42 逸竜の狂踊-奇襲-既知感のある光景と竜の姿
アセヴィルに物理的に頭を冷やされて以降、既知感に類することは考えず頭を温めない様にしてオロバムートに揺られ、ずっと変わらない景色を見ながら2時間が経過した。
現在地は聖王国があるという聖森林のせの字の一切見えない草原だ。本当にこの先に森があると言うのだろうか。
「なぁ、ほんとにあるのか? この先に聖森林とやらは。その前に街があるとしてもその街へ行くために自然に作られた道が今のところないけど」
「ん、あぁ。もう少し進めば完全に踏み均された道になると思うが……、その前に」
アセヴィルはそこで一度言葉を止めフィスも止め、今まで通って来た道である北西方面、の空を見上げた。
その先には雲1つない青空が広がっている。そこに何かあるのだろうか。
俺の目には何も見えな――
「――来るぞ。それぞれウニコルヌスに全力でしがみつけ。でないと、振り落とされるぞ」
「え? ちょっ、急に言われても!」
「何が来るんや!?」
アセヴィルのその言葉に3体のウニコルヌスは今までの比にならない位の速度で走りだし、咄嗟に前傾姿勢となり掴まらなければ、実際に振り落とされていただろう。
「アセヴィル! 何が来るんだよ!?」
「逸れ竜だ」
竜? 確か、昨日の最後にアセヴィルが言ってたのはいつりゅうだったかな。
今アセヴィルが言ったのは逸れ竜だから違うのか? それとも逸れ竜でありながら、逸竜とも読むのだろうか。
「竜!? どないするんや?」
「取り敢えず今は逃げるしかないな」
「逃げる言うても――」
「――フィス、避けろ。オロも、ハミも、な」
――ドォォンッッッ!!――
いつもより鋭い、ような声でアセヴィルがそう言い、それに従い俺の跨るオロバムートが右に曲がり、スヴァさんの跨るハミジトとアセヴィルのフィスが右に曲がった。
その方向転換に振り回されないよう更に強くしがみつきながら、左後ろに顔を回し何を避けたのか見ようとしたが、視界にはさっきまで俺たちが居たであろう場所の地面に何かがぶつかり、それにより土煙が立ち上っている様子しか見えなかった。
顔を前に戻して、この後に集中する。
スヴァさんとアセヴィルとは離れてしまったが、幸いにしてまだ見失うほどの距離ではない。頑張ればまた合流できるだろう。
だが、その頑張る、の中には後ろにいるであろう推定竜の対処をどうすればいいのかという問題が含まれてるんだよな。
俺達に攻撃しようとして地面にぶつかったであろう竜が、アセヴィル達の方、ではなく全く別のところに行ってくれるのであれば、何も心配することなどないけど。
けど……、そうはいかないだろうな。
さっきの攻撃は明らかに俺たちを狙ったものだった。だからこの後、竜が俺たちを無視してどこかに行くという選択肢はないと思う。
もし、どこかに行くという部分のみに限定したならそれは、俺たちを蹴散らしたりしてからの行動だろうな。俺たちを無視するという選択肢は、竜にはないような気がする。なんとなくだが。
「アセヴィル! 俺はこの後どうすればいい!?」
「取り敢えず今まで通り進むよう、オロには指示を出した! だからお前は竜の攻撃が来ないことを祈るだけだ。故に絶対、自分から仕掛けるような真似はするな」
俺にできることは何もないのか。
何かないか? 鑑定は俺の方にヘイトが来るからできないだろ、攻撃はもっと駄目だ。
オロバムートに揺られて、街の方に行くしかないのか?
それもなんだかなぁ。
――ッッッッッ!!!!!!
40メートル強後方から竜により発されたと思しき、音ではない音が響いてきた。
そのあとにも翼の羽ばたくバサバサという音が耳に届き、それに伴いオロバムートの速度がより一層速くなった。
さっきまでは地面にぶつかった衝撃で動けていなかったのかな。
「イズホ! このまま進めば15分ぐらいで街にたどり着くらしいで! 街には結界が張ってあるらしいからそこまで行けば安全なんやと! やからそれまで逃げ続けるしかないみたいや!」
「了解!」
少しだけ距離が近づいてきたスヴァさんからそのように伝えられたが、それを知ってどうしろと。
いや、まぁ街の方に逃げる理由が強くなったのはいい事だろうけど。今までの予定通りで街に行くのと、より安全な方へっていう理由で街に行くのはなんか違うし。
うーむ、むむ。
取り敢えず今はアセヴィル達の言葉通りに逃げるしかないか。
無意味であろう思考は最低限にして、オロバムートの進行方向を注視しながら、後ろにいるであろう竜の動向も確認するとしよう。
もう1回、竜の姿を確認するとしようか。
首を後ろに回してその姿を視界に収めようとする。しかし首の可動域的にその全てを見ることは、今は叶わないだろう。体ごと回しても、位置によるだろうけど見えて8割だろうな。
すぐに首を回してそれを確認したが、それは俺が今まで想像していた物とは、…………。
う、ん? 既視感。
すでに1回、俺はこの竜を見てる? どこで。
……いや、この何かを見た後に記憶がよみがえる感覚は夢の時だな。それも昨日の夢だ。
成程。いやでも、流石に早すぎる気が……。
うーん……、まぁいいか。理解し切れていないことを考えても、何にもならないからな。
……気を取り直して。
その唐突な襲撃者である竜の姿は全長7メートルほどで、大元が翼竜のようでありながら、翼には所々にキノコの様なものを生やし、その尾は返しの付いた針のような形状をしていた。
しかし、その2つの異変、なのか正常なのか分からないおかしな部分よりも、最も異変であると言えるのがその頭部だった。
その竜の首から先は無く、当然、翼竜と聞いて思い浮かべる様な長くて鋭いくちばしはそこには無かった。
首は斬られ、その断面からは不気味なほどに脈打つ鎖が伸び、その鎖の繋がれる先には同じくこちらも脈打つ赤い糸の様なものによってぐるぐる巻きにされたナニカが、存在した。
ただただ異様としか言いようのない、寄生でもされたかのような1匹の、孤独であろう竜が、その侵された翼を必死に動かし俺たちの方へと迫ってきていた。
本編のみ(掲示板等除き)で10万字達成。




