第100話 いつも一緒
すう…。安心する寝息で、その日は目が覚めた。聖君のかわいい寝顔が、すぐ横にある。しばらく寝顔を見ていた。
聖君の前髪をあげて、おでこにそっとキスをした。ああ、かわいい。
「ん?」
あ、起きるかな。
聖君は目を覚まし、ぼけっと私を見つめてから、にこって微笑んだ。あれ?寝ぼけてる?
「桃子ちゅわん」
「目、覚めた?」
「もう、桃子ちゃんってば」
「え?」
「エッチ」
「は?」
聖君はまた、目をつむってしまった。ありゃ、聖君、やっぱり寝ぼけてた?っていうか、どんな夢?
それからもそもそと、私のほうに来て、聖君はひっついて、またすうすうと寝息を立てて寝てしまった。
か、かわいすぎる。
思わず、ぎゅって抱きしめると、聖君は目を覚ました。
「…桃子ちゃん?」
「あ、起きちゃった?」
「ふわ~~。おはよう。俺のこと抱きしめてたの?」
「うん、だってかわいくて」
「…」
聖君はじっと私を見て、
「抱きしめてただけ?」
と聞いてきた。
「え?そうだよ」
「ほんとに?」
「うん。なんでそんなこと聞いてくるの?」
「夢の中では、俺、桃子ちゃんに襲われてて」
「は?」
あ。それで、さっきエッチって?
「も、もう~~。なんなの、その夢!」
う。待てよ。おでこにキスはしたな~。
「襲うっていったい、ど、どんな夢?」
一応聞いてみた。
「え?そんなの教えていいの?」
「え?」
「きゃ」
きゃって?聖君、赤くなってるしっ。
「そ、そんなに変な夢なの?」
「うん」
まだ、聖君、ほほ染めてるし。待てよ。それってでも、聖君の夢なんだから、それって…。
「ひ、聖君ってそんなことを、もしかして本当は望んでいたり」
「え?」
「だからそんな夢みちゃうんじゃ…」
「そっか。俺の願望か…」
聖君はそう言ったあと、また、顔を赤らめた。ああ、いったいどんな夢なの~~?
「気になってる?」
「う、うん」
「じゃ、ちょっとだけ教えると」
「う、うん」
「俺が寝てたら、桃子ちゃんが寝込み襲ってきて」
「え?!」
「俺、Tシャツとか脱がされちゃってて」
「ええ?!」
「それ以上は言えない」
ええええ?!
ま、待って。そういう願望があるってこと?
「だから、桃子ちゃん、俺が寝てる間に何かしたのかなって。だから、そんな夢見たのかなって」
「私、おでこにキスしかしてないよ」
「俺が寝てる間に、おでこにキスしたの?」
「うん。聖君、それで一回目覚ましたよ。寝ぼけてまた寝ちゃったけど」
「俺も、桃子ちゃん寝てる間に、キスしたりする。でも、桃子ちゃん、寝てたな~~」
ええ?
「いつ?」
「けっこう、しょっちゅう」
えええ?!知らないよ~~~!
「むぎゅ~~」
あ、抱きしめてきた。
「桃子ちゃん、かわいい」
「へ?」
「もう~~~~、俺が寝てる間におでこにキスしたり、抱きついちゃったりして。かわいいんだから!」
「…」
「あ~。もう7時になるね。起きないとね」
「うん」
「もっと桃子ちゃんとひっついていたいな。ね、今日学校休んじゃわない?」
「や、休まないよ~~~」
「だよね」
まったく、聖君は。なんて思いつつ、私もずっと一緒にいたいけど…。
「明日土曜日だね」
「うん」
「明日はお店来ない?ずっと一緒にいようよ」
「うん!」
ぎゅ!私も聖君に抱きついた。
「桃子ちゅわ~~~ん!ああ、離れがたい」
私もだよ~~。
「…今日も駅まで送っていくね」
「いいよ、悪いよ、毎日」
「なんで?俺はなるべくぎりぎりまで、桃子ちゃんといたいのに」
「…そっか」
「そうだよ。桃子ちゃんは俺といたくないの?」
「一緒にいたいよ」
「でしょ!」
「うん」
聖君はまた、私を抱きしめた。
「あ~~~。離れがたい!」
まだ言ってる。なんだか今日の聖君、朝から甘えん坊モード。いつもなら、さっさと一階に行くのにな。
「桃子ちゃん」
「え?」
「今日は変な夢、見なかったんだね」
「うん」
「よかった」
もしかして、心配してくれてたの?
「そろそろ起きようか」
「うん」
聖君は着替えをすると、一階に下りていった。私も着替えをして、そのあとに続いた。
昨日はドスンと落ち込んだっけ。あれ、なんでかな。やっぱりホルモンの関係で、いきなり落ち込むときが来るんだろうか。
聖君と洗面所に行き、顔を洗った。聖君は相変わらずの、水もしたたるいい男だ。
歯を磨きだした。一回歯ブラシを口から出し、大きなあくびをした。は~。それはかわいい。
そして、まだ寝癖だらけのまま、ダイニングに行ってしまった。
ダイニングに私もついた。母と聖君はにこやかに話して、かわいい笑顔で笑っている。
「おはよう~~」
ひまわりがドタドタと下りてきた。ひまわりは出る30分前に起きてきて、ものすごい勢いで朝ごはんをかっこみ、顔を洗ったり、髪をとかして、ドタドタと出かけていく。
のんびりとご飯を食べ、コーヒーまで飲みくつろいでる聖君は、ひまわりを横目で見て、
「いつもながら、すごいね、あの速さ」
と感心している。そこ、感心するところかな。
「うわ~~!お母さん、定期切れてた!お金!お金~~~!」
「もう!あんたはどうしてそう、ギリギリになって言うの?昨日のうちに用意しなさいよ。じゃなきゃもっと早くに起きなさい!!!」
母はそう早口で言いながら、お財布を出し、お金を渡した。
「定期は明日買って。今日は切符か、パスモで通りなさい」
「わかった」
ひまわりはお金を受け取ると、
「いってきます!」
と玄関から、靴をケンケンしながら履き、飛び出していった。
「まったく、嵐が去ったみたい。聖君、ごめんね。毎朝こうだから、覚悟していて」
「ああ、はい。けっこう見てて面白いですよ」
「そう~~?杏樹ちゃんは、こんなことないの?」
「あいつは、けっこう早くに起きて、たまにクロの散歩も行くくらいだから」
「まあ、えらいわね」
「えらいっていうか、習慣になってるっていうか。店やってるからかな。家族みんな早起きです」
「そうなの~~」
母は思い切り感心した。
「杏樹ちゃん、お店の手伝いだってするもんね」
私が言うと、母は、
「ひまわりよりもひとつ年下でしょ?ほんと、えらいわね~」
と、もっと感心してしまった。
私と聖君は、余裕を持って家を出た。聖君は髪もばっちり整え、今日は淡いピンクのTシャツを着た。これも、似合うんだよね。
私は横で並んで歩きながら、ちらちらと聖君を見ていた。
「何?なんか俺、変?」
「ううん!聖君、今日もかっこいいなって思って」
「…」
聖君は目をふせて、黙り込んだ。あれ?照れてる?
「部屋に二人でいる聖君は、かわいくて、それも好きだけど、外を歩く聖君はちょっとクールになって、かっこいいよね」
「…」
まだ聖君は黙っている。
「そうやって、黙ってうつむいてるのも、かっこいいよね」
「桃子ちゃん!もういいってば」
あ、赤くなってる。やっぱりめちゃくちゃ照れてたんだ。
「顔あつ~~~」
聖君はそう言うと、手で顔をあおいでいた。
「聖君って、シャイだよね」
「桃子ちゃん、俺のことからかって遊んでない?」
「からかってないよ。本当のこと言ってるだけだよ?」
「…」
聖君がうそだって顔で、私を見た。
「ね、改札口で待ってる高校生の女の子、聖君を見てる」
「え?」
「二人組み、こそこそ話してる。きっと、かっこいいって言ってるんだよ」
「桃子ちゃん、妄想力ありすぎ」
「ええ?そんなことないよ。本当に聖君のこと見て、顔赤らめてるし」
「はいはい。勝手にそう思ってて。でもさ、前から言ってるけど、俺のことそんなにかっこいいって言ってるの、桃子ちゃんくらいだからね。みんながみんな、そう思ってるわけじゃないからね」
聖君はちょっと呆れてそう言った。
そうかな。聖君のことかっこいいって思ってる子、いっぱいいると思うけどな。やっぱり自覚ないのかな。
「恋人同士かな」
「わかんないよ。兄妹かもよ」
「高校生と大学生って感じ?」
さっき、こっちを見ていた高校生二人組みの横を通ったら、そんな声が聞こえてきた。それもしっかりと、聖君を見ながら言ってる。
やっぱり、そうじゃん。
「かっこいいね。毎朝、この時間にいるのかな」
「明日も早めに出てくる~?」
やっぱり、そうじゃん!聖君をかっこいいって言ってたんじゃない。
聖君はその前を、私に笑いながら話しかけ、まったく彼女たちの会話も聞こうともしないで、通り過ぎた。
「おはよう、兄貴、桃子」
菜摘が、走りながらこっちにやってきた。
「おはよう」
聖君はにっこりと微笑んだ。うわ。この笑顔も最高。
「じゃ、今日も頼んだよ、菜摘」
「わかってるって」
聖君は私と菜摘に、
「いってらっしゃい」
とにっこりと微笑んだ。私たちは改札を通り抜け、また後ろを振り返ると、聖君はまだ、手を振ってくれていた。
私と菜摘も手を振りかえした。
聖君のすぐ横に、あの二人組みがいた。うわ。もしかして、話しかけるのかな。と思ったけど、話しかけることもなく、ただ聖君を見ているだけだ。聖君はこっちを見ながら、優しく笑ってるだけで、特に二人組みのことは気にしていないようだ。
ホームに上がると、菜摘が、
「ほんと、兄貴は桃子のこと、大事にしてるよね」
と言ってきた。
「え?」
「駅まで見送りに来ちゃうなんてさ」
「…」
なんだか、照れくさいな。
「兄貴、お店終わると、一直線で桃子の家にいくんでしょ?」
「うん」
「それで、桃子の部屋に寝泊りしてるんでしょ?」
「うん」
「それで、朝もこうやって、駅まで来ちゃったりして、桃子とばっかり兄貴はいるんだね」
「…」
そ、そうかも。
「明日は?学校休みの日はどうするの?」
「私がお店に行く予定」
「じゃ、明日は一日ずっと一緒?」
「うん」
「か~~~~!」
菜摘が、そんなわけわからない声をあげた。
「な、何?」
「いっつも一緒なんだね。すごいね~~」
「…そう?」
「羨ましい気もするけど」
「え?」
「葉君とは、一週間に一回会えるくらいだからさ。メールや電話はけっこうまめにくれるけど」
「葉君、まめなんだ」
「私から毎日してるの。それに返してくれてる」
「そっか~」
「仕事忙しいだろうからって、遠慮してたときもあったんだけどね。あ、でも、しょっちゅうはやめてる。仕事終わったころにメールしたり、夜、寝る前に電話したり」
「私もそうだったな」
「結婚する前?」
「ちょっと前まで、バイトの休憩時間も、遠慮してメールや電話しなかったんだ。でも、聖君は寂しかったみたいで」
「え~~?家に帰ったら、会えるのに?」
「う、うん」
「今はメールしてるの?」
「聖君が休憩時間に、電話くれたりする」
「か~~~!」
また菜摘は、おたけびをあげた。
「あつあつ、ラブラブ。おみそれしました」
と言いながらも、菜摘はちょっと呆れてるみたいだ。
そっか。やっぱり、普通じゃないか。
「それが、新婚生活ってものなのかな」
菜摘がぽつりとそう言った。
「え?」
「新婚なんだもんね。桃子」
「う、うん」
そっか。これは新婚だからか。
あれ?っていうことは、1年、2年したら、こうじゃなくなるってこと?うわ。それは寂しい。ずっとあつあつのラブラブでいたいよ。
あ、そうだった。前に聖君言ってた。ずっとバカップルでいようねって。
ずっとあつあつのラブラブでいたって、いいんだもんね。
私はそんなことを思うと、ちょっと顔がにやけた。
「あ、今、変なこと考えてた?」
菜摘にそれを見られてしまった。
「は!もしや、毎晩兄貴と」
「え?!」
「でも、妊娠中は、できないんだよね?」
「え?」
それって、もしや。
「あわわわ」
私は真っ赤になって、意味もなく首を横に振った。
「そっか。じゃ、兄貴、ずっと我慢しないとならないんだ。大変なんだね~」
いや、そうじゃなくって。でも、本当のことを言うのも、恥ずかしくって、そのまま私は黙っていた。