ウエディングドレスを着る僕
それは、明らかに恋だった。
胸がわたしを締め付けて苦しいと思うほどに、目が彼女から離さないと言わんばかりに、僕は彼女に恋をした。
昔からキラキラしたものが好きだった。お母さんのネイル、イルミネーション、バースデーケーキ。だから、ウエディングプランナーになった。人の一生の中で、一番キラキラしてると思ったから。
でも仕事してると、新郎にも、新婦にも憧れてる自分に気づいて、時々苦しい。つまり、僕は、タキシードも、ウエディングドレスも着たかった。
僕は男でいたいんだろうか、女になりたいんだろうか。このご時世、女性が男性になったり、その逆も社会に認められるようになってきた気がする。
それならば、間、間はどうだろう? 僕という存在は、未だ認められていない気がしていた。
しかし、彼女に出会って気づいた。男か女かなんて、どうでもいいことだと。彼女を愛せれば、僕は何にだってなれるはずだと。
ただ、彼女に愛されたいと願った。愛されればそれでいいと、思っていた。僕は、愚かで、愚かで、哀れだった。
◆
出会いたかった。1人は寂しかったから。仕事柄毎日幸せそうなカップルを見てるってのもあるし、羨ましかったとも言える。だからマッチングアプリに登録した。僕は女性を好きになったことも、男性を好きになったこともある。でも性別上は男だし、普通のアプリに登録したって悪くはないはず。
それから、プロフィールは少し女性っぽくした。カフェの写真とか、ぬいぐるみの写真を載せた。どっちつかずな僕を、認めてくれるような人に出会いたかったから。
数日後に、ようやくいいねが来た。可愛らしい雰囲気で、カフェでケーキを食べるのが趣味らしい。僕は即座にいいねを返した。「素敵なお写真が多いですね! 趣味はありますか?」とコメントする。
プロフィールを眺めていると、ピアノを弾いている写真がある。なんだか既視感があるような……。あ、ここ僕の職場の式場! 思い出した。あの時カノンを弾いていた女性だ。印象に残っていたから覚えている。なんでだろう、美人だったからかな? なんだか運命を感じる。
「休日はピアノを弾いてます! Sさんはどんな趣味がありますか?」
僕に興味を持ってくれた。やった。できるだけ、この後も僕は当たり触りのない会話をし続けた。最初に会ってもらえるまでは、当たり触りのない会話を。
僕は選択を間違えなかったらしい。今週の土曜日に食事の約束に取り付けた。
「お待たせしましたか? 今日はよろしくお願いします」
綺麗だ。すごく、綺麗。僕の世界から彼女しかいなくなったかのようだ。キラキラしている。愛らしい雰囲気に、ピンクのスカートがよく似合っていた。
なんか急に分不相応な気がしてくる。
「全然、全然待ってないです。あの、僕、バイなんですけど大丈夫ですか?」
何やってんだ! カミングアウトするにしても、絶対に今ではない。今ではなかったのに、どうしてこんなこと言ってしまったんだろう。焦りすぎだ。
でも彼女は笑ってくれた。
「そうなんですね。ふふ。勇気をだして仰っていただいてありがとうございます」
天使か!? まさに彼女は奇跡だ。この時、僕の世界は急に開けた気がした。急激に冬から春になった。鐘の音が響いた。視界が一気に煌めいた。アホみたいな比喩の羅列だがとにかく、この瞬間に全てが変わったといっていい。彼女が僕にとっての一番だ!
その後は、レストランで当たり障りのない会話をして終わった。カルボナーラの味も普通だった。
でもこうも言える。当たり障りのない会話ができる人だと! ああ、今が人生の最高潮な気がする。こんな、こんな人がいるなんて。今日という日を、僕は忘れることはないだろう!
昨日は浮かれすぎてあんまり寝れなかった。でも今日は新しい新郎新婦と打ち合わせだ。早く職場に行かなければ。太陽の光が差し込むキラキラした式場、ふふ、もうすぐ僕もこの職場に見合う人間になる。はは、気が早すぎかな、なーんて、あはは。
そんなこんなで打ち合わせが始まったら、新婦の新郎自慢話が止まらない、止まらない。なんてキラキラしたカップル。羨ましい。いや、羨むのも後少しで終わりだ! きっと僕も彼女と恋人になって、そうして幸せな結婚式をあげるのだから。ああ、もう僕はあなた方を羨むことはないだろう!
こんなに仕事が捗ったことはない。打ち合わせも順調に終わって、僕は早足で帰った。ふふ、なんてったって彼女からの連絡がきていた! なんて幸せ。「お仕事お疲れ様です、昨日は楽しかったです」だって。2回目のデートも、きっとすぐだろう、な、あはは。
ああ、毎日がこんなに幸せだなんて。でもきっと今日という日は幸せを更新するだろう。今日は2回目のデートの日だから。まあ、食事するだけなんだけど!
待ち合わせに10分待つと、彼女の姿が見えた。今日の彼女は、なんだか大人っぽい。メイクが違うからか? 前回のメイクも良かったけど、このメイクもすごく似合ってる。「メイク前と違うね?」と言ったら、「ありがとうございます。Sさんもメイクしてるんですね」と言われた。
「変かな?」
まさか、苦手じゃないよね?
「いや、全然変じゃないですよ。むしろ、素敵だと思います! 最近は男性もメイクする方多いですよね」
むしろ、素敵? 彼女は、ありのままの僕を受け入れてくれる人だ!
今日のカルボナーラも普通だったと言っていい。むしろ前の店より不味かったかも。でも僕の幸せは毎日更新しているのだ。カルボナーラ、お前は許す!
そんなこんなで3回目のデートにありつけた。世間一般で言われる「マッチングアプリの3回目で告白」を信じて今日、僕は告白しようと思う。場所は水族館、申し分のない場所!
「お待たせ、いつも待たせちゃうね、ごめんね」
真っ白なワンピースが似合うなんて、なんて奇跡! なんというか、すごく、憧れる。
「全然、待ってないよ。じゃあ行こうか」
定番のセリフを言わせていただいて、このまま水族館へ向かう。
「今日はいつにも増して綺麗だね」
今日の僕はこんなセリフだって言える。テンションが上がってると言っていい。
「ほんと? ありがとう。おしゃれしてきてよかった」
こんなふうに照れた彼女を見れるんだ。何度だって綺麗と言いたい。
まず最初にイルカショーを見る。彼女の反応がいちいち可愛い。好きだ。
魚の餌やりをする。ちょっと怖がっているところも可愛い。好きだ。
ペンギンを見る。「ペンギンって人間のこと同じ二足歩行の人間だと思ってるらしいよ」と豆知識を披露する。「本当に? ペンギン可愛い」……あなたの方が100倍可愛い。好きだ!
トンネルの水槽をくぐる。この水槽のガラス、壊れないですごいなあ、なんてロマンのかけらのないことを考えていると、彼女の手が触れた。え!? も、もしかして手を繋ごうとしてくれている!? 僕は勇気を出して、手を繋いだ。彼女は微笑んだ。手、手を繋いでしまった! 僕のニヤケ具合はとても気持ち悪かっただろう、しかし水族館のほどほどの暗さが僕の味方をしてくれた。ああ、神よ! 都合のいい時だけ登場する僕の神に、今日ばかりは感謝しなければ!
最後に「今日は楽しかったね」と言われたところで、今しかないと僕は勇気を振り絞る。
「好きです、付き合ってください!」
彼女は笑顔で頷いてくれた。心の中の全僕が拍手喝采だ。クラッカーも用意したいぐらい。
過労寸前の僕の神よ! 心労が多いだろうに、こんな奇跡をありがとう!
4回目のデートは、遊園地だ。最初にUFOキャッチャーに目がついて、好きなキャラクターがあったから、絶対取りたいとテンションが上がっていた。だから彼女の様子に気が付かなかった。
「可愛いものが好きなんだね。リュックについてるキャラクターも可愛いもんね」
なんだか責められているような気がした。
「えっと、そうなんだ、結構このキャラが好きで! あ、でもUFOキャッチャー見てるだけじゃつまんないよね! あの、次は観覧車でも行こうか?」
少し焦ったが、彼女は首を縦に振ってくれたので、僕の違和感は気のせいだろう。
まてよ。観覧車? 恋人と乗る定番の場所に、序盤に誘ってしまった。自分で誘っておいて緊張してきた。「高いところ好き?」とか、「ゆっくりだと余計怖いよね」とかありきたりな話題で紛らわす。
いざ観覧車に乗ると、緊張で無言になってしまう。だって、ここはいわゆるカップルがキスをする場所! まて、彼女も同じ認識とは限らない。慎重に、慎重にいかなければならない。でもこの無言が僕がとてもキスを意識していることが彼女にも伝わっているかもしれない。また適当な雑談をしようと思ったけど、今度は全く浮かばない。焦る、焦る。なんだこの無言は!
観覧車の4分の1まで進んだところで、彼女の口が開く。
「一番上で、キス、してみる?」
わあ! おめでとうございます、ありがとうございます、と1人で意味のわからない会話を脳内で繰り広げたところで現実は何もうまいこと言えないので無言で頷く。彼女とのファーストキスだ! 僕はあまりに震えていた。恥ずかしい。緊張しすぎだ。
僕はまだ、浮かれてていいんだろうか。いいよね、いいはず。
5回目のデートは、お散歩デートだ。彼女が、僕のためにアップルパイを作ってくれた。僕のプロフィールにアップルパイ好きと書いていたのを、覚えていてくれたようだ。
「美味しいかどうかわかんないけど……」
美味しいに決まってる。たとえ不味くたって、美味しいというだろう。だから僕のできる精一杯の感謝の言葉を伝えたかった。
「これ、本当に美味しいよ! 今まで食べたアップルパイの中で一番美味しい」
嘘じゃない、本当だ。きっと、このアップルパイが今後の人生でもずっと1番だ。
「またまた、そんなわけないでしょ! でも、ありがとう」
彼女はお世辞として受けとったようだ。本当に、ずっとこれから彼女のアップルパイを食べていきたいと思っているのに。
和やかな雰囲気でアップルパイを食べ終わり、敷いているシートを片付ける彼女のネイルに目がつく。僕は息を吸うようにネイルを褒める。
「キラキラしてて可愛いね、僕もそのネイルしてみたい」
まずい、すぐに気づいた。一言余計だったことを。
「あはは、ありがとう、いつかネイルやってあげるよ」
彼女の笑い声は明らかに作られたものだった。
「なんて、冗談、冗談。そんぐらい綺麗だなって」
冗談なんかじゃない、本当にネイルをしてみたいと思った。でも、彼女が望むなら、この感情はしまわなければ。ああ、どうしてこんなに心が痛いんだろう。僕は、彼女が好きだ。だから、僕は、彼女の望む僕でいなくちゃいけないのに。
少し、彼女に幻想を抱いていた。もしかしたら、ありのままの僕を愛してくれるんじゃないかって。でもそれは幻想にすぎないらしい。
僕は決めた。彼女が好きだ。だから、彼女が望むなら、彼女の望む通りにすることを。
最近、職場に行くのが億劫になっている。新郎新婦があまりに幸せそうで、みてて胸が苦しい。前まではキラキラしてて最高の職場だと思ってたのに。僕はどうしたんだ? 新婦の試着したドレスを褒める。めちゃめちゃ綺麗ですよぉ。新婦の試着したタキシードを褒める。最高にかっこいいですよぉ。
僕は? 僕に似合うのは、どっち? かっこいいって言われたいんだっけ? 可愛いって言われたいんだっけ?
僕はどっちを着たいんだっけ?
いや、僕が着るのはタキシードに決まってるだろ! 何考えてんだ。
そんなことを考えていると、新婦に、本当に思ってます? と言われた。本当に、本当にお似合いですよ。だから苦しいんです。ああ、だめだ、ウエディングプランナー失格だ。笑顔も作れないなんて。
その後の連絡で、「私よりも女子力高い絵文字使うね」と書かれていた。絵文字って、可愛いの使うの普通じゃないか? 普通じゃないのか? これは責められているんだろうか、ただの感想か? もうわからない、疑心暗鬼になってきた。彼女は、どんな僕を求めてるんだろう。
今日は6回目のデート。彼女とカフェでお茶をしていた。僕は、抹茶ってほんとはこんな味だったんだ、抹茶アイスとちげえじゃんとかどうでもいいことを考えていた。だから油断していた。
「友達に、彼氏の写真みたいって言われて。見せてもいいかな?」
「え、彼氏?」
なにもおかしくない。なにもおかしくないはずなのに、僕は聞き返していた。「彼氏」というワードに全くしっくりこなかったから。聞き返した瞬間に手を塞ぐ。やってしまった。絶対に聞き返してはいけないワードを、聞き返してしまった。は、まって、この手を塞いだ行動も、彼女にとっては変に感じるか? 自分で「いけないことを言いました」と白状しているものだ。全ての反応が良くない。まずい、どうしよう。
「彼氏だよね?」
今まで聞いた中で一番低い声で聞かれた。もちろん、彼氏ですと言いたい。言いたいのに、喉が渇いて声が出ない。僕は、「あ、そうだね。うん、全然見せて大丈夫だよ」と一つ前の回答をした。彼女は傷ついた顔をした。ああ、最悪だ。僕がその顔にさせたんだ。彼女は、「そっか。そうなんだね。うん、そっか」と頷くので、僕はもう渇いた笑いしかできなかった。
もうこれ以上は、耐えられないかもしれない。男らしくすることになのか、彼女に隠し通すことか、わからないけれど、多分もう、限界だ。
彼女は、僕の「女性らしさ」に気づいている。僕は、彼女のために男性になるべきなのに。最初は、僕の全てを受け入れてくれる奇跡が舞い降りたと思っていた。でも、彼女は「彼氏」が欲しいみたいだ。当たり前か。僕が「彼氏」になればいいだけだ。
彼氏、彼氏か。なんで「彼氏」にこんな苦しくなるんだろう。じゃあ「彼女」かと言われたらそれも絶対違うのに。僕は、まだ、迷っているのか? 彼女という存在に出会ったのに、決められない自分に心底失望した。
ついに、7回目のデート。初めて、高級なレストランに誘われた。でも全く嬉しくない。きっと今日はいいお話じゃないだろうから。
食事を食べ始めて早々彼女から切り出される。
「ねえ、あなたって女性なの?」
僕は何も言えない。
「本当のことを知りたいの」
本当のことも何も、僕だって知りたい。男なのか、女なのか。
はあ、ついに自身の性自認の話をする時がきたのだ。僕は、なぜ最初の頃に自身の性自認を言い出せなかったんだろう。わかっていたんじゃないか? 振られるのを。「バイ」とカミングアウトして、言った気になっていた。自分自身を騙していた。結果的に、僕は彼女を騙していた。もう、騙す時間は終わりだ。言おう、言わなきゃ。
「悩んでいるんだ。男も、女も、しっくりこなくて。こんなこと言ったって信じてもらえないかと思って、言い出せなかった。本当にごめん」
ああ、奇跡が終わった。どんな酷い言葉をかけられるんだろうか。僕はビクビクして待っていると、予想外の言葉が彼女から紡がれる。
「勇気を出して、言ってくれて、ありがとう」
ああ、やっぱり、あなたは奇跡だ。
「私は今まで男性としか恋愛してこなかった。だからあなたを愛したいけれど、本当の意味で愛せないかもしれない。あなたは、私の『彼氏』にはなれないんでしょう?」
なんで言えばいいんだろう。彼氏になるよう努力します? 彼氏って言葉はしっくりこないけど、恋人という立場は捨てたくありません? あまりにも自己中心的な回答だ。でも、僕が願っているのはそういうことだ。結局何も言えなくて無言でいると彼女は大きなため息を吐く。もう泣きたくなってきた。
「すごく考えたんだけど、たとえばあなたとセックスできるのかって。あなたは想像した? 私はできないと思った」
どうして? 君とだったら、僕はどんなことも乗り越えられると思ってたのに。僕は想像できるよ。君は無理なの?
「前がすごく高圧的な人だったから、マッチングアプリですごく柔らかい印象のあなたとならやっていけるんじゃないかって思ったの。でも恋人としては、あなたとは想像できない」
僕は、「恋人」として、あなたを愛してたよ。
「別れましょう。今まで、本当にありがとう」
僕は涙が止まらない。声も出せず、コクコクと頷いた。付き合ってくれて、ありがとう。僕に夢を見させてくれてありがとう。愛してたよ、最愛の人。あなたは僕の奇跡でした。
「でも、あなたとの時間、すごく楽しかったよ。これからも友達として、よろしくね」
彼女にとって慰めであっただろう言葉は、僕には残酷すぎた。
彼女が先にレストランを後にして、僕は閉店時間まで死んだように動けなかった。夢の時間が終わったらしい。じゃあこれからの時間はなんだ? 元通りか? なるわけがない。愛を知ってしまった人間が、愛なしで生きていけないのに。
店員が、「そろそろ閉店時間なので…...」というのでなんとか席を立つ。カルボナーラは僕に食べられないままそのままだった。カルボナーラ、ごめん。僕を許してくれ。
ああ、これからどうしよう。男になれないのなら、女になろうかな。ふらふらと歩いていると、いつの間にか職場まで来ていた。女、女か。
窓に映る僕を見る。男だ。なのにどうして、「彼氏」になれない? じゃあ、女に、女になりたい。あなたの望む「友達」に、なりたい。
僕はごくっと唾を飲み込む。職場の扉に手をかける。悪いことをしている。わかっている。でも僕はもう止まれない。どっちつかずはだめなんだ、どっちかに、どっちかにならないと。震える手で暗証番号を入力する。
1番奥の試着室へ走る。足音だけが響く。もう止まれない、止まらない。
あった。XLのウエディングドレス。一瞬、冷静な僕が顔を出す。こんなことして、どうなる? バレたら終わりだ、と囁いてくる。でも、じゃあどうしろって言うんだ!僕はもう、女になるしかないんだ。閉じかけた手を開いて、ウエディングドレスを手に取る。息が上がる。はあ、はあという音だけが試着室に響く。
自分の服を全て脱いで、震えた手でドレスを着る。目を閉じて、息を整えて、そうして鏡を見る。
スカスカの胸元。ゴツゴツとした体に着せられた可哀想なウエディングドレス。
心臓を貫かれた、みたい。息が一瞬できなかった。そこには一ミリも似合ってない、怪物が写っている。当たり前だ。そりゃそうだ。なのに僕はあまりにショックだった。僕は、何者なんだ? ああ、くそ、なんだこれ。気持ち悪い。
「男か女か、どっちだよ。どっちつかずな気持ち悪い怪物が! くそが、クソが! 本当に、本当に愛してたのに!」
このドレスが何円か知らない。でももう涙を抑えられない。叫びながら泣いた。僕は、何者にもなれない。いや、何者かなんてどうでも良かったのに。ただ、あなたに愛してもらいたかった。男になれないなら女になって別れが必然だったと理由づけしたいのに、それすらできない。
ドレスを掴む。ふわふわとした生地が、お前には着る資格がないと僕を責めていた。鏡を叩く。叩く。いつの間にかドレスに赤色が滲む。ああ、可哀想なドレス、ごめんなさい。ごめんなさい。僕に着られたことで、世界で一番、可哀想なドレスになってしまった。
水族館で初めて手を繋いだ。遊園地にいって観覧車の頂上でキスをした。僕にアップルパイを作ってくれた。ウエディングドレスを着た。全てが罪だった。怪物が、奇跡に恋した罪。
いつまで、そうしていただろう。朝日が、出てきた。そんなに時間が経っていたのか。ああ、綺麗だなぁ。すごく、綺麗。朝日は、平等に、残酷に、イカれた生き物を照らした。
あ、そっか、そうだったんだ。ようやく気づいた。
僕は、あなたと共にウエディングドレスを着たかったんだ。




