第104話 悪役
聖君は、お店に戻っていった。私はクロとのんびり、テレビを観ていた。
3時を過ぎたころ、店から大きな声が聞こえてきた。と思ったら、聖君のお母さんが、
「タオル、タオル」
と言って、店から飛んできた。そしてバスルームからタオルを数枚持って、またお店にすっとんでいった。
?なんだろう。何かお客さんにあったのかな?
私は気になり、お店をのぞきに行った。あ、うわ~。芹香さんだ~。
「このタオルも使って」
聖君のお母さんが芹香さんにタオルを渡し、自分が持っているタオルでも、芹香さんの服を拭いてあげている。
「すみませんでした」
聖君が、真剣な顔で謝っている。え?聖君が、何かへましちゃったの?
「聖君に謝られても、意味ないの。こぼした当人に謝ってもらわないと!」
聖君の向こう側に、体を縮め、真っ青な顔をしている紗枝さんがいた。ああ、紗枝さんが、何かこぼしちゃったのか。
「しみになったら、どうしてくれるのよ?ほんと、この人、なんの役にも立たない。さっきから見てても、聖君の足を引っ張ってばかり」
芹香さんが、思い切り紗枝さんのことをののしりだした。
ホールには一組のお客さんと、常連客が一人、テーブル席にいた。その人たちも目を丸くしたまま、芹香さんを見ている。
「申し訳ありませんでした」
また、聖君が謝った。聖君のお母さんも、
「ごめんなさいね。服、どうしようかしらね。うちの娘のTシャツにでも着替える?」
と芹香さんに言っている。
聖君のお父さんは、キッチンにいた。ホールのほうを気にしながらも、キッチンで洗い物をしたり、片付けたりしている。
「あの、何があったんですか?」
私はお父さんに聞きに行った。
「紗枝ちゃん、オーダー聞き間違えて、間違ったもの持っていって、怒られちゃって、動転しちゃって、ひっくり返しちゃったんだよね」
「え?!」
「ほとんど、自分のほうにひっかかったんだけど、お客さんにもちょっとかかっちゃったんだ。アイスティーだから、しみになっちゃうかな。ただ、お客さんの服、大きな花柄だし、けっこうわからないっちゃわからないと思うんだけど」
私はまた、ホールを見た。あ、本当だ。芹香さんは、花柄でそれも茶系だし、どうにかなりそうだ。それよりも、真っ白のTシャツ着てる紗枝さんのほうが、いくらエプロンをしてるとはいえ、茶色く染まっちゃってる。
「だから、あなたに謝ってっていってるの。服も弁償してよ。高かったのよ!」
芹香さんは、紗枝ちゃんにくってかかった。
「は、はい」
紗枝さんの消えそうな声が聞こえた。
「うちの店で弁償します。クリーニング代でも、洋服の代金でも、言ってくだされば、ちゃんと支払います」
聖君が、紗枝さんの前に立ちはだかりそう言った。
「聖君じゃなくって、その子の責任でしょ?」
芹香さんは怖い顔でそう言った。
「バイトの子の責任は、僕の責任ですから」
「え?」
芹香さんの顔色が変わった。
「僕がかわって謝ります」
聖君はぺこりと頭をさげた。
「…こんなドジばかりする子の責任を負わないとならないなんて、嫌にならない?クビにしちゃえばいいのに」
芹香さんが、ちらっと紗枝さんを見てそう言った。ムカ!なんてひどいことを言うんだろう。
紗枝さんがますます、暗い表情になった。
「クビ?」
聖君の声が低くなった。あ、聖君も頭にきたんだ。
「俺の責任だって言ったのは、そういうことじゃない」
あ、かなり頭にきてるな。口調がまったく変わっちゃった。
「え?」
芹香さんが顔をしかめた。
「うちの店で働いてる子はみんな、家族同様だ。いや、家族なんだ。俺だってへまするときがある。誰だってある。それを他の人がカバーしながら、助け合いながら、やってきてるんだ。それなのに、なんで簡単にクビにできたりするんだよ」
その言葉に、芹香さんは何も言い返せなかった。
「服、大丈夫?着替え持ってきましょうか?」
聖君のお母さんが優しく聞いた。
「いえ、いいです。もう」
芹香さんは、無表情でそう答えた。そしてしばらく黙り込み、
「この店は、客よりも店員のほうが大事みたいだし」
と、聖君をにらみつけるようにそう言った。
「家族が大事なのは当然のことだろ?俺は大事なものは、なんとしても守るよ。あんたにはないの?なんとしても守りたいっていう大事なもの」
「え?」
「俺はそれがたとえ、客だろうと、大事な人を守るためなら戦うよ?大事な人を傷つけるようなそんな客ならいらない。金輪際、来てもらわなくてもけっこうだ」
「そ、そんな強気なこと言ってもいいの?私の力、あなどってるんじゃないの?」
「え?」
聖君が今度は、芹香さんをにらみつけた。
「私、モデルしてるのよ。いくらでもどこでも、この店の悪口言いふらせるわよ。ブログに書くことだってできるのよ」
「すれば?それで気が済むなら」
「え?」
「そんなの怖がってたら、こっちだって店なんてしてられない。それに、そんなの信じてうちの店を嫌うような客はいらないよ。もともとこの店は、常連が来てくれてた店なんだ。うちの店も、ここで働いてる店員も、愛してくれるようなそんなお客さん。そんなお客さんも、家族の一員みたいなもので、俺にとって大事な人たちだよ」
「…」
芹香さんはまた、黙り込んだ。
「そういう人が来てくれたら、それでいいんだ」
聖君は、そう言うと、じっと芹香さんを見ている。
「ふ、ふうん。えらい自信があるのね」
芹香さんは、ちょっと声が弱々しくなった。
「そう。この店にもう何年も通ってるけど、この店もここの家族も私は大好きなの。だから、こうやって通ってる。この店を悪く言ったりする人がいるなら、私はこの店を守る側になるわよ。聖君、いくらでも味方はいるから、安心して」
テーブル席に座っている、常連のお客さんがいきなりそう言った。
聖君と芹香さんはその人を見た。そのお客さんは、にこっと微笑み、聖君にVサインを送った。
「ありがとうございます。森下さんがそう言ってくれると、すげえ心強いや」
聖君は、嬉しそうに笑ってそう答えた。
森下?ああ、この近くの薬局だ。そうか。この時間は休憩時間なのかな。
「私たちもこの店好きだから、ずっと通い続けるわよ」
もうひとつのテーブル席に座っている、二人組みのお客さんもそう言ってくれた。聖君はその人たちを見て、ありがとうございますと頭を下げた。
「ふふ。うちの店は本当に、愛されちゃってるわね」
聖君のお母さんがそう言った。
「私なんて、瑞希さんのときからの常連なんだから」
森下さんがそう言った。瑞希さんって、聖君のおばあちゃんだ。
「そうですよね、森下さん。あの頃から通ってくれてますものね」
「くるみさんが結婚して、聖君が生まれて、もうずっとここの家族は見てきてるから」
森下さんは、多分、聖君のお母さんと同世代だろう。
「…」
芹香さんは、まだ黙っていた。でも、顔は引きつっている。きっと何を言っても動じない聖君に、頭にきているのかもしれない。
「もう今日は帰るけど、でも…」
芹香さんは、何か捨てぜりふでも考えてるんだろうか。
「私の気はまだ、おさまったわけじゃないから」
そう言うとカバンを持って、ずかずかと店の中を歩き、お店を出て行った。
「大丈夫?紗枝ちゃん。Tシャツ濡れちゃって、寒いんじゃない?奥で着替えてきて。今、杏樹のTシャツでも持ってくるから」
「…すみません」
紗枝さんは震えるような声でそう言うと、テーブルの上を片付けようとした。
「いいよ、紗枝ちゃん、俺がしておくから。リビングにあがってて」
聖君は床を拭くモップを持ってきて、そう言った。
「で、でも」
「ここはいいから」
聖君はそう言うと、床を拭き出した。
「ひ、聖君、迷惑かけちゃってごめんなさい」
紗枝さんは、今にも泣き出しそうだ。
「いいから、早く着替えたほうがいいよ?冷たいでしょ?」
「ほんとに、私、いつも迷惑ばかり」
紗枝さんはまだ、その場に立ち尽くしていた。
聖君はふうってため息をついてから、にこって笑った。そして、紗枝さんの背中に優しく腕を回して、一緒にキッチンのほうに来た。
「母さん、服用意できたみたい。杏樹ので悪いけど、着替えてくれる?それから、あったかい飲み物でも持っていくからさ。あと1時間ちょっとで、パートさんも来てくれるから、店のほうはもういいからね?リビングで休んでて」
「…で、でも」
「桃子ちゃんとのんびりしてて」
聖君は私を見て、お願いねって、口だけ動かした。
「本当にいいんですか?」
紗枝さんは、聖君のほうを見て聞いた。
「ごめんね。紗枝ちゃん、傷つけちゃったね」
聖君が優しく謝った。
「そ、そんな。だって、もとはといえば私のせいだし、あのお客さんが怒るのも無理ない」
「違うよ。そのことじゃなくって。俺が冷たい態度とって、紗枝ちゃんのこと傷つけた」
「え?」
「ごめんね」
聖君の言葉に紗枝さんは、一瞬驚いた表情をして、それからぼろっと涙を流した。きっとずっと泣くのを、我慢していたんだろうな。次から次へと涙が零れ落ちている。
「ホールのほうは、俺が片付けてるから。聖、あったかいものでも作ってあげなよ」
聖君のお父さんはそう言うと、キッチンから出てきて、ホールに行った。
「サンキュ、父さん」
聖君がそう言うと、お父さんはにこって微笑んだ。
「じゃ、桃子ちゃんの分も一緒に持っていくよ。リビングに行ってて」
「うん」
私はぼろぼろ泣いている紗枝さんの背中に手を回した。聖君のお母さんが、
「紗枝ちゃん、これを着てね。今着ているのはすぐに洗っちゃうから、着替えたら呼んでくれる?」
と言って、紗枝さんにTシャツを渡した。
「あ、私が洗っちゃいます」
私がそう言うと、お母さんは、
「お願いね」
と私に言い、キッチンに入っていった。
「紗枝さん、行こう」
私は紗枝さんの背中を押した。
紗枝さんはリビングに上がると、ひいっくと声を出して泣き出した。クロが心配そうにくうんと、紗枝さんの足元にやってきた。
「紗枝さん、ソファーに座って」
「ありがとう」
紗枝さんはソファーに座った。私は紗枝さんにティッシュを渡した。紗枝さんは一回、思い切り鼻をかみ、またしくしくと泣き出した。
「お待たせ。桃子ちゃんはホットミルク。紗枝ちゃんはミルクティーでよかったかな?」
聖君がマグカップを二つ持ってやってきた。
「ありがとう」
私が受け取って、テーブルに置いた。
聖君はそのまま、私の横に来て座り込んだ。そして、紗枝さんのことを優しく見ている。
「あの客、ちょっと俺ももてあましてたんだ。なんか癖のある客でさ。紗枝ちゃんは気にすることないよ」
「でも、店の悪口ブログに載せるって」
「はは。あんな脅しなんでもないって」
「で、でも」
紗枝さんはまだ、泣いていた。
「それより、店、やめないでね」
聖君が優しい声でそう言った。
「え?」
「もう、紗枝ちゃんはうちの家族の一員なんだし」
「…」
聖君の笑顔は、作り笑いじゃない。本当に紗枝さんのことを大事に思いながら、笑っている。
「こ、こんな私でもいいんですか?」
「あはは、こんな私もあんな私もないでしょ?」
「だけど、私失敗ばかり」
「失敗なら誰でもするよ」
「だ、だけど」
「失敗するのは俺、別にいいんだ。それよりも、もっと俺や母さんのこと信頼して欲しい」
「え?」
「へましたら、こっちがフォローする。それを信頼して?もっと頼っていいから」
「…」
「それとも俺、そんなに頼りにならない?」
聖君の言葉に紗枝さんが首を横に振った。
「よかった。俺のことなんか、信用ならない。絶対に頼りにならないやつだなんて思われてたら、どうしようかと思った」
聖君はそう言って、にこって笑った。
「わ、私も聖君にとって、大事な人の一人なんですか?」
「うん」
紗枝さんは聖君の笑顔を見て、真っ赤になってうつむいた。
「だって、家族同様だしさ」
聖君は優しくそう言った。
紗枝さんはまた、泣き出した。
「ごめんね。今まで不安だったよね?俺の態度、変だったし」
聖君がまた謝った。紗枝さんはまた、首を横に振った。
「あのさ。俺にでもいいし、母さんにでもいい、あ、桃子ちゃんがいたら、桃子ちゃんにでもいいんだ。どんどん自分が思ってること言ってくれてかまわないから」
「は、はい」
紗枝さんがうなづいた。
「ほんとに?本当にそうしてくれる?」
聖君が紗枝さんの顔を覗き込んで聞いた。紗枝さんは一瞬、驚いて真っ赤になったが、こくんと思い切りうなづいた。
「あはは、よかった。じゃ、約束ね」
聖君はそう言うと、また優しく紗枝さんの頭をぽんぽんとしている。
「えっと。本当は泣いてる紗枝ちゃんのことを、抱きとめるくらいしたほうがいいのかもしれないけど」
と聖君が言うと、紗枝さんはまた目を丸くした。
「でも、桃子ちゃんにあとで俺、怒られるから」
聖君はそう言って、私を見た。
「お、怒らないよ。私」
慌ててそう言ったが、いや、でも抱きしめたりはして欲しくない。
「俺の胸、桃子ちゃん専用だからな~~」
聖君はそう言うと、紗枝さんのほうを向いて、
「そのうち、きっと紗枝ちゃんのことを大事に思う男性が現れて、紗枝ちゃん専用の抱きとめてくれる胸が、できると思う」
と優しくそう言った。
「…」
紗枝さんは黙って聖君を見た。
「ね?」
聖君がまた優しく笑うと、紗枝さんはこくんとうなづいた。
「じゃ、俺、店に戻る。あ、そうだ。着替え早くにしたほうがいいよ」
聖君はそう言って、店に戻っていった。
紗枝さんは、バスルームに行って、自分でTシャツを洗ったようで、しばらくしてからぎゅってしぼってあるTシャツを持って戻ってきた。
「それ、2階に干しちゃいます。きっとすぐに乾くと思う」
私はそのTシャツを受け取り、2階にあがった。
「大丈夫?私が干さなくても平気?」
紗枝さんがくっついてきた。
「平気です。物干し竿、そんなに高くないし」
私はバルコニーに出て、Tシャツを干した。紗枝さんは、バルコニーまでついてきていた。その横にクロまでが、尻尾を振りながらやってきていた。
「ここ、気持ちいいんだね」
「少しここで休んでますか?」
私と紗枝さんは、バルコニーのベンチに腰掛けた。
「なんだか、潮のにおいがする」
「そうですね」
紗枝さんは大きな深呼吸をした。
「聖君、すごく優しかった」
「はい」
「あれが聖君?」
「聖君は一回心許した相手は、本当に大事にするんです」
「じゃ、私のことも?」
「はい」
私はにこって笑ってうなづいた。
「だけど、聖君の胸は、桃子ちゃん専用なんだ」
「…前に、やっぱり泣いてる人のこと、優しく抱きとめてたことがあって、それを見て、私すごく苦しくなって。私、だめですよね。すごくやきもちやきで」
「そんなことないよ。もし、私が彼氏と他の人が抱きあってたら、やっぱり苦しくなると思うもん」
紗枝さんはそう言うと、下を向き、ふうってため息をついた。
「私にもそんな人が、現れるよって言ってくれたよね、聖君」
「はい」
「…さっき、リビングで聖君と桃子ちゃんの会話聞いてて」
「え?」
「あ、ごめんね。本当に立ち聞きするつもりはなかったの。でも、声をかけるタイミングがわからなくって、どうしようかって思ってたら聞こえてきちゃって」
「…」
そうか。私たちの会話聞いてたのか。
「桃子ちゃんは、だんだんと聖君のことを知っていったんだね」
「はい」
「それで、どんな聖君も好きになったんだ」
「はい」
私はうなづきながら、顔がほてっていった。
「私は勝手に聖君ってこんな人だって思い込んで、自分の中でできあがった聖君のイメージを好きになってたみたい」
「え?」
「もっと気が長いと思っていたし、いつでも笑顔だって思っていたし、怒ることなんかほとんどないんだろうなとか、そりゃもう勝手に」
「…」
「でも、それって、私の妄想の聖君を好きになってただけで、本人を好きだったわけじゃないんだよね」
紗枝さんはそう言うと、今度は空を見上げた。
「今日、天気いいね」
「はい」
「…私、聖君が言うように、もっと聖君を信頼してみる」
「え?」
「頼ってみる。今まで、私、なんでも心のうちに抱え込んで、それを言おうとも、表現しようともしていなかったけど、もっと言葉に出してみる」
「はい。聖君なら大丈夫です。何を言っても聞き入れてくれるから」
「でも、負担にばかりならない?聖君がストレスにならないかな」
「あ、それは大丈夫」
「なんで?」
「え、えっと~~」
言ってもいいのかな。うん、いいよね。
「私に甘えてくるから」
私が赤くなりながらそう言うと、
「え?聖君、甘えるの?桃子ちゃんに?」
と紗枝さんは驚いた。
「はい」
「そ、それで、ストレス消えるの?」
「なんか、癒されるというか、元気になるらしくって」
「じゃ、桃子ちゃんは?桃子ちゃんが負担にならない?」
「私、聖君に甘えられるの好きです。聖君が元気になったり、笑顔になると、それを見てるだけで私も元気になるから」
「…」
紗枝さんは黙ったまま、私を見ている。
「甘える聖君、めちゃくちゃかわいいし」
「か、かわいい?聖君が?」
「はい」
私がにっこりと笑うと、また紗枝さんは目を丸くした。
「そういえば、二人でリビングにいたときも、聖君、なんだか、甘えた声を出していたけど、あれ、桃子ちゃんに甘えてたんだ」
「あ、はい」
「そ、そうなんだ」
紗枝さんには、かなりショッキングなことだったのかな?まだ、目を丸くしている。
「やっぱり、私、勝手なイメージ持っていたんだな。そんなことするように見えなかったから。でも、そうだよね。思ってるのと違ってたりするんだよね」
「はい」
「…そっか。だから聖君は、あんなふうにいつも、完璧なんだ」
「え?完璧?」
「さっきの客の前でもがんとしていた。すごく強さがあった。それにいつでも、仕事もちゃんとしてるし、お母さんのことまで、いたわってるなっていうのが伝わってきてたし。この人すごいなって思ってたの。そのうえ、赤ちゃんができたとか、結婚とか、そんなことまで引き受けてて、なんでこんなにすごいんだろうって思っていたの」
「…」
「でも、それって桃子ちゃんがいるからできるんだ」
「え?」
「何かあっても、桃子ちゃんが癒してるんでしょ?だから、いつでも、パワーがあるんだね」
そういえば、聖君も言ってた。桃子ちゃんがいたら、どんなことでも乗り越えていけそうだって。
「それ、私も」
「え?」
「私も聖君がいるから、強くなれる。私、そんなに強い人間じゃない。だけど、聖君がいつでも、そのままでいいよって言ってくれるから、私、自分に自信が持ててる」
「すごいね。二人の絆って」
紗枝さんは羨ましそうに私を見た。
「私も、そんな人と出会いたい。ううん、出会えるよね、きっと」
紗枝さんがそう言った。私は深くうなづいた。
また潮風が吹いてきた。もしかして、これって、雨降って地固まるってやつかな~。
芹香さんのことで、紗枝さんと聖君の心の溝が埋まったのかもしれない。だとしたら、やっぱりこれも必然。
桐太のことを思い出した。桐太のことは、なんでこんな嫌なことが起きたんだろうって思ったけど、あれがきっかけで、聖君と結ばれた。
そんなことを思いながら、私はふと、もしかして、桐太も芹香さんも悪役をしてくれたけど、誰かの絆が深くなるように、その役をかってでてくれたんじゃないか、そんなことを感じた。
そう思うと、芹香さんのことも憎めないなって、そんなことも思っていた。




