164 風王
ファントスと、その相棒であるNPCを連れて王城へと戻ってきた俺たち。
ファントスの相棒――ラフォトゥナールと名乗った――は食糧を求めて近くの屋敷へ盗みに入っていたようで、帰ってきたところを丁度屋敷を出た俺たちと出くわした。
ラフォトゥナールを見てアセヴィルが何やら驚いたような雰囲気を出していたが、それは言葉には出てこず、今後はそのようなことはしないように、とだけ言っていた。
食糧で思い出したが、そういえばアセヴィルやウァラ、ムーちゃんは、食事はどうしているんだろうか。
食べているところを見たことが無いとは言わないが、それでもここに来てからはそんな光景は見たことがない。せいぜい水分補給ぐらい。
まぁ所詮俺たちが居られるのは8時間だし、それ以外の時間で食事をとってるのかな。
さておき、王城へ戻り適当な部屋に入り、2人へ識別票を渡したアセヴィルは、この場に居ない3人を呼んでくるようベルに指示を出した。
さっきのような簡易的な自己紹介ではなく、本格的な自己紹介タイムとするようだ。
にしても、さっきからアセヴィルがずっとラフォトゥナールのことを、直接見てはいないが、気にするような雰囲気を出している。それに気づいているのか、ラフォトゥナールも少しどころではなく居心地がよくなさそう。
それに対してファントスは、その2人の間に敷かれた雰囲気には気づいていないようで、ベルによって出された紅茶に舌鼓を打っている。
「アセヴィル、ラフォトゥナールを見た時からちょっと様子がおかしいけど、何かあったのか?」
「ん……、いや、どうだろうな。俺の一方的なものだから、直接ラフォトゥナールに関係があるわけではない、というか」
「うーん? つまり、アセヴィルが一方的にラフォトゥナールのことを知ってる、みたいなことか?」
「ちょっと違うが……、まぁそんなものだな」
ちょっと違うらしい。では実際どうなのか。
ただ、それを本人、アセヴィルは特に解消をしようとはしていないっぽいんだよな。
それが却ってラフォトゥナールの不安、というか居心地の悪さを助長しているように、傍から見れば感じる。
ただ、1点、訂正というか補足というか、まぁ何らかの説明のためか、ラフォトゥナールが話し始めた。
「アセヴィル殿下のお名前は聞き及んでおります。正に神の遣わした神童、と。幼少の頃からその才をいかんなく発揮し、魔王国へ様々な面から多大なる貢献をしたとか。
そんな殿下が私へ何か思うところがあるのであれば、遠慮無く仰ってください。今となっては私もただの風人族。殿下からすれば、吹けば飛ぶような存在でしょう」
アセヴィルってそんな凄かったのか。
いや勿論、凄いとは思っていたし実際これまでも凄かったけど、どこか抜けてるというか、まぁそんな風に見えていた。それが、初対面の人間からこうも絶賛されるとなると、改めてアセヴィルは凄いのだと実感するな。
ラフォトゥナールの言葉を聞き、アセヴィルはどこか嫌悪感を漂わせると同時、嬉しそうにもしていた。その嫌悪感も、別にラフォトゥナールへ向けたものではないようで、ただ俺がそう感じたというだけのようだ。
そして、ラフォトゥナールの言葉で心変わりでもしたのか、話すことに決めたようだ。
「まず、今の俺はお前の言うところのただの魔族だ。故に殿下などという敬称は不要。
次に、俺は神というものが基本的に嫌いだ。ここで言う神とは、いわゆる属性神などの、後から根付いた神ではなく、世界に根差した神だ。主に邪神だな。理由は言わずともわかるだろう。
そして、肝心の、ラフォトゥナールに関することだが、先ほど言った通りお前自身に対しては特にない。あるとすれば、お前の父、先王の後に王となった、今の風王に対してだな」
「確かに、今の風王は外聞がよくありませんが、それと何か関係が?」
「関係ないどころかそれそのものだな。とはいっても今、世間で囁かれている噂はまだ易しいものだ。裏にはもっと言えないことが隠れている」
ふうおう、字面的に風人族の王様かな? 風人族国家ドトゥラーユ王国の国王。
ていうかさらっと流されたけど、ラフォトゥナールの父親が先王? という事はつまり、ラフォトゥナールは王族という事か?
ラフォトゥナール様と呼んだ方がいいか? いや、本人が今はただの風人族と言ってたし、敬称なんかはなくていいのか。
これまで行動を共にしてきた――と言っても数日程度らしいが――というファントスの様子を窺ってみると、静かに驚いていたようで、少し、ほんの少しだけラフォトゥナールと距離を取っていた。結局は同じソファーに座ってるから、あんまりその行動に意味はないけど。
「あと、私が先王のひとり息子だという事は周囲には隠していますので、アセヴィル様もよろしくお願いします」
「……あぁ、なるほど。了解した。といってもここにいるのはそもそもそういうことを言いふらしたりはしないだろうがな」
「それでも、です。アセヴィル様なら知っていてもおかしくないのでしょうから軽く言いますが、81年前とはいえあんなことが起こってしまったものですから、私も警戒せざるを得ないのですよ」
「ふむ、まぁここに居る限り、というより俺たちと共に居る限りそんな心配は無用だろう。というか敬称は不要と言ったはずだ」
「まぁまぁ、それくらいはいいでしょう」
キリ良く、ちょうどそのタイミングで、スヴァさんとウァラ、ムーちゃんを連れたベルが戻ってきた。




