27 聖職位配りおじさん
――パキンッ――
ビフティスと呼ばれた奴が俺の右手首に腕輪の様なものをはめたと同時に、どこからか何かが割れる音がした。
咄嗟に周囲を見渡してみるけど、特に変わった様子はない。
いや、俺の首からネックレスを取ったウァミラと呼ばれてたやつが何やら慌てていた。その手に光るネックレスを持って。
「ウァミラ、どうした?」
『いえ、この頸飾が突然、聖魔力を放出し始めたのです!』
「ッ! 今すぐにそれを遠くに投げろ!! そして作業が終わったのならすぐに退却する!」
そう言って何らかの術を発動しようとしているのか、リーダーの足元にどこかで見た覚えのある術陣が展開された。
それと同時に俺のすぐ近くにいた2人もそこに寄り、他2人も同様に陣に収まるよう、近寄って行った。
一方でネックレスを持っていたウァミラは、それを遠くに投げようとして失敗し手に絡みつかせていた。
絡みついたネックレスを外そうとしているが、不自然なほどにネックレスがくっ付いて外れないようだ。それ以前に、ネックレスから放たれる光で直視できていないようだが。
俺の方を困ったような雰囲気で見ても何もできないぞ。
「ウァミラ! 早くしろ!」
『でも! 頸飾が絡みついて離せないのです!』
「壊してでもいいから外せ! 奴に我らの姿を見せるわけにはいかんのだ! 奴に見られたら――」
その瞬間、ネックレスを中心にこれまたどこかで見た術陣が展開され、その中からアセヴィルが現れた。
「――俺に見られたら、何だって? 続きを聞かせてほしいな。あぁ、それとその次元術陣も今は必要ないな」
「クソッ! 間に合わなかったか!」
言ってることは分かるけどその意味は分からない会話が2人の間、というかアセヴィルから出てきた。
そのアセヴィルが術陣に向けて手を振ると次元術陣とやらは地面に溶ける様にして消えていった。
そして、ついでとばかりに呆然としていたウァミラからネックレスをひったくっていた。
「ふむ、イズホに危険あり、と“これ”から知らせがあってここに跳ばされたが、どういう状況だ? なんとなく次元術陣は消しておいたが」
「実際に危険だったかどうかは俺には判らないけど、これを付けられた直後にアセヴィルが跳んできたんだよ」
ネックレスを持ち上げながら言ったアセヴィルに、こちらも右手首にある腕輪を示しながら答える。
そう、危険だったかどうかは俺には判らなかったし、アセヴィルが来るすぐ前までも警戒はしていたけどそれは最小限で、しかし実際危害は加えられなかった。
この腕輪が手首につけられている間も観察していたけど、この人たちも危険そうには見えなかった。この腕輪も外見だけは禍々しいけど危険なモノに見えなかった。
もちろん鑑定していないただの目での判断だけど。
「これは……、悪魔の魂が込められているのか? それ以上でもそれ以下でもないようだが、ん? この線は――」
「――魂を奪う者よ! その右の瞳を閉じ、大人しくしていただけないだろうか」
「人にモノを頼むのなら、まずは名乗ってはどうかな?」
右目の夜空を更に深くしながら、俺の上げていた手に嵌まっている腕輪を見て、何かを呟いているアセヴィル。
そこに横から首を突っ込むリーダー。そしてそれを奇麗に返されるリーダー。
でも確かに名前を知らないな。
このままじゃ一生心の中で“あの時のリーダー”みたいな感じで呼ばなくちゃいけなくなる。
「む、それはそうだな。失礼。
コホンッ、我が名はガウラロス! 悪魂の悪魔神“ガミズルクス”様の第一の配下にして唯一の配下。
神代から生きる者である!」
「ガミズルクス、ガウラロス……? あぁガミズ何とかの方は寡聞にして知らんが、ガウラロスの方は思い出した。
確か、人間に聖職位を与え、それを守護する生き物を召喚する、神代から生きる異端の悪魔だったな。それをする意味は興味がなかったから調べていないが。
で、その聖職位配りおじさんが、こんなところで何を?」
いろいろ情報が飛び出してきて理解が追い付かないが、まずこのリーダーの名前はガウラロス、と。
で、何? ガミズ何とかの唯一の配下で、人間に聖職位を与える? 悪魔が?
そしてそれを守護するのを召喚する? 悪魔が?
そんな悪魔が何で悪魔してるんだ。
そしてどうしてこんなところにいるんだ。
「いや何、そこな青年には先ほど言ったがガミズルクス様の命でここにきたのだ。この裏路地を通るシアン色の髪の青年に腕輪を嵌めろという命でな。
その際、剣同士をぶつける音を出し緊張させろという、よく分からない命も付属して頂戴した。
実際この命にどのような意味があったのかは、今でも分からないのだがな」
確かにガミズ何とかの命令で俺のところにきたとか言ってたな。俺が訊いたときはその目的までは喋ってくれなかったけど。いや、目的は言ってたか? それが目的と言えるようなもので無かったとしても。
睨むような、ジトっとした目をガウラロスに向けようか。ん?
と、そちらを向いたら、そこには何かに怯えるように震えながら、必死に膝をつかないように立っているガウラロスがいた。
何に怯えているのか。
俺は何もしてないし、アセヴィルも何かをしているようではないが……、いや右目が暗くなってるな。
「ふーん。成程。俺と異邦人イズホ、この両名はガミズ何とかによってここにおびき寄せられたか。何の目的があってそうしたのかはどうでも良いが。いや、目的などないか?
まぁ、いいか。そこの震えている、ガウラロスと言ったか。もう命令は完遂したのだろう? 帰還してもいいぞ。留めて悪かったな」
何をしてどんな情報を知ったのか分からないが取り敢えず、アセヴィルの右目が元に戻るとガウラロスの震えも元に戻った。それはよかった。
よかったが、今度は顔が青ざめ、戻っていいという言葉に反応したのか焦る様に術陣――次元術陣?を展開しどこかに消えていった。
「よし、これで大丈夫なはずだ。イズホももう行っていいぞ」
「ん、あぁ、分かった」
行っていいらしいので師匠の店に行くとするか。




