154 魔力素という新たな認識
アセヴィルのところへ行ってしまったムーちゃんを追うように、俺も錬金工房を出る。
いや、どうしよう。
俺が行っても、特にできることはないよな。
だったら俺はそのまま回復薬を作っておくか。
進みそうだった足を反転、工房へと向ける。
回復薬の作成の続き、とはいっても、この短時間で十分な量は作れたと思うんだよな。
さてどうする。このまま本当に数日、数十日程度では枯渇しないであろう量まで作り続けるか、それとも、休憩としてこの工房の資料を漁るか。
後者だな。
特に理由はない。
工房の地下へと続く階段を、踏み外さないよう慎重に下りていく。
さっきまで作業していた工房も地下にあるが、今から行くところはそれよりもっと地下にある。
そもそも1階部分、入り口入ってすぐは迷路のようになっていて、この地下へは簡単に来られないようになっている。その迷路も一定時間で入れ替わるようで、簡単ではない。その状態からさらに、目的地まで辿り着けないようになる結界の効果も合わさり、部外者が簡単に入れるような難易度ではない。
俺にはまだ理解できない錬金に関する資料たちが、それほどまでに価値のあるものだったということだろう。
長い長い階段を下りた先、ようやっと見えた扉には丸い水晶がつけられており、それへ結界除外の識別票をかざす。
かざした識別票へ水晶から光が照射され、しばらくするとガコンッという音と共にその重そうな扉が開いていく。
その先の光景はすでに一度見たものながら、圧倒される。
奇麗に纏めて隙間なく棚に並べられた紙の束から、机の上に乱雑に置かれた数えきれないほどの紙の束まで。
見渡す限りが紙で埋まっている。
その殆どが、スキル錬金でできることに関する研究について纏められたもの、らしい。前回来た時に、1つ手に取って読んでみたが、残念ながら今の俺には理解はできなかった。故に、「らしい」。
ここにはそういった研究資料の他、錬金の初級指南書からその次の中級や上級なども置いてある。
今回の俺の主目的はそれを読むこと。
読んで、取り敢えずできることの幅を増やそうかな、と。
中級、ましてや上級の指南書は今の俺には過ぎたものだろうから、初級から読む。
錬金を始めるにあたり必要なモノは大まかに3つ。
1つは道具。もう1つは師匠の存在。最後の1つは霊力だ。
もっと極端に言えば、師匠を見つけることさえできれば、道具はその師匠が使っているものを使わせてもらえるだろう。故に2つであるとも言える。
錬金を始める際に一番重要なのが霊力、魔力と聖力だ。
通常、我々人間種は魔力素と聖力素、そのどちらかを持って生まれ、両親ともに魔力を使う場合、子は魔力素を持って生まれる。極稀に、魔力を使う両親から聖力を使う子が生まれてくることがあるが、本当に珍しい例だ。
ただ、以上の例は人間族及びそれに派生する通称属性人と呼ばれる炎人族などの場合であり、魔族や聖族の場合はその例に漏れる。
“魔族”に生まれたものは両親の使用霊力に影響されず、その全てが魔力を扱う身体となっている。“聖族”も同じく。
これは――
ちょっと待った。
魔力素とは何ぞや。
魔力と聖力は解る。これまでも使ってきたから。
ただ、魔力素、“素”は何ぞや。
一旦、浅くでもいいから考えるか。
この本では、“魔力”と“魔力素”のどちらも使われている。
そのことからまず間違いなく、誤字などの可能性はありつつも、普通に使われている言葉ではあるのだろう。
であれば、俺が知らないだけでこの言葉は世間に浸透しているはず。プレイヤーが知ってるかどうかは分かんないが、住民は知ってるだろうな。
少し話は逸れるが、よくある異世界系の小説なんかだと、体内の魔力のことをオドと言うとか。世界に満ちる魔力はマナと言うだとか。
そういったものがあるが、これに当てはめて考えると確証は得られないが、そうなんじゃないか、というぐらいの考察にはなる。
つまるところ、この世界で言う魔力素がその体内にあるオドで、俺が今まで言ってた魔力が空間に満ちる魔力、または魔力素を練り上げたもののことを言う、んじゃなかろうか。
この本だと、“魔力素”の場合『持って生まれ』と書かれていて、“魔力”の場合は、『使う』と書かれている。
考察を完全に確証に変えるものではないだろうが、あながち間違いでもなさそうだな。
これは両親のどちらかが聖族や他の人間種の場合でも、“魔族”として生まれたのであれば覆ることはない。
余談として、霊力に身体が侵された動物の中には聖魔属性というものを扱う個体が確認できるが、現在の人間種ではその聖魔属性を扱うことは叶わないとの結果が出ている。
さて、余談がすぎたが、その霊力をどれほど扱えるかによって作成できるものも増減する。
とはいえ初めから大規模に霊力を扱えるものはいない。ゆっくりじっくり育っていけばいいだろう。
割愛。
錬金では、いわゆる術陣を作成することが可能だ。
実際に火術などを発動するようなものではないが、霊具に刻むものとして効果のあるものを作れるのだ。
そも、霊具とは。
代表的なもので言えばそれこそ、職業登録組合の発行する職業カードだろう。
カード自体も霊具だが、そのカードを作るものも霊具だ。
職業カード。そういえば鑑定したことはなかったか?
あったような気がしなくもないが、よく覚えてないな。ということはつまり、鑑定はしたことがない。
これは、ちょっとどころではなく、だいぶ気になってきたな。




