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除夜と猫

作者: 雪傘吹雪

 しんしんと雪が生命と無機物に降り注ぐ。静寂を破るのは、108回の梵鐘の音。空気が震えるが、決して熱は発しない無用の長物である。


 白い毛皮に手を突っ込んでも、誤魔化しきれない冷気。


 それに耐えかねた猫は、徐にかじかむ四肢を地につけ歩行を開始した。


 年末ムードで浮かれ騒いでいた人間も、太陽系のシステムからは流石に逃れられず、少なくとも気持ちだけは寝ているのだろう。

 無論、彼の様な動物も多くはそうである。けれども、只ならぬ理由で活動する事だってある。


 ふと後ろを振り返ると丸い足跡の奇跡が残されていた。


 これだって、トイレのタイルで残り日数を試算するよりも生産性が無いな。

 ただ彼は何処か、少しでも温もりのある場所を目指して歩くのみである。雪を汚しながら。


 雪特有の温かさも夜は顔を見せずに、ただズキズキと足が痛んだ。


 それに耐えかねた彼は思い切って脳裏に響く喧噪へと飛び込んでみた。

 彼からしてみれば荘厳に他ならない寺の門をくぐり、少し離れたところから雌蕊(めしべ)雄蕊(おしべ)のように配置される鐘と人間を眺めてみた。


 一体これは何回目の音なのだろう。それを知る事だって生産性が無いけど、それくらいしか考えられる事が残されていない。

 そもそも、生命自体に高いパフォーマンスを求めるのはお門違いなのかもしれないが。


 だって、彼の人生ならぬ猫生は、防衛戦の英雄物語のようにつまらないものだったから。


 そうして暫し人間観察をしていた。


 ここはさっきより少し暖かくて、居心地が良かった。朝になるまではここに居よう、と彼は思った。


 しかし、突然、彼のしっぽから痛みが(ほとばし)る。


 急な出来事に驚いた彼の足は混乱のまま、勝手に忙しなく動き出した。彼自身も制御できない方向へと進む。

 門から放出され、そのまま大通りへと駆け出す。


 風を切る音が鮮明に、痛む脳髄に聴こえる。星もなぞれない街なのに、暗転したように辺りはどんよりと見えたと思う。


 すると、横から白色の光線が彼の体を照らした。眩しくて、思わず目を瞑ってしまったのが運の尽き。


 甲高いブレーキ音が鳴る。


 その次には、鈍い衝突音。


 何か悲鳴の様な声が聞こえたような気がするが、激しいエンジン音によって搔き消される。


 だから、誰も彼には見向きもしない。煩悩を振り払う事に熱中している。煩悩の犬は追えども去らずと昔から言うのに。


 彼は雪の上に横たわっていた。内臓を散らして。


 轢いた張本人の自動車は、さっさと白いガスを吐きだして逃げていった。


 彼の耳には、もう諸行無常の響きしか届かない。


 車が通り黒く穢れた雪の上に、彼のぐちゃぐちゃな血が乗っかる。それは、新年の紅白と呼ぶにはあまりにも、鈍い色であった。

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