表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/175

第105話 笑い上戸

 聖君はその日、休憩に入らなかった。夕飯もお父さんが先に食べ、聖君はお客さんがみんな帰ってから、ようやくリビングに来た。

「は~、腹減った」

 自分の夕飯を、トレイに乗せ聖君はリビングに来て、嬉しそうにいただきますと元気に言って、食べだした。


 杏樹ちゃんと私は、先に夕飯を食べ終わっていて、聖君のお母さんはどうやら、カウンターで食べているようだった。

「今日はもう、帰っていいってさ。桃子ちゃん、俺が食べ終わったら帰ろうね」

「え?片付けは?」

「父さんがしてくれるって」


「そうなんだ」

「紗枝ちゃん、あのあと元気になってた?」

 突然、聖君が聞いてきた。

「うん」

「そっか」


 杏樹ちゃんはテレビを観ていた。

「あ!○○だ。かわいい!」

「本当だ。ちょっと籐也君に似てるよね」

 私がそう言うと、杏樹ちゃんが眉をしかめた。

「そうかな。○○のほうが、ずっとかわいいと思うけどな」


 そうかな。

「ああ、そういえば、似てるかもな」

 聖君がぼそってそう言った。

「花ちゃん、ファンなんだよ」

「へえ、そうなんだ。あ、もしかして籐也に似てるから?」

「うん」


「籐也、そういえば、どうしたかな」

「何が?」

「ちゃんと花ちゃんのこと、デートに誘えたかなって思って」

「え?いつ?」

「昨日メールがあって、次の約束がなかなかできないってぼやいていたから」


「…デートの?」

「デート誘うだけで、あんなに悩むかな」

「籐也って、お姉ちゃんのことくどいてた、あの籐也でしょ?」

 杏樹ちゃんが聖君に聞いた。

「そう、その籐也」

「へえ。そんなにおくてなんだ」

「な?桃子ちゃんには、あんなにがんがんに迫ってたくせしてな」

 聖君が、ちょっと楽しそうに杏樹ちゃんに言った。他人事だと思って、楽しんでるな、こりゃ。


 聖君は夕飯を食べ終わると、食器を持ってお店に行った。そしてすぐに戻ってきて、

「さ、帰ろうか」

と私に言ってきた。

「え?もう?」

 杏樹ちゃんが驚いている。


「うん。桃子ちゃんもあまり遅くなると、疲れちゃうからさ」

「そっか~。なんだ~~。どうせなら、明日も日曜なんだし、泊まっていけばよかったのに」

 杏樹ちゃんが、残念そうにそう言うと、

「あ、その手があったか」

と、聖君はぽんと手をたたいた。


「でも、着替えも何もないしな~~」

 私がそうつぶやくと、

「私の貸すけど?」

と杏樹ちゃんが言った。


「だけど、私、お腹大きくなってきたし、杏樹ちゃんのサイズのもの、入らないかも」

「え~~、そうかな」

「下着の着替えもないしな~」

「だよな~」

 聖君も隣で、つぶやいた。


「今日は帰る?桃子ちゃん」

「うん」

「え~~ん。さびしいな」

「俺がいなくて?」

 杏樹ちゃんの言葉に聖君が聞き返すと、

「まさか。お姉ちゃんが帰っちゃうからだよ!」

と杏樹ちゃんは、言い返してきた。


「ちぇ」

 聖君は、そう口をへの字に曲げて言ったが、さっさとカバンを持って、

「さあ、帰るべ、帰るべ~~」

と、玄関に向かった。

「桃子ちゃん、車出してくるから、もうちょっと待ってて」

「うん」


 私はそう返事をして、ソファーに座りなおした。

「お姉ちゃんさ、ずっとお兄ちゃんといるのと、ちょっとは離れているのと、どっちがいい?」

 杏樹ちゃんが聞いてきた。

「え?そ、そりゃあ、ずっと一緒がいいよ」

「そうなんだ」


 杏樹ちゃんは違うのかな。

「彼氏、元気?」

 私は気になり、聞いてみた。

「うん」

 あれ?なんか沈んでない?


「何かあった?」

「…一応ね、受験生なんだし、もう受験終わるまで、デートは控えようって言われたの」

「あっちから?」

「うん。でも、塾でも学校でも会えるんだけどさ」

「そっか」


「ま、いいんだけどね」

「え?いいの?」

「うん…」

「本当に?」

「うん」


 そのわりには、顔が沈んでるよ?

「高校、別になるかもしれないし」

「え?」

「彼、頭いいんだ。私じゃ絶対にいけそうもないところを、受けるみたい」

「そっか~」


「だから、中学卒業したら、結局別れることになるんじゃないかな」

「え?そうなの?」

「だって、違う高校行くんだよ?」

「私と聖君も違う高校だったよ」

「あ、そっか」

 杏樹ちゃんはそう言って、また暗い顔をした。


「別れたくないんじゃないの?」

「うん」

 あれ?なんだ。いきなり素直になった。

「でも、あっちはどう思ってるかわかんない」

「え?」


「さほど私のこと、思ってないのかもしれない」

「それはわかんないよ?」

「そうかな。なんか私よりも勉強のほうが大事みたいだし」

「…」

 そうか。まだ中学生だもんね。相手も、いい高校目指してるなら、必死かもしれないし。


「自分の気持ちはちゃんと伝えた?」

 私が聞くと、杏樹ちゃんはくるくると首を横に振った。

「受験前だから、そういうことあまり言いたくない」

「彼のために?」

「うん」


 そうか。杏樹ちゃんのほうは、彼のこと好きなんだろうな。

「お待たせ」

 聖君が元気に店のほうからやってきた。

「店の前に車持ってきたから、こっちから出よう」

「え?うん」


 聖君は私のカバンも持って、さっさとまた店のほうに行ってしまった。

「じゃ、杏樹ちゃん、またね。話はいつでも聞くからメールでも電話でもしてきてね」

 私がそう言うと、杏樹ちゃんは、

「うん」

と嬉しそうにうなづいた。

 あ、もしかして、そういう話を私にしたかったのかな。


 聖君のお母さんが、スコーンを持たせてくれた。そして、聖君のお母さん、お父さんとクロまでが、車のまん前まで見送りに来てくれた。

「じゃあ、お父さん、お母さんによろしくね」

「はい」

 私は車に乗り込み、聖君は車を発進させた。


「は~~」

 聖君は大きなため息をした。

「どうしたの?」

「なんかさ、今日もいろいろとあったなって思ってさ」

「そうだね」


「紗枝ちゃんのことは、よかったなって思ってるけどさ」

「あ、それ、私も思った」

「え?」

「芹香さんが来たことで、聖君と紗枝さんの溝が埋まったって言うか、絆ができたって言うか」

「絆?」


「うん。心をお互い開けた感じがしてない?」

「ああ、そうかもね」

「芹香さんのことがなかったら、まだ、ぎくしゃくしてたかもしれないでしょ?」

「これもまた、必然ってか?」

「うん」


「はは。そうだね」

 聖君は、さわやかに笑った。

「ね、聖君」

「ん?」

「私思ったんだけど」


「うん」

「桐太のときも、なんでこんな目に合わなきゃならないんだって思ったけど、でも、あんなことがあったから、聖君と結ばれたでしょ?」

「うん。あんなことがあったから、俺に抱かれたいって思っちゃったんだもんね?桃子ちゃん」

「…」

 なんで、そういう言い回しをするかな。私の顔が一気にほてっちゃったじゃないよ。


「だから、桐太のおかげって言えば、おかげなんだよね?」

「だね」

「今日は芹香さん、ひどいこと言ったりしてたけど、でもそのおかげで、紗枝さんと聖君、心開けたじゃない?」

「うん」


「そうやって、悪役をかって出てくれてるんじゃないかって、そんなこと感じたの」

「悪役?わざわざ?」

「そういう人も、人生には必要なんじゃないかなって」

「…かもね」

「なんだか、そう思ったら、芹香さんのことも憎めないなって思っちゃって」


「だから、桐太のことも許したの?」

「ううん。桐太は、あっちが心開いてくれたから。なんだ、実は優しい人なんじゃないって、それがわかったからなんだけど」

「芹香さんもそうだと思う?」


「え?」

「心開いたら、変わるかな?彼女」

「うん。きっとね」

「相当偏屈だと思うけど」

「…」


「ま、いっか。もしかするとさ。その心を開いてあげるのは、俺らの役目じゃないかもしれないし」

「え?」

「他の誰かの役目かもしれないでしょ?それはわかんないじゃん」

「うん、そうだね」


 聖君は、ラジオをつけた。するとちょうど、聖君が好きな唄が流れ出した。それに合わせて、聖君は気持ちよさそうに歌っている。

 反対車線を走る車のヘッドライトが、すごく綺麗だ。聖君の優しい歌声と、優しい運転と、そして夜の道は、なんだかマッチしていて、私はうっとりと外を眺めていた。


「桃子ちゃん?」

「ん?」

「もう少しドライブ楽しむ?」

「え?どうして?」

「なんだか、うっとりと外の景色見てたから」


「…わかった?」

「うん」

「でも、聖君、早く帰りたいでしょ?今日疲れてるでしょ?休憩もなかったし」

「ま、ね…」


「早く帰って、お風呂に入ろう、聖君」

 私がそう言うと、聖君は目を輝かせ、

「うん!」

と元気に返事をした。うわ。ほんと、かわいいんだから。まいっちゃうな~。


「そっか。桃子ちゅわん、俺と早くに風呂に入りたいのか。もう、まいっちゃうな~~」

 聖君はでれでれの顔になりながら、そう言った。

 ええ?それは聖君のほうでしょ?と思ったけど、あまりにも聖君が嬉しそうだから、私は黙っていた。


 聖君は家に帰ると、案の定、ものすごく機嫌よくただいまって、家に入っていき、そして、

「聖君、おかえりなさい。お風呂開いてるけど」

という母の言葉の途中で、

「入ります!」

と元気にそう答え、さっさと私を連れて、2階に上がっていった。


 ああ、ほんと、わかりやすいよな~~。

「さ、お風呂、お風呂」

 聖君はにこにこしながら、着替えを出し、

「桃子ちゃんも早く、早く」

と私をせかした。


「わかってるよ。あ、聖君、さきに行ってて」

「え?うん」

 聖君は元気に一階に下りていった。

「さて、困ったな」

 私は実は、パンツをどれにするかで、悩んでいた。お腹が大きくなり、今までのでは、もうぱんぱんになってきている。


 一応、大きめのとか、マタニティ用のとかも、買い揃えてあるんだけど、これ、どう見ても見栄えがよくない。はっきり言って、ばばくさい。

 こんなのはいたら、聖君、いやがらないかな。

 しばらく悩んだ。でも、ぱんぱんのをはいてるのも、見栄えがよくないよね。仕方ない。ちょっと大き目のパンツを手に取り、私は一階に下りていった。


 お風呂場に入ると、

「遅いよ、桃子ちゅわん」

とすでに、体も洗い終えたのか、バスタブにつかっている聖君がいた。

「迷っちゃって」

「え?何を?風呂に入るかどうか?」


「ううん。パンツ」

「へ?」

「もう、今までの小さくて入らないんだもん」

「大きいのないの?俺のでもはく?」

 私は思い切り首を横に振った。


「ある。ただ…」

 私がいすに座り、体を洗おうとすると、聖君はバスタブから出てきて、

「俺が洗うよ」

と私のタオルを、手にとってしまった。


「聖君」

「うん」

「パンツ、ばばくさい」

「へ?」

「いやじゃない?」


「何が?」

「そういうばばくさいパンツはいてるの見るの、いやじゃないの?」

「…」

 聖君はしばらく黙り込んだ。そしてそのあと、ぶぶっと思い切りふきだした。


「何?それで悩んでたの?もしかして」

「う、うん」

「あはははははは、駄目だ、腹いて~~~!!!桃子ちゃん、面白すぎ!」

 あれ?笑うところ?そこ。

「どうして、そんなに面白いんだよ、いっつも」

 いっつも?


「前には確かさ、子供っぽい下着で、恥ずかしいって言ってたよね?」

「うん」

「今度は、ばばくさい下着?!」

「だって、本当にそうなんだもん」

「俺、そんなの気にしないって」


「ほんと?」

「本当だよ。なんで、そんなの気にするんだよ」

「…」

 私が黙りこむと、聖君はまた、ひ~~って声を出さずに笑っている。

「そんなに笑うこと?」


 私がそう聞くと、聖君は黙ってこくこくとうなづいて、また、ひ~~って笑い出した。

「いいよ、無理して笑いこらえないでも。声出して笑えばいいじゃん」

 私がそう言うと、聖君は後ろを向いて、笑い転げていた。

 聖君ってそういえば、一回つぼにはまると、ずっと笑い続けるんだっけね。忘れてたよ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ