第6話 普通、の定義。
「それで…なんで王子妃になるのがそんなに嫌なんですか?」
あの次の日から、エルナはお昼はユリアーナ様の控室に呼ばれた。サンドウィッチのお礼らしい。それからだらだらと、もう2か月以上になる。その間、当然この人はカフェテリアに行っていない。
何度か、エーミール様が教室にやってきて、説得していたが、口げんかに発展して、決裂するのがもはや日常。隣の席の人間のことも、ほんの少し配慮いただけると嬉しいが…なかなかに興味深い。高位貴族は大変だな。
侯爵家のお屋敷から運び込んだご馳走。田舎の子爵家のエルナにしたら、クリスマスと誕生日が一緒に来たようなメニュー。控えている侍女がお茶も出してくれる。(下手をしたら私より身分が高い方かも。)それをありがたくいただきながら、まあ、単刀直入に聞いてみた。なんだかんだと2か月も付き合ったしね。
「…ずいぶん、ストレートに聞くのね?」
「え?ああ。私にはまったく関係のないような、雲の上の話ですしね。他の人みたいに陰で噂話してるよりいいかと思いました。」
「…そうね。」
「普通の女の子にしたら…名誉でもあるし、王子はカッコいいし良い人っぽいですし、憧れですよねえ。」
「…へえ…。じゃあ、貴女に譲るわよ?」
「え?いえいえ。私は田舎の子爵家の出ですし、王室とか、入った後面倒そうですし、王妃教育とか大変そうですし…あこがれませんね。強いて言えば…そうですね、伯爵家ぐらいのご子息を捕まえて、今よりほんのちょっといい生活ができればいいかな、ぐらいの思いはあります。」
エルナが小皿のテリーヌを食べながらそう言うと…
「エーミールはやめた方がいいわよ?」
「は?」
「え、ああ…あんな男だと苦労するから。」
「ああ。将来の宰相殿など、望みませんよ!安心してください。私は、普通に生きていければいいですから。」
「ねえ…貴女の言う、普通、って、何?」
「え?」
「その基準はどこ?貴女だって貴族でしょう?庶民の普通ではないわよね?」
「ええ。まあ。」
「髪色だって、可愛らしいこげ茶だわ。それが普通?」
「…まあ、」
「クラスはBクラスだけど、貴族用の学院なんて入れるのは一握りよね。それが普通?」
「…」
「誰でも彼でも…お姫様を夢見るわけじゃないと思うのよ?でも、それを目指している人をどうこう言うつもりもないのよ。」
「……」
まあ、なんとなくわかった。
要は、ユリアーナ様は何かやりたいことがあるか、他に好きな人がいるか。
目指しているところがそこじゃないのに、レールに乗せられてしまった、という感じか?
「では、そのようにはっきり、お断りになればいいのでは?」
「断ったわよ。父にも言ってもらったし。でも、合理的な根拠がないとダメなんですって。」
「…合理的な、ねえ…どなたかとさっさと婚約してしまうとか?」
「その手は…もう、遅いわね。」
そうか…。わかっていて、王子殿下の婚約者候補にプロポーズする奴はいないか。
「私ね、スキップしてアカデミアに行きたいの。だから今度の試験は手を抜かない。でもね、王室関係者は学院生活を社会勉強だと思っていて、スキップできないのよ。」
「ユリアーナ様は…勉強したいんですね?」
「……どうかな?逃げたいだけなのかもね。」
「……」
大変だなあ。




