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第4話:告白には勇気が要ると思う

夜。自室のデスクの上には、二通の手紙が並んでいた。


どちらも同じ筆跡。同じスタイル。同じく差出人不明。


(……一体何なんだ?)


思わず深いため息が出る。


椅子に背中を預け、頭を抱えた。ここ数日で静かに変化し始めた自分の日常を、ようやく実感し始めていた。


二学期が始まり、静川美月が「恋の相談」に来た。

そして彼女の想いの対象は――


(もちろん、晴人だ)


そしてこの手紙。

二通とも「好き」と書かれている。

でも名前はない。


(もしかして……いたずら?)


一瞬、そんな疑念が頭をよぎったが、すぐに首を振った。


(いや、こんな気持ちを言葉にするには勇気が要る。いたずらでやることじゃない)


それは確かだった。


――だって、僕にはそんなこと想像もできないから。


心を開いて、想いを言葉にし、受け入れてもらうことを願う。

簡単じゃない。怖いし、痛い……本当に伝えたいと思わなきゃできない。


(……誰なんだろう?)


そんな呟きが零れそうになった時――


「文也!ご飯よ!」


ドアの向こうから妹の声が響いた。


「あ、ちょっと待って。入っていいよ、話がある」


「え?珍しい」


部屋に入ってきたのは、大学生の姉、相沢ほのか。

少し生意気だが、基本的には頼りになる姉だ。


「相談があって……」


「ん?」


「……姉さんは今までに、誰かに想いを伝えようと思ったことある?」


「……は!?まさか……お前が!?」


「ち、違うよ!僕じゃない!」


「じゃあ誰?」


「その……友達が相談に来てて。どうアドバイスすればいいかわからなくて……」


美月のことを簡単に説明した。

最初は怪訝そうだったほのかの表情も、徐々に和らいでいった。


「ふーん……そう。安心した、急に恋愛脳になったかと思った」


「そこまでじゃないって……」


「で?その子はお前の親友のことが好きなの?」


「ああ……晴人のことだよ」


「うーん、それって……難しいわね」


「わかってる。でも……美月は本気なんだ。僕なりに力になりたい」


ほのかは少し黙ってから答えた。


「……でも文也、周りがどれだけ支えても、最後に告白するのは本人よ。

想いを言葉にするにはすごい勇気が要るの。励ますことはできても、結局は本人の意思よ」


「……そうだね」


「だからあなたが伝えるべきはそれ。

失敗しても成功しても、自分で決めたことだって」


ゆっくりとうなずいた。


僕にできるのは励ますことまで。

結果まで背負うことはできない。

でも――


(もし……晴人が彼女を振ったら……?)


(その時、僕は――)


彼女は絶望するかもしれない。泣くかもしれない。全てを疑うかもしれない。


その時、僕は彼女に何ができるだろう?


(それが、支えるってことなのか?)


(最後まで……支え続けられるだろうか?)


そんな疑問が頭を巡る。


すると、ほのかはドアまで歩み寄り、振り返った。


「……お兄ちゃん」


「ん?」


「あなたはいつも他人のことばかり気にしてる。

それは立派だけど……自分自身のことは見てる?」


「……どういう意味?」


「その優しさがいつか重荷になる日が来るわ……

自分の気持ちも大切にしなさい。他人だけのために生きると、自分が壊れる。あなたにも感情があるってこと、忘れないで」


そう言うと、ほのかは部屋を出ていった。


――残された静寂の中、月明かりに照らされた二通の手紙が微かに光っていた。


僕はその手紙をじっと見つめながら考えた。


(僕は……最後までできるだろうか?)


(たとえ……彼女が傷ついたとしても)


(僕は……支え続けられるだろうか?)


まだ答えは出ていない。


けど――


彼女が踏み出す時、せめてそばにいたい。


その思いだけは確かだった。


---


朝の光が部屋に差し込んでいた。

制服に着替えながら、鏡に映った自分を見つめる。


(ほのか姉の言葉がまだ胸に響いている…)


『自分の感情を忘れるな』


昨夜の姉の言葉が頭を繰り返す。


(…本当に向き合えてるのか?)


そう考えながら鞄を肩にかけ、家を出た。


爽やかな朝の空気が頬を撫でる。

いつもの角を曲がった時――


「おっ、文也!」

「わっ!…びっくりしたよ、晴人」


カジュアルに手を振る親友・桜木晴人が立っていた。


「一緒に行くか?」

「ああ、そうしよう」


並んで歩くいつもの光景。

変わらない何気ない会話。

でもこの平凡さにこそ、安らぎがあった。


――その平穏を破るように、一人の少女が現れた。


「おはようございます、桜木くん、相沢くん」

「え?…美月さん?」


次の角で待っていたのは静川美月だった。

制服のスカートが朝風に揺れ、普段通りの笑顔の中に、かすかな決意が見える。


「よろしければ…私も一緒に登校しても?」

「え、ああ、もちろん」


晴人が自然に頷く。

「僕も構わないよ」


私もそう答えた。


三人で歩き始めたが、会話は主に晴人と美月の間で弾む。


「先週の現代文のテスト難しかったですね」

「ああ、あの先生いきなりマニアックな文章出すんだよな…」


二人の後ろから、私は思った。


(…本当に頑張ってる)


最初の一歩は誰だって怖い。

でも美月はもう一歩を踏み出していた。


(本気なんだ)


彼女の決意が、逆に私を勇気づけた。

私も…この想いを応援しよう。


しばらく歩いてから、私はふと立ち止まった。


「――あ、携帯確認してない。ちょっと後から行く」

「え?ああ、わかった」


美月が一瞬私を見る。

そこで、目立たないように『ウィンク』してみせた。


彼女は最初困惑したが、やがて理解したように頷いた。


「では、相沢くん。また教室で」

「ああ、またな」


――二人は先に歩き出していった。


(さて、どうしよう)


二人の背中を見送り、その場で考え込む。

気づけば登校する生徒たちが私の横を通り過ぎていく。


(まずい…考え事に没頭しすぎた)


通り過ぎる生徒たちからちらりと視線を感じる。

まるで歩道のオブジェのように突っ立っている私。


その時――


「あの…相沢くん?」

「わっ!?すみません!今どきます!」


思わず声を上げ、反射的に後ずさりした。

そして急ぎ足でその場を離れようとする。


「…あ」


その一拍、学生証が胸ポケットから滑り落ちたことに気づかず、

私は角を曲がっていった。


残されたのは地面の学生証と――


「…えっ?」


かすかに息を漏らした少女。


肩までのストレートヘア。

無表情で感情を覗かせない顔。

しかし確かに、瞳にかすかな驚きが浮かんでいた。


「…『すみません』だけ?」


少女は静かに学生証を拾い上げる。

『相沢文也』の名前を一瞥すると、

表情を変えずにポケットにしまった。


「…教室で返せばいいか」


彼女――榎本恵は、

誰にも気づかれることなく、

まるで最初から存在しなかったかのように、

静かにその場を去っていった。


――そして彼女は知らない。

この偶然が、やがて深く記憶に刻まれることを。

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