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第111話 いろいろな悩み

 月曜、聖君はまた、駅まで送ってくれた。

「じゃ、気をつけてね」

 私と菜摘にそう言うと、手を振って改札口から見送ってくれている。

 私と菜摘は手を振りかえし、階段を上ろうとした。すると、階段から降りてきて、すれ違った人から声をかけられた。


「桃子ちゃん?」

「え?」

 うわ。穂高さん?

「すごい久しぶり。あ、そうか、高校はもう始まってるんだね」

「…」


 何て答えたらいいんだか。無視していっちゃう?菜摘なんて、階段上りかけてるし…。

「あの…」

 私が困った顔をしていると、

「俺、隣の駅のコンビニでバイトしててさ。今日は遅番だったんだ。遅番って言うか、夜中から朝までの時間帯で、だから、今、バイト明け。家に帰るところなんだよね」

と、穂高さんが説明してきた。


 う~~ん、穂高さんが朝帰りだろうとなんだろうと、こっちはそんなに気にしてないのに。

「こんなにいつも早くに行ってるの?」

「あ、はい。あの、私、もう行かないと」

「桃子ちゃん、なんか雰囲気変わった?」

「え?」

 菜摘が階段を下りてきた。

「桃子、行くよ!」

 そう言って、私の手をつかんだとき、誰かがものすごい勢いで、私と菜摘のところにやってきた。


「あ…」

 聖君だ。私のところまで来ると、

「桃子ちゃんになんか用?」

と穂高さんにむかって、無表情で言った。

「あれ?なんで君がここにいるの?」

 穂高さんは驚いている。


「兄貴、入場券か何か買ったの?」

「スイカで入ってきた」

「あ、持ってたの?」

「財布持ってきてるから」

「なるほど」


 そんな会話を菜摘としてから、また聖君は穂高さんを見た。

「なんで、君、ここにいるの?この近くに住んでたっけ?」

 また穂高さんが聞いた。

「桃子ちゃんの家にいる。駅まで送ってきたところだよ」

 もしかして、改札のところから穂高さんと私が見えたのかな。それで、慌てて入ってきた?


「桃子ちゃんの家?なんで?」

 また穂高さんが驚いた。

「結婚したんだ。桃子ちゃん、赤ちゃんもいる」

 聖君は淡々とそう答えた。

「え?」

 穂高さんのほうは、顔が固まったまま、動かなくなった。


「け、結婚?あはは、まさかでしょ?桃子ちゃん、制服着てるし」

「入籍したの。春には赤ちゃんも生まれる」

 今度は私がそう答えた。

「う、うそだろ?」

 穂高さんの顔が思い切り引きつった。


「本当だよ。だから、もう桃子ちゃんにちょっかいだすなよ」

 聖君が低い声でそう言った。

「赤ちゃんって、君が父親だろ?」

「そうだよ」


「それで、結婚?」

「そうだよ」

「…うそだろ」

 穂高さんの顔がどんどん白くなっていく。そして目つきが変わっていく。そう、まるで汚いものでも見るように、私を見ている。


「そ、そんなふうには、見えなかった」

「え?」

 聖君が、眉をひそめた。

「がっかりだな」

 がっかり…?


「なんだよ、それ」

 あ、聖君、むっとしている。

「ああ、もういいよ。ちょっかいも何も、そんな子だとは思っても見なかったし、幻滅した。こっちも声なんかかけるつもりはないから…」

 穂高さんはそう言うと、ちょっとふらつきながら、歩き出した。

「おい!」

 聖君が追いかけようとした。でも、私と菜摘で止めた。


「兄貴、やめなよ」

「え?」

「あんなやつ、ほっときゃいいじゃん」

「…でも」

 聖君はつらそうな顔をして私を見た。あ、そうか。私が傷ついたとでも思ったのかな。


「私なら平気だよ、聖君」

 そう言うと、聖君はえって顔をして私を見た。

「穂高さんになんて言われようと、関係ない。私には、私をわかって、受け入れてくれる人がちょっとでもいたら、それでいいの。みんなに認めてもらおうとなんて思ってないし、特に穂高さんは、これからも関わるつもりもなかった人だし」


「…でも」

 聖君は悔しそうな顔をした。

「いいんだってば、聖君。私は聖君や菜摘にはすごく大事に思われている。それだけで、もう幸せだよ?」

 私がそう言うと、菜摘が目を細めて、

「桃子…」

とつぶやいた。


「そっか。うん。そうだよね。あんなやつが桃子ちゃんをどう思おうと、そんなの関係ないね」

「うん」

「そうだね。これからも、桃子ちゃんのことをわかってくれないやつがいても、そんなのほっときゃいいんだよね」

「うん」

 聖君はにっこりと笑って、

「じゃ、今度こそいってらっしゃい」

とそう言ってくれた。


 私と菜摘は笑顔で答えて、階段を上った。

「桃子、強くなったね」

「え?」

「ちょっとじ~んってしちゃった」

 菜摘が電車を待ちながら、そう言った。


「強くないよ。でも菜摘や聖君がいてくれるから…」

「…そうだね。すべての人にわかってもらおうとか、味方になってもらおうなんて思わなくっても、わかってくれる人がいてくれたら、それだけでいいよね」

「うん」

「傷つくこともないんだよね」

「うん」


「穂高のやつ、これでもう桃子に近づかなくなるって、ああ、せいせいしたって思おうね」

 菜摘がそんなことを言った。

「聖君のお店も、だいぶお客さんが減ったみたい」

「え?そうなの?」

「前に戻ったって言って、聖君がほっとしてた」

「売り上げ、伸びなくなるんじゃない?」

「でも、お母さん、忙しいと大変みたいだし」


「そうだよね。本当はのんびりとしてるお店だったもんね。私と菜摘が最初にいった頃は、お客さんもまばらだったじゃない?ランチタイムには、満席になることもあったけど、今ほど混んでなかったもんね」

「うん」

「じゃ、ちょうどよくなったってことか」


「私も安心してる」

「え?」

「だって、毎日聖君目当ての子が、わんさか来てたんだもん。気が気じゃなかったよ」

「だよね~~」

 そんなことを笑いあいながら私たちは言って、電車に乗っていた。


 不思議だった。本当に穂高さんにどう思われても、何を言われても、私は動じていなかった。なんか、別にどうでもいいやって感じで。

 穂高さんには私はどう映っていたんだろう。きっと、勝手に穂高さんのいいように、作り上げてたイメージがあったんだろうな。


 私は、私という人間を知って、それでも私のそばにいてくれたり、私自身をちゃんと受け止めてくれる人がいてくれたら、それでいい。ううん、そういう人たちといたい。そして、私もそうやって私を受け入れてくれた人を、大事にしていきたい。


 学校に着くと、蘭と花ちゃんがすぐに教室に来てくれた。

「おはよう~~」

 ああ、いつもと同じ元気な笑顔だ。

「おはよう!」

 私と菜摘も元気に答えた。


「あ、花ちゃん、どうだった?映画」

 私が聞くと、花ちゃんは真っ赤になった。

「SFものだけど、恋愛もからんでて、ラブシーンがあって、なんだか恥ずかしくなっちゃった」

 花ちゃんがそう言った。


「もしかして、籐也と観に行ったの?」

 菜摘が聞いた。

「うん」

「デート?」

「違うよ。そんなんじゃないの。時間ができちゃったから、映画でも観にいかないかって誘ってきただけで」


「へえ。そうなんだ」

 菜摘がなんだって顔をした。

「今度は、練習を見に行くことにした」

「そうなの?」

「ライブの前にもう一回、見に行きたいって言ったら、いいよって言ってくれたんだ」

「よかったね」

 私はそう言いながら、心の中では、きっと籐也君、やったって喜んでるんだろうなって思っていた。


「プロになるんだっけ?」

 蘭が聞いた。

「うん」

「いつかすごい売れるかもしれないし、今のうちに私も、仲良くなっておこうかな」

と、蘭はそんなことを言い出した。


「え?」

 一瞬、花ちゃんは引きつった。

「あ、そ、そうだね。きっと籐也君、ファンできたら喜ぶかも。練習一緒に見に行く?」

 花ちゃんは、思い切り作り笑いをしてそう言った。


「あはは、冗談だよ。花、一人で行ってきなよ。そんで、籐也君を彼氏にしちゃえ!」

 蘭がそう言うと、花ちゃんは真っ赤になりながら顔を横に振った。

「無理。私はファンでいられたら、それでいいし」

 え?


「高望みしないもん。籐也君だって、私がファンだから大事に思ってくれてるんだろうし。それ以上望んだら、きっとうざくなっちゃうよ」

 ええ?!

「そうかな~~。甲斐甲斐しく尽くしたら、そのうち彼女にでもなれるんじゃないかな~」

 蘭がそう言った。


 いや、いやいや、そうじゃなくって。向こうはかなり、今でも本気。

「そういうこと期待してると、私、きっとまた落ち込むことになるから、そういうのはもうやめるの」

 花ちゃんがそんなことを言い出した。

「昨日も、一緒に映画観てて思ったんだ。すごく嬉しかった。これがデートだったらいいなって。でも、それを望んだとたんに、きっともうこうやって会ってくれることもなくなるんだろうなって」


「どういうこと?」

 私が聞くと花ちゃんは、

「ファンっていうか、友達っていうか、そんな感じだから、向こうも気楽に誘ってくれると思うんだ。こっちがあれやこれや期待してるってわかったら、負担になるでしょ?もう、離れていかれるのは嫌だし。嫌われるのも嫌だし…」


「…」

 聖君の言葉を思い出した。「こりゃ、籐也も苦労するね」本当だ。

 待てよ。私も聖君は付き合ってるつもりでいたのに、こっちはそんな気まったくなかったし、付き合えるなんて夢にも思わなかったから、今の花ちゃんと一緒か。ってことは、聖君、めちゃくちゃ、苦労してたってこと?


「花ちゃん」

「え?」

「えっと、でもさ、籐也君に何か、言われてないの?」

「何を?」

「いや、えっと」

 花ちゃんはちょっと不安そうな顔をした。


「籐也君、もしかして、私のこと聖君に言ってるの?」

 ギク。

「え?」

「うざいとか、嫌になったとか」

「まさか!」

 その反対だって。


「よ、よかった」

 花ちゃんが本気でほっとしている。

「籐也って、桃子にちょっかいだしてたでしょ?今度は花ちゃんにって、そんなことは思ってないの?大丈夫なの?そのへん」

 菜摘が心配そうに花ちゃんに聞いた。


「私にちょっかい?ないないないない」

 花ちゃんが首を思い切り横に振った。

「一緒にいたって、ほんと、友達って感じで、そっけないし、あまり話もしないし」

「話もしなかったら、何をしてるの?」


「えっと。この前は映画見終わってからは、映画についてを話してたけど。でも、二人で食事してても、ちょっと会話が続かないこともあるし」

 そう言いながら、花ちゃんは顔が暗くなっていった。

「わ、私といてつまらないかな、籐也君」

「そんなことないって」

 私がそう言っても、花ちゃんは顔が暗いままだ。


「もう誘ってくれないかも」

「え?」

「練習見に行くなんて言って、ずうずうしいって思ってないかな」

「メールは来たの?」

 これ以上暗くならないよう、私は明るくそう聞いた。さっきから、蘭と菜摘はやれやれって顔で、花ちゃんを見ている。


「メールは、来たけど」

「なんて書いてあった?」

「…映画、付き合ってくれてサンキューって。それだけ」

「それでなんて返事したの?」

「こちらこそ、誘ってくれてありがとうって…」

「それで、なんて返事が来たの?」

「何も…」


「え?」

「それからは何も…」

 またか。また、もしかすると籐也君は籐也君で、あれこれ悩んでいるのか?!

「花って…」

 蘭がいきなり、口をはさんできた。

「何?」

 花ちゃんが聞いた。


「桃子に似てるわ。聖君と出会った頃の…」

「え?」

「もっと、積極的にばんばんいってもいいと思うけどね、私は」

「そ、そんなの無理」

「だけど、意思表示はしていきなよ。自分は相手を好きなんだって」


「そんなことして嫌がられたら」

「映画誘ってくれたんでしょ?気のない子なんか、誘わないから、普通」

「え?」

 蘭の言葉に花ちゃんが驚いた。

「暇になったからなんて口実。花を誘いたかったんだよ、最初から」

「え?」


「そういうのもわかっていかないとさ!ファンだって思ってたら、誘ったりしないって」

「そそそそそ、そうかな?」

「でもさ~。桃子のこともちょっかいだしてたやつだよ?信用していいのかな~」

 菜摘がそう言うと、蘭が、

「付き合っていくうちに、見えてくるって。こいつ、本気じゃなかった見たいって思ったら、傷つく前に別れちゃえばいいんだよ」


 蘭の言葉にみんなで驚いた。

「好きだから付き合うのに、途中で相手が本気じゃなかったって気づいた時点で、すでにぼろぼろに傷つくと思うけど」

 菜摘がそう言うと、

「もっと、気楽に恋を楽しもうよ」

と蘭に言われた。


 あれ?前は大好きな人がいて、羨ましいとか、大事に思われたいとか、そんなようなこと言ってなかったっけ?また、心境の変化?

「大学生の彼氏とうまくいってる?」

 菜摘も気になったのか、そう聞いた。

「う~~~~ん」

 蘭がちょっと下を向いてうなった。


「うまくいってないの?」

「浮気、された」

「へ?」

 私も菜摘も花ちゃんも驚いて聞き返した。

「それで?」


「暗くなったり、責めたり、泣いたりするのも嫌で、どうでもよくなってきちゃった」

「え?」

「真剣に相手を好きになると、その分傷つくから、適当に付き合うってのもいいかもしれないよね」

 あれれ~~?

 蘭が投げやりになってる気がするな。


「あ、そろそろ教室戻るね。花、行こう」

「うん」

 二人は私たちの教室を後にした。

「蘭、大丈夫かな」

 菜摘が心配そうに言った。


「本当は傷ついてるんじゃないのかな」

「そうだよね」

 私も気になった。

「今日、帰りに、桃子の家に一緒に行こうって誘ってみようか」

「うん」

 

「強がってるだけかもしれないよね」

「私も、そんな気がするな」

 蘭のやけにさびしそうな目が、気になってしかたなかった。

 それにしても、恋をしてると、いろいろとあるよね。


 まだ、付き合っているのかどうかもわからないような、花ちゃんと籐也君。

 付き合って、1年はたってる蘭と彼氏。

 そして、長い付き合いをしている菜摘と葉君。この二人は今、安定してるなって感じもするけど。

 

 はあって菜摘と二人で、ため息をついた。そこへ、まぶたを赤く腫らせている苗ちゃんがやってきて、黙って席に座った。

 え?どうしたの?

 菜摘もそれに気がついたらしい。すぐさま、後ろを振り返り、富樫さんと平原さんを見た。二人はまだ席にもつかず、ひそひそとちょっと笑いながら、苗ちゃんを見ている。


「あいつら、何かしたんだ」

 菜摘がそう言って、二人をにらんだ。

 ああ、そうだった。まだ、こっちも未解決のままだったっけ。恋の悩みだけじゃなかったんだ。

 私の周りはまだまだ、穏やかになりそうもない。


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