第9話 スザンヌ、強烈に殴られる!
「ママ、お話があるの」
スザンヌが母シャルロットに持ちかける。
「なぁに? あらたまって」
「ママにだけお話しするね。実は天からの声が聞こえてきたの」
しかし母シャルロットは、きっと他愛もない話だろうと高をくくっている。
「あら、それは、ありがたいことね。どんなお話だったの?」
スザンヌは真剣な表情で言う。
「大天使・ボードル、乙女聖人エリース、聖女アランシーネの3人が現れて、セーヌ国を救うのが私の使命だと言うの」
あまりに唐突な話に、母シャルロットは呆然とした表情だ。
「どうしちゃったの? 私のスザンヌちゃん。何か悪いものでも食べたの?」
「ママがそう言うのも無理はないわ。でも3人の姿は美しくて、声はあたたかくて、私は感激のあまり涙を流していた。そして、その声に従うことを心に誓ったの」
母シャルロットは頭を抱え、目を閉じてしばらく黙り込んだ。
やがて、スザンヌの目をまっすぐに見て、こう口を開いた。
「このことはパパに言ったら絶対ダメよ」
「うん、わかってる」
「スザンヌちゃんは国を救うために何をしなければいけないの?」
「まずは王子・スコット7世にお会いして、私の使命をお伝えすることから始めるわ。そしてセーヌ国の軍隊とともに、敵のグランド国と戦って勝利する」
「まさかスザンヌちゃん、戦場に出るつもりなの」
「ええ。天から導きのまま生きていきたいの」
「スザンヌちゃん……」
母シャルロットの目から涙がしたたり落ちる。
「やめてほしい、それがママの願いよ。でも、言ってもきかないわよね」
という母シャルロット。
スザンヌはうなずく。
「天の声は、ラファエル司令官が王子に会わせてくれると言っていた」
とスザンヌは母シャルロットに切り出す。そしてこうつぶやく。
「あの厳しい司令官に話を聞いてもらうにはどうしたらいいかしら」
「じゃあ、いい人がいるわ」
と母シャルロット。
「誰?」
「私の姉の娘婿のカミーユさんよ」
「ああ、カミーユ叔父様ね。でもなんでちょうどいいの?」
「彼はエール国の愛国者なの。そして《セーヌ国はひとりの悪女によって滅び、ひとりの乙女によって救われるだろう》という預言を信じているわ」
「その乙女が私だと思ってくれる、っていうこと?」
「ええ。さっきの話をすれば、きっと信じてくれる」
母シャルロットはカミーユに手紙を出した。
そして父フランクには、
「カミーユさんから収穫を手伝ってほしいという手紙が来たの。私とスザンヌちゃんで行ってくるわね」
と説明して、スザンヌを連れ出した。
父フランクも、お気に入りの赤いドレスを着た娘を笑顔で送り出した。
カミーユさんは短髪でがっしりした体型。
スザンヌの話を興味を持って聞いてくれる。
すぐに、ラファエル司令官に引き合わせてくれることになった。
カミーユとスザンヌは、歩いて数時間のエルドラ町にある司令官の邸宅に向かった。
ふだんは農夫のカミーユだが、盛装用のマントを着ると意外によく似合う。
ラファエル司令官の執務室をノックする。
大きなデスクにどっしりと座る司令官。
前に父と訪れたときと同様に、厳しい表情だ。
そのかたわらには、端正で気品あふれる顔立ちの騎士もいた。
カールした長い亜麻色の髪が優雅だ。
しかし彼は表情を変えず、ただ黙ったままだ。
彼らの目の前に、カミーユとスザンヌは横並びで進み出た。
ラファエル司令官はたずねる。
「その女は誰だ、カミーユ。お前の妻か?」
「いいえ。私の姪っ子で、スザンヌ・マルクです」
「なぜ連れてきたのだ」
「スザンヌにスコット王子への謁見を許可して頂きたいからです。仮王宮マルカに向かわせたいのです」
ラファエル司令官が鼻で笑う。
「風変わりなことを言うものだな。王子の前で曲芸でも見せるつもりか?」
とラファエル。
「いえ、スザンヌは天からの声を聞いたのです。敵対するグランド国と戦い、王子をクレバにお連れして国王に即位させるようにと」
ラファエル司令官の目が厳しくカミーユをにらみつけた。
しかしこの視線に立ち向かうようにカミーユが続ける。
「巷で流れる預言があります。《セーヌ国はひとりの悪女によって滅び、ひとりの乙女によって救われるだろう》。スザンヌこそ、国を救う乙女なのです」
「ふざけたことを抜かすんじゃない!」
ラファエル司令官が大きな怒鳴り声をあげた。
さらにこうまくしたてる。
「カミーユ、今すぐその娘に平手打ちを食らわせろ! そして家に追い返せ!」
カミーユがうろたえる。
目はしきりに泳いでいるが体は固まったままだ。
ラファエル司令官が続ける。
「どうした。平手打ちしろと言っているだろう」
「ラファエル司令官、今日は帰ります」
と言ったのはスザンヌだった。こう続ける。
「この先、セーヌ国は敵対するグランド国にますます攻め入られます。天からの声は、この危機を救えるのは私しかいないと告げたのです」
ラファエルが立ち上がった。
つかつかとスザンヌの目の前に歩みを進める。
そして平手打ち。
ぱちいぃ~ん!!
部屋に鋭い音が響き渡った。
それでも、まっすぐにラファエル司令官を見据えるスザンヌ。
「私はあきらめません。また、まいります」
そう言ってスザンヌはカミーユのマントを引っ張った。
カミーユはスザンヌに促されつつ、彼女とともにラファエルの執務室から退出した。