫌で鼻歌を歌っていたが、私に話しかけられ、手を止めた。
「ん?なに?」
「聖君はそんなに私を、縛ったりはしてないよ。そういうこと感じたことないもん」
「え?そう?もう、桃子ちゃん、俺のものなのに?」
「え?」
いきなりそんなことを言われ、真っ赤になってしまった。
「もう、俺の奥さんでしょ?」
そ、そういうことか。
「でも、聖君はいつでも、私の気持や意志を尊重してくれてるよね」
「そりゃ、もちろん」
「聖君といると、すごく安心だし、心地いいもん」
「そう?」
聖君はまた、私の背中を洗い出した。
「桃子ちゃん、明日学校行くの?」
「ううん。休むよ」
「じゃ、店に来る?」
「…いいかな、行ってもあまり役に立ちそうもないけど」
「いいよ。リビングで休んでいても、全然」
「じゃ、行く」
聖君のそばにいられるほうが、安心するもん。
聖君は優しく髪も洗ってくれて、それから私は先にお風呂場から出た。
着替えをしてドライヤーを持ち、先に2階に上がった。部屋に行くと、携帯に菜摘からの着信履歴があった。
すぐに電話をして、もう、元気になったよって伝えた。でも、明日は一応休むね、とも。
「蘭のことは、桃子が元気になってからだね」
「え?あ、彼の浮気のこと?」
「うん」
「そうだね。蘭、元気なかったもんね」
「桃子はそういうことも、あまり心配しすぎないようにね。それに明日は私がしっかりと、苗ちゃんのことは守るから、それも心配しないんだよ」
「うん。よろしくね」
「じゃあね、おやすみ。兄貴にもよろしく」
「うん、おやすみなさい」
電話を切り、ドライヤーで髪を乾かしていると、聖君が部屋に来た。
「あ、髪、乾かしてあげるよ」
聖君にドライヤーを渡した。
「あのね」
「ん?」
「蘭、彼氏が浮気しちゃったんだって。なんか、開き直ってたけど、本当は傷ついているかもしれない」
「浮気?」
「詳しくは聞いてないんだけど、今度菜摘と蘭の話、聞いてあげようねって言ってたんだ」
「そっか~」
聖君は鼻歌交じりに髪を乾かしてくれてたけど、いきなり静かになってしまった。
「あいつだったらな、絶対に浮気はしそうにないんだけどな」
「あいつ?」
「基樹。いまだに蘭ちゃんには、未練あるし」
「そうなの?」
「まだ彼女できないしね」
そうか、そうなんだ。
「俺が浮気したら、どうする?桃子ちゃん」
「え?」
うわ。なんて怖いこと聞いてくるの。そんなこと、考えたくもないのに。
私は多分、相当暗い顔をしたんだろう。聖君は慌てて、
「もしもの話だよ?浮気なんかしないから、安心して!」
とそう私に言ってきた。
「うん。でも、もしもでも、嫌だ。考えるのも嫌だな」
「ごめん」
聖君が謝った。そして。ドライヤーを止め、私に後ろから抱きついてきた。
「浮気なんか絶対にしない。桃子ちゃんだけにしか、俺惚れないから」
「うん」
「桃子ちゃんも?浮気しない?」
「絶対にしないよ」
「ぎゅ~~」
聖君が抱きしめる腕に力を入れた。
「愛してるよ」
きゅ~ん。わあ、胸がいきなりときめいた。
「うん。私も」
「ひまわりちゃんには、呆れられちゃったけど、でも、バカップルでいいよね?」
「うん」
聖君はまだ、私を抱きしめている。
「ほっとする」
「え?」
「聖君に抱きしめられてると、すごく安心するの」
「俺も、桃子ちゃん抱きしめてるとほっとするよ」
「ほんと?」
「うん。あったかくって、柔らかくって、ワンコ抱きしめてるみたいで」
「もう~~~!犬じゃないよ、私は」
「あはははは」
ああ、もう。そうやって笑う聖君も、かわいいからまいっちゃう。そうして、今夜も聖君と二人で、べたべたにくっついて、幸せいっぱいで私は眠りについた。