第1話 入籍
永遠のラブストーリー 第3部 新婚編です。また、聖と桃子のラブストーリーをよろしくお願いします。
結婚記念日は、婚姻届を出した日なのか、それとも式を挙げた日なのか。そんなことを前にテレビのワイドショーで、話していたのを聞いたことがある。
でも、確実に私は、今日という日が結婚記念日になるんだろうな。
結婚式をいつ挙げるかはわからない。不思議と私もだけど、聖君や、両方の両親も、そんな話を持ち出したことがなかった。それよりも、うちの母親は、聖君が我が家にやってくるから、必死に部屋を片付けたり、足りないものを買い揃えたりしている。
それから母はまた、祖父と打ち合わせをするんだと張り切っている。祖父の家に明日にでも行って、夏休みの間に校長と話をつけてくると、意気込んでいて大変だ。
私はというと、今日、聖君が婚姻届を出しに行っているので、朝からずっとドキドキだ。
不思議だ。たった紙を1枚、提出するだけで、結婚してしまえるんだ。たったの紙1枚で、夫婦になっちゃうんだから。
夫婦。
ああ!まだ信じられない~~~~。いったい、いつ信じられるようになるんだろう~~~!!!
なにしろ、昨日は、花火を見に行き、聖君において行かれ、一人ぼっちになってるという、片思いだった頃の夢を見ちゃったし。
「聖君?」
呼んでもいない。
「聖君、どこ?」
どこにもいない。
「聖君~~~~~」
人ごみの中、どこにもいない聖君を探して、探して、探して…。
どうして?もう私たち、夫婦になるのに。なんでおいていかれたの?
夫婦になるのが夢で、こっちが現実?
そうだ。夫婦になれるわけないじゃない。だって、聖君に思いも届いていないし、聖君は私のことなんて、眼中にもないし。
やっぱり、片思いのままなんだよ。ぽつり。私の足に涙がこぼれ落ちた。足が痛かった。そう、鼻緒で指の股を、擦りむいてしまっていて。
そんな悲惨な夢。
ん?でも続きがあったな。どんなだっけ?
そうだ!思い出した!私の手をひっぱる小さな子がいたんだ。
「ママ、パパなら今、探しに来てくれるから平気だよ。ここで待っていようね」
その子に言われた。
「桃子!凪!」
聖君の声が聞こえた。走ってくる。そして息を切らし、
「もう!ちゃんとパパについて来てって言ったのに、はぐれちゃうんだから。ほら、ママはパパと手をつないでないと!」
と私に言ってる。パパ?ママ?凪?
「ね?ママ、パパはちゃんと来てくれたでしょう?」
その子がまた私に言った。可愛い。聖君にすごく似てる。男の子?女の子?わからない。
「さ、凪もパパと手をつないで。帰ろうか?」
「うん、パパ!」
凪は私と聖君の間に入り、嬉しそうに歌を歌っている。
そこで、目が覚めたんだ。
あれ、私たちの子供?そうか。聖君はパパで、私はママになるのか。
むふ~~~~~。パパとママ…。
「桃子ちゃん」
「ひょえ?」
いきなり後ろから声がして、びっくりして振り返ると、聖君が立っていた。
「え?なんでここにいるの?私夢でも見てる?」
「はあ?何言ってるんだよ。さっきから声かけてたよ?」
「え?」
「婚姻届出してきたよ。で、そのままこっちに来たんだ」
「え?」
うそ。いつの間にうちに来て、2階に上がってきてたの?
「チャイムの音、聞こえなかったよ?」
「うん、ちょうどお母さんが玄関の外、掃除してたからさ」
「そ、そうだったんだ」
「暑かった~~。今日もすげえ、暑いよ、外」
聖君はそう言うと、ベッドにどかって座った。私はさっきから机に向かって座り、本を読んでいた。いや、眺めながら、意識が遠くに行ってたと言った方がいいかな。
「それ、出産の本?」
「そう。お母さんがこの前、買ってきてくれて」
「見せて」
聖君の横に私も座り、本を渡した。
「へ~~。出産にもいろいろとあるんだね。自然分娩、無痛分娩…」
「無痛っていいな~~」
「え?そう?桃子ちゃんなら、自然分娩がいいって言うと思ってた」
「なんで?私、痛いの嫌だよ。絶えられるか不安だもん」
「そっか~~。そうだよね、鼻からスイカ出すみたいに痛いっていうもんね」
「そ、そうなの?!!!」
うわ~~~。何それ?もう予想もつかないような痛みじゃん!
「ラマーズ法って呼吸法でしょ?立会い分娩ってのもあるけど、桃子ちゃんどう?俺がいた方がいい?」
「嫌だ」
「え?!」
聖君は一瞬固まった。
「嫌なの?俺がいたら、嫌なの?」
顔を引きつらせ、聖君は聞いてきた。
「だって、恥ずかしいし」
「へ?」
「痛がって、取り乱してるところ、見られたくないし」
「あ、そういうことか。なんだ、そんなこと」
そんなことじゃないよ~~。それで、一気に嫌われたくないし。って、そこまではさすがに言えない。
「でも俺も、立会いは無理かな」
聖君はその本を、ぼけ~~と眺めてそうつぶやいた。
「え?どうして?」
「血、苦手だって言ったじゃん。病院も苦手。産婦人科ですら、ちょっと駄目だったし」
あ。それでこの前、ずっと黙り込んでいたのかな。
「桃子ちゃんの力になるどころか、俺がぶったおれそう」
「え?」
「立会いにならなさそう。かえって迷惑だよね、それじゃさ」
そうか。そうだよね。赤ちゃんって産むとき、血も出るよね。
「いいよ、聖君。私だって立会いは嫌だから、無理することないからね」
私がそう言うと、聖君は力なく微笑んだ。
「俺、ほんと役に立たないやつだよね。ごめんね」
「そんなことないよ!全然そんなことないから」
聖君が、たとえすぐ横にいてくれなくたって、ドアの外だろうが家だろうが、きっと私と赤ちゃんのことを思ってくれてるってわかるから、それだけで力になる。
「やっぱり、俺、赤ちゃん生まれるまで、ほんと、たいした役に立てないから、いろいろと甘えていいからね!ね?ね?!」
聖君はそう力強く言った。
むぎゅ~~。私は思い切り聖君に抱きついた。
「こうやって、聖君に抱きつくことができたら、それだけでもいいよ、私」
「え?」
「安心できるから」
「うん」
聖君も私をぎゅって抱きしめてくれた。
「あら、お取り込み中だった?聖君、冷たいもの持ってきたけど、飲む?机にでも置いておく?」
いきなり背後から母の声がした。
「わあ!」
私も聖君もすごく驚いて、ぱっと離れた。
「あ、すみません、わざわざ」
聖君は真っ赤になって、母にお礼を言った。
「いいえ。外暑かったでしょ?」
「はい、すごい暑さでした」
聖君はそう言うと、頭をぼりって掻いていた。
もう、ドアを開けていたこっちも悪いけど、それでもノックくらいしてよ。じゃなきゃ、気を利かして、入ってこないとかさ~~。
「婚姻届は、すぐに受理してくれたの?」
「ああ、はい。まあ…。父さんも一緒だったし」
「あら、お父様も一緒に行ってくれたの?」
「…よくわからなかったんですけど、俺、まだ未成年だし、父さんが一緒の方がいいのかなって思って」
「そうね。聖君、まだ18歳だもんね。あら、奥様は18歳じゃなくって、旦那様は18歳ってわけよね~~、うふふふ」
母はそう言って、お盆まで机の上におき、話をどんどこし始めてしまった。あ~~。母はたまに話し込んで、長くなるんだよね。
それにしても、旦那様は18歳か~~。それに奥様は17歳なんだよね~~。
って、思い切り、他人事みたいに思ってるし、私。
「いつからうちに来る?聖君」
「えっと、来週早々からと思ってるんですけど、そんなに早くに来ても大丈夫ですか?」
「あら、うちは明日からでも、なんなら今日からでもいいわよ。聖君用に食器や、洗面用具も買っておいたし」
「え?そうなんすか!すげ!」
聖君は感激していた。
「じゃ、俺何を持ってきたら…。着替えと、大学の勉強道具とか、そのくらいでも平気ですか?」
「ええ、そうね。寝巻きと、下着、着替え、それで大丈夫よ。タオルや、寝具もうちにあるし」
「はい、じゃ、それだけ準備してきます」
「やっぱり、ここにセミダブルのベッドは、きついわね」
母がいきなりそんなことを言った。
「え?!」
セミダブル?私は聖君と顔を見合わせた。
母は、部屋の入り口に立ち、
「やっぱり、納戸を片付けて、そこに勉強机や本棚を置きましょう。下にお父さんの机があるんだけど、まったく今使ってないし、それを聖君用に持ってきて、納戸を二人の勉強部屋にするといいわ」
と言い出した。
「え?じゃ、ここは…」
「寝室よ。あなたたちのベッドと、ベビーベッドを置くと、それだけでもう、いっぱいでしょ?」
「ベビーベッド」
聖君はぽつりとそう言うと、思い切りにやついた。あ、今何かを妄想している。
「ベビーベッドは、レンタルする?それとも購入して、そのまま、聖君のご自宅にまで持っていく?でも、きっとそのうち布団の方がよくなるかもしれないし」
「あ、うちの親と相談してからでいいですか?それはまだまだレンタルするにしても先ですよね?」
「ええ、そうね。まずはあなたたちのベッドが先ね。それはすぐにでも、配送してもらうから」
「え?」
「ネットでね、午前中調べておいたのよ」
そういえば、どうしようかしらね~~って言いながら、ずっとパソコンを見ていたっけな。
「すみません、なんか、いろいろとしてもらっちゃって。そういうの俺がしないと、本当は駄目ですよね?」
「いいの、いいの。聖君だってお店の手伝いがあるし、大変でしょ?大学の勉強だって、しなくちゃいけないんじゃないの?」
「え、それはあんまり…」
聖君は頭をぼりって掻いた。
「さてと。じゃ、まだいられるかしら?聖君」
「はい」
「じゃ、早速なんだけど、納戸にあるものの片付け、手伝ってくれない?」
「あ、はい!わかりました」
聖君はすくっと立ち上がり、母のあとをついて部屋を出て行きかけて、
「桃子ちゃんは、のんびりしててね」
と私に向かってそう言った。
そしてにこっと微笑んでから、部屋を出て行った。
あ~~~。相変わらずの優しさと、素敵な笑顔だ。きゅ~~~ん。その笑顔に胸きゅんだ。
ベッドに寝転がり、天井を見た。そして、この部屋がもうすぐ私と聖君の部屋になるのかと思うと、胸がドキドキしてきてしまった。
ああ、朝起きたら横にいつも、聖君がいて、寝るときも横にいつも聖君がいるんだ。
すごい!それって!だって、いつも、電話で声が聞けたり、おやすみってメールが来るだけでも喜んでいたのに、じかにおやすみって言ってもらえて、じかにおはようって起こされるんだよ?!
あ。そうじゃなくって。私が早くに起きて、おはようって起こさなくっちゃ。
ドアの外がいきなり、にぎやかになった。どうやら、ひまわりもやってきたようだ。たまに笑い声が聞こえる。
私はいつまで、大人しくしてないといけないのかな。でもまだ、安定期じゃないし、つわりもあるし、片づけを一緒にはできないんだよね。なんか、ちょっと寂しい気もするな。
「お姉ちゃん」
いきなりひまわりがドアを開けると、
「おめでとう~~~~!」
と、私に向かって、クラッカーを鳴らした。
「うわ!」
私がびっくりすると、母がひまわりに、
「お腹の子が驚くでしょ、ひまわり、そういうのはやめなさい」
と、怖い顔をして怒った。
「あ、ごめん」
ひまわりはすぐに謝った。
「でも、お姉ちゃん、結婚したからお祝いがしたくって」
「え?」
私が驚くと、母が、
「そうね。お祝いしないとね。でも、桃子がつわりがなおってからの方がよくない?ごちそうだって、今だと食べられないものね」
と、ひまわりにそう言った。
「そっか~~」
ひまわりはそう言ってから、
「じゃ、そのときには結婚披露パーティだね」
と、にっこにこの笑顔でピースをした。
「あ!嫌だ。そうよ、結婚式、忘れてた!!!」
母がそう叫んだ。
「あ!」
聖君が廊下から顔を出し、
「そうか。式のこと、すっかり忘れてた、俺も」
とそう言った。
「桃子のつわりがよくなったら、ちゃんと式を挙げる?それとも生まれてからの方がいい?だけど、赤ちゃんいると大変だものね」
「う、うん。でもつわりがいつよくなるか、わからないし」
「そうよね。お腹目立ってからも、大変だものね~~」
そうか、みんな忘れてただけで、式を挙げる気がなかったわけじゃないんだな。
「ウエディングドレス着るよね?楽しみ~~!!」
ひまわりがそう、おたけびをあげた。
「わ!そうじゃん。桃子ちゃんのウエディングドレス見れるじゃん」
聖君はそう言うと、どこかを見てにやけていた。ああ、また妄想してる。
「あ~~。いろいろと忙しくなるわね」
母はそんな言葉とは裏腹に、にっこにこで、部屋を出て行った。そして、
「聖君、ほら、運ぶの手伝って~~」
と、ものすごく機嫌のいい声で聖君を呼んでいた。
「あ、はい!」
聖君もにっこにこの、うっきうきで、部屋を出て行った。
「お姉ちゃん、どう?聖君と結婚した感想は」
「へ?」
ひまわりはまだ、私の部屋にいた。
「か、感想?」
「そうだよ。だってもう、榎本桃子でしょ?聖君の奥様でしょ?聖君は私の義理のお兄ちゃんになったんでしょう?」
そ、そうか。そうだよね。
「お兄ちゃんってもう、呼んでもいいんだよね~~~!!!」
私が感想を言うよりも先に、ひまわりのほうが喜んでる感じがする。
「感想か」
ぼそってそう言うと、ひまわりが、
「え?何?何?」
と耳を傾けた。
「う~~ん、実感がわかない。っていうのが、素直な感想かな~~」
「なるほどね」
ひまわりはさも、わかったような顔をした。
ひまわりも、部屋から出て、手伝いを始めたようだ。それから、1時間もすると、廊下が静かになり、聖君が部屋に、汗を拭きながら入ってきた。
「あ~~、疲れた」
「もう終わったの?」
「うん。出して一階に持っていくものは、持っていったよ。あとは、お父さんの机を持ってきたらいいんだけど、それはお父さんが帰ってきてから、一緒に運ぶよ」
「お父さん、遅いかもよ?」
「じゃ、また今度かな」
聖君は私が座ってる横に座りながら、そう言った。
「俺、汗臭くない?平気?」
「うん、平気」
「あ~~。あとでシャワー貸してもらおう」
「そうだね。廊下も納戸も暑いよね」
「式、忘れててごめんね」
聖君はいきなり、優しい声で謝ってきた。
「え?ううん、そんな…」
私だって、式のことまで、考えられなかったし。
「桃子ちゃん」
「え?」
むぎゅ!聖君が抱きしめてきた。
「俺の奥さんになった気分はどう?」
「え?!!!」
俺の奥さん?
きゃ~~~~~。
真っ赤になって固まっていると、聖君はそんな私の様子を見て、
「こりゃ、奥さんだって自覚するまで、また何年もかかったりしてね」
と言って、笑っていた。
「え?」
聞き返すと、
「だって、桃子ちゃん、彼女になっても、それをずっと自覚できなかったでしょ?」
と聖君が言ってきた。
「あ、そうか」
「今度は、奥さんになったことも、自覚できないんじゃないの?」
大当たりだ。
「いつ自覚するかな~~。やっぱり、式を早めに挙げたほうがいいような気もしてきた。いくらなんでもウエディングドレス着れば、自覚するよね」
聖君の言葉に、ちょっと首をかしげると、
「嘘!それでも、まだ自覚できないの?」
と聖君がちょっと呆れ顔で、聞いてきた。
「そ、そうだね。わかんないけど、式を挙げたら、自覚できるかな。もしかすると」
「ってことは、やっぱり今はまったく自覚なし?」
私は思い切りうなづいた。
「ははは」
聖君の笑い声は、半分呆れたって笑い声だった。
「ま、いっか。そのうち奥さんだって思ってくれるようになったら。もう徐々にでもいいや、俺」
それ、半ば、開き直ってない?聖君。
「でも、俺はすっかりその気になってるからね。奥さん」
わ~~~、その奥さんって言われるたびに、顔から火が出るよ~~。
「真っ赤だ」
聖君はくすって笑って、優しくほほにキスをしてくれた。そういえば、最近、口にキスってないな~。
私の思いが通じたのか、物ほしそうな顔を私がしちゃったのか、聖君が私の視線に気がつき、
「あ、口にしても、大丈夫なの?」
と逆に聞いてきた。
「え?なんで?」
「だって、つわりだから、どうかなって。俺、いろんなもん、食ってるし、食べ物の匂い、駄目なんでしょ?」
あ、それでなのか。
「う、う~~ん。そうだけど」
「今度、思いっきり歯を磨いたら、思いっきりキスするよ」
「へ?」
「そのときまで、おあずけね。ごめんね」
「え?」
ごめんって?私、そんな物ほしそうな顔したの~~?
ぎゅむ~~~。ってまた、聖君は私を抱きしめてきた。
「抱きしめても、お腹の子、大丈夫だよね?」
「うん、まだね」
「桃子ちゃん!」
「え?」
「桃子ちゃん!」
「うん?」
「やべ!俺、嬉しすぎ!」
?
「く~~~~!」
聖君は少し、足をばたばたして、
「桃子ちゃんと結婚しちゃったよ。すげえ、幸せだ~~~」
と、喜びの声をあげた。
私は抱きしめられながら、ああ、聖君が喜んでいる。これ、夢じゃないよね~~、なんてぼ~~っとしていた。
やっぱり私は、まだまだ実感がわかない。結婚したっていう気が、なかなかわいてこない。まったく奥さんになったなんて、自覚はない。
でも、聖君が喜んでいて、ぎゅって抱きしめてくれてるのは、すごく嬉しくて、ずっと夢心地の中に私はいた。