第108話 家に帰ろう
食後にまた店員さんが来て、
「食後にコーヒーか紅茶がつきますが、どちらがよろしいですか?」
と聞いてきた。
「俺はホットコーヒー。桃子ちゃんは、他に何頼む?ホットミルクかココアにする?」
「そうすると別料金になりますが」
店員さんの言葉に聖君は、
「あ、いいですよ。彼女今、カフェインのもの飲まないようにしてるから」
とそう言ってくれた。
「じゃあ、ホットミルクをください」
私がそう言うと、店員さんはかしこまりましたと言って、キッチンに戻っていった。
聖君は、しばらく黙って横を見ていた。隣の席にはまだ1歳くらいの子がいて、お父さんがずっと抱っこしている。それを聖君は目を細めながら、ずっと見ている。
きっと、凪が生まれてからのことをイメージしてるんだろうな。
今日の聖君は、白のTシャツに、薄手のジャケットを着ている。デートだから、ジャケットまで着てきたんだろうか。とても大人っぽくてかっこいい。
聖君はアクセサリー類はつけない。時計くらいだ。時計は黒のダイバーウォッチで、日に焼けた聖君の腕にマッチしている。
ああ、子供を見るときの目、すごく優しいな。きっとそんな目で、凪のこともあやすんだろうな。
ふっと聖君は視線を私に戻した。
「ん?」
聖君が聞いてきた。
「え?」
「俺のこと見てた?」
「うん、見惚れてた」
「あはは。やっぱり?」
聖君は顔をくしゃってして、照れながら笑った。そこにコーヒーとホットミルクを持って、店員さんがやってきた。
聖君はおとなしく、店員さんが置きやすいように、両手をひざの上においたり、店員さんがおきづらそうにしてると、ぱっと手をだして、受け取ってあげたりする。
やっぱり、同業者だからかな。そういうのわかるみたいだ。
店員さんがにこりと笑って、テーブルから離れるときには、聖君も必ず、にこって微笑み返す。すると女性の店員さんだと必ずといっていいほど、顔を赤らめる。
ああ、客でいるときまで聖君は、最高の笑顔をするんだから…。
コーヒーに、ミルクを入れると、聖君はコーヒーをごくっと飲んだ。その仕草、動作、すべてが綺麗で、いつも見惚れてしまう。
ぼけ~~~。
「桃子ちゃん?」
「え?」
「カップちゃんと持たないと、ミルクこぼれるよ」
あ。いけない。私は慌てて、カップをお皿に置いた。
聖君はそれから、今日あった話をしてくれた。今日は常連さんが来て、結婚のお祝いをくれたらしい。
「かわいい写真たてなんだ。赤ちゃん生まれたら使ってって言われたよ」
「へ~~~」
そっか。そんなふうにお祝いしてくれるの嬉しいな。
「近くのアクセサリーショップの店員さんは、ぱったりと来なくなったけど」
「え?」
「道ですれ違っても、ひきつりながらお辞儀して、さっさと行っちゃうんだよね。どうやら、避けられてるみたい」
「若い女の子?」
「うん、確かいっこ上」
「聖君のこと好きだったんじゃないの?」
「う~~ん、たまにアクセサリーをくれたりはしてたけど」
「え?それ、どうしてたの?」
聖君、アクセサリーしないよね?
「ああ、男ものなら桐太にあげたり。女物なら母さんとか、桜さんにあげてた」
「…その店員さんはそれを知ってるの?」
「知ってるよ。俺、いっつもアクセサリーはしないからって断ってたし。でも、くれるの。困ってたんだよね」
そうなんだ。
「他にも来なくなった人いる?」
「けっこういるかな」
「客、減っちゃった?」
「う~ん、そうだね。前に戻ったかな。やっと落ち着いてきたって感じだよ」
やっぱり、聖君が結婚したからだよね…。
「このぶんだと俺が大学始まっても、大丈夫そうだな」
「え?」
「母さん、今まで混んじゃって大変だったから。でも、紗枝ちゃんと母さんとで、どうにかやっていけそうだ」
聖君って本当に、お母さん思いだよね。
「え~~!いいの?これもらっても!」
突然後ろから大きな声が聞こえた。ちょっと私は振り返って見てしまった。男の子が女の子にどうやら、指輪をプレゼントしたらしい。
「ありがとう」
女の子が喜んでいる。まだ、二人とも高校生くらいかな?ちょっと初々しい感じのカップルだ。
「高くなかった?」
「うん、そのためにバイトしてたし」
そんな会話が聞こえてきた。うわ。彼女のためにバイトしてたんだ。それを聞き、女の子が赤くなっている。でも、男の子が私を見たから、私は慌てて、前を向いた。
「…桃子ちゃん、そういえばさ」
「え?」
「結婚指輪、どうする?」
「うん。どうしよう」
「エンゲージリングも買わないとね」
「ううん、それはいい。結婚指輪だけでいいよ」
「なんで?」
「ほら、前にもらったし」
「あんなの、おもちゃみたいなもんだよ?」
「でも、いいの」
「…じゃ、新婚旅行はどうする?」
「凪が生まれてから、3人でしたいな。あ、沖縄とか」
「そうだね。そうしようか」
「うん」
聖君はまた、コーヒーを飲んだ。
隣にいた家族が、お店を出て行った。いきなり、子供の声もなくなり店内が静かになった。
「かわいかったね、あの子」
私が言うと、聖君は目を細めて笑い、
「俺らも3人で、ご飯食べに来たりするんだよね」
と言った。ああ、やっぱり、そういうこと考えてたんだ。
「そうだね、楽しみだね」
私がそう言うと、聖君は嬉しそうにうなづいた。
いきなり静かになった店内に、後ろの女の子の声が響いた。
「ユウ君。大学違っても、ずっと一緒にいられるよね?」
ああ、高校3年?私と同じ年?
「うん。こうやって会おうよ。俺らは大丈夫だよ。大学だって、そんなに遠くはないんだし」
彼のほうがそう答えているのが聞こえた。
ブワ…。突然、私は聖君が沖縄に行くかもしれないころのことを思い出した。
あの頃、すごく不安だったっけ。でも、それすら聖君に言えないでいたっけ。
大学にいったら、いっぱい大人の女の人がいて、聖君が目移りしたらどうしようとか、別れがきたら、どうしようとか。
それより、聖君に会えない日々、耐えられるのかなとか…。
それなのに、今は、目の前にいる。そしてずっと、すぐそばにいてくれてる。
なんだか、じ~~んとしてしまった。聖君は、私のことをじっと見ていた。
「受験勉強、お互いがんばろうね」
また後ろの子の声が聞こえた。
「うん。がんばらないとね」
彼氏のほうが答えた。
これから、受験なんだ。そんなときに指輪をプレゼントしたのか。
受験か。1年前の聖君も、受験勉強で大変だったっけな。
「桃子ちゃん」
「え?」
「これからどうする?」
これから?え?何がだろう。これからの二人のこと?
「ドライブしてから帰る?今、9時半だから、もう帰ったほうがいいかな」
「あ、ああ。そっか」
なんだ。びっくりした。つい後ろの子達の会話に釣られて、今後の私たちの未来のことを聞いてきたのかと勘違いしちゃった。
「どうしようかな」
「明日学校だもんね。遅くならないほうがいいよね?」
「うん」
「お母さんも心配するかもしれないしね」
「うん」
そういえば、あまり遅くならないようにねと言われてたんだっけ。
「すみません。ラストオーダーの時間です」
店員さんがそう言ってきた。
「あ、もう注文はいいです。ね?桃子ちゃん。それともデザートでも食べる?」
う。デザート!その響きに弱いけど、でも…。
「もうお腹いっぱい」
「だよね。けっこう食べてたもんね」
店員さんは私たちの後ろの席にも、ラストオーダーだと告げにいった。
「もうお店終わりなんだ」
女の子が彼氏に言っている。
「送っていくよ」
「まだ、帰りたくない」
「どこかに寄る?」
「遠回りして帰ってもいい?」
「いいよ」
そんな会話が聞こえてきて、私のほうが切なくなりそうだ。ああ、別れたくないんだ。まだまだ一緒にいたいんだな。
う。その気持ち、わかる。
私がしんみりしていると、
「どうしたの?やっぱりデザート食べたかった?」
と聖君に聞かれた。ひどい。人がセンチになってるときに、食べ物の話?
くるくると首を横に振ると、
「あ、忘れてた。そういえば、焼き菓子もらってきたんだ。家で食べない?」
と聞いてきた。
「焼き菓子?」
「うん。今日、桜さんのお母さんが持ってきてくれた。ひとつ食べたけど、うまかったよ」
「桜さんのお母さんが焼いたの?」
「いや、どっかで買ってきてくれたみたい」
「そうなんだ」
「たまに持ってきてくれるんだ。この前はどら焼き。あれも美味しかったな」
「和菓子も聖君好きなの?」
「うん。けっこう好きだけど?」
そうなんだ。聖君って嫌いなものあるのかな。
「聖君は嫌いな食べ物ないの?」
「ないよ」
ああ、あっさりと答えられた。さすがだ。
「さて、じゃ帰ろうか。トイレとか行っておく?家までちょっとかかるかも」
「うん」
「じゃ、俺会計済ましておくから」
そう言って、聖君は席を立とうとしてから、
「あ、これまた忘れてた。紗枝ちゃんが手作り石鹸ってのをくれたんだ」
「紗枝さん、そんなの作るの?」
「うん、桃子ちゃんにきっといいと思うって、香りが落ち着く香りなんだってさ。なんていってたかな。えっと~~、マロア?」
「アロマ」
「ああ、それそれ。今日その石鹸で洗ってあげるよ」
「え?うん」
「だから、早く帰ってお風呂入ろうね。そうだ、そうだ。入浴剤ももらったんだ。桃子ちゃんの家って、入浴剤入れないよね?」
「ううん。あったらお母さん、喜ぶよ。でも、もうお風呂入ったかな」
「じゃ、それは明日の楽しみにする?」
「うん」
「じゃ、帰ろう~~。お父さんももう、帰ってるかもね」
「お父さんはいるけど?」
「あれ?あ、そうか、今日、日曜か」
「デパ地下のお惣菜食べながら、お酒でも飲んで、聖君の帰りを待ってるよ」
「え?まじで?俺、でも早くに桃子ちゃんとお風呂入って、部屋でいちゃつきたい」
「聖君、し~~~」
「え?」
私は、そのときまで気づかなかったけど、静かな店内に私たちの会話は聞こえていて、後ろの席にいたカップルも、レジで私たちが行くのを待っている店員さんも、目を丸くしながら、耳をダンボにして私たちの会話を聞いていた。
「あ~。じゃ、会計済ましてるからさ」
「うん。トイレいってくるね」
私はそそくさとトイレに入った。ああ、恥ずかしい。なんか二人でとんでもない会話してなかったっけ?今。
私は会話を思い出しながら、トイレから出てきて、手を洗った。
あ!聖君が石鹸で洗ってあげると言ってたような…。うひゃ~~~!聞かれてたかな。
トイレを出ると、聖君はまだレジにいた。そしてあの店員さんと、なにやら話をしている。
私が聖君のほうに行くと、なんと、ドレッシングのレシピを聞いているようだった。聖君はしっかりと、メモまで取っている。
「へ~~!それで、あんな味がでるんすか!」
「お料理されるんですか?」
「いえ、うち店やってて。あ、ドレッシングのレシピなんか教えてよかったんですか?」
「はい。ホームページにも載せてますし」
「まじで?他の料理とかも?」
「はい」
「そうなんだ。今度見てみよう」
「イタリアンの店ですか?」
「いえ、うちはカフェです」
「おうちがですか?」
「はい、母が経営してるんです」
「へ~~。そこを継ぐんですか?」
「あ、俺がですか?いえ、多分、俺は別の仕事すると思うな。今、大学生なんで、まだわかんないすけど」
「あ、大学生?」
「はい。継ぐとしたら、俺の奥さんかな?」
聖君はそう言って、私を見た。
「奥さん?じゃ、奥さんになる人は、いろいろとお料理とかできないとならないですね」
「ああ、大丈夫。俺の奥さん、そういうの得意だし、カフェやりたいって夢もあったし。ね?桃子ちゃん」
「え?うん」
私はいきなりふられて、驚いてしまった。
「え?」
店員さんが私を見た。
「ああ、俺の奥さんなんです。もう結婚してるんです」
どひゃ!聖君、そんな話いきなりしなくっても。
「え?!でも、さきほどプロポーズ…」
店員さんの目が丸くなった。
「あ、やっぱり聞いてました?あれは、冗談ですよ。なにしろもう、籍も入れてるし、お腹に赤ちゃんもいるし」
聖君はそう言うと、あははって笑った。
あははって、そんなさわやかに笑ってる場合じゃないような。店員さん、驚いちゃってるよ。でも店員さんだけじゃないよ。私の後ろの席にいた人も、レジのほうに来て、聖君の話を聞いて、びっくりしているよ。
「それじゃ、ごちそうさまでした。美味しかったし、また来ると思います」
「はい、どうぞいらしてください」
聖君の言葉に店員さんはやっとこ笑って、そう答えた。
「今度来るときは、赤ちゃんも一緒かもしれないけど」
聖君はにこって笑ってそう言った。
「じゃ、うちに帰ろうか、桃子ちゃん」
「うん」
聖君は私の背中に手を回し、歩き出した。
後ろの席にいた女の子が、私たちを見て、
「同じおうちに帰るんだ」
とぼそってつぶやいたのが聞こえた。そして、
「いいな」
という声も。
お店を出て車に乗った。聖君がまた、シートベルトを締めてくれた。
「さ、出発するよ」
「うん」
聖君は車を発進させた。
「同じ家に帰るんだね」
「え?何?突然」
「これから、私の家に送ってくれるんじゃなくって、一緒の家に帰るんだって思ったら、なんだか嬉しくて」
「…恋人のときは、別々の家だったもんね。車で送っていって、ばいばいってね」
「うん」
「でもまだまだ、桃子ちゃんといられるんだ。今日が終わるまで」
「え?」
「ついでに明日の朝まで」
「うん」
「それに、これから一緒に風呂も入れるし、いちゃつけるし!」
「…」
「お楽しみはまだまだ続く」
なんだ、その「お楽しみ」ってのは…。聖君は思い切りにやけている。
「桃子ちゅわん」
「うん?」
「今日は体全部、洗ってあげるね!」
「…」
「ね?!」
ああ、そのかわいい笑顔に弱いんだってば。私はこくんとうなづいた。
聖君は鼻歌交じりで運転をしている。
さっきの子達はどうしたかな。家まで遠回りをして帰るんだろうか。あのお店の近くに、おうちがあるのかな。
「聖君」
「ん?」
「そばにいてくれてありがとうね」
「へ?何、突然」
「すご~~く幸せだなって思って」
「うん。俺もすご~~く幸せだよ!」
聖君がまた、かわいい笑顔でそう言った。
きゅ~~ん。胸きゅんだ!
恋人気分をちょっと味わったけど、やっぱり、私は聖君の奥さんでいたい。一緒の家に帰れる喜びをかみしめていた。




