#01_幼馴染の思い出し方
はじめまして。
自分の物語を公に発信するのは高校時代、文芸部に所属していた時以来のこと。気持ち新たに、真摯に文章を紡いでいきたいと思っていますので、これからよろしくお願いします。
忘れもしない、2020年3月10日ー卒業式翌日のことだった。
「別れる…?なんで」
彼女から切り出された、突然の別れ話。
それはもう突然の中でも甲子園球児の豪速球並みに突然で、いやこの高校生活3年間、甲子園なんて全く無縁の帰宅部だったから実際のところ彼らから放たれるボールがどれほどのスピードで目の前を駆け抜けていくのかなんて到底想像もつかないのだが、そう喩えたくもなるほど彼女の心変わりは突然だった。
「私、上京するの。結飛も結飛ママから聞いて知ってるでしょ?」
幼稚園生の頃からの癖で彼女は自分の情報がママ同士の情報網で出回るものだと思っているが、この春より遠く離れた東京へ引っ越す話は紛れもなく彼女本人から聞いた。
とはいえここでそのような細かい指摘をしたところで相手の機嫌を損ねるだけなので、喉の先まで出かけた文句をぐっと飲み込んで、なるべく穏やかな口調を心がけ会話を続ける。
「もちろん知ってるよ。でも東京と名古屋なら新幹線で片道1時間半、1万円ちょっとあれば直接会えなくもない。遠キョリだって充分できると思うんだけど」
彼女の上京を知ったとき、俺はまず真っ先に乗り換えアプリで東京ー名古屋間の所要時間と運賃を調べた。だから今もこうしてすらすらと正確な情報が口をついて出たわけである。それだけ俺は彼女との遠距離恋愛に対して前向きだった。その気持ちは俺だけだったというのだろうか。
「結飛、私の小さい頃からの夢忘れたの?」
彼女はとても彼氏兼幼馴染へ向けるものとは思えないほど冷ややかな視線を俺へ向けてくる。
「私、女優になるの。若手人気女優に最も不必要モノってわかる?ど庶民一般人の彼氏」
今も結飛のことは大好きだけど、私も馬鹿じゃないから大きな夢のために結飛のことは切り捨てるわー鮮烈なまでの潔い宣言に、こちらも返す言葉が見つからなかった。
そんなわけで俺は、彼女の夢のためにあっさり俗世間の片隅へ1人置き去りにされることとなったのだった。
引越し当日、新幹線に乗り込む彼女は大層晴々とした顔つきだった。
「私、結飛のことは一生忘れない。もちろん幼馴染としてね?もし"元カレです"とかいってSNSにしゃしゃり出たりなんかしたら一生呪うと思う」
わざわざ入場券を買って新幹線のホームまでお見送りへ来た元カレに浴びせる言葉とは思えない。とはいえ女優を志す身であればそれくらいの気高さは必要なのかもしれない。ある意味素質はある。
「俺も忘れないよ。心の中でだったら元カノとして記憶に留めておいてもいいかな?誰にも言いふらしたりしないから」
悪あがきではあるが、こちらとしても百歩譲ったつもりで言った言葉だった。
「もちろん、許さない。私と結飛は過去も今も未来もずっと幼馴染、大親友。そうでしょ?」
局所的且つ故意にも程がある記憶喪失に見舞われた彼女を、どうやら俺は受け入れざるを得ないらしい。
「それじゃあ、元気で」
次会う時はテレビの前でね、彼女はそう言い残して振り返ることもなく車体の扉の奥へと消えていった。
ーそして彼女は本当に、誰もが認める若手人気女優へと登り詰めた。
上京してたった1〜2年のことだった。
大手事務所に所属し、大ヒット作となった学園ものの生徒役でドラマデビューを果たしてからというもの、今では彼女をテレビで見ない日はない。幼稚園生の頃は土日も関係なく遊んでいたから毎日、同じ公立校に通った小中学生は学校がある平日、別々の学校へ進学した高校は放課後か土日にデートがてら時々、ある意味見飽きているはずのその顔をまさか大学生になった今テレビ画面を通して観ることになるとは思わなかった。付き合い始めた高校生活より下手すると頻繁に見る羽目になっている。
中には、これも女優の仕事のうちなのか?と疑問が浮かぶような体当たり系バラエティ番組でドッキリを仕掛けられたりもしているが、それでも彼女は楽しそうだった。
本物ですか?すごーい!いつか出てみたかったんです!とか瞳を輝かせて、制作側がいかにも喜びそうな完璧なるリアクションと感想を残し、番組に華を添えている。高校時代俺が用意したサプライズにあれほど白けた視線を送ってきた彼女が、砂遊びは手が汚れるから嫌いよと代わりに俺へ砂のお城を作らせていた彼女が、突然人工の泥沼に放り込まれてもなおあっけらかんと嬉しそうに笑ってその場を受け入れている。
その姿を、俺も否定したいわけではなかった。だけど少し、少しだけ寂しい気持ちは常日頃心の何処かにあった。
彼女いわく"ど庶民一般人"の俺だから、テレビの向こうにいる彼女は手の届かない遥か遠くの存在だった。
1クールに何本ものドラマへ出演して、その合間に番宣や雛壇タレントとしてバラエティ番組や情報番組にも出て、ちゃんと睡眠時間はとれているのか心配にもなるけど、それが彼女の選んだ道だった。
彼女は俺を一生忘れないと言ってくれた。もちろん幼馴染、親友としてという注釈付きではあったけど。
その言葉自体、彼女は覚えていてくれているのだろうか。めまぐるしい生活の中で、俺なんかのことを思い出すような隙間が一瞬でもあるものだろうか。
斯く言う俺も、違う意味でその言葉へ胸を張って頷くことが出来ないでいた。
これほどテレビを通して見慣れてしまうと、その注釈に疑問を抱かざるを得なくなる。
一生忘れない※幼馴染、親友として
果たして俺は彼女のことを幼馴染と、親友と呼んでもいいのだろうか。
それに1年程度じゃ、元カレとしての未練も捨て切れていない。女優となって全国民から注目を得ているような彼女だ。当然俺にとってもそれほど、いや世界中の誰よりも強い思いを持ってる自信があるほど、魅力的で可愛くてどんなことがあっても一緒に居続けたい相手だった。
それならいっそのこと顔も声も何もかも忘れられるくらい目にも耳にも入らない存在であってくれればいいものを、こうして離れて暮らしているにもかかわらず毎日のようにデジタルの彼女を観る羽目となり、彼女との距離感はますますバグるばかりである。
俺はずっと、彼女との友情を思い出せずにいた。
あっという間に、3年が経った。
さすがに今をときめく人気女優をつかまえて"元カノ"と称するような思考はとっくに捨て去ったが、逆言うとそれだけ彼女への親近感というものは薄れつつあった。
出演する作品も学園ドラマよりずっと医療ドラマやオフィスものなどの大人向けが増え、衣装は学生服を脱ぎ捨てスーツや白衣など俺がこの目で見たこともないような格好ばかりで、俺の知っている彼女ではないみたいだった。この春から始まるドラマなんか、同じ学園ドラマでも今までの学生役ではなく教師役での出演である。しかもこれまた驚くことにシングルマザーで1児の母という設定らしい。
ここまでくると俺も、親しい仲であった過去は頭の片隅に追いやられ、今や彼女のことは一般視聴者として映画やテレビで拝見するだけの人間である。
この3年間で、1度だけ彼女と同じ空間に居合わせたことがあった。
無論成人式やその二次会に人気者の彼女が姿を見せるわけもないからそういった場面ではなく、彼女が初出演にして主演を果たした映画の完成披露試写会に運よく当選し参加したというだけの話である。
その時も俺は彼女へ直接連絡を取ることはなく、彼女もまさかあの場に俺が居合わせていたとは思ってもみないと思う。遠く離れた2階席から、ただぼんやりと彼女の艶やかな晴れ姿を眺め、スクリーンに映し出される素晴らしい演技の数々に涙した。
そんな俺はというと、大学を卒業し晴れて社会人となった。
勤務先は名古屋の中心部に位置する。独り立ちといった意味でもこれを機に一人暮らしを始めたいところではあったが、元々実家が利便性の良い場所にあるため、まだまだ新卒に毛が生えた程度の俺は結局だらだらと実家暮らしを続けていた。
「結飛、あんた宛に電話が来てるんだけど」
自室で録り溜めていたドラマをスマホ片手に斜めに観ていると、ドアをノックし母親が入ってきた。
その様子が妙に訝しげだったのは、おそらくその電話を寄越してきた相手が理由だった。
「もしもし、お電話代わりました」
相手は、テレビの制作会社の方だという。
『この度弊社が制作に携わっております番組に、朝日ハルさんが出演されることになりまして。取材のご協力をお願いしたくご連絡させていただきました』
すっかり耳馴染んでしまった彼女の芸名ー朝日ハルの名をこういう形で聞くことになるとは思わなかった。
新手の詐欺か何かだと困るので念のため番組名を伺うと、某局の有名なトーク番組だった。ゲストゆかりの芸能人だけでなく、両親や地元の友人までMC自ら取材に伺うあの番組だ。
彼女もついにそんな有名番組へゲストで呼ばれるようになったのかと感慨深くもあったが、どうして自分に取材依頼が来たのかは些か疑問だった。
どこから我々の関係性が漏れたのか、と一瞬ひやりともしたが、どうやら情報源は彼女本人らしい。
『番組のアンケートに幼馴染のご親友ということでお名前を挙げていただいたのですが、まさか男性だったとは』
漢字で書けば確かにおおよそ男性であることは予想がつくだろうが、どうやら彼女はひらがなで記したようで、スタッフの方も電話口から聞こえた男声に驚いたみたいだった。
『ただ男性のご友人となると朝日様側の事務所に確認が必要かもしれませんので、今日のところはご挨拶のみとさせていただきます。お時間いただきありがとうございました』
正直取材を受けるつもりはなかったので向こうから断念してもらって助かりはしたが、何故だか消化不良な気もしているから不思議だ。
「なんだったの?さっきの電話。もしかしてルナちゃん関連?」
いつの間にかリビングに戻ってきていた母親がそうミーハーにも訊いてくるから「そうだよ」とだけ返しておく。
ルナというのは朝日ハルの本名であり、18年間俺らが慣れ親しんできた名だ。ハルよりよっぽど芸能人らしい名前のようにも思えるが、彼女はあっさりその両親からもらった名前を地元へ置いていった。今では小中の同級生ですら彼女のことを芸名で呼ぶやつがほとんどだが。
「ルナについてテレビの取材ってことだったけど、俺が男ってことを知らなかったみたいで、事務所NGかもらしい」
そう端的に先ほどの会話の内容を伝えると「そういえばあんた男だったわね」と実の母親とは思えない発言をする。
母は俺らが高校時代付き合っていたことを知らない。この人にとってルナと俺は一緒にお風呂に入れられていた幼稚園時代のままの関係性で止まっていて、俺らがどうこうなろうと何の興味もないから、まさか幼馴染という間柄が交際にまで発展していたとは思いもしていないようだった。
これでも俺は、そんな母親が時計の針を止め続けている幼稚園時代からずっと彼女のことしか見えていなかった。高校生になって突然彼女から「そんなに好きなら、私たち付き合う?」と誘われるまでその感情が外へダダ漏れているとは気づきもしなかったが、それくらい当たり前にずっと俺は彼女のことが好きでたまらなかったのだ。
彼女もあの日自分で言っていたように馬鹿ではないので素人時代から将来のキャリアを考えて自分の両親や友達など誰にも口外していなかったようだが、たしかに彼女は俺を好きでいてくれた。ただ別れる際スマホに残っていたツーショットのデータも全部有無を言わさず消去されたから、今となってはその交際の事実を証明できるのも俺の記憶上のみである。
小中も含めて学生時代、俺以外の人間と交際していたという噂は聞いたことがなかったし、それほど彼女は己の男女関係を徹底してクリーンに保ち続けていたはずだった。
しかしながら、歓迎せずともその噂は後日瞬く間に俺の耳にも届いたのだった。
朝日ハル(23)、5歳上の有名俳優と真剣交際
さすがにその見出しをネットニュースで見かけた際は、フェイクニュースであれ何であれ見ないと気が済まず、瞬時にその見出しをタップしていた。
数字稼ぎで伏せられていた相手の名前も本文には載っていて、たしか前々回のドラマで恋人役を演じていた俳優だなと我ながら引くような速さで脳内から相関図を引っ張り出してきた。
「たしかに、ど庶民一般人ではないけどさ」
何せ根にはちゃんと持つタイプであるから、5年前言われたあの言葉は鮮明に覚えている。
ど庶民一般人こと俺との交際歴はあれほど頑なに隠蔽しようとしたというのに、共演経験のある一流俳優との関係は容易に芸能記者に勘づかれすっぱ抜かれてしまったらしい。脇が甘いのか、そもそも隠す気がないのか、どちらにせよいくらかショックを受けている自分がいた。とっくに自分の履歴から彼女との交際期間は削除したはずだったのに、不意打ちで妙なジャブを食らった気分である。
ネットニュースを目にした翌日のことだった。
ーRuna:今夜電話できる?
うっかり、速攻既読をつけてしまった。何年経っても未練たらたらでがっついている元カレと思われないだろうか。
一瞬そんな考えが過りもしたが、彼女にそのような駆け引きが通用しないことはスマホを持ち始めた中学時代からの6年間でわかりきっている。
ーできるよ、何時?
せめてもの抗いで、絵文字なしの真っ黒な文で返信を済ませる。きっとその魂胆さえ彼女の目からはお見通しだ。
ーRuna:撮影終わる時間読めたら連絡する
彼女こそ昔から文章は真っ黒を超えて漆黒で、基本連絡事項以外一切無駄な文字は送りつけてこない。
案の定、次に届いたメッセージには〈23:00〉とだけ記されていて、俺のメッセージに再び返信が来ることはなかった。
仕事が終わった報告もなく突然かかってきた電話に慌てて出る。
『もしもし?』
テレビや劇場のスピーカー越しに聞いていた声を、5年ぶりに電話のスピーカーから聞いた。同じスピーカーでも、今俺だけに届いてる声なのかと思ったら少し緊張してもいた。
「もしもし、いきなりどうしたの」
『あー、緊張してるでしょ?今。ほんと変わらないな』
目敏く言い当ててきて癪だが、それと同時に誰よりも自分をわかってくれている存在に安心もした。
『見た?週刊誌』
まさか向こうからその話を振ってくるとは思わずしっかり動揺してしまった。
『ああいう記事、信じる人っているんだ。だからあの手の雑誌って売れるんだね』
つまり記事の内容は嘘ということだろう。
『私がそんなバレるような付き合い方するわけないでしょ?当たり前じゃん』
するならもっと上手いことやる、なんてもし電話口の俺が録音でもしてたらどんな額で売れるかわからないような軽率な発言をするからこちらがヒヤヒヤしたが、そもそも俺が彼女とのやりとりを保存して売り飛ばすようなことはしないから安心してほしい。彼女もそれをわかっているからこれだけ油断しているのだろう。
「ルナはルナだね、安心した」
好感度と元気と気品を兼ね備えた実力派女優として名を轟かせている彼女も、幼馴染の俺の前では朝日ハルでなくルナでいてくれる。ついそれが嬉しくて笑ってしまうと、彼女も笑う。
釣られ笑いかと思ったが、そうではないらしい。
『本名で久しぶりに呼ばれた。親でも芸名とか役名で呼んできたりするのに』
彼女にとって今は本人でいるより朝日ハル、もしくはハルが演じるまた別の誰かでいる時間がほとんどなのだと思う。ルナでいること、その貴重な時間を俺に割いてくれていることが単純に嬉しかった。
『そうだ、電話した理由なんだけど』
思い出したように本題に入っていくが、きっと切り出すタイミングを見計らっていた。結局上手いこと切り口が見つからず、自然を装って話題を切り替えてるけど少々無理がある。
『取材の電話来たでしょ?この前。昨日その番組の収録でさ』
後日正式に取材取りやめの連絡はいただいていたが、どうやらトークの流れで俺の話になったらしい。
『カットされてなければ流れるはず。我ながら山場だったからたぶん電波にも乗るんじゃないかな。楽しみにしててね、絶対観てほしい』
今までどんなにドラマや映画の主演をやろうと、有名なバラエティ番組に出ようと"観てほしい"と言ってくることはなかった彼女である。この番組に関しては並々ならぬ想いがあるのだろう。
「わかった。観るね」
放送日はもう少し先で、情報漏洩の観点から正確な日にちは伝えることができないと言うが、SNSかテレビの番組表を逐一チェックして必ず観てくれというから相変わらずである。
それはさすがに大変だから、それから暫くはその某番組を毎週録画にしておき、録画したその日のうちに再生させては消していた。
テレビは収録してから放送するまでにこれだけの期間が空くのかと新発見もありつつ、ついに数週間目にして予告映像に彼女の姿を見つけた。
楽しそうにトークを繰り広げる彼女、誰かから送られた手紙の代読を聞きながら瞳に大粒の涙を浮かべる彼女、数秒間だけでもそれだけ多くの情報が詰まっていて、俺は果たしてこれを30分も耐えて観られるのかと少しだけ心配にもなった。
放送日当日、俺はリアルタイムでその番組を視聴した。
彼女の口から語られる幼少期は、一言一句狂わず俺が見てきた彼女そのものだった。
2人で走り回った近所の公園、母校の小学校、中学校の帰り道によく立ち寄ったクレープ屋。
俺にとっても懐かしいその景色が映し出される度、彼女は「懐かしいな〜」と瞳を輝かせながら感慨深そうに呟いていた。
結局俺の代わりに取材を受けたのは、彼女と小中高同じ学校に通っていた彼女の口から唯一聞く俺以外の友人だった。もちろん彼女とは同性である。当時からルナとは正反対なほど内気で大人しい性格だったから、彼女のために勇気を振り絞って取材を受けたのだと思う。俺が女であれば代わってあげられたのにと少しだけ心苦しくはなった。
それほど正反対な彼女たちが仲良くなったきっかけは何だったのか、俺は気にしたこともなかったが、十数年越しに知ることとなった。
「きっかけは、私の幼馴染で。その幼馴染とは両親同士が仲良くてお腹にいる時から一緒ってくらいの腐れ縁なんですけど、その子と仲良くなりたい!って彼女が話しかけてきたんですよ。今まで一言も口を聞いたことはなかったし、なんなら同じクラスの人たちも彼女の声聞いたことあったのかな?ってくらい本当におとなしい子だったから、これは面白い展開だなと思って」
面白い展開、そう彼女が捉えた理由を俺には手にとってわかるが、おそらく一般視聴者もMCもよくわからなかったと思う。案の定MCに「それなら私とまず仲良くなりたいって思いなさいよ!とか思わなかったの?」と笑いながらつっこまれていた。
「その私の幼馴染、男の子なんですよ。あ、これ事務所には内緒なんですけど…って今言っちゃったから内緒でもなんでもなくなっちゃいましたけど。これがまたとにかく絵に描いたような良いヤツなんですよ!だから本当にこの人だけは何が何でも幸せになってほしいって昔からずっと思ってて。でも将来女優になるって決めてた私には彼を幸せにしてあげることはできないし、ここはこのピュアガールに託してみるかと、速攻協力することにしたんですよね」
全くもって気づかなかったが、どうやら俺らは小学生にして立派な三角関係を築き上げていたらしい。俺の知らぬ間に、それもあろうことかその事実に気づいていたのはただ1人、ルナだけだった。
「でも彼、ほんとーーに鈍感なんですよ。だから私がいくら2人をくっつけようと奮闘しようと全くもって気づいてくれない。これはもう笑っちゃうくらいに。そうしてるうちにいつの間にか彼女の方が別の好きな人出来ちゃって、結局私が同性の大親友手に入れただけ、みたいな」
そう彼女は笑うと、MCもどかりと笑う。彼女が俺の話をして笑いをとっている、何だか不思議な気分だった。
「もう何度も言うんですけど、本当に良いヤツなんで…この気持ちは恋なのかも?って思った時期もあったんですけど、やっぱりそんな"コイ"とか2文字で表せるような存在ではなくて。恋愛関係って、一度結んでしまったらあとは縺れてちぎれるのを待つだけ、ちぎれたら友達にも戻れないっていう印象があって。でも彼とはそんなのやだなって。だからこの仕事を始める前にすっぱり別れたんですよ。恋人って関係が終わる前に一度自分から故意に関係を解いたら、また親友に戻れる長さの糸が残るんじゃないかと思って。もちろん彼は一般人で平穏な暮らしもあるしスキャンダルとかになって迷惑かけることだけは絶対したくなかったっていうのもあったんですけど。1番の理由はそれだったんですよね…絶対に失いたくなかった、彼との友情は」
彼女の真意を、俺はこの時初めて知った。
そのわりに何年も連絡くれなかったじゃないか、とか紛らわしいにもほどがあるよ、とか言いたいことは山ほどあったけど、その言葉も今発したところでテレビの向こうにいる彼女には届かない。
彼女は訊かれた、MCから「結局その作戦は成功したの?」と。
「これがまた難しいもので…まだ今はちゃんと結び直せてないんですよね、その自分で解いちゃった糸。タイミング、今じゃないなって。私もこの芸能界じゃ、まだまだふーっと息を吹きかければ散ってしまいそうなちっぽけな存在なので。でも1〜2年前にとある舞台挨拶に登壇した時、私見つけちゃったんですよね。2階の上の方の席だったんですけど、彼がいたんですよ!本人はたぶん気を遣って私に連絡も何も寄越さなかったんですけど、ちゃんと見逃さなかったです、私。ああ来てくれたんだ、私の存在まだ忘れないでいてくれたんだって、嬉しくて。それでいつかこの番組に出たらその時の話を出して驚かしてみせよう!って思ってずっと隠し持ってました、このエピソード」
MCには「何やそれ!他人の番組私物化して」と笑われていたが、そういうところが彼女の魅力だと褒められてもいた。彼女がこれまで培ってきた、彼女の像がきっと今彼女自身を守っている。
「そしたら恐れ入りますが、お言葉に甘えてもう少しだけ私物化してもいいですか?これを機に宣言しておけば少しは前へ踏み出しやすくなるかなとも思って」
彼女はMCへそのように断りを入れ、それまで敢えて目線を逸らしていた中央のカメラをまっすぐ見つめ直す。
「私は今でも親友だと思ってる。同じ想いでいてくれるなら、また連絡ください。そして2人で初めてお酒を交わしてみたい。その際はファンの皆さん、週刊誌の皆さん、私たち親友として仲直りできたんだなって温かく見守ってもらえると嬉しいです。ツーショット撮られても誤解を生まないように先に言っておきますね」
そうブラックジョークも交えつつ、彼女はそのように自身の幼少期のブロックを締め括った。
話は女優業を始めてからの内容へと切り替わり、彼女はまた大人の女性らしい気品ある横顔で話を続けていく。
やっぱりそこに映っている彼女は俺の知っている彼女ではなかったけど、それでも数分前とは比べ物にならないくらい、どこか懐かしさも携えた気持ちで彼女を見ていた。
彼女との関係、諦めかけていたのは俺の方だったのかもしれない。彼女はこんなにも俺という存在を諦めていなかったというのに。
番組が全て終了してすぐ、彼女に電話をした。普段は一度確認のLINEを入れてから電話をしていたが、今日ばかりはそれをし忘れるほど身体が勝手にそうしていた。
『思ってたよりずっと早かったな。高校生の頃の結飛なら1日寝かせてたんだろうけど』
そう言いつつ、彼女はこの時間を俺のために空けてくれていたのだと思う。用心深い彼女はきっと、自宅で1人きりの時しか俺の電話に出ない。
『あれ以上喋っても番組尺的にもプライバシー保護の観点的にもカットされちゃうかなと思って出さなかった話、今からしてもいい?』
彼女がそう前置きをして話してくれたのは、きっとまだどの媒体にも載っていない初出し情報なのだと思う。
俺しか知らない、彼女と俺だけの内緒話。
『朝日ハルって芸名には、私の大切な親友とルナを繋ぐ大事な意味が込められてる。結飛〈ユウヒ〉は海に沈むと、朝日になって昇っていく。そして晴〈ハ〉れを生み出して、"ルナ"に戻ってくるの。どう?なかなか考え抜かれてるでしょ』
鼻高々に言う彼女に、思わず声を出して笑ってしまった。
何笑ってるの、と彼女は怒るけど、俺は構わずもう一度笑う。
「夕日と朝日の関係はよくできてるけど、ハルの方はこじつけだな」
それだけ懸命に彼女は俺とせめて名前だけでも繋がっていようとしてくれていた。
『芸名ってさ、この仕事にとって何よりの名刺なんだよね。この名前が出演者の一覧に並ぶだけで、その作品を観てくれる人が何万人と増えるかもしれない。その逆も然り。たった4文字だけど、私はこの4文字を携えてることで胸を張って仕事が出来てる。いつでもこの名前が、私の1歩を支えてくれてるの』
俺はいつだって、その名前をSNSの莫大な情報源の中から血眼になって探して欠かさず彼女の活躍を見てきた。
夕日はずっと、朝日を追いかけ続けてきた。
いつまでも追いつけない感覚にあったけど、今この時ようやくその背中が前にある意味みたいなものを知ることができた気がする。
「これからも夕日は、朝日の背中を押していくよ」
そうして俺らは、新しい1日を迎えるのだ。
「友情」をテーマに何を書こうか頭を巡らせた時、
一度確かに芽生えた友情を何らかの理由で諦めざるを得なくなり、それでも再びそれを取り戻そうと奮闘する話を書けたらと思い立ちました。
今回は男女の幼馴染たちが"恋愛""芸能人と一般人"といった世間の型に捉われず、自分たちが心地よいと思える関係性=友情を取り戻していく物語。友情から恋愛に発展していく物語は少女漫画にもテレビドラマにも散見されるけど、その逆もあっていいんじゃないかという反骨精神が今回私の背中を後押ししました。
ただ"友情を忘れる"という場面は、もっといろんな状況で起こりうるはずです。
王道でいえば記憶喪失。小さいエピソードでいえば大喧嘩、クラス替えなどもあるでしょう。
今回はその忘れてしまった友情のストーリー第1弾ということで世に飛び立たせたいと思います。
筆が進みそうであれば第2弾、第3弾と続けていきます。
長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。改めて、これからよろしくお願いします。