第2話:彼女が近づいてきた…そして誤解が始まった
昼休みのチャイムが鳴ったが、私はまだ机に伏せていた。
晴人は相変わらず、クラスの女子たちや男子たちに囲まれている。
もうそれはある種の才能だ。履歴書の特技欄に書けるレベルだろう。
(…まあ、俺には関係ない話だ)
そう自分に言い聞かせていた時だった。
「相沢くん…? ちょっと時間いいですか?」
後ろから、柔らかくも澄んだ声が降りかかった。
顔を上げると、そこには――静川美月が立っていた。
クラスのマドンナと呼ばれる存在。
長いピンクの髪、近づくとほのかに香る上品な香水の匂い。
瞳だけで感情を伝えてくるその眼差しは、まるで教室に咲いた一輪の花のようだった。
「え、えっと…俺に? 何か用かな?」
思わず声が上ずってしまった。美月のような子が自分に話しかけてくるなんて珍しい。明らかに用事があるのだろうが、予想外の状況に戸惑いを隠せない。
(待て待て…まさか彼女が…?)
あの手紙の言葉が脳裏をよぎる。
『この気持ちに名前をつけるなら、きっと――恋です』
――そんな温かい言葉。
まさか彼女が――?
美月の目が一瞬、泳いだ。
「…相談があるの。二人きりで話せない?」
(これって…まさか俺が思ってるあれじゃ…?!)
内心パニックになりながら、私はうなずいた。
――
屋上には、晴人と一緒に昼食を食べられない時によく来ていた。最近ではほぼ毎日のようにここに来ている。
春風が穏やかに流れていた。
その静かで誰もいない空間で、美月と私は並んで立っていた。
近すぎず、遠すぎない距離。
数秒の沈黙の後、彼女は小さな声で話し始めた。
「…ねえ、相沢くん…実は私…」
「え…?」(なんだこの展開、彼女が――つい目を見てしまう。その奥に潜んだ内気さと純粋な魂)
一瞬、頭が真っ白になった。
「桜木くんにどうやって気持ちを伝えたらいいと思う?」
「…え?」
屋上を吹き抜ける風が、私にもぶつかった。あまりの展開に再び頭が真っ白になったところで、美月が続けた。
「うん。あなたが一番桜木くんのことを知ってると思って…
それで…どうすれば気持ちを伝えられるか聞きたくて」
(…ああ。そういうことか)
違うことを期待していた自分が恥ずかしくなった。
がっかりした表情が一瞬、顔をよぎる。
「…そうか。確かに、あいつは人気者だもんな」
「変なこと考えさせちゃったかな…」
「いや、俺が勝手に勘違いしただけだ。気にしないで」
彼女は少し首を傾げたが、それ以上は追求しなかった。
(…この感じじゃ、間違いなく彼女は『あの子』じゃないな)
心の中で、静川美月は手紙の差出人候補から外れた。
しかし不思議と、失望は感じなかった。
むしろ、彼女が『脇役』の俺に相談してきたことが、少し嬉しかった。
「…で、晴人のどこが好きなんだ?」
「…彼のそばにいると、何だか守られているような気がするの。世界の悪いものから守ってくれるような」
そう呟く彼女の横顔は、少し赤らみながらも決意に満ちていた。
私はできるだけ真剣に彼女の気持ちに耳を傾け…
そして知っている限りの晴人のことを話した。
(これが俺の役割なら、悪くないかもしれない)
昼休みの間中、そう思っていた。
しかし、その日の放課後――
ロッカーを開けた瞬間、再び心臓が跳ね上がった。
中には…二通目の手紙があった。
「なんだこれ――?」
――
(中略)
「実は、入学式の日に桜木くんのことを意識し始めたんです」
彼女の言葉に、私は少し目を見開いた。
「入学式?」
「ええ。一年生の時、私は緊張のあまり道に迷ってしまって…途方に暮れていたら、桜木くんが声をかけてくれたの」
風に乗せて、彼女は語り続けた。
「誰も気づかなかった。でも桜木くんだけが私に手を差し伸べてくれた。
『大丈夫?』って、優しく笑いかけてくれた…その瞬間、胸が温かくなったの」
(…さすが晴人だ)
私の親友はいつもそうだった。見返りを求めずに皆に優しくする。
無意識のその態度が人を惹きつける――
そして、そんな彼の優しさこそ、私が一番尊敬しているところだった。
「それから、ずっと彼を見つめていました。でも話す勇気がなくて…
今日やっと、一歩踏み出せたんです」
美月はそう言って微笑んだ。
本当に美しく、決意に満ちた笑顔だった。
「…本当に好きなんだな」
「…はい」
力強くうなずいた。
「じゃあ俺も協力するよ。力になれるなら、遠慮なく言ってくれ」
「…本当ですか? ありがとう、相沢くん」
一瞬、私はこの恋物語における『脇役』としての自分の立場を自覚した。
だが同時に、私にしかできないこともあると理解した。
(そうだ。俺は…晴人の親友であり、美月の味方なんだ)
脇役だって、誰かにとっては大切な存在になれる。
そんな考えと共に、私は少し希望を抱いて前を見た。
「そろそろ昼休み終わるし、戻ろうか」
「はい」
階段を一緒に降りながら、私はふとあの手紙のことを思い出した。
(…あれは一体何だったんだ?)
もし美月じゃないなら…他に私を見ている人がいるということか?
その日の放課後。
ロッカーを開けると、最初に目に入ったのは――もう一通の手紙だった。
封筒は前回と同じ。桜色の上品な便箋。
だが今回も、差出人の名前はなかった。
震える手で、ゆっくりと封を開いた。
――
『あなたが教室でそっと微笑むたび、
私の心は理由もなく軽くなる。
目立たなくても、あなたの優しさ――
いつも他人を思いやるその心は、
私にとってずっと救いでした。
この手紙が、たとえ小さな笑みでも引き出せたら…
それだけで私は幸せです。
これからも、そっと応援しています。』
――
読んでいる間、何度も心臓が高鳴った。
告白というよりは…温かい祈りのような文章。
こんなに細かく見てくれている人がいるなんて――
胸が締め付けられるような気持ちになった。
(…君は誰だ?)
しかし不思議と、恐怖は感じなかった。
むしろ、胸の奥から広がる温かな感覚に気づいた。
そして私はまだ知らない。
この手紙を送った謎の人物が――
この瞬間も、教室の片隅から静かに私を見つめていることを。