第1話: がラブレター!?
「これは、僕と三人のヒロインの、信じられないほど甘くて切ないラブストーリー——」
「…じゃない」
僕——相沢文也——は親友の頭を軽くたたいた。
自信満々でウィンクしてきたのは、桜木晴人。正真正銘の「主人公タイプ」な男だ。ルックス、性格、学力、運動神経…全てが桁外れだった。
「は? 今の完璧だったろ? キーポイントは『甘くて切ない』ってとこだぜ」
「まず、甘くも切なくもない。それに、ヒロインたちがお前に惚れてるかも確定してないだろ」
「おいおい、文也。雰囲気作りしてんだよ。お前なら『マジか…!?』って感動すべきところだろ」
「晴人、夢は口に出すだけで叶うわけじゃない」
そして、その横にいる僕のポジションは、典型的な「主人公の友人」——つまり、脇役だった。
***
小学校時代、僕はいじめの標的だった。
無口で目立たず、運動音痴。手を差し伸べてくれたのは晴人だった。
「この子にこれ以上何かしたら、許さないぞ」
そうして晴人と知り合ったあの日から、僕の人生は少し変わった。
でも、晴人が主人公である限り、僕は相変わらずの脇役でしかない。
***
高校二年生になった今も、私たちの関係は変わらない。
晴人は教室の中心——席に座るだけで女子たちの視線を集めていた。
「あー…今年も『晴人ショー』の始まりか」
「何言ってんだ? 俺のせいじゃねえだろ。文也だって悪くねーよ」
「どこが?」
「まあ、女子たちの話だと『目立たないけど、結構イケてる』らしいぜ」
「それ、慰めになってない」
「でもな、文也の『地味だけど優しい』とこも売りだぞ?」
「誰が言った?」
「俺の妄想の中の女子たち」
「今すぐその会議を解散しろ」
***
休み時間、晴人が自販機へ向かった隙に、僕はロッカーを開けた。
そして——「…え?」
中から落ちてきたのは、真っ白な封筒。
差出人の名前はない。でも明らかに…ラブレターだ。
ありえないと思いながらも、封筒を慎重に開ける。
中には一枚の便箋。整った字で、こう書かれていた。
---
「ずっと前から、あなたを見ていました。
目立たない場所にいても、あなたは誰より優しくて、
小さなことに気づき、目立たないように手を差し伸べる人。
誰も褒めてくれない、
誰も気づかない、
でも私の目には、あなたの姿はまぶしく輝いて見える。
なぜこんなに惹かれるのか、私にもわからない。
ただ、あなたを見ると、少しだけ勇気がもらえる。
この気持ちに名前をつけるなら、きっと——恋です。
ただ、伝えたくて。ありがとうと、この想いを。」
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短い文章なのに、なぜ胸が熱くなるんだろう。
ただ——「自分を見てくれている人がいる」それだけで…
「…!」
急いで封筒を制服のポケットに隠した。背後から晴人の気配が近づいてくる。
「おい、文也! 買うなら早くしろよ、メロンパン売り切れるぞ!」
「…ああ。今行く」
振り向くと、そこにはいつもの晴人がいた。
僕は平静を装って笑った。彼に心配をかけたくなかった。
この気持ちは、ひとりで整理したい。
僕だけの、小さな秘密——
そして、これが僕の初めての『特別な瞬間』だった。
放課のチャイムが鳴り、授業が終わった。
「文也、帰りにゲーセン寄ろうぜ」
「……またあのクレーンゲーム?」
「妹があの猫のぬいぐるみ欲しがってんだけどさ。兄ちゃんとしてちょっとカッコつけたいじゃん」
「この前も『妹のため』って言って、結局自分で抱き込んでたろ」
「ばれたか!」
いつも通りのくだらない会話をしながら教室を出る。こんな日常が、僕のささやかな安らぎだった。
――ただ今日に限って、胸の奥がざわついて仕方なかった。
(あの手紙のことが頭から離れない…)
ロッカーに隠した白い封筒。差出人もない、正体不明のあの手紙の言葉がまだ胸に焼き付いている。
『ずっとあなたを見ていました』
『誰よりも気付いて、そっと手を差し伸べるあなた』
『この気持ちに名前をつけるなら――きっと恋です』
(脇役の僕に、こんな想いを抱いてくれる人がいるなんて…)
信じられない気持ちと、かすかな喜び、そして混乱。心の奥で小さな炎が灯った気がした。
誤魔化すようにポケットに手を突っ込み、俯く。
「おい、文也」
「あ、うん…ごめん、何でもない」
「一日中ぼんやりしてたぞ。体調悪いのか?」
「いや…ただ寝不足なだけだ」
「また夜通しでウェブ小説か?面白いのあったら教えろよ」
(手紙のことは言えない…)
晴人はほぼ毎日のように告白される存在だ。そんな彼の影にいる僕がラブレターをもらうなんて…
正直、恥ずかしい。
だからこの「秘密」は胸の奥にしまっておく。晴人に話せば、間違いなく「差出人探し」を始める。それだけは避けたい――