可哀想な私
空を見てフワッと降りてきたお話です。
稚拙な所は広い心でお許しください
「ねぇねぇちょっとそこの貴方、そこの水色のワンピースの!そうよキョトン顔の貴方よ。少し此方にいらして。あらっ私怪しいものではなくてよ。と言っても貴方からしたら怪しい者よね、フフ。あらありがとう側に来てくれたのね。まぁ平伏して下さるの?貴方って平民の方?まぁそうだったの!いえねすこぉしだけ私の話しを聞いてくださらないかしらと思ってお声をかけさせて頂いたの。不躾でごめんなさいね。そんなに頭を下げたままではその可愛らしいお顔が見えないわ。そうよ面を上げて、あぁ貴方とぉっても可愛いのね。羨ましいわ。そんなに可愛かったら私も何かが違っていたのかしら?
どうぞ座って!私の話しを聞いてくださる?話というよりも⋯そうねこれから再出発するための禊のような物なの。お付き合いくださる?
あぁありがとう!貴方に出会わせてくれた神に感謝するわ!どうぞそこへお座りになって」
平民のメリルは19歳だ。
今日は半年前から付き合っている彼とのデートだったが、待ち合わせの時間から既に2時間経過していて、あぁまたすっぽかされたと落胆してる時に、目の前の女性から声をかけられた。
もうジャックは来ないだろうから帰ろうかと思っていたし、相手はどう見ても貴族のご令嬢だ。
話を聞けと言われたら平民のメリルに断る事はできない。
どうせ暇だからお貴族様の気まぐれに付き合ってもいいかなと思い、促されるままに対面の椅子に腰掛けた。
ご令嬢は淡い金色の髪色でそれは風が吹くとフワッと広がるカールが魅力的だ。
瞳の色は貴族特有なのだろうか?メリルが見た事もない紫の瞳だった。
いつかジャックが誕生日に贈るからと言ってくれたアメジストを彷彿させる色だった。
一つ一つの仕草はメリルの勤め先である王宮の侍女達よりも洗練されていて憧れてしまう。
ついジロジロと見てしまったメリルを咎めることもなく目の前の令嬢はクスっと笑って「メニューは私と同じでよろしくて?」と聞いてくれた。
メリルが待ち合わせで立っていたのは、そのカフェに作られたデッキの柱の影だった。
ジャックが来たら一緒に入るつもりでいたからだ。
そのデッキに設置されたテーブルから声をかけられていたのだ。
頭の中で自分の財布の中身を計算しながらメリルは令嬢の問いに頷いた。
令嬢は自分で注文はせずにメニューを右手で耳の位置に持ち上げた。すると斜め後ろのテーブルに座っていたカップルの女性が立ち上がりそれを受け取って店員に注文していた。
不思議に思ったメリルに令嬢が説明してくれる。
「うちの侍女と護衛なの。ちっとも自由ではないのよ私」
メリルがカップルだと思っていたのは貴族の屋敷で働く使用人だった。
へぇ〜と感心しながら男の方を眺めた。
平民の服を着こなす彼はそれが身についているようだったから、ひょっとしたら身分は平民なのかもしれないとメリルは推察していた。
店員が二人の前に並べたのはベイクドサンドとシュリンプフリッターの添えられたサラダ、飲み物は珈琲だった。横にはミルクも薔薇を模した飾り砂糖も用意されていた。
ベイクドサンドの中身はメリルが滅多に食べられないスモークチキンが挟んで合った。
メリルの脳内では又又財布の中身を計算する。
「どうぞ召し上がって、以前来た時に食したのだけどなかなか美味しかったのよ。貴方の口に合うとよろしいのだけれど」
令嬢は優しくメリルに薦めてくれた。
令嬢と同じ様に砂糖とミルクをたっぷり珈琲に入れて先に喉を潤した。
ドキドキしながら手を拭いてベイクドサンドをカプリと口の中に一口納める。
咀嚼しながら令嬢を目で伺うと彼女はフォークにサラダのフリッターを刺していた。
貴族の流儀が解らないので令嬢から声がかからなかったからメリルは黙々と全てを平らげた。
食後にまた珈琲を口にすると何故か店員ではなく、先程の侍女がお代わりを注いでくれた。
以外にも令嬢と食事のスピードは変わらなかった。
カップをソーサーに置いて令嬢はメリルを見つめた。
メリルも令嬢の整いすぎるほど綺麗な顔を見つめる。
「ねぇ貴方私の話しを聞いてくださる?」
先程と同じお願いをされたメリルは黙って頷いた。
「ありがとう!嬉しいわ。私の名前はマリアンヌ、家は⋯言わなくても⋯よろしいわね。本日はマリアンヌと呼んでくださいな、貴方のお名前は?」
誘われて同じ席で食事をしたのにも関わらず自己紹介を忘れていた失態でメリルは慌てた。
「もっ申し訳ありません。名乗りもせずに失礼をいたしました。私はメリルと申します」
名乗るメリルに美しい微笑みを浮かべながらマリアンヌはゆっくりと首を左右に振った。
「いいえ貴方は⋯メリルさんは悪くないわ。私がその猶予を与えなかったからよ。ごめんなさいね」
「もっもったいないお言葉です」
メリルの言葉にまた笑みを浮かべて、それからのマリアンヌは彼女の思いの丈を延々とぶちまけた。
文字通り貴族の子女に有るまじく、話すのではなくぶちまけたというのが正解であっただろう。
「メリルさん聞いてくださいます?私は学園で【可哀想】と言われておりますの。私は傍から見たら可哀想な女だそうよ。でも私少しも悲しくないのです。可哀想な女は一般的に悲しいものでしょう?でも私はこれっぽちも悲しくないのです。そもそも私が【可哀想】と揶揄されたのは婚約者の存在が大きいのですわ。私の婚約者は私よりも5歳も年上でいらっしゃるの。だからとっくの昔に学園は卒業されてるのよ。だから本来ならば学園で噂になんてなるお方では無いのです。それなのに婚約者の噂は未だにそこかしこで流されているのですわ」
「⋯⋯」
「そのどれもが女性関係の噂ですの。私はまだ学生ですので頻繁には夜会に参加することが叶いませんの、ですが婚約者はかなりの頻度で訪れているそうなのです。その度にエスコートのお相手が違うそうなの。そしていつの間にかエスコートの相手と夜の帳に消えて仕舞われるそうですのよ。ふふふそういう事らしいのですわ。それを毎回皆様噂されて私を【可哀想】と仰るの」
「⋯⋯」
「でもね、私ちっともちょっとも少しも可哀想ではないのです。それで噂を頻繁に私の耳に入れる皆様に申しわけなくて。だって皆様私がそれを聞いて寂しそうに俯く様を見たいのですわ。でも私お芝居が下手なのです、ですから上手く演技ができなくて⋯⋯それで演技指導をして頂こうと此方に参った次第ですの」
メリルは黙ってマリアンヌの話しを聞いていたのだが、これはきっと噂を耳に入れる人達は彼女を貶めて溜飲を下げたいのだろうと思った。
こんなにも美しい人だ、周囲に群がる女性達は羨ましくてしょうが無いのだろう。
そして彼女の婚約者は皆が羨ましがるほどの男性に違いない。
メリルはそう思って、だがふと気が付いた。
演技指導とはどういう事なのかしら?
状況が読めずメリルはマリアンヌを見つめると彼女はニッコリと微笑みながらメリルに告げた。
「私の婚約者はジャック・ルイード。ルイード伯爵のご子息なの」
メリルはその名前を聞いて顔面の血の気が引いていくのが解った。
そして勝手に自然に涙が一筋頬を伝った。
その様子を見たマリアンヌは憐憫の眼差しを向けてメリルに再び告げた。
「演技指導⋯ありがとう。参考にさせて頂くわ」
スッと立ち上がり何故かメリルにカーテシーで挨拶をしてからマリアンヌは踵をかえしてデッキを後にした。
後ろからは侍女と護衛が付き従っていた。
残されたメリルは一筋の涙のあと、もう止まらなくなっていた。
あとからあとから溢れる涙を拭くこともせずに暫くそのままだった。
半年前に告白してきたジャックに婚約者がいるなんて知らなかった。
ベットの中で優しく髪を撫でてくれた将来を誓った相手は誠実の欠片もない男だったなんて、言われるがまま自分の肌を晒してしまったメリルの心の中は後悔の文字が溢れていた。
一頻り泣いたあと我に返った時にテーブルの上には綺麗な刺繍が施されたハンカチが置いてあるのに気付いた。
それを手に取るとその下には便箋が一枚。
ハンカチを重石代わりにしていたのだろうか?
『あんな男は忘れてしまいなさい、貴方の幸せな未来には必要ないわ。それでも、離れたくないのなら貴方は可哀想な人から抜ける事は出来ないと思うわ。
可哀想な私から可哀想な貴方へ』
メリルは紫色の糸で紡がれた鳥の刺繍をなぞり、それで涙を拭いた。
「可愛いわね小鳥の刺繍」
メリルに迷いはなかった。ジャックときっぱりと別れる決心がついたから。
その様子を影から眺めながら侍女は呟いた。
「小鳥ではなく子犬じゃなかったかしら?」
今日の天気予報は曇りのち晴れ。
今、空には先程までなかった太陽の光が差し始める。
メリルの胸の内を表しているようだった。
end
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