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第112話 友情

 小百合ちゃんは、1時間目が終わってから来た。顔色が悪かった。

「つわりひどいの?」

 私が聞くと、こくんとうなづいた。

「休んでもいいのに」

「でも…」 

 小百合ちゃんは、きっと頑張り屋なんだな。


 菜摘は苗ちゃんのところに行こうとしたが、その前に苗ちゃんはさっさと席を離れて教室を出て行ってしまった。

「苗?」

 菜摘が呼んでも振り向こうともしない。

「何かあったの?」

 小百合ちゃんが聞いてきた。


「うん。なんか苗ちゃんの様子変なんだよね」

 私がそう答えると、小百合ちゃんは心配そうに、

「平原さんと富樫さんと、何かあったのかな」

と小声で言った。

「それしか考えられないよ」

 菜摘は憤りを感じているようだった。


 昼休みまで、苗ちゃんは休み時間になるたび、さっさと教室を離れてしまうので、話をきくこともできなかった。だが、昼休みに入ると、菜摘は苗ちゃんの腕をつかみ、

「どうしたの?今日変だよ?」

とやっとこ、声をかけた。


「は、離して」

「なんで?」

「私、お昼食堂に行くから」

「私らも行くよ」

「いいよ、来ないでも」


 苗ちゃんはそう言うと、菜摘の腕を払いのけ、教室を足早に出て行ってしまった。

「なんかある。ぜ~~ったいに、なんかあるよ」

 菜摘はそう言って、後ろを向いた。私も向くと、平原さんと富樫さんが二人で、なにやら笑いながら話をしている。そして時々こっちを見ていた。


 さっきから、休み時間も二人は教室にいる。特に苗ちゃんと話をしてるわけでもないようだし、ちょっかいを出してるわけでもなさそうだ。

 今も二人は教室でお弁当を広げ、食べている。


 苗ちゃんはどうしているのだろう。一人きりで食堂にいるんだろうか。私は気になり、早めにお弁当を食べた。

「小百合ちゃん、いつも昼は保健室に行くけど、ご飯食べれてるのかな」

 菜摘が聞いてきた。

「どうかな~。食べられるものがあれば、食べてるだろうけど」

「え?食べられるものがあればって、どういうこと?」


「私、つわりのとき、食べられるものが限定されてたの。ほとんどの食べ物の匂いが駄目で。いっとき、お茶飲んでも吐いてたし。小百合ちゃんは何か、食べられるのかな」

「何も食べれなかったら?」

「何食べてもきっと吐いちゃうだろうから、なんにも食べられないかも」


「ええ?!」

「そういうのが続くようなら、入院することになるかも」

「つわりで、入院?」

「妊娠悪阻っていってね、そういうこともあるんだよ」

「た、大変なんだ」

 菜摘は驚いている。


「私、どうしても苗ちゃんが気になるの。保健室のほうは、菜摘が行ってきてくれる?」

「うん、いいけど」

「じゃあね」

 私はお弁当をかたづけて、教室を出た。

 まだ、あの二人は教室でお弁当を食べていた。だから、きっと今、苗ちゃんは一人のはずだ。


 食堂に行くと、苗ちゃんの姿が見えなかった。どこだろう。

 食堂を出て、中庭にも出てみた。ベンチがあり、そこでお昼を食べる生徒もいるが、そこにも見当たらない。


 また、校舎に戻った。そして、廊下を歩いていると、あの二人が廊下を歩いているのが見えた。あ、苗ちゃんも一緒にいる!

 私は慌てて、3人のあとを追った。3人は廊下をどんどん歩き、一番奥にあるトイレに入った。そこは、周りに教室もなく、あまり生徒が使わないトイレだ。


 ええ?どうしてそんなところに行くの?た、大変!

 トイレの入り口に入ると、奥から富樫さんの声が聞こえてきた。

「苗、ちゃんと守ってるんだ」

 何を?

「そりゃ、苗のせいで榎本さんまで悪く言われたら、大変だもんね」

 平原さんがそう言った。


 何を?もしかして今日、私や菜摘と話もしなかったのは、何かを言われたからなの?

「桃子ちゃんは、赤ちゃんいるし、ストレスとかよくないし。だから、桃子ちゃんには何もしないで」

 え?

「今まであんなに悪口言ってたのに、いきなりそんなふうに変わっちゃうなんて。なんなの?友情ごっこ?」

「榎本さんの旦那さんの話で、私ももっと人を大事にしたいって思ったの」


「大事?」

 平原さんの声、なんだか馬鹿にしてる声だ。

「あはは、なあに、それ」

 富樫さんも馬鹿にしてる。

「あんな話、真に受けてるんだ。馬鹿みたい」

 平原さんがそう言った。


「いいよ。わかってくれなくっても」

「あのさあ、いくら苗が大事に思ってても、あっちは何も思ってないかもしれないじゃない」

「そんなこと…」

「どうせ、苗がこれからも、榎本さんや萩原さんに近づかないでいたら、あっちも苗のことなんか、どうでもいいってなるよ。それでも、苗はあの二人が大事だって思えるの?」


「…」

「それで、苗は誰からも相手にしてもらえなくなって、中学のときみたいに、みんなに無視されて。それでも、大事だって思っていられるの?」

 平原さん、なんで、そんなこと言うの?なんで、苗ちゃんが傷つくのわかってて、そんなこと。


「わ、私は、そ、それでも…」

 苗ちゃんの声、震えてる。泣くの我慢してる。

「それとも、あの二人に泣きでもいれる?助けてって言う?だけど、そんなことしたら、どうなるかわかってる?」


 脅してるの?

「やめてよ。私、もう、あの二人には近づかないし…」

 苗ちゃん。私や菜摘のために?

 ブチ、ブチ、ブチ。あ、切れた。私の堪忍袋の紐…。


「そんなことしたら、どうなるの?」

 私はトイレの奥まで入っていって、平原さんに聞いた。

「桃子ちゃん!なんでここにいるの?」

「苗ちゃんが平原さんたちと、ここに入るの見かけたから…」

「へえ。もしかして助けにきたとか?でも、今、榎本さん、妊娠中でしょ?」


「それが?」

「自分の身をもっと考えたら?」

「私の?じゃあ、いったい何をするって言うの?」

「え?」

「私に何をするっていうの?!」


 私はそう聞きながら、苗ちゃんの前に立ちはだかった。

「桃子ちゃん。駄目だよ…」

 苗ちゃんが震える声で、私に言った。

「悪いけど、苗ちゃんが私や菜摘をいくら避けたって、こっちは避けたりしないから」

 私はちらっと苗ちゃんを見て、そう言った。


「え?」

 苗ちゃんは驚いた。でも、平原さんと富樫さんも「え?」って聞き返してきた。

「菜摘も、気にしてた。いきなり、まぶた赤く腫らして学校来たら、気になるに決まってる」

「…」

 苗ちゃんは泣きそうになった。


「なんで苗ちゃんを脅すの」

 私は平原さんと、富樫さんに聞いた。

「脅す?別に私たち脅してなんか」

「なんで、苗ちゃんを苦しめるの」

「苦しめてなんていないよねえ」


 富樫さんが平原さんにそう言ったが、平原さんは黙っていた。

「苗ちゃんの中学時代のことを、なんで今頃蒸し返すの!そんなことしたら苗ちゃん、つらい思いするってわかってるでしょ?」

「そっちが先に私たちを裏切ったんじゃない!」

 平原さんがそう言い返してきた。


「椿…」

 富樫さんが、平原さんを驚いた顔で見た。

「そっちが、私らから離れていこうとしたんじゃない!いきなりくだらない、友情ごっこに仲間入りしてさ」

「友情ごっこ?」

 私が聞き返した。


「そうだよ。何が大事にするよ。笑っちゃう」

「大事にされたいって、平原さんも思ってるんじゃないの?」

「え?」

「だから、離れていく苗ちゃんのこと、許せないって思ったんじゃないの?」

「…」


「自分から離れてほしくなかったんじゃないの?!」

「うるさい!あんたに何がわかるの!彼氏に、学校まで車で迎えに来させたり、今度は結婚するから、妊娠したからって、彼氏に大事にしてくれって、全校生徒の前で言わせたり。あんた、何様よ。妊娠したんなら、さっさと学校なんか辞めちゃえよ!」


「椿、やめて」

 苗ちゃんが叫んだ。

「苗だって言ってたでしょ!これみよがしに彼氏呼んだりして、見ててうざいって」

「い、言ってたけど、でも、私、本当は羨ましかっただけだもん。椿もそうでしょ?」


「まさか!羨ましいわけないじゃない。私は榎本さんみたいな女、大嫌いなんだから!」

「そういうこと言うの、やめて、椿」

 また、苗ちゃんが叫んだ。

「いいよ、嫌われたって、別に」

 私がそう言うと、苗ちゃんが驚いた。


「影でこそこそ言われるより、面と向かって言われたほうが楽」

「え?」

 平原さんの顔色が変わった。

「嫌いなら嫌いでいいよ。でも、だからって、苗ちゃんのことを傷つけていいわけじゃない」

「桃子ちゃん?」


「苗ちゃんは私の応援をしてくれるって言ってくれた」

「…」

「さっきだって、大事って言ってくれた」

「…」

「私、別に平原さんたちに嫌われても、そんなことどうでもいい。でも、平原さんが苗ちゃんのことを傷つけるって言うなら、許せないし、私は苗ちゃんを守るよ」


「も、桃子ちゃん?」

「私だって、苗ちゃん、大事なんだからっ!」

 私は苗ちゃんの前にどんと立って、平原さんと富樫さんをにらみつけながらそう言った。

「そういう友情ごっこがうざいって言うの!」

 平原さんがそう言うと、富樫さんも、

「ほんと、めちゃくちゃうざい」

と私に言った。


「うざくても、大事なものは大事だから!」

 私は、一歩も譲る気はなかった。苗ちゃんのために、ここは譲れない。苗ちゃんにまた、孤独な思いをさせてはならない。

「榎本さん、いいの?お腹の子、大事じゃないの?」

 富樫さんが低い声で脅してくる。


「果歩…」

 平原さんが、富樫さんを止めた。

「なあに、椿。なんで止めるの」

「やめたほうがいいよ」

「なんで?」


「こいつ、顔色おかしい」

「え?」

 富樫さんもだけど、苗ちゃんが慌てて私の顔を覗き込んだ。

「桃子ちゃん、大丈夫?」

 私?


「顔色悪い。それに、息遣い変だよ」

 そういえば、さっきから苦しい。それにクラクラしてる。

「保健室行こう!」

 もしかして、貧血?それとも、何?

「どいて!」

 苗ちゃんは、富樫さんを手で押しのけて、私の肩を抱きながらトイレのドアを開けた。


「ど、どうしちゃったの?」

 富樫さんが後ろでそう言ってる。その声、震えてる。

「果歩!私、保健室行って、先生呼んでくる!あんたは、苗と一緒に、榎本さんについててあげな!」

「え?う、うん」


 平原さんが廊下を全速力で走っていく。

「歩ける?それとも、ここにじっとしていたほうがいいのかな」

 苗ちゃんがそう聞いてきた。

「だ、大丈夫。きっと貧血」

「え?」


「妊娠初期にもあったの。なんか、私、妊娠してから貧血おこしやすくなってるのかもしれない」

「そ、そうなの?」

「ごめん、苗ちゃん。クラクラしてるから、ちょっとここで休んでもいい?」

「じゃあ、ここで休んで!」

 私の言う言葉に、富樫さんが、ドアをがらりと開けて、私を椅子に座らせてくれた。そこは、生徒指導室で、今は誰もいない部屋だった。


「寒いとか、暑いとかある?大丈夫?」

 富樫さんが聞いた。

「ちょっと、寒い」

「本当だ。手、冷たい」

 そう言うと、富樫さんが私の手を取って、富樫さんの手であっためてくれた。


 私はクラクラしながらも、驚いていた。さっきまで、私を脅していた富樫さんが優しい。

「私も貧血で、倒れたことある。お母さん、看護士してるんだけど、私が手先が冷たくなってると、あっためてくれるの」

 ああ、そうか。そうなんだ。


「桃子ちゃん、ごめんね。私のせいで」

 苗ちゃんがそう言った。

「結局、私、迷惑かけた」

「…」

 駄目だ。迷惑なんかしてないと言いたかったけど、今、力が入らなくて、言葉が出ない。


「…」

 富樫さんは黙って、ただ私の手をさすっている。でも、顔が思い切りつらそうだ。

 そこにバタバタと、足音が聞こえた。

「桃子!どこ?」

 菜摘の声?


「ここ!」

 苗ちゃんが廊下に出た。

「菜摘!」

「榎本さん!」

 擁護の先生、菜摘、そして平原さんが部屋に入ってきた。


「大丈夫?」

「はい、貧血みたいで、クラクラしちゃって」

 私がそう言うと、擁護の先生は、私の脈を測ったり、おでこに手を当てて、熱を測ったりしている。

「手が冷たくなってるんです」

 富樫さんがそう言った。


「立てる?保健室で少し、横になっていたほうがいいわ」

「はい」

 私は擁護の先生と、菜摘に抱えられ、そろそろと歩き出した。

「もう、桃子、どうしてそう無茶するの」

 菜摘がそう怒った口調で言った。


「桃子だけの体じゃないんだよ。赤ちゃんいるんだから!」

「ごめんなさい。私のせい」

 後ろから苗ちゃんが、泣きながらそう言った。

「苗のことは、私に任せたらよかったんだよ。っていうか、ああ、なんで私、桃子に行かせたりしたんだろう!」

 ああ、菜摘までが自分を責めている。


 富樫さんと平原さんは、ずっと黙っていた。

 保健室に着くと、

「桃子ちゃん、大丈夫?」

と小百合ちゃんが青い顔をして聞いてきた。ああ、自分だって具合が悪いんだろうに。


「大丈夫、さっきよりはおさまってきた」

 私がそう言うと、周りのみんなもほっとしていた。

「じゃ、ベッドに横になって。家に連絡しておく?お母さんか誰かいらっしゃる?」

 擁護の先生が聞いてきた。

「母がいます」


「迎えに来てもらいましょうか。ね?」

 擁護の先生に電話番号を教えて、先生が電話をしてくれた。母はすぐに電話に出たようで、すぐ車で迎えに行きますと言ったようだ。

「ご、ごめんなさい」

 突然、富樫さんが謝った。


「あなたたち、榎本さんに何かしたの?」

 擁護の先生が、かなり怖い顔をして聞いた。

「あ、あの…」

 富樫さんは震えている。

「まさか、こんなことになるなんて、思ってなかったんです」

 平原さんがそう顔面蒼白になりながら言った。


「まさかですむと思ってないでしょ?榎本さんのお腹には、大事な命が宿ってるの。その話は、始業式であなたたちも聞いてたわよね?守らなきゃいけないのに、逆に悪影響与えてどうするのよ!」

「…」

 二人は、下を向いて黙り込んだ。


「ひとつの、大事な命なんだからね」

 擁護の先生は、まだきつい口調で二人に言っている。

「はい」

 富樫さんは、泣いているようだ。平原さんは、黙ったままうつむいている。


「じゃあ、あなたたちはもう、教室に戻りなさい。授業始まるわよ」

「はい」

「私、桃子のかばん持ってきます」

 菜摘が言った。

「そうね、萩原さん、お願いね」


 平原さんと富樫さん、そして菜摘は保健室を出て行った。でも、苗ちゃんはその場に残っていた。

「あなたも教室戻って」

 先生にそう言われても、苗ちゃんは動こうとしない。

「桃子ちゃんのお母さんが来るまで、ここにいさせてください」

 苗ちゃんは、目を真っ赤にさせてそう言った。


「わ、私も、桃子ちゃんが大事だから。何もできないけど、そばにいたいんです」

「…わかったわ」

 先生はふうってため息をつき、

「でも、あなたも真っ青よ、そこの椅子に腰掛けてなさい」

と苗ちゃんに言った。


 ああ、本当だ。苗ちゃんも真っ青だ。

「桃子ちゃん、平気?」

 隣のベッドに座っている小百合ちゃんが聞いてきた。

「うん、横になったら楽になった。小百合ちゃんは?顔色悪いよ」

「私も早退することにした。さっき、校長先生が来て、あまり無理しないようにって言われちゃった」


「そうだね。無理しちゃうと、逆にいろんな人に迷惑もかかっちゃうんだね」

「うん」

 私の言葉を聞いて、苗ちゃんがまたハラハラと涙を流した。

「ごめんね」

「いいよ、苗ちゃん。謝らないで。私が勝手にしたことだし」


「ううん。私、違う方法で桃子ちゃんを守らなきゃいけなかったんだ」

「え?」

「椿と果歩が、私がまだ桃子ちゃんと一緒にいたら、桃子ちゃんを直接、傷つけるよって言うから、それはやめてって頼んだの。私がそばにいなければ、桃子ちゃんは大丈夫だって、そう思って、朝から避けてたんだけど」


 やっぱり。

「でも、そうじゃなくって、あの二人に桃子ちゃんが傷つけられないよう、そばで守るほうを選べばよかった」

「…。ううん。苗ちゃんが私を大事に思ってくれたのは、ちゃんとわかったよ」

「…でも、結果、こんなことに」


「今の聞こえちゃったわ」

 擁護の先生が、私たちの話に割り込んできた。

「これは問題よね。担任の先生や校長に報告しないと」

「ま、待ってください」

 私は先生にそう言った。


「え?」

 先生が私に聞き返した。

「私が顔色悪くなったの、いち早く気がついて、先生を呼びにいったのは、平原さんです」

「そうだけど」

「富樫さんも心配してくれて、私の手をずっとあっためてくれてたんです」

「でも、あの二人が原因でしょ?」


「だ、だけど、本当はそんなに悪い人じゃない」

「でもね、榎本さん。さっきもあの二人は、まさかこうなるとは思ってもみなかったなんて言っていたのよ?軽はずみすぎる行動だわ」

「だけど」


「命にかかわることなのよ?あなたの赤ちゃんの命よ?」

「そ、そうだけど。でも、きっとあの二人も心を開いたら、きっと変わるはずです」

「な、何を言ってるの。いわばあなたは、被害者なのよ」

「そんなのわかりません。あの二人だって、傷ついてるかもしれないのに。どっちが被害者で、どっちが加害者だなんて」


「あのね!」

 先生はもどかしくなったのか、呆れたって顔をして、まだ何かを言おうとした。

「先生」

 小百合ちゃんがそこで、口をはさんだ。

「桃子ちゃんの言いたいこと、わかります」


「え?」

 先生が今度は小百合ちゃんを見た。

「今回のことで、あの二人も今までよりもずっと、命の重さとか、そういうこと感じたんじゃないでしょうか」

「…。わかった。校長には言いません。でも、もう一回私からあの二人に、確認はとります」

「確認?」

 私が聞くと、

「もう一回、どんなに命が大事かってこと、それをあの二人が自覚してるかどうか、確認を取ります。でないと、私も心配ですからね」


「はい」

 そうか。先生だって、先生の立場があるんだ。ちゃんと、生徒や私の赤ちゃんの命までを預かってるんだもんな。


 私はまだ青ざめてる苗ちゃんを見た。

「苗ちゃん、ごめん、私、指先が冷たいんだ。苗ちゃんの手であっためてもらってもいい?」

 私が聞くと、苗ちゃんは、

「うん」

とうなづいて、私の手を取って、握り締めた。


「あったかいね、苗ちゃんの手」

 そう言うと、苗ちゃんは目を潤ませながら、微笑んだ。私は苗ちゃんの手を握り返した。

「ありがとうね、苗ちゃん」

「え?」

「大事に思ってくれて」

 そう言うと苗ちゃんは、またハラハラと涙を流した。


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